あんつぁんの風の吹くまま

ブログトップ | ログイン

数字の意味を教えてくれたおもちゃ屋さん

 五月末というのは三月を期末としている会社の法人税確定申告期日である。大手は連結決算などがあってまた監査法人などがいろいろやるので、また別の世界なのだが、商店などの小さな会社でも利益が出ればしっかり税金をもっていかれてしまうので、やはり税理士のお世話になるしかない。

 本当は、税金でもっていかれなくても其の分税理士への顧問料を払わなければならないのだったら同じではないかと思うのだが、良い税理士というのは経営コンサルタントの役目もあり社外役員的な存在なのだ。

 若いころはお天道さまの下で働くのが好きで、大学は出たけれども定職に就かず、今で云うフリーターみたいな仕事ばかりやっていた。従って経理みたいなそろばんと数字ばかり書いている仕事などまっぴらゴメンと、ある意味軽べつすらしていたのだが、コンピューターが出来るということで、父の知り合いの会計事務所で働かされるハメになった。

 当時は、コンピュータといっても穴を開けたカードかテープを端末機に読み込ませて、中央の大型コンピューターで電算処理するシステムだったのだが、ようやく端末機に8インチのディスクがつくというので大騒ぎしていた時代だった。確かにキーボードで処理できるということは画期的なことだった。

 こちらは経理のヶの字も知らない。ただコンピュータに入力しやすいように伝票を整理するぐらいの仕事しか出来なかったのだが、ある一軒のおもちゃ屋さんを担当することになった。そこはお店の人がもう殆ど伝票を作成しており、其れをチェックして端末に入力するだけの簡単な仕事だった。ところが、出来上がった試算表を見てみると毎月毎月赤字が出ている。あまり心配になったので前の担当者に聞くと、大丈夫だという。期末にはちゃんと黒字になるので、なるべく税金が出ないようにチェックしておいてねと言うだけだ。

 ちょうどルービックキューブが流行っていた時期で、また、ガンダムのようなロボットのおもちゃも出てきて売れ始めた。それでも赤字になっている。いよいよ心配になって、とうとう其の店の社長さんに聞いてみた。社長いわく、年末年始は仕入れることが出来ないので、在庫を一杯増やしているだけだから構わないという。

 そんなものかと信じられなかったが、年が明けて二月に会計処理をしてみてビックリ仰天。クリスマスと正月だけで年間の売上の七割を超えてしまっているではないか。真っ黒な大黒字になってしまった。社長が文句を言いに来た。税金を払いたくないからあんたに頼んでいるのにどうしてくれるんだと言うのだ。

 そう言われても返す言葉が無い。しかし、こちらは毎月滞りなく試算表を作って提出している。後はどれだけ売れるかは社長さんの判断ではないか。とは言え、会計事務所に籍を置いている以上、数字だけをこしらえてお持ちしているだけですとは言えなかった。一応分からないなりにも数字は見ていたし、店の動きも見てはいた。

 そこでこう反論した。ルービックキューブの流行を社長さんは予測できましたか。子供ではなく大人がおもちゃを買いに来ることを予測できましたか。社長さんに予測できないことは私にも予測できません。ただ言えることは、此れからもこの流れはずっと続くと思います。大人も遊べるゲームが流行って来期はもっともっと利益が出ると思います。税務対策はうちの税理士の先生として下さいと。

 社長はにやっと笑って言った。来期の予想までするとは大したものだ。あんたの言うことを信じよう。
 
 私はその後すぐに会計事務所を辞めてしまったが、このおもちゃ屋さんを担当したことで、経理の大切さを知り、また経営というものを理解した。
 
 このおもちゃ屋さんは今も流行っている。
 
# by antsuan | 2005-05-31 19:35 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

核戦争は遠のいてはいない。

 核兵器拡散防止条約の国際会議が不調に終わった。当然だろう。本当は核爆弾廃絶条約にするべきものを、大国のエゴで作った条約だから。

 もともと戦争法を規定したジュネーブ条約では無差別殺戮を禁止している。従ってこの法律に基づくだけで核爆弾の使用は禁止されるべきものなのだ。日本は東京裁判でいろいろな罪で起訴され有罪になった。しかし、この国際法を破って戦争をしたのは日本より、チャイナやソ連や米国の方だった。このことをもっと声高に言っても良い時期に来ているのではないか。

 いまこの条約会議が不調に終わったことで、一番問題にしなければならないのは、大国が加盟しているジュネーブ条約そのものが分解してしまう危機にあると言うことなのだ。正確に言うと大陸側のチャイナはこのジュネーブ条約に加盟していない。また、米国は先のイラク戦争において、全くこの条約を無視している。はっきり言えば条約破りを犯しているのだ。

 米国はジュネーブ条約を含めて戦争法に関するものをいったんご破算にすることを考えているように思える。その狙いは何か、再び核兵器を使う戦争を想定しているからではないだろうか。このことが非常に心配なのだ。

 同盟国である日本は、また唯一の被爆国である日本は、これだけはさせてはいけないと思う。喩え米国の戦争に加担することになっても、核爆弾を使う戦争には絶対に加担するべきではない。どんなに間違っても先に米国に核爆弾を使わせることがあってはならない。米国は自国が核被爆国になって初めて核爆弾を使う権利を有するようにしなければならない。

 同盟国として、また民主主義国家の仲間として、その事を日本は米国に強く求めるべきであろう。条約がなくても核兵器を使わせないようにすることが被爆国、平和を求め続けてきた日本の重要な使命ではないかと考える。
# by antsuan | 2005-05-30 08:14 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(2)

日本の病院の実態を知っていますか?

