2008年 02月 21日
落第二等海士の回想、「見張り」日本中が万博で浮かれている頃、私はたった九ヶ月ですが、海上自衛隊員、つまり水兵として訓練を受けていました。四ヶ月ほどを教育隊で過ごし、その後横須賀を母港とする護衛艦隊旗艦「あきづき」へ配属されました。しかし、配属されてすぐに横須賀基地の総監部、つまり総司令部に出向し、総合訓練の情報を司令官と共に見詰めていました。 一ヶ月近くも陸上の司令部でのんびりしてしていたものですから、艦内作業の基本的なことをすっかり忘れてしまい、ますます使い物にならない水兵になっていたのですが、まわりにはがっちりした体格の古参兵がさっさと仕事をしてしまうので、足手まといにはなっても作業が滞ることは無かったのです。 そうこうしているうちに自分にも見張りの当番がやってきました。もともとが後部甲板の砲台の班にいましたから、見張りも船尾の見張りがほとんどで、見張りとしては全く気楽なものでした。見えるものは航跡ばかり、後は後続の護衛艦ぐらいです。ロマンティックなものでした。 ところが入出港の時はがぜん緊張します。私が横須賀に来る少し前、「あきづき」と同じ型の「てるづき」が東京湾で追突事故を起こし二名ほど隊員が死亡しているように、その当時から東京湾は海の銀座であって、なおかつ漁場でもあるので小さい漁船が漁をしています。はっきり言って事故が起こらないのが不思議なほど、第三海保付近は目茶苦茶に船がひしめいていましたから、見張りは大変です。 レーダーの見張り役の方が外で見張りをしている者よりも早く船を見つけるのですが、五百メートル以内に近づいている船はレーダーで判断するのは不可能です。外で見張っている者が当番の航海士に報告するのですが、その航海士には右舷の見張りから、左舷の見張りから、そして船尾の見張りから次から次へと報告が来ます。もう訳が分からなくなって見張りと航海士は怒鳴り合いが始まります。 そんなわけで、前置きがだいぶ長くなりましたが、今回の護衛艦「あたご」の事故の様子はだいたい想像がつきます。 まず、レーダーの見張りは波があったりして三隻の漁船をキチッと見分けられず、二隻と勘違いした可能性があります。そして外の見張りも、波に見え隠れする真正面の漁船について、右舷側の見張りが報告するか左舷側の見張りが報告するか迷うところです。ここで三隻の漁船のうちどれか一隻が航海灯をつけていなかったら、レーダーの見張りの報告を信じて、外の見張りは漁船は二隻のつもりで監視していたと考えられます。 本来は、漁船を発見した時点で自動操舵装置を解除するのが普通ですが、小型船舶は大型船舶を避けなければならないという国際海上法規がありますから、対等の大きさの船だったら「あたご」は避けなければなりませんが、相手の漁船が自船を確認したと信じて直進を続けたに違いありません。というのも、貨物船などの商船の場合はほとんど漁船が避けます。先ほどの法規がありますから。 そして、直前になって実は漁船が二隻ではなく、三隻だったと分かったがすでに手遅れだった。ぶつかった衝撃はほとんど無かったはずですから、漁船とぶつかったという確認は船尾にいた見張りがしたと思われます。 その報告を受けて初めて当直の航海士は機関停止を命じ、衝突状況、自船に被害が無かったかを確認したことでしょう。相手の船の救助はその後です。これは通常の船舶だったら、それが決められた手順なのです。 自衛艦は衝突した場合には、「総員起こし」の号令をかけて戦闘態勢に入り、全ての出入り口(ハッチ)を閉めます。各員配置がそろったところで、艦長が艦橋に来て次の命令を出す。救助作業にかかるかの判断は艦長が状況を当直士官から聞いた後かなぁ。
by antsuan
| 2008-02-21 23:57
| 自然・ブルーウォーター・競技
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Comments(4)
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Count_Basie_Band at 2008-02-22 11:16
やっぱり体験者のご意見は説得力がありますなぁ。
私らは、軍艦の中なんて映画でしか見たことありませんからね。
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antsuan at 2008-02-22 11:38
・自動操舵装置の解除をしなくても、まず、警笛を鳴らすべきでしたね。しかし、軍艦は隠密性を重要視しますからそれを嫌うんですよ。昔からです。
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syenronbenkei at 2008-02-23 14:40
船の上から見た東京湾の様子、なるほどなぁと思わされました。
レーダーって、500メートルも離れてても役に立たなくなるんですか。
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antsuan at 2008-02-23 15:23
・セイロンベンケイさん、レーダーもカメラとたいして変わりません。望遠だと近くは見えないし、絞りを相当絞らないとピントが甘くなりますよね。レーダーはもともと望遠仕様なのです。ですから手前は見えないし、ビームを絞らなければピントは甘くなり、小さなものは識別出来なくなります。船の裏に船がいたら見えないのもカメラと一緒です。
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平成15年(西暦2005年)3月開設
世の中、理不尽なことが多すぎます。それが普通の世界だということがようやく分かってきました。しかし人間として生きるためには獣のように本能に心をゆだねるのではなく、精神をしっかり持たねばなりません。「健全なる肉体に健全なる精神を宿らしめよ」を自戒の言葉に、右左あんつぁん(東北弁で臍曲がりなこと)の本領を発揮して、いろいろ書いてみたいと思います。どうぞ宜しく。
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