あんつぁんの風の吹くまま

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国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」も提唱している売春制度を復活させませんか

 かなり以前にも、遊廓の復活を提唱したことが在ります。しかし、こんどは医療衛生的見地から本気で叫びたいと思います。

 北九州でエイズが広がっているという情報を、今年になって、三面記事で読みました。そして今回は、バスケ選手の海外での売春報道が在りました。

 人の移動がグローバルになるということは、疫病を水際で防ぐことが出来なくなるということです。

 ならば、売春制度を復活した上で、インフルエンザと同じように、地域で疫病を防ぐ対策をとる方が効果があると考えます。

Yahoo! ニュース
買売春、なぜ違法なのか
前田恒彦 | 元特捜部主任検事
8/26(日) 5:30
 バスケ日本代表選手の買春騒動。ワイドショーやネット上などでは「相手も同意しており、別に構わないのではないか」といった意見も目立つ。しかし、わが国では買売春は違法だ。なぜか――
【売春防止法による規制】
 わが国には売春防止法があり、次のとおり買売春は違法とされている。
何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」(3条)
この法律で『売春』とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう」(2条)
 あくまで「不特定の相手方」でなければならず、夫婦や交際相手といった特定の者同士の間で金品のやり取りがあっても、買売春には当たらない。
 また、「性交すること」が要件となっているので、手淫や口淫といった性交類似行為は含まれないし、同性間では買売春とならない。
 ソープランドなどの性風俗も、実態はさておき、従業員と客との関係は性交類似行為にとどまり、性交には至っていないという“建前”に基づいているので、風俗営業法の下で合法化されている。
 それでも性交に及んでいれば違法であることは間違いなく、その実態を踏まえると、「従業員と客が自由恋愛のすえに性交に至ったにすぎない」といった店側の弁解は通りにくいだろう。
 最高裁も、同様の立場だ。
 もちろん、警察が本気で捜査をするか否かは別問題だし、性交に及んでいたという客観的な証拠を押さえるには確たる情報に基づいて現場に踏み込むほかなく、立件に難があるのは確かだ。
【買売春に罰則なし】
 ただし、売春防止法には買売春そのものに対する罰則規定がないから、単なる買売春だけだと、この法律の下では買春した者も売春した者も処罰されない。
 罰則によって規制されているのは、買売春を助長したり、そこから利益を得るような行為だけだ。
 代表例を挙げると、次のようなものだ。
勧誘(街頭での売春婦の立ちんぼなど):最高刑は懲役6月
周旋(売春婦派遣の仲介・あっせんなど):最高刑は懲役2年
契約(経営者が売春婦との間で客と売春することや取り分を決めるなど):最高刑は懲役3年
場所提供(情を知った上でホテルなど売春の場所を提供):最高刑は懲役3年、これを業としていれば懲役7年
管理売春(経営者が管理する売春宿などに売春婦を居住させ、売春業を経営するなど):最高刑は懲役10年
 1958年の施行直後、検察庁が1年間に受理した売春防止法違反の検挙者数は約2万4千人余りにも上っていたが、2016年の検挙件数はわずか570件にとどまっている。
 そのうち約36%が勧誘、約28%が周旋、約23%が契約、約10%が場所提供だった。