このところ医療・福祉・科学・教育の分野の話が少ないが、これは初めは自分の仕事関係の分野なので結構話題が有るのではないかと思っていたが、いざ書き始めると、逆に現役で仕事をしているために何かと差し障りがあるのだ。

 しかしやはり書かねばなるまい。病院の実態を。
 行政の為すべき仕事とは何かを考えよにも書いたが、日本の病院の緊急事態における対応は机上論だけである。実態は、福知山線脱線事故で負傷者の緊急収容要請を受けていたにも係わらず、定期会計検査を優先させた西宮市立中央病院の姿である。全く当てにならない。そう言い切ってよい。

 実は、私の仕事場が有る逗子市では、市長が強力に推進してきた総合的病院の誘致を地元医師会が反対にまわり、進出を希望していた病院が断念する一幕があった。災害時に中核的な存在になる病院を誘致すると云いながら、建物の規模、施設内容、それに組織的なものがはっきりするにつけ、誘致目的に添う病院ではないことは明白だった。全く言葉だけの総合的病院である。病院施設は市長の功績を示すモニュメントなんかではない。バカを見るのは最終的に市民なのだ。

 医療と云うものを生死を賭けた病気との戦いと見るならば、軍隊並みの組織命令系統と展開、訓練が必要である。規模は二の次である。しかし、行政が立案したものはまさにハコモノ主体であって、魂が全く入っていない仏像のようなものだ。更に現実を云えば、ただでさえ自院の患者さんの対応で精いっぱいなのに緊急時に重傷者を受け入れ出来るわけがない。喩えて云うならば、畑作業をほっぽり出して兵隊に駆り出される農民みたいなものだ。やってられない。

 どうか市民の皆さん、緊急時に病院で治療を受けられるとは思わないで下さい。失望するだけです。

 ついでに云えば、防災無線も相変わらず何か有ると怒鳴っているが全く聞き取れない。必死になって聞くと潮干狩りが延期になったお知らせだったりする。阿呆らしくて腹が立ってくる。本当の津波がやってきても誰が防災無線など聞くものか。

 あの電柱の上にバカでかいスピーカーが付いている防災無線を見るにつけ、捕虜収容所か監獄に入れられているような気がしてならないのだ。映画「カサブランカ」でナチスドイツの先遣隊ががなり立てたスピーカーと全く形が変わっていない。ゾッとする。

 話が脱線してしまったが、市民の皆さんにいま一度申し上げます。病院は、行政から危機管理マニュアルなるものを作れとひな形を送り付けられてきておりますが、マニュアル通りに作業が出来るような状態は緊急事態とは云えません。ですから緊急事態が発生した場合は危機管理マニュアル通りには対処いたしませんのでご了承下さい。と、掲示板に書きたいのですが、そう云うわけにはいきませんので、ここでこっそり申し上げておきます。ゴメンナサイネ。
# by antsuan | 2005-05-29 00:19 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

暗殺はやっぱり世の中を悪くする

 ダイアナ妃を殺したのは誰? 英国では90パーセントの人が、ダイアナ妃の死は他殺だと信じていると云う結果が出たそうです。私も報道から推測する限り他殺だと思います。では誰が暗殺の指示を出したのでしょう。そこがいま一つ分からないのです。

 運転手が急に替わったこと。運転手のアルコール検査が怪しいこと。別の車にぶつかった形跡が有ること等からして、かなり組織的に準備しなければ出来ない仕業です。

 そして、ダイアナ妃は妊娠していたと云う事実も明らかになりました。英国王室の陰謀でしょうか。王子と血縁関係の有るアラブの子が生まれることに強い難色を示したのでしょうか。それにしてもフランス国内で暗殺を認めることはフランス政府としても見逃すわけには行かないと思います。それを認めるだけの何か理由があったのでしょうか。謎です。

 日本国内では、民主党衆議院議員の石井紘基氏が暗殺されています。国の裏帳簿を解明した石井氏が殺されるのは十分予測されたことです。この事件以来、民主党の政府を糾弾する姿勢はかなり大人しくなってしまいました。裏で糸を引いていたのは政府か役人かよく分かりませんが、十分効果はあったように思います。

 そして最大の暗殺事件はなんと云っても現役大統領、ケネディ大統領の暗殺です。それから弟のロバート・ケネディ大統領候補の暗殺。こちらの真相は何時になったら解明されるのでしょうか。米国政府が調査した結果は二十一世紀になったら公表すると云う話だったような気がするのですが、まだ公表しないのは米国政府のイメージが悪くなるからでしょうね。多分大統領暗殺の首謀者はFBIのフーバー長官のような気がしております。それとジョンソン大統領が一枚かんでいる。人種差別の色濃い二人です。

 しかし、権力者が殺しを指示するのを止められないのは、やはり民主主義制度が未熟だと云うことなのでしょうね。
# by antsuan | 2005-05-28 00:10 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

祖先の勇気と決断を讚えよう

 今日は海軍記念日、百年前の今日、ロシアのバルチック艦隊と戦い勝利し、世界の一等国に仲間入りした日である。

 文字通り天下分目の戦いだった。ちょうど一世紀という節目である。何らかの形で祝ってもよいのではないだろうか。勿論、海軍の勝利だけで戦争に勝ったわけでもなく一等国の仲間入りになったわけでもないが、間違いなく、この日本海海戦は日本にとって国の存亡を賭けた戦いだった。それほど重要な戦いだったのだ。其の歴史的勝利に、誇りを持つことに遠慮するべきではない。

 其れにしても当時の日本の政治家は世界というものを冷静にしっかりと認識していたものだと感心する。戦いたくなくても戦わなければならない時を正確に認識していたのだ。武士の魂を持っていたということだろうか。其れがZ旗に象徴されていると思う。

 祖先の勇気と決断を讚え、さぁ祝おうではないか、この日を。
# by antsuan | 2005-05-27 07:07 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

談合はやめないで!

