あんつぁんの風の吹くまま

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カテゴリ:文学・教育・科学・医療( 458 )

大学って学問追求の場なんです。学風に合った若者を選ぶのは当然のことです。

 何でこんなことすら解らなくなってしまったんだろうと、日本の社会に嫌気が差してくる。

石原裕次郎の碑も泣いている
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 日本人が、日本の常識、つまり日本文化を忘れてしまわないうちに老人は声を上げなければならない。

 こんな世の中になってしまっては、黙って寝てはいられません。


【大和魂とは心の文明である】

by antsuan | 2018-08-13 07:58 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

自治意識を持たないと災害は防ぐことは出来ません

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 西日本の集中豪雨の被害はエライことになってしまいました。堤防の決壊が直接の原因のようですが、冷静に見ると、氾濫した川の水を逃がす作業を怠ったことが被害を大きくしているように思えます。

 昔から、堤防の決壊はよくあることでした。火事になった時には家を壊してでも火を消すことを優先するように、川が氾濫したら押し寄せる水の捌け口を作るのが常道です。

 堤防を壊すのは勇気がいります。災害対策には被害を最小限に抑えるための手順を決めておかねばなりませんが、自立自存、自治意識を持たない、日本人の平和ボケがそれを妨げているようです。 



 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2018-07-15 07:36 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

自然災害なんて日本ではしょっちゅう在る事さ

 ここ神奈川県葉山町では、今年は異常な空梅雨になりました。半世紀前だったら、渇水による被害で大変だったことでしょう。しかし、神奈川県は昔から治水対策がしっかりと行なわれているので、水不足になることは在りません。

 ところが、関西や中国・四国地方では、今年は記録的な集中豪雨に見舞われているようです。地質上の問題があり、もともと土砂崩れの多い地域なのですが、その災害は無視出来ない規模になってしまったようです。

 経済の発展に伴い、この頃の日本人は科学技術の策に自惚れが在ったように思います。
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 自然災害こそが、人間を謙虚にさせる手段なのかも知れません。




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     正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-07-09 07:12 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(4)

軽い気持ちで社会福祉士を目差していたけれども・・・

 滝乃川学園二代目学長石井筆子が愛用していたピアノには燭台がついています。この燭台につけた蝋燭の灯の下で賛美歌などを歌っていたのでしょう。

 科学的に云えば、物体が煌めく状態の事をプラズマと云います。蝋燭の炎が輝くのはプラズマ反応なのです。

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 社会福祉士の資格を取るという軽い気持ちで日本福祉大学に入学しましたが、講義の中で滝乃川学園の事を知り、頭をガツンとやられた思いです。

 いつの世も女性の活躍は無視出来ないものですが、西洋文明を積極的に取り入れた、明治時代の女性の活躍をけっして過少評価するべきではないと思います。

 石井筆子もその一人です。
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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-05-07 00:10 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

環境団体は印象操作がお好き

 インターネットが普及したお陰で、偽情報が巷に蔓延している反面、偽情報を暴く情報も飛び交うようになりました。

 しかし、情報取得の手段を新聞やテレビなどに頼っている民衆は、写真、映像、証言、記事、更には音声を分からないように改変する、多岐に亙る情報操作の手法によって、マインド・コントロール、洗脳されているのが世界の現状です。

 近年、大騒ぎしているのは地球温暖化問題ですが、これは、典型的な情報操作による政治化された科学問題と云えましょう。

 地球規模で環境を論じる場合、当然の事ですが、自然現象を科学的に理解しておかねばなりません。地球の温暖化や寒冷化は太陽の活動が大きく影響していることが明らかになっていますし、大気汚染に関して云えば、火山の噴火による有害物質の放出は人工的な汚染の何倍にも上ります。

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 ですから、このような環境団体や非政府組織は、ネオコンの情報機関が裏にいて、彼らの利権を拡大したり保護する目的で活動している事を注視しておかねばなりません。

 はっきり言えば、非政府組織(NGO)は民族主義国家を破壊する工作機関なのです。


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   正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-05-05 01:55 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(4)