 起訴率は約47%だが、暴力団組員らが検挙者の約17%を占めており、暴力団の資金源になっているという問題がある。
【「赤線」「青線」】
 では、なぜ売春防止法には買売春そのものに対する罰則規定がなく、買春や売春した者が処罰されないのか。
 1956年に売春防止法が制定され、買売春が違法とされた理由にまでさかのぼる必要がある。
 すなわち、わが国には長らく遊郭など政府公認の公娼制度があったが、民主化の一環として、戦後の1946年にGHQの指令で廃止された。
 それでも、「赤線」と呼ばれる一部地域では、カフェーや料亭などに営業形態を変え、特殊飲食店として警察の営業許可を取った上で、売春婦が私的に売春を行うという“建前”の下、半ば買売春が黙認されていた。
 その周辺地域などでは、非合法に売春婦を置く飲食店も横行し、「青線」と呼ばれた。
 敗戦による道徳心の低下や劣悪な経済状態などもあり、売春婦の数も増加した。
 風紀の乱れを防ぐため、東京や大阪などの自治体が独自に売春取締条例を制定し、売春の勧誘や周旋などを禁じたものの、全国一律の規制ではなく、地方ごとにばらつきがあった。
 1948年から1955年までの間、女性議員の議員立法などにより、5度にわたって国会で買売春を規制する法案が審議されたが、黙認を是とする議員も多く、廃案や否決が繰り返された。
 その理由は、売春婦やその周辺関係者の生活を維持する、繁華街など地域経済に及ぼす影響を回避する、買売春を性欲のはけ口とすることで性犯罪を防ぐ、といったものだった。
【国連加盟に向けて】
 それでも、戦後の混乱期から時が経ち、1950年の朝鮮戦争特需を起爆剤として飛躍的な経済成長が進むに連れ、買売春を社会悪と見る風潮が高まっていった。
 転機となったのは、国際連合への加盟に向けた動きだった。
 国連は、人身売買や売春からの搾取、売春宿の経営などを禁じるとともに、売春婦を被害者と位置づけ、その保護や更生、職業紹介などを加盟国に求める条約を採択していた。
 この条約は1951年に発効しており、わが国が再び国際社会、特に売春や婚前交渉を不純と見るアメリカや西欧といったキリスト教諸国に認められ、その仲間入りを果たすためには、この条約を全面的に受け入れ、条約に沿った形で国内法を整備しなければならなかった。
 「赤線」「青線」を根絶し、諸外国から野蛮と見られるような風習をやめる必要があったわけだ。
 そこで、1956年の国会で、改めて売春防止法案が審議されることとなった。
 この時は、前年の保守合同で誕生していた最大与党の自由民主党も女性票を狙って賛成に回ったため、それまでと一転し、5月に可決成立するに至った。
 周知のとおり、この年の12月にはわが国も国連への加盟を果たしている。
 もちろん、死活問題となる売春業者らは、法案成立を阻止するため、水面下で熾烈な政界工作を行った。
 1957年から58年にかけ、東京地検特捜部が贈収賄の容疑で国会議員3名と業者5名を次々と逮捕、起訴したほどだった。
【売春防止法の目的】
 このように、売春防止法は、先ほど挙げた国連の条約が出発点となって制定に至ったものだ。
 国会審議でも、売春で生計を立てざるを得ない女性は劣悪な環境に置かれた社会的弱者にほかならず、刑罰で追い詰めるのではなく、むしろ国家が手を差し伸べ、保護や更生、職業指導による転職の対象にすべきだとされた。
 少年法が少年に対して刑罰ではなく保護を優先しているのと同様の考えだ。
 実際、当時の売春婦の中には、貧困や親の前借金の返済のためにやむを得ず売春を行う者や、暴力団やヒモの男に搾取されている者、虐待されて従順を強いられている者、薬物漬けにされている者なども多かった。