 工事の談合についてであるが、つくづく思うのだが、どうして民間の工事には談合がなく公共のものには談合があるのだろうか。それは結局のところ談合しているのではなく、行政に談合をさせられているからに他ならないと思う。入札の仕組みも複雑でよそ者を入れないようにし、持ちつ持たれつの仕組みを作っているからであって、談合が無くなって一番困るのは民間ではなく役人なのだ。

 役人に談合をやめさせる気が無いのに、さも民間が悪いような扱いをするのが非常にけしからんと思う。また、マスコミは予告記事をそのまま載せるようにワンパターンの記事を書き立てているだけだ。そろそろブログの出番がやって来た。ブログの威力を発揮して、談合なんて潰してしまおう。

 まず、入札価格なんて下らんものを止めさせよう。粗悪なものを造らせないように適正な価格を決めるなど余計なお世話だ。PL法(製造物責任法)が有るではないか。また、技術革新で費用はどんどん削減出来る。談合をさせられているから手抜き工事をするのであって、本当に競争で落札したのならば手抜きするわけがない。

 見てておくがよい。談合で摘発された会社にますます公共事業の仕事が回ってくるはずだ。つまり、これが役人の仕事なのだ。
 民間企業さん、談合はやめないで!
# by antsuan | 2005-05-26 07:14 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(3)

女子大生必読の書

 作家藤原ていさんの長女が「母への詫び状」と云う本を書いて、近く山と渓谷社から発売されるそうだ。「流れる星は生きている」は藤原ていさんが実体験を殆どそのまま綴った本である。その当時、背中に負ぶされていた娘が抱いた母親とのわだかまりが、老いた母を目の当たりにして、解けたと云う。

 「厳しく育ててくれたことに、今は思う存分感謝出来る」 親の有り難さは親が居なくなってから分かるものだが、親が生きているうちに分かるのは幸せで親孝行だ。

 この「流れる星は生きている」は壮絶な引き上げ体験を描いた小説で、この題名だけでも絶望の縁を歩んできたことを即座に連想させてくれる。図書館から借りてきて、この題名を見ただけで涙が出てきて、終わりの方だけを読んで涙でぐしょぐしょにして返した。

 宮城まり子の「ガード下の靴磨き」の歌も涙なくしては聞けないのだが、今の若者に当時の状況がどんなに悲惨なものか想像出来るだろうか。いや、是非とも想像出来る人間になってほしいと願わずにはいられないのだ。
# by antsuan | 2005-05-25 00:18 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

ご容赦願います

まずもって、このブログをお読み下さり有り難う御座います。感謝申し上げます。
 そこでお願いがあるのですが、ブログを日記風に書き留めていきたいと考えておりまして、そうすると当然、自分の楽しかったことや、嬉しかったこと、あるいは成功体験なども書きつづっていくことにもなるのですが、其れがついつい自慢話になり、お読みくださる方には鼻をつまみたくなるような内容になるやも知れず、その辺のところをご容赦いただきたいのです。

          ☆  ☆  ☆

 趣味のところにも記してある通り、海が好きでそれからヨットが好きになり、今もヨットを乗り回しています。が、このヨット、決して一般的な趣味ではないようで、ヨットの置き場に今も苦労している次第です。また、ヨットというと贅沢な遊びというイメージがあって、ニュージーランドでは三世帯に一艇あるような一般的なレジャーなのですが、下手に大人の人に趣味はヨットですと言おうものならば冷たい目で見られるのがオチでした。

 最初に買ったのが一人乗りのヨットで、今もレーザーとかシーホッパーなどのクラスが残っているあの形なのですが、此れは家が海岸まで近いこともあって、庭に置いておいてゴロゴロ一人で引っ張って行って楽しんでおりました。ところが父は私のやる事為すこと気に食わず、特に贅沢なヨットの遊びをするなど、まともな仕事に就いてからにしろと言わんばかりでした。

 しかし、いよいよ一人乗りのヨットでは飽き足らず、東京は晴海のボートショウで四人乗りのヨットが展示されているのを見て衝動買いをしてしまいました。当時のトヨタカローラか日産サニーの価格と同じぐらいだったと思います。さーて、問題は置き場です。初めは海岸に置こうと思ったのですが、ここは漁業組合の承認が必要で無理、近くのマリーナやヨット置き場は入れてもらえるまで二十年待ちの状態です。海岸の側の駐車場はと考えたのですが、とにかく重くてとても一人や二人で引っ張ることは出来ないことが分かりました。

 ヨットは基本的にオーダーメイドの製品です。もう注文を取り消すことは出来ません。近くには東京オリンピックでも使われた本格的なマリーナー、葉山マリーナがありました。私自身、憧れのマリーナーです。いつも暇なときにはこのマリーナーの裏口からそっと入っていろいろなヨットを見回して、何時かはここにこんなヨットを置きたいと夢を見ていました。しかし相談に行っても勿論、剣もホロロの返事でした。

 もうこうなれば、置き場所が決まるまで庭に置いておくほかはありません。とは言え、親父の乗っているクラウンよりも大きいヨットを置こうものならば、どれぐらい怒られるか考えただけでもゾッとします。しかし、もう親父に頭を下げてお願いするほかはありませんでした。

 その頃、父は町の名士達の集まりだったロータリークラブに入っており、其の葉山マリーナの社長もクラブの会員でした。不思議です。どうせ親父に頭を下げるならば、どうせ怒られるならば、駄目で元々という気になったのです。それまで親父と殆ど顔を合わせないようにしていたのに、覚悟を決めて、親父に葉山マリーナに入れてもらえるように社長に頼んでもらえないかお願いしたのです。

