2006年 08月 01日
叔母の随筆 (その一)
先月里帰りしたのは、大手製鉄会社の労務畑を歩み最後は監査役までになったパイプ姿がすごく似合った叔父さんの三回忌に出席する為だった。その法事のあとで叔母さんから、夫婦生活のいろいろな思い出が湧いてきてその気持ちを書き留めてみたと云う話を聞いて、是非それを読ませてほしいとお願いして戻ってきたのだが、ほどなくして約束通りその随筆が送られてきた。それを紹介したいと思う。五十五年の夫婦愛がまるで遠くまで広がる草原のように映し出されている。
思い出の摘草 まるで無限に広がる草原から、小さな思い出の草花を探すような気がした。雪が降ると見えなくなってしまう・・・その前に摘んでおかなければ・・・私は長い冬の間、白い雪をボーと眺めながら年を取って、何もかも忘れてしまう・・・そんな気がした。 彼(夫)が目の前から姿を消して宇宙に還ってしまってから、先輩達が、口を揃えて云う様に、(何事もそうだけれど、これは又、特別に・・・)経験してみないと、表現の仕様もない、悲しさでも寂しさでもない心の叫びは、時に泣き、時に声を出して話しかけてみてもあまりにも底知れぬ悲痛な想いで、やはり、年月が過ぎないと癒す事が出来ないのだ・・・と思った。早く奥様を亡くされた同級生が、”日薬り”と云う言葉を見つけて納得したと、何十年も前に聞いた事があったのを思い出した。それを今頃、自分の心の中で、あの頃は理解出来ずに、友人達を誘って楽しい時間を過ごす事しか慰められない・・・と思い込んでいた。賑やかなものもいい・・・楽しい会話も心安らぐ・・・でも結局、当事者同士・・・この世で共に過ごした、広い広い心の世界でしか落ち着かない事を理解した。五十五年前、戦争が終わったばかりの神戸と云う港町は、外人がいっぱいで、帰国する彼らが売って置いて行く古道具屋が、何とも魅力的であった。ギャバレーなるものがあちこちに出来て、近くに身内のいない私たちは、休日になると、その頃、流行して教わったばかりのダンスをしたり、外人のヌード・ショーなるものを見た。初めてのボーナスと云うもので、ハイ・ヒールとハンド・バックを買って「バー」と云うところへも行ってみた。六畳一部屋が我が家の家族寮で、田舎から、友人や身内の人が泊まりに来ると、私たちはそっと抜け出して、夜空に輝く星の下で草に囲まれて眠った事もある。 一人になって想い出すと、次から次と素晴らしく、ロマン・チックで素敵な映画を観るようだけど、今の時代の人たちは、品物と食物に囲まれて胸を張って活歩しているように思える。どちらが幸せか不幸かは問題外だけれど、一人になると、あちこちから、小さな声で呼ばれるように想いでの花が咲く。港町の船員達のパイプ姿が、亡くなった夫の永遠の姿につながるとは思いもしなかった。ボーとなる霧笛は寂しく、シュッシュッと汽車の走る音で目を覚ます夜は故郷を思って涙を流した。五十五年前、最初の結婚記念日には、屋台の赤チョーチンのかげで、コップ酒で乾杯をした。私は平気で相手の夫は真赤になった。五十五回目の記念日は・・・若い女性の友人と乾杯した。すくそばで、亡くなった彼が見ていてくれるようで楽しく・・・そして淋しい夜だった。 雪の降る前の肌寒い夜・・・紅葉も散った寂しい風景を見慣れていた私は、冬でも緑の葉の下で大きなミカンが色づいているのに驚きながら歩いていた私たち・・・ これから、どれだけ、小さな花を見つけられるだろうと・・・と、今、一人住む故里の広い広い草原を見廻す。 つづく
by antsuan
| 2006-08-01 22:56
| 身の回り・思い出
|
Trackback
|
Comments(4)
Commented
by
cazorla at 2006-08-02 08:57
切ないですね。 私も良く一人残された時のことを考えたりしますが 考えてみればその反対もあるわけです。でも全然そんなことは考えない。 去年 父が亡くなった時母が父のパジャマを首の所に置いて眠っていたの思い出します。
0
Commented
by
reiko_06sp at 2006-08-02 17:17
幸せ=あたりまえの毎日 なんですよね、今 あまりにも平凡な日々で
「これってどうなの?」って思うことがあったりしますが、何十年も先で あぁこの年代の私ってものすごく幸せだったんだなと思うのでしょうね。 私が、亡き夫に思いを巡らす事があるか、ないかは、、、 また別なお話ですが^^
Commented
by
antsuan at 2006-08-02 22:09
私も妻に先に逝かれたらどうしようと思ってしまいますが、こんなに深い絆で結ばれていた夫婦生活はやっぱり素敵ですね。
Commented
by
antsuan at 2006-08-02 22:09
結婚してすぐに子供が出来てしまったので、二人だけの生活になったらどうしようと考えてしまいます。やっぱりダメな亭主なんだろうな。
|
平成15年(西暦2005年)3月開設
世の中、理不尽なことが多すぎます。それが普通の世界だということがようやく分かってきました。しかし人間として生きるためには獣のように本能に心をゆだねるのではなく、精神をしっかり持たねばなりません。「健全なる肉体に健全なる精神を宿らしめよ」を自戒の言葉に、右左あんつぁん(東北弁で臍曲がりなこと)の本領を発揮して、いろいろ書いてみたいと思います。どうぞ宜しく。
* * * お断り エキサイトブログ利用規約の禁止行為に抵触するような発言及びトラックバックについては断りなく削除します。 最新のコメント
記事ランキング
検索
フォロー中のブログ
海峡web版 掬ってみれば無数の刹那 (まめ)たぬきの雑記 マイ・ラスト・ソング 草仏教ブログ Hey! Manbow 中野 馨一が創る 外構、... 村人生活@ スペイン mitsukiのお気楽大作戦 九十代万歳! (旧 八... ふらわ~ずroom 夕焼けわんわん♪ 幸せごっこ 旅は靴ずれ世はお酒 私がローマで独りで始めたわけ 飛んでも五分歩いても五分 遺言&形見分け 港座・酒田台町シネマスト... ゆっくり生きる Just The Way... 黙って寝てはいられない!... 俺の心旅 脳梗塞&重症筋無力症闘病ブログ 外部リンク
画像一覧
以前の記事
2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 more... カテゴリ
ライフログ
歴史・伝統文化
政治経済
その他の文庫
タグ
ファン
ブログジャンル
|