あんつぁんの風の吹くまま

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海を眺めていると 魂の声が聞こえるような気がします

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「神に向かって語ろうとしていたような気がします」
 本間雅晴中将の妻富士子は戦争犯罪容疑で