 父は怒りませんでした。しかし返事もしませんでした。全くの無視です。私などこの家に居ない者のように、知らんぷりです。しかし、此れで庭に暫く置いても何も言われることはなさそうだと感じました。暗黙の了解というやつです。内心ホッとしました。もう殆ど勘当されている身ですから、無視されるぐらいは全く気になりませんでした。
 
 それで引き渡しの日に店の方へ電話して、家まで運んで来てもらうように頼んだのです。ところが、ところがです。もう葉山マリーナの方へ置いてあるという返事です。初めは、其所が引き渡しの場所なのかと思いました。違うのです、間違いなく、私の艇を其所に置くようにマリーナから指示されていると言うではありませんか。有名ゴルフクラブのようになかなか入れずプレミアがついているようなマリーナに置けるというのです。イヤー、天にも昇る気持ちというものをつくづく味わいました。初めてです。
 
 勿論その日の夜、父のところへ行って頭を下げて礼を言いました。前と同じに父は何にも言いませんでした。相変わらずの無視です。しかし、チラッと目が合いました。もうそれで私の気持ちが伝わったことは充分わかりました。
 
 父とは最後まで和解することはなかったのですが、父は父なりに息子のことを思い、私は私なりに父のことを思っていたことを、其のことを思い出しながらつくづく感じるのです。
 
# by antsuan | 2005-05-24 10:00 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

どうする クールジャパン

 映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の中で、日本製ビデオカメラが最高なんだというシーンがありました。最後のオチにも日本製の四輪駆動車が出てきたりして。

 いま東京の銀座では外国のブランドショップがあちこちに出来ています。アップルストアーも秋葉原ではなく銀座です。なぜか。今や日本人に人気のある品が一流といわれる時代になったのです。つまり外国では、日本人が買わないものは一流ではないという神話が出来上がっているのだそうです。ホント?って、感じなのですが、そうらしいです。
 
 クールジャパン(日本ってかっこいいねぇー)

 バブルが弾けてどんなにコケにされようが、平和な日本。世界の羨望の的にいつの間にかなってしまいました。

 さてさて、我々日本人はどうしたら良いのでしょう。
# by antsuan | 2005-05-23 06:14 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

映画「シェーン」の解説 (その三)

(あの淀川長治さんが映画「シェーン」のプログラムに寄稿した解説「シェーンの舞台たるワイオミングとそしてこのアメリカの開拓の足跡」の抜粋です。)

 それで「シェーン」はもちろんウェスタァン映画の中でもベスト・ワンに数え上げる人もあるほどのウェスタァン映画でありながら、やっぱりジョン・フォードのウェスタァンと違って、その演出のきめが劇的にとても細やかなのである。
 ジョン・フォードのウェスタァンは、アメリカ開拓民のなかに早くからしみ込んだアイルランド気質・・・・負けじ魂が強くて、人情に脆くて、喧嘩ばやくて・・・という男臭いその時代の生一本が善良な人情肌でにじみ出ているのであるが、スティーヴンスはもっと学究的である。もっとドラマチックなのである。しかもフォードは生まれながらの映画人肌でフィルムの中にうづまっている面白さ。これに比べスティーヴンスは「アメリカ」この新しく生まれた国をもう少し現代感覚を持って見つめていると云えなくはないのである。彼が「シェーン」のあとで「ジァイアンツ」を完成させたことがさらにそれを意味づけて面白い。
 「シェーン」によって開拓されたその広大なアメリカ西部にやがて石油が噴き出して、アメリカは富める国になり変わった。そのアメリカの悲劇を、彼は「シェーン」の前に「陽の当たる場所」で取り上げている。
 云わば「シェーン」「ジャイアンツ」「陽の当たる場所」はこの時代の順でスティーヴンスのアメリカ三部作とも言えなくもない。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 あのジョーイ少年が今も生きていたら、「アイ・リメンバー・シェーン」・・・儂はなぁ、シェーンと云う偉い男を知っているんだよ、忘れはせん、あの男をなぁ・・・と、そう云っているとするとどうであろう。そして実にジョージ・スティーヴンスの映画「シェーン」こそはそれを今日のアメリカ人にそう話しかけているわけである。あの時代、あの頃のアメリカ人たち、そして今日のアメリカこそはあのジョーイ坊やの両親たちの手で出来上がったんだぞ・・・と。
                              おわり
*昭和三十七年四月十一日発行 東宝事業部出版課 日比谷映画劇場 「シェーン」のカタログより

 映画を通して、人生とは何かを説いてくれた淀川長治さんの名解説。人生の年輪を数えた人の熱き情熱が伝わってきます。私も淀川長治さんの気持ちに一歩でも近づけるようなブログを書いて行きたいと思います。
# by antsuan | 2005-05-22 06:44 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(3)

映画「シェーン」の解説 (その二)

(あの淀川長治さんが映画「シェーン」のプログラムに寄稿した解説「シェーンの舞台たるワイオミングとそしてこのアメリカの開拓の足跡」の抜粋です。)