宇宙は固体、液体、気体とプラズマで出来ている

 人類にとってエネルギー問題は死活に係ることです。そして、石油や石炭など化石燃料が枯渇してしまうと大変困ったことになると心配して大騒ぎしています。ところが、宇宙空間で輝いている恒星はそれ自体が有している燃料を使って光やエネルギーを発散している訳ではないことが解ってきました。

 考えてみれば、ニュートン力学は、物体の固体、液体、気体の形態に基づく理論であり、もう一つの形態、つまりプラズマ(電離気体)を認識することで相対性理論でも解決出来ないダークマターが完成するのですから、これからは益々プラズマの研究が盛んになることでしょう。
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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-05-03 11:21 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

「野球の出来る幸せ」を知った男の冥福を祈る

 広島カープファンとしては衣笠選手の存在は特別のものが在ります。カープを一流の球団にしたのは彼の存在が大きかったと思っています。
               東京新聞より抜粋
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 この新聞の記事に在るように、ベトナム戦争の影が日本にも覆いかぶさっていた時代です。混血だった衣笠選手の野球に打ち込む姿を見て、わたしは日本人として如何に生きるべきかを学びました。

冥福をお祈り致します。



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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-04-25 07:53 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

渡辺横浜高校野球部前監督の講演を聴いてきました

 渡辺前監督は沢山の少年たちが話を聴きに来ると思っていたようですが、来場者は殆どが親ばかりで少々拍子抜けしたようでした。

 とはいえ、会場には何人もの教え子が集まり、其の教え子を一人ひとり紹介しながら、子どもたちに真剣に向き合う事によって、自分も監督として成長したと話していました。

 愛情を持って接すれば、厳しさの中に在る優しさを理解し、自分を見失わずに子どもは挫折を乗り越えていく。子どもは遊びから学ぶものだと云うお話でした。
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【大和魂とは心の文明である】

by antsuan | 2018-04-23 07:20 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

大学に編入学したけれど・・




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 社会福祉士の資格を取るために実績の在る日本福祉大学へ入学しました。この大学では、下の表のように、国家資格を持っていれば何がしかの科目が免除されるという優遇制度が在ります。ところが、ところが、なんと診療放射線技師の国家資格を持っていても、この優遇制度の恩恵を受けられないのです。どうやら、この大学では診療放射線技師は医療従事者とは見做していないようです。
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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-04-22 15:54 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(6)

夏目漱石の「私の個人主義」を読み返し、平和な時代の武士道精神を考える。

 夏目漱石の「私の個人主義」を読み直してみた。

 大正三年の晩秋に学習院で講演したものであるから、時期としては、日露戦争に勝利して外国からの脅威が無くなり、国家が安定して平和になった時代のことである。

 「義務心を忘れない範囲の自由」、それが個人主義というものであると理解した時、他人本位の人真似ではなく、自己本位で西洋人ぶらない自分を見失わない生き方を、漱石は留学中に見つけたと述べている。
第一に自己の個性を大切にするならば、他人の個性を尊重しなければならない。
第二に自分の権力を行使する時はそれに付随する義務を心得なければならない。
第三に金の力を示そうとするならば、それに伴う責任を重んじよ。
 これを古い時代の主義思想と吐き捨てていいのだろうか。

 漱石より一世代前の、幕末を生きて外国からの脅威を身をもって体現した、日本の資本主義の父と云われた渋沢栄一は、「個人は『私と公』を同時に持ってる。しかるに権力者や金持ちは限りなく公に近い私の個人でなければならない。」という考えであった。

 確かに、この「個人」の概念は武士道精神的で古く感じるかも知れない。しかし、夏目漱石はこれから平和な時代の日本を背負って行く若者たちに向かって述べたものであるから、本質は全く変わっていないのである。

 従って、自己愛・個人主義は平和な時代の武士道精神といえよう。
 

青空文庫から引用
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[「祈りとは自然との対話」 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2018-04-13 07:22 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)