あんつぁんの風の吹くまま

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分断国家にならなくてすんだ理由(わけ)


 谷沢永一関西大学名誉教授は月刊ボイス九月号の巻末御免(二七三)で、次のように述べている。

 広島と長崎の被爆は人類史上に長く伝えるべき悲劇の極地である。考えるのも厭わしいけれど・・・
 もし原爆による陸軍の屈服がなければ、戦争は終結しないまま戦闘状態が継続していたであろう。従ってソ連は北海道はもとより東北地方を席巻し、米国軍は九州から近畿中部へと進軍したに違いない。その時になって降伏しても手遅れである。我が国は独逸の如く朝鮮半島の如く東西に引き裂かれ、無残にも怨敵同志に仕立てられ分断国家の運命をたどったであろう。
 原爆の悲劇を合理化出来る根拠はない。被害者の悲しみ嘆き苦しみへの同情は日本人一人ひとりの祈りである。けれども広い範囲に及ぶ悲劇的な尊い犠牲者のお蔭を蒙って、我が国は分断国家の惨状に呻吟する地獄絵となるのを免れた。冷静に回顧すればそれが歴史の実態であると考えざるをえない。

 
 久間防衛大臣が大学で演説した「原爆はしょうがない」の意味を国民は一応理解していると思いますが、冷静に歴史を回顧すれば恨むべきはは日本帝国陸軍であり、米国を恨んでもしょうがないのです。
 
 ですから、現代においては無能力集団と化した自国の官僚組織をさっさとぶち壊さない限り、米国のハゲタカファンドの食い物にされてもしょうがないのであります。

久間防衛相の発言要旨
 日本が戦後、ドイツのように東西で仕切られなくて済んだのはソ連が(日本に)侵略しなかった点がある。米国はソ連に参戦してほしくなかった。日本に勝つのは分かっているのに日本はしぶとい。しぶといとソ連が出てくる可能性がある。
 日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とした。長崎に落とすことで日本も降参するだろうと。そうすればソ連の参戦を止めることができると(原爆投下を)やった。
 長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。米国を恨むつもりはない。
 勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら考えなければいけない。
(2007/06/30 22:19)  産経ウェブより

by antsuan | 2007-08-11 22:24 | 政治・経済 | Trackback | Comments(0)