 ワイオミング・・・・この「シェーン」の背景となっているアメリカ中西部は云うまでもなく東部からの開拓民が西へ西へと進んで行った云わば終着駅なのである。
 カルフォルニヤに黄金が発見され(一八四八年)狂気の連中が西へ西へとオレゴンの山脈越えにカルフォルニヤに進む。そのオレゴン・トレイルの延々たる道が実はワイオミングで行き詰まりとなってしまう。つまりワイオミングの西を縦に走っている険しいロッキー山脈の峰が彼らの行く手を手厳しく食い止めてしまうのである。
 西へ西へと一家をあげ命を賭けて進む開拓民はワイオミングで、さてこれからロッキーの峰越えをするのがいいか、それともワイオミングの緑なすこの神に恵まれた平原に落ち着いて新しい家を築くべきか・・・・ワイオミングはその彼らの運命的地点でもある。だからこそ彼ら開拓民のその地に落ちつこうとする根性は非常に強い。このジョーイ坊やの父も、そして母もその連中の一組だ。それでこのスターレット一家は誰がなんと云おうと「この地に!」と云う神かけた信念に生きている。
 ところが、ここに同じような気持ちで、この地を我がものと狙ったのが「牛飼いたち」だ。ワイオミングは今でもアメリカ第一の放牧地だ。自然のはるかなる大草原は牛飼いにとってもまるで神の恵みに違いなかった。
 だから開拓民の田畑や土地を邪魔する牛飼いたちも云わば命がけだ。まさにお互いが生きるための戦いだ。しかし牛飼いも開拓の土地を金で買おうと云うのである。
 盗むと云うのではない。けれども開拓民にとっては最早その土地は「生命」であって金ではないのである。ウェスタァンの真の姿がここにも見事に説かれているわけである。
         ***
 ワイオミングが州制になってアメリカ第四十四番目の州になったのが一八九〇年だから、この映画はちょうどその一年前の時代である。そんな頃なのになんと野蛮なまるで原始的な町らしい町も見当たらないこの映画のワイオミングに疑問を抱かれる人は、ワイオミングという中西部のその州の広さをご存知ないのであって、ワイオミングはなんと日本でたとえると本州にさらに九州を足したぐらいの広大な土地である。それで、あのような白雪の輝く山の峰々を遠く遙かに見渡す広い平原がいたるところにあって州制になってその州都のシァイアンは多少とも町らしくはなっただろうが、やっぱりまだまだ原始の地肌をむき出しにしていた土地が多かったのであろう。
 そんな広大な土地であるなら、なぜあの開拓民たちに牛飼いの嫌がらせを避けサッサッと逃げなかったかと云う疑問が出るわけである。しかし開拓者のフロンティアは、やがてこの時代には既に西と東を結んで彼らはもう「落ちついた生活」に必死に努力を注いでいた時代である。牛飼いに追われて移動すれば、またその新しく出向いた先々の土地でも追われる破目にあうかも知れない。彼らはもう根無し草には耐えられないわけである。それならばこそ・・・・ここで流れ者のシェーンの寂しさが一層きわだって感じられてくることになる。
 スターレットの家の前に二年かかっても掘り出されないような巨木の根が地面ふかく枯れた根を張っていた。スターレットはそれを取り除いて地面をならすことを二年がかりで願っている・・・けれど固く地下に張り付いた根はびくとも動かない。これをシェーンが手助けしてついに地面から掘り出して崩しとってしまうところがある。
 ここに「家」の土台をかくして築くスターレットのたゆまぬ精神が見られ開拓民の魂があふれしのばれるわけである。しかもそれを流れ者のシェーンが力を貸してそれを取り除くのも皮肉な悲しみであり、そうして、やがてシェーンはその開拓村の平和の地ならしをして去って行ったわけである。
         ***
 つづく
# by antsuan | 2005-05-21 00:14 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

映画「シェーン」の解説 (その一)

 映画を語る時には解説者淀川長治さんを抜きにする訳にはいかない。五十過ぎの日本人だったら、”さいなら”おじさんの彼を知らない人はまずいないと思う。そして彼の解説を聞いて誰しも映画にのめり込んでいったのではないだろうか。一箱の段ポールの中に映画のプログラムが何十冊となく詰まっている。私が観た映画のプログラムなのだ。

 「シェーンの舞台たるワイオミングとそしてこのアメリカの開拓の足跡」、あの淀川長治さんが映画「シェーン」のプログラムに寄稿した解説である。映画以上に感動する解説なので、前にも何処かで披露した事があるが、ここにもその一部を何回かに分けて抜粋し、再び心に留めておく事にする。
     ==============================
 この映画の脚色にはとくにA・B・ガスリー・ジュニアーが当たっている。彼はカーク・ダラスが主演した「果てしなき蒼空」の原作者であり、西部小説でピューリッツァー賞を受けた作家である。
 西部小説でピュリッツアー賞をとったような作家だから「シェーン」の脚色にもウェスタァン・・・・と云うよりもワイオミングの開拓民の生活や事件にでたらめな脚色をするわけもない。
 「シェーン」を観て一番感心したことが実はそれである。あの開拓民のたたずまい。
 ファースト・シーンでジョーイ坊やが鹿が小川の水を呑みにきたのを長銃で狙っている。おや、あんな子が長銃であの鹿を撃つのかな・・・そう思っていると実はその長銃には弾が込められていない。子供はただ射撃するまねをしているだけである。
 たったその一つだけのことでも、当時の開拓者の「生活」が見事に出ていて、両親がこんな小さな子供にタマの入った鉄砲なんて持たせはしない・・・・と云うことが、なんでもないようで非常に心暖かく善良で教育的に見えるのである。それでこの坊やの「家」もきっと「心やさしい、いい家」だと云う気持ちが持てるのである。
 この映画はファースト・シーンからこれだけ西部の真実を示してくれる。そしてシェーンがこの一家にやがて居つくわけになるのだが、この家族のそれぞれの登場者の会話の面白さ。
 「まま、ぼくシェーンが好きになってもいい」それを坊やから聞く母の、まだ青春の消えきらないような美しい母が、かすかな心の奥底にシェーンを恋し愛し、それを恐れてもいる母の耳にどう響くことか。
 そんな時善良な母は、坊やのその父に向かって「貴方、わたしをしっかりと抱きしめて下さい、しっかりと・・・」とすがったのである。
 そしてその父が坊やに「シェーンをあんまり好くでねえぞ、あんまり好くと、シェーンが出てゆく時、とってもつらいからな」・・・その子供にさとす、その父親の何気ない言葉が、そのまま彼の妻の耳にも風のような軽やかさで、しかも肌にしみるように聞こえてくる・・・・このお互いの会話の美しさ!
        ***
 私がもう一つ感心してしまったのは、納屋で寝泊まりしているシェーンのことだった。こういう納屋を客人に使うのはそう珍しくもなかったが、雨が降ってきて、その雨の中で棒立ちになっているシェーンを窓越しに見たジョーイ坊やが「お母さん、シェーンをお家に入れてあげないの」というところ。
ここで母がそうしなかったこと、また雨に濡れそびれたシェーンが家の中に入ろうとはしなかったこと。
 この「家」のなんと感じを出していたことか。納屋といっても、粗末な家のぎこちない窓からはすぐにも手を出せば納屋のものが掴み取れそうなそんな家と納屋の構造が、やっぱりスティーヴンスの確かな目で、そしてシナリオを引き受けたA・B・ガスリー・ジュニアの行き届いた西部開拓当時の時代考証で、いかにも一八八九年の西部の開拓民の貧しさを出しており、また、雨中のシェーンが家のなか、特に坊やの母のいる、その家の中に入ろうとしないこと、また坊やの母もお入りと云わなかったことが・・・・シェーンとジョーの妻の、きびしい自戒の心のうちが哀れさびしく、しかも、まことに清く美しく出て見事であった。
        ***
                                                                  つづく