 そこで、売春防止法は、買売春を違法だと断言する一方で、買売春そのものには刑罰を科さず、もっぱら周辺関係者による行為を罰することで、間接的に買売春を規制しようとしたわけだ。
 併せて、予算措置を講じて都道府県に婦人相談所や保護施設を設置し、売春婦の相談に応じたり、指導をしたり、一時的な保護を行い、その更生を目指すこととした。
 こうした点は、売春防止法が定める法律の目的の中にも、次のとおり明確に示されている。
「この法律は、売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによって、売春の防止を図ることを目的とする」(1条)
【時代錯誤との見方も】
 ただ、現在は売春防止法が制定された当時と様相を異にしており、貧困や搾取とは関係なく、出会い系サイトなどを介して小遣い稼ぎ的に一般女性が売春に及ぶケースも数多く出てきている。
 弱者の売春婦を救済しようといった考えは、もはや古典的で時代錯誤だという見方もできる。
 この点、売春防止法は、勧誘罪を犯して起訴され、執行猶予が付された20歳以上の売春婦について、6か月間、更生のために必要な補導を行う婦人補導院への収容を可能としている。
 当初は東京、大阪、福岡に設置され、1960年には収容者も最大の408名に上ったが、今や東京にあるのみだし、数年に1度のペースでわずか1名が収容される程度となっているのが現実だ。
 また、売春婦を保護すべきだからといって、買春した者まで処罰しないとする根拠は薄弱だ。
 むしろ、現在では、18歳未満の者を買春した場合、売春防止法以外の法律により、厳しく処罰される仕組みに変わっている。
 刑罰によって児童を性的搾取や性的虐待から保護すべきだという要請の方が遥かに上回るからだ。
【現状維持か、制度改革か】
 ただし、売春した児童はあくまで保護の対象であり、刑罰は科されない。
 環境や性格などからいずれ法を犯すおそれがあるということで、少年法の「ぐ犯」として立件され、家裁送致されることはあり得るものの、まれだ。
 売春防止法が成人の売春すら処罰していない以上、児童を処罰しないのは当然の帰結だからだ。
 ここから、性道徳や善良な性風俗を維持するため、買売春そのものに罰則を設けるべきではないか、といった見解が出てくるわけだ。
 他方、刑罰では売春を根絶することなどできないという現実を直視し、買売春を合法化するとともに登録制にし、性病検査などを義務付ける、といった考え方もある。
 さらには、そうした権力によるコントロールを排除し、勧誘や周旋、場所の提供、売春宿の経営などを含め、成人の自由意思の下での同意に基づく売春を思い切って非犯罪化すべきだ、といった立場もある。
 正当な労働形態として正面から認めることで、売春で日々の糧を得ている売春婦らの人権や安全を守ろうというものであり、世界最大の国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」も提唱している。
 買売春の規制を現状のまま維持すべきか、それとも何らかの制度改革を行うべきか。
 特に、“建前”では違法と言いつつ、実際には性交のサービスまで提供されている一部の性風俗をグレーゾーンとして放置し、黙認することが妥当であり、海外にも胸を張れるやり方なのか。
 東京五輪に向け、政府を挙げて人身取引の防止に向けた取組みを推進する中、そろそろ国民的な議論を行うべき時期に来ている。
 宗教観や歴史観、道徳観、人権意識などによって見解が分かれるテーマだが、皆さんはどう考えるだろうか。(了)


