あんつぁんの風の吹くまま

ブログトップ | ログイン

タグ:家族 ( 26 ) タグの人気記事

祖国とは国語 〜 賢者の風格は読書にあり 〜 藤原正彦の講演を聴く

 本を読むということは人間として生きることなのです。

d0001610_20023009.jpg

 藤原正彦の講演を聴いてきました。思い起こせば、このような講演を聴き始めたのは、大学生の時に、沼津市で当時ポルノ作家といわれた梶原季之の講演を聴きに行ったのが最初でした。

 文化人の講演は何時もこころを沸き立たせてくれます。
d0001610_20024568.jpg
d0001610_20030260.jpg



            *  *  *

    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2019-01-24 00:34 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

温暖化すれば地球生命は繁栄する。大恐竜時代の温暖化は今の10倍以上だった !

 産業革命以後、工業化が進み、それに伴って自然環境の破壊が著しく目立つようになってきました。しかし、自然環境の破壊は今に始まったものではなく、ピラミッドを造ったエジプト文明や奈良時代の日本においても都市化することによって自然が破壊されています。

 そういう意味では、文明化と自然破壊は対を為すものと云えます。しかし、何時の時代からはハッキリしませんが、日本では林業が産業として栄えて来ました。その事を考えると、日本人は自然の恩恵を大切にして来たように思います。
d0001610_13412632.jpg

 エネルギーについても同様です。木材を薪ではなく炭にして使い、火力として有効に使用していました。そして現代は、核エネルギーをどのように有効に使うかがこれからの人類に課せられた課題といえます。
d0001610_09353931.jpg
d0001610_09355333.jpg

 ところで、地球規模あるいは宇宙規模で考えれば、火山の爆発、地震や嵐、それに隕石の衝突など、自然破壊は日常茶飯事のこととも云えます。そういった観点からとらえれば、人類が犯している自然破壊などかわいいものと云えなくも在りません。

 ですから、フクイチの原発事故は多いに反省しなければいけませんが、それによって核エネルギー研究開発を止めるのは、理学士の学位を持つものとして、自然の恵みを無視することになると考えます。


       【大和魂とは文明である】

by antsuan | 2019-01-09 19:34 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

正月休みの出来事

 ここ葉山では、平成三十一年、皇紀2678年、西暦2019年の元旦は、正に天皇晴れという言葉が相応しいような穏やかな天気に恵まれました。

 我が家では久しぶりに家族が五人とも揃って正月を迎えました。数え年で云えば、正月に皆平等に歳を取ります。今年で長男は二十九歳、次男は二十六歳、三男は二十一歳となり、私は六十九歳、カミサンは五十ウン歳になりました。

 ところが、家族揃って何かをするわけでもなく、皆、てんでんばらばらに起き出して勝手なことをしておりました。そこで、わたしものんびりしようと思っていたところ、アマチュア無線のアンテナが昨年の台風で倒れそうになっていたのを気にしていたカミサンから早々に撤去命令が出されてしまい、恐る恐る屋上に上ってアンテナの取り外し作業を致しました。

d0001610_10334147.jpeg
d0001610_10335368.jpeg
d0001610_10341276.jpeg
d0001610_10343062.jpeg

今年も宜しくお願い申し上げます
 
d0001610_10350095.jpeg

 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2019-01-05 08:32 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

「文明の証明」 大嘗祭について、此の際、大いに議論を深めませんか。

東京新聞より抜粋
d0001610_09555807.jpg
d0001610_19182267.jpg
 十一月二十三日は、本当は新嘗祭といって、新しく出来たお米を天皇が神様と一緒にお食べになる大変重要な日なのです。

 それを勤労感謝の日にしたのは、WGIPによる、日本民族を消滅させる陰謀です。

 そして、新しい天皇が、初めて、新しくできたお米を神様と一緒にお食べになる行事が大嘗祭なのです。つまり、天皇が神様と初めて同じ釜の飯を食う、神様と同じ仲間入りをする非常に大事な日なのです。

 「文明の証明」と称するべきだと私は思っているのですが、『過去(神)と現代(人)と未来(仏)が繋がっている証し』の行事を、今尚、実践しているのは日本民族だけなのです。
d0001610_19184367.jpg


[ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]

by antsuan | 2018-12-02 19:29 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

北里大学医学部ニューズに見る野球少年だった息子の活躍

 小学生の時代から野球にばかり熱中していた末っ子の息子が、家系を継ぐために一浪を経て医学部に入学しました。しかも親の希望した大学です。親としては嬉しい限りなのですが、まず人としての品格が備わるのかそこが心配でたまりません。しかし、大学の情報誌によれば少しずつではありますが成長しているようなので安心しました。