 
# by antsuan | 2005-05-20 05:55 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

全然進歩していないじゃないの

 民主主義と云う政治形態はまことに不完全な物である。しかし、歴史上いろいろな試行錯誤の中で、此の制度がいまのところ人類にとって一番最適な制度であると考えられている。欠点がある事を認識している所が強みな政治形態なのだが、その欠点を補正する事を放棄したならば、最早、民主主義とは云えなくなってしまうのだ。まことに脆い。

 参議院議員の一票の格差が五倍以上あってもまたもや合憲とされた。衆議院議員の一票の格差も二倍を超えている。法の下に平等を謳った憲法に違反すると息巻いてもしょうがない。この頃は憲法なんて聖書みたいな建て前的な物でしかないと諦め、悟っている。

 問題は司法の健全性が失われている事なのだ。三権分立の確立が為されてこそ、民主主義は機能するものなのだ。しかし、残念ながら日本人は此の民主主義を自ら戦って勝ち取ったものでないだけにその危機感が無い。戦前も普通選挙が行なわれていたように、曲がりなりにも民主主義は在った。それが崩壊したのも、やはり今と同じで此の三権分立がしっかりしていなかったために軍隊と云う官僚主義を招いてしまったのだ。つまりは日本の政治機能は戦前から全く進歩していない。此れでは、よその国を帝国主義だとか一党独裁の共産主義だとか非難する資格は全然ない。

 日本も健全な民主主義を維持しない限り、自己崩壊の定めが待っている。
# by antsuan | 2005-05-19 08:06 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(2)

朝霧の原風景

 皐月、ここ三浦半島でも一番爽やかな季節になった。時々メイストームなんていう台風並みの嵐がやって来るけれども今年は珍しくまだ来ない。もう四時を過ぎると空が明るくなってひんやりとした空気があたりを支配しているのが分かる。そして朝日が昇る頃、海に出てみると朝靄が立ちこめ視界を遮っている。上を見上げると青空が見える不思議な世界だ。

 山や高原では朝霧と云うのだろうか、前にも書いたが、裏磐梯の桧原湖のそばの学生村で夏休みを過ごしていた時に、ふもとから白い物が湧き上がってきていつの間にか周りを覆ってしまった。それが朝霧だった。此れが雲の本体なのかとその時に始めて実感したものだ。

 朝霧と云うと生まれ故郷の景色を忘れる事が出来ない。生まれた家は街並みからちょっと外れた山の梺に在って、そこからは街道沿いの家々、田んぼの中を横切る奥羽本線の線路、そしてずっと向こうには鳥海山が見渡せた。産婆さんに取り上げてもらったのでその家が本当に私が生まれた場所なのである。夏休みには必ずと言っていいほど此の母の実家へ遊びに行っていた。

 その家は大正の当時としては珍しい、今で言うツーバイフォーで造られた洋風の建物で、窓で囲まれてはいたがベランダがあり、そこから先ほどの景色が一望出来るのだった。そして私には特権があった。祖父が持っていた駆逐艦の艦長からもらったと云う海軍の双眼鏡を使わせてもらっていたのだ。

 朝起きると汽笛の音が聞こえる。早速その双眼鏡を持ってベランダへ出る。さながら駆逐艦の艦長になった気分だ。と、木立の向こうから黒い煙が見える。双眼鏡を構え、木立の方へ焦点を合わせると、見えた、蒸気機関車が田んぼの真ん中を横切って行く。    

 その吹き上げた黒い煙の向こうには、朝霧を帯のようにたなびかせ、万年雪を残す鳥海山が青くくっきりと映っている。此の景色はいま居る葉山から見る富士の景色と全く変わらない。それは祖父の形見としてその双眼鏡を手元に持っているせいであろうか。
# by antsuan | 2005-05-18 08:24 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