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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-08-26 07:50 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(4)

榮ゆく 御国の末を疑はず 心ゆたかに 消ゆるわれはも   (再掲)  

 冒頭に掲げたのは、本間雅晴中将の辞世の一首です。武士道とは何かを知らない人は、是非、次の「国際派日本人養成講座」をお読み下さい。こちらは無料で公開されています。

 誇りなき民族の行方を案ずるのは、"武士道"を知っている人たちです。その一人である、西鋭夫スタンフォード大学フーヴァー研究所教授は次のように書いています。

 アメリカに飼いならされた日本人は、「誇りの骸(むくろ)」を「平和」と呼ぶ。アメリカの対日「国家100年の大計」は、既に完成しているのではないか。

 闘う意志がないのは、平和主義ではない。敗北主義と云う。

 ・・・・・・・・・・

 我々の魂と誇りの情炎が、二度と燃え上がることもなく、国の宝であるべき若者たちは、国の歩みも知らず、激情の喜びや有終の美も知らず、感動する夢やロマンを見いだせず、我々富国日本の住民は、2000年の国史をむざむざと犠牲にして、打ち拉がれた精神状態のまま、寂しく亡国の憂き目を見なければならないのか。

 『国破れて、山河あり』は、誇り高き敗者が、戦乱で壊された夢の跡に立ち、歌った希望の詩だ。歴史に夢を活かすため、我々が自分の手で、「占領の呪縛」の鎖を断ち切らねば、脈々と絶えることなき文化、世界に輝く文化を育んできた美しい日本の山河が泣く。



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     正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-07-03 00:59 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

命を振り絞ってでも祖先の汚名を晴らしたい。それが武士道であり日本文化ではないだろうか。

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 この日の丸の小旗は、天皇陛下が御用邸にお越しになる時、沿道の人たちに配られたものです。

 夏至が私の誕生日ですので、いつの間にか六十八歳になってしまいました。本当に無理の利かない身体になってしまったことを痛切に感じます。

 先日、仕事上の心配があって、横浜の中華街の占い師に占ってもらいました。あと四年後に事業承継をするのが良いとのことでしたが、多分、それまでが頭と身体が言うことを利くと云う風に解釈しました。

 後四年と云うことは千五百日を切っています。それまでに何とか事業を安定させたい社会を善くしたいと思うと少々気が焦ります。死んだら心配する自分がいなくなるのですから心配することはないと養老孟司は言いますが、やっぱり心配になります。


    【大和魂とは心の文明である】

by antsuan | 2018-06-30 06:45 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)

教養の無い下品な人たちを軽蔑するのは”差別”です

 学校や教会に行くことが出来なくて、その社会の礼儀作法を知らない人たちは、世界中を見渡せば、未だまだたくさん居ます。また、旧約聖書に書いてあるような、人を殺したり他人から搾取するのが正しいことだと教わってきた人も世の中にはあふれ返っています。

 しかし、そういう人たちに「恥を知れ」と言っても解決するものなのでしょうか。それは、相手を単に軽蔑しているだけで、なんの解決策にもならないと思います。

 死の病を押して地域の平和を訴える政治家に対して、罵詈雑言を吐く人たちを軽蔑する気持ちはよく分かります。でも、そういう人たちに限って、自分が死者に鞭打つ言葉を発していることに気付いていないのです。

 日本文明がここまで続いてきたのは、祖先(死者)を敬うしきたりがあったからこそだと思います。そのしきたりを守って行きたいと思う日本人として、WGIPに洗脳された、死者に鞭打つ言葉を発していることに気付いていない人々のたくさん居ることを悲しく思います。
 


【大和魂とは心の文明である】

by antsuan | 2018-06-29 07:41 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(6)

平和惚けしている人は、中東やアフリカ、チベットの惨劇を「対岸の花火」として観ているのだ。

 このごろつくづく思うことがあります。それは「『伝統』的な考え方」というのは、基本的に、社会秩序を維持する為に必要なモラルやマナーそしてルールに関するものであるということです。ですから、それらが守られてはじめて自由も平等も守られることを肝に銘じておかねばなりません。

 その考えに基づいた革命が英国の名誉革命であり、日本の明治維新であります。逆にその考えを無視して、個人の理性や権利を重視した革命が、フランス革命であり共産革命なのです。

 このことを理解出来れば、立憲民主制より立道民主制の方が、個人の自由と平等が尊重される、いわゆる、人権が守られることは明らかです。

 他人を尊重しない民主制度は民主主義でも
個人主義でもありません。他人を尊重しないというのは個人を尊重しないのと同じですから、その考え方は全体主義です。

 そういう全体主義の国から移民を受け入れるとどうなるか。そういうことについて思考停止に陥っている状態を「平和惚け」といいます。

 もちろん、「平和惚け」している人の意見も尊重しますが、同時に「危機意識」を持っている人の意見も尊重してもらわねば困ります。

 その上で、危機意識を持つことが日本の「伝統的な考え方」であると主張したいのであります。


 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2018-06-19 18:45 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