 ここに息子の実名を載せた理由は、「仰げば尊し」の歌詞(身を立て名を上げやよ励めよ)にも在るように、名に恥じない人格者になって欲しいと願っているからです。
d0001610_10431336.jpg
d0001610_10460457.jpg



             *  *  *

    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-11-11 10:44 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

叔母の葬儀のために帰省して来ました

 十何年ぶりかの帰郷でした。
 叔母の葬儀のためでした。
d0001610_18530849.jpg
 この家が私の生まれた家です。

 子供の頃、よく、この家の二階から鳥海山を眺め、奥羽本線の蒸気機関車を眺めたものです。

 大正の当時は珍しかった洋式建築の家で、昔から「洋館」と呼ばれていました。
d0001610_18531489.jpg
 鳥海山も美しい姿を見せてくれました。

 

[ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]

by antsuan | 2018-09-19 19:12 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

あまりの暑さに草刈りをしていませんでした。

 平成最後の夏は終わってしまいましたが、不穏な社会を象徴するが如く、大雨、逆走台風、猛暑が日本列島を襲いました。

 この家に住み着いて五十年以上が経ちます。祖父母の時代には庭は芝で覆われ池には鯉が泳いでいましたが、今ではこんな有り様です。

 それでも、子供たちが小さかった頃は、ここでキャッチボールをしたり、花火をしたり、バーベキュー大会を開いたりして楽しんだものです。
d0001610_06392995.jpg

d0001610_06354787.jpg
 そして、いつの間にか私も祖父とおんなじ歳になり、健康に気をつけながら、秋雨の合間の晴れた日に草刈りをして昔を懐かしんでおります。

 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2018-09-10 07:05 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(4)

大学に入っても野球をやるなんて。勉強の方は大丈夫なんだろうか。

 一浪してようやく大学に入学出来た末っ子ですが、またまた野球部に入ってしまいました。

d0001610_09023026.jpg

 本当はうんと勉強して、奨学金をもらって欲しいところなのですが、まだまだ親の苦労が分かっていないようです。

 しかし、一つのことに打ち込むのは悪いことではありません。思いっきり青春を燃やして欲しいと思います。

 親はスネを噛られているうちが花というものなのでしょう。

         *  *  *

   正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-08-11 09:18 | Trackback | Comments(2)

渚橋にて。年の流れの速さに驚く。


 今日は広島原爆忌。日本人なら絶対に忘れてはいけない日です。丁度この日が鎌倉寿福寺の施餓鬼供養の日でも在りまして、長男に運転してもらってカミサンと三人で寺に行ってまいりました。
d0001610_15533646.jpg
 途中に、逗子海岸や鎌倉の材木座海岸を通っていくのですが、ビキニ姿の外人が闊歩していたのには驚きました。しかし、一昔前までは、わたしもこの海に出て夏を満喫していたことを思うと、自分が年をとったことを思い知らされます。



   [ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]
by antsuan | 2018-08-06 18:54 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

榮ゆく 御国の末を疑はず 心ゆたかに 消ゆるわれはも   (再掲)  

 冒頭に掲げたのは、本間雅晴中将の辞世の一首です。武士道とは何かを知らない人は、是非、次の「国際派日本人養成講座」をお読み下さい。こちらは無料で公開されています。

 誇りなき民族の行方を案ずるのは、"武士道"を知っている人たちです。その一人である、西鋭夫スタンフォード大学フーヴァー研究所教授は次のように書いています。

 アメリカに飼いならされた日本人は、「誇りの骸(むくろ)」を「平和」と呼ぶ。アメリカの対日「国家100年の大計」は、既に完成しているのではないか。

 闘う意志がないのは、平和主義ではない。敗北主義と云う。

 ・・・・・・・・・・

 我々の魂と誇りの情炎が、二度と燃え上がることもなく、国の宝であるべき若者たちは、国の歩みも知らず、激情の喜びや有終の美も知らず、感動する夢やロマンを見いだせず、我々富国日本の住民は、2000年の国史をむざむざと犠牲にして、打ち拉がれた精神状態のまま、寂しく亡国の憂き目を見なければならないのか。

 『国破れて、山河あり』は、誇り高き敗者が、戦乱で壊された夢の跡に立ち、歌った希望の詩だ。歴史に夢を活かすため、我々が自分の手で、「占領の呪縛」の鎖を断ち切らねば、脈々と絶えることなき文化、世界に輝く文化を育んできた美しい日本の山河が泣く。



             *  *  *

     正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-07-03 00:59 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)