西部劇で育った少年時代

 何故だか分からないけれども、近年新しい映画を全然観たいと云う事が無くなってしまった。テレビもドラマを観たいとも思わない。好きな俳優がいないからだろうか。好きな監督の作った物が無いからか。最も此の所こらえ性も無いほど涙もろくなったので、みんなと映画を観る事が出来ないと云う不安もある。本を読んでいても涙が出てきてしまって、図書館から借りて本を読んでも汚すといけないのでそれも控えている。いやいや本当に情けない。

 先日、BS放送だったか何かでケビン・コスナーの出世作「ダンス・オブ・ウルブス」とか云うのをやっていた。良い映画だとは聞いていたが、今迄見る機会が無かった。観てみると、どうやら白人とインディアン(アメリカ原住民)との心温まる物語らしいのだが、血なまぐさいシーンが出てくる。どうもハッピーエンドでは終わらなそうだったので途中でテレビを切ってしまった。

 子供の頃、映画は西部劇から見始めた。テレビでもララミー牧場、ローハイド、ボナンザ等結構良い西部劇が沢山あったので、時代劇や現代物など全く観なくてもちっとも飽きなかった。何と言うことはないアメリカかぶれの子供だったのだ。しかし幸いなことに、其の西部劇の殆どが良き人、良き家庭、良き社会を描いたヒューマニズムを基にしたものばかりだったような気がする。

 此れは米国政府の国策によるものだったのだろうか。多分そうだと思う。レッドパージが映画界に吹き荒れ、チャップリンがアメリカ映画界から追放されたのも、国からの思想弾圧を受けていたのだ。しかし、移民達によって形成された社会をまとめるにはこのような映画映像教育は必要不可欠のものだったのではないだろうか。

 「カサブランカ」、「誰がために鐘は鳴る」の映画も元々は国策映画だったと聞く。其れにしても何という名作だろう。きっと母国を捨てた移民の監督、俳優達の切ない思いが込められているに違いない。同様に西部劇においても単なる活劇に終わらせず、人種差別や偏見は綺麗に覆い隠されているけれども、人間模様を鮮やかに写しだし生きる指針を暗に示している。

 此れを国策だとか洗脳だとか言うのはたやすいことだが、国民に一つの指針を与える手段として活用することは決して悪いことでは無いと思うのだ。歴史教科書をアーだコーだと言うよりもこのような立派な国策映画を作らせたほうがよっぽど効果的だと思うのだがいかがなものだろう。
# by antsuan | 2005-05-17 10:15 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

心に引き継ぐために

シベリアの名簿でまたまた思う国の無為無策
此れは「重箱の隅でごろごろごまめかな」に付けたトラックバックです。

 墓標。此れにはどれだけの意味があるのだろうか。お墓ブームは既に去ってしまい、今はお骨を持って返らず火葬場において行く人もいるそうだ。

 日曜日に、親しくしていただいた方が正月に亡くなった事を聞いて墓参りに行ってきた。簡素な墓だったが、そこには家の名前は小さくしか刻まれておらず、一文字の漢字が大きく刻まれているだけだった。わざわざ遠方から来たと云うので案内に来て下さった家族の方の話を聞くと、人生決して楽しい訳ではなく苦しい時の方が多い、死んでその苦しみから開放されたと思う方がいいのではないかと言うのだ。

 そう言う意味の一文字にはその家族の苦しみ悩みが隠されているのを静かに感じ取る事が出来た。またその方は、葬儀や偲ぶ会等は死んだ者にとってはなんの意味もない、生きている者の社交儀礼でしかないような気がして敢えて連絡しなかったのだが、このようにわざわざ墓にいらして下さる方がいらっしゃるのを知って親族として本当に嬉しく思うと、話して下さった。

 人は誰とも係わり無く生きて行く事は出来ない。誰かに世話になって生きていて、名前の知らない人であったりする。そしてその世話になった人を忘れる事が出来ないのは何故だろう。それは過去があってこそ未来が在る事の証ではないだろうか。世話になった人の生きていた証を確かめないで、何で自分の未来があるのだろう。

 多くの人が墓標も無く、草むし水漬き、空に散っている。その人々が我々の未来のために死んで行ったとしたら、その事を忘れてはならないような気がする。シベリア抑留の引き揚げ者の一人、国民的歌手三波春夫は秘めたる愛国者だった。しかしそれは墓標も無く死んで行った人々の守った国を守り続ける決意の現われだったのだ。

 間違いなく、今日の繁栄は名も無く死んで行った先達のお陰なのだ。その事を忘れてはならない。いかに靖国神社にお参りしようとも、シベリア抑留者の名前すら確認しようとしない連中は愛国者では無い。
# by antsuan | 2005-05-16 07:25 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

人事介入の勧め

 官僚主義が横行する原因はひとえに内閣が役人の人事に介入しないからに他ならない。内閣が政策を遂行するにあたり円滑に業務をこなせる役人を選任するのは当然の義務であって権利ではないはずだ。

 田中角栄という人物は功罪相半ばする業績を上げた首相であったが、議員立法とか役人の登用などには民主主義に立脚した決断を下した最後の首相であったような気がする。ライオンへアーのあの方も国民の代表として大いに役人の人事に介入することを勧める。役人に弱みを握られている他の与党議員には到底出来ない業であろう。また民主党の代表に其れが出来る力量があるかどうか甚だ疑わしい。

 公平な人事など必要ない。軍隊において部隊長が司令官の指示に従わなかったらどうなるか。議会制民主主義においては、総理大臣、知事、市長などの行政の長の指示が絶対命令なのだ。

 実はいま、外交においてはものすごく大変なことが進行中なのである。確かに国内問題はデフレーションによる膨大な借金を抱え、国民の未来像を描けない悲惨な状況だが、そんなことは日本だけに限らないのであって、それにも増して重要なことは、冷たい戦争が最終局面を迎えている事なのだ。日本人はこのことを忘れてはいけない。地殻変動の響きが聞こえている。
 