軽い気持ちで社会福祉士を目差していたけれども・・・

 滝乃川学園二代目学長石井筆子が愛用していたピアノには燭台がついています。この燭台につけた蝋燭の灯の下で賛美歌などを歌っていたのでしょう。

 科学的に云えば、物体が煌めく状態の事をプラズマと云います。蝋燭の炎が輝くのはプラズマ反応なのです。

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 社会福祉士の資格を取るという軽い気持ちで日本福祉大学に入学しましたが、講義の中で滝乃川学園の事を知り、頭をガツンとやられた思いです。

 いつの世も女性の活躍は無視出来ないものですが、西洋文明を積極的に取り入れた、明治時代の女性の活躍をけっして過少評価するべきではないと思います。

 石井筆子もその一人です。
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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-05-07 00:10 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

フランスよおまえもか! 民主主義は幻想だった。


 有り難い事に、金さえ払えば、危険を冒す事なく、真実の情報を誰でも手に入れる事が出来る時代になりました。
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 フランスは、残念ながら、人間の自由と平等を謳った、芸術文化の国という我々日本人が考えているような国ではなかったようです。


 どうしてフランスでテロが頻繁に起こるのか、その理由がよく分かるインテリジェンス養成講座をさっそく受講する事にしました。



 


 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2018-04-29 07:16 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

大学に編入学したけれど・・




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 社会福祉士の資格を取るために実績の在る日本福祉大学へ入学しました。この大学では、下の表のように、国家資格を持っていれば何がしかの科目が免除されるという優遇制度が在ります。ところが、ところが、なんと診療放射線技師の国家資格を持っていても、この優遇制度の恩恵を受けられないのです。どうやら、この大学では診療放射線技師は医療従事者とは見做していないようです。
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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-04-22 15:54 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(6)

「天は人の上に人を造らず人に下に人を造らず」と書いた福沢諭吉でさえ、「優生学」を信じていた。

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 ダーウィンが『進化論』を発表したとき、世は産業革命のまっただ中にあり、物に満ちあふれた豊かさこそ真の幸福だという気運が蔓延してきました。

 人々は教会を捨て、心の平和よりも欲望を満たすことに走るようになって、「神が人類を創ったのではなく偶然の産物にしか過ぎない、適者生存、強いものだけが生き残る。」という「優生学」が、まさに宗教の一種のように信じられたのです。

 このように、産業革命によって無宗教でも生きていけるようになった結果、学問至上主義が成立したのです。実は、学問ノスヽメを書いた福沢諭吉も「優生学」を信じていました。

 この「優生学」は、ナチス政権による人種政策による大虐殺など、多くの倫理的問題を引き起こしたことから、公には否定されています。

 しかし、産児制限・人種改良・遺伝子操作などは「優生学」を実践する為の手段ですから、共産主義国で実施された一人っ子政策や、チベットやミャンマーの移民・難民強制受け入れをみれば、「優生学」は、未だまだ幅を利かせていることがわかります。

 ですから、英国がEUからの離脱を決め、米国のトランプ大統領が不法移民の排除を表明したのは、いままで「優生学」を実践してきたツケが回ってきたからに他なりません。

 はっきり云います。EUに見られる「移民・難民強制受け入れ」政策、人の移動の自由化政策は、「優生学」を信じるグローバリストによる、民族浄化(エスニッククレンジング)計画なのです。



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[「祈りとは自然との対話」 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]
by antsuan | 2018-04-17 19:00 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

国連は"正義"の機関にはあらず。朝鮮戦争は国連の存在意義のためのヤラセだった。

 何故、イラクのフセインが殺されたのに北朝鮮の独裁者キムは殺されないのか?

 何故、大福祉国家だったリビアは潰され、非民主的国家の北朝鮮は今も残っているのか。

 何と云うことだ、大東亜戦争が仕組まれたものだっただけでなく、朝鮮戦争も仕組まれた戦争だったとは。

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  自由主義は幻想に過ぎない。得したのは世界統一を謀る全体主義者と共産主義者なのだ。


【大和魂とは心の文明である】

by antsuan | 2018-04-09 17:45 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)