 ブッシュ大統領は任期中、つまり今後四年以内にチャイナの共産党政権を崩壊させる気でいる。世界はイラクに目を奪われているが本当の敵はこっちなのだ。其れは日本にとっては、明治維新以来のアジア政策の完了を意味し、百年越しの米国以上に重要なことである。

 不満は残るがロン・ヤスの関係と同じ、親密な日米関係を維持していかねばならないときに、議会制民主主義の根幹的問題を疎かにするわけにはいかない。今は日本に明確な指導者がいることを世界に表明しておくことが必要なのだ。
# by antsuan | 2005-05-15 01:31 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

新脱亜入欧論的気持ち

 福沢諭吉が言った脱亜入欧論、いろいろ尾ひれが付いているけれども、そもそもは朝鮮や清朝に近代化の後押しをしてあげようとしたけれども、一向にその気が無いので、大陸の連中のことは切り離して日本だけが欧米に追いつこうではないかという考えだったわけです。

 翻って、今まさに同じ状態に大陸関係がなっているのではないでしょうか。いくら経済援助をしても有り難がるどころか反日・抗日の対決姿勢をあらわにして進歩しようとしない民族に、日本国民は覚めた目で新脱亜入欧を考えていると思います。福沢諭吉と同じ思いを西郷隆盛や伊藤博文らは抱いていたはずです。其れが征韓論の基であり日清戦争の理由だったわけです。

 日清戦争後の下関講和条約の第一条に「朝鮮国を自主独立の国たることを確認す」とわざわざ記したぐらい、日本は朝鮮民族を大事にしていたのに、この親心が分からないまま今に至っているのです。儒教文明の民族は、やらせていただきましたと言わないと満足しないようです。親ごころなんて言い方はとんでもないという訳です。

 しかし、日本人はこの事を声を大にして言うべきでしょう。相手が耳を塞いでしまおうが逃げ出そうが、飛びかかってこようが、この際、はっきりと言っておく必要がありそうです。「お前達の独立記念日は日本の終戦記念日なんかじゃない。下関講和条約締結の日なんだ」と。
 其れが本当の友情というものでしょう。
# by antsuan | 2005-05-14 07:41 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

ジャーナリズムとIT革命

 TBSの問題は「重箱の隅で・・・」(済みません何時も端折って)の ”氷山の一角「盗用コラム」の問題” に書かれているように、単純な問題ではない。まずもって報道される事の重みを全く理解していない。ジャーナリズムの倫理なんて本当は無いと思う。著作権とか報道の権利はその責任に裏打ちされたものでなければならないからだが、NHKと朝日新聞の問題、ライブドアとフジテレビの問題、そしてまたTBSのホームページの問題と、まぁ次々とよく出てくるものだと感心する。結局のところもともと倫理なんて持ち合わせていない事に気が付いた。

 「真珠湾のだまし討ちの卑怯者」、ジャーナリズムを利用した米国の政策によって日本国民は敗戦以上にどれだけの屈辱を味わってきたか。「東京ローズの悲劇」(古くて分からないかも知れませんが、米国において日系二世の若い女性が無責任な新聞記者に依って敵性人間として投獄された事件)もジャーナリズムの無責任に依るものだ。報道によって社会や人間の人生が左右される事を今一度理解し、忘れてはならない。

 それを踏まえた上でよく考えて欲しい。ジャーナリズムのパワーは今、マスコミからインターネットへと大きなうねりの変化が起きている。その兆候が冒頭に挙げた事件に出てきているのだが、携帯電話メールを使ったチャイナの反日デモの広がりもそうだ。此のうねりによって共産党政権は崩壊寸前の所まで来ている。これがIT革命と云うものなのだ。我々は革命のまっただ中にいる。生き方を間違えると文明すらも崩壊するだろう。
# by antsuan | 2005-05-13 07:06 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(0)

古いキリスト教国家と古い儒教国家との付き合い方

 ショッキングな話を聞いた。欧州では中世を風呂に入らなかった時代とも云うそうだ。此れでローマ帝国には立派な風呂があったのにシャワーしか発達しなかった訳が理解出来た。香水が必要になる訳ですよね。キリスト教つまりバチカンが風呂は身体に良くないと宣伝したためと云う。また赤ちゃんを手足も動けなくするほど布でくるむ習慣もそんなに昔の事ではない。
 
 ま、天動説をつい最近まで否定してこなかった世界だから、それぐらいでショックを受けてはいけないのかも知れない。ただ、そう云う事がバカらしい事だと欧州社会が気付き始めた頃にアメリカ大陸への移民が始まった。そのため米国民は未だにキリスト教の古い部分を守り続けている実に奇妙な地域らしい。進化論を教えてはいけないなんて法律が戦後暫く経っても残っていた国なのだ。宇宙へ飛び出して天動説を否定したのにである。

 臓器移植は全く否定しない。そのくせ十字軍みたいなことを真面目にやっちゃうように、民主主義はあくまで国内に於いてであって国際的には立派な帝国主義を貫いているのも、そのような古い文明を引きずっているからと思えば、たしかに合点がゆく。

 米国が欧州とはまた違った異質の文明を持ち続けている事を知れば、仲良く付き合って行くにはそれほど難しい事ではないが、「時効」と云う概念を取り入れない、儒教文化のチャイナや韓国と付き合うのは、文明の違いを理解してもなかなか至難の業だろう。こういう社会はソビエトと同じでいずれ崩壊するに違いないが、地理的にあまりに近すぎてそのとばっちりを受ける事が心配だ。
# by antsuan | 2005-05-12 07:26 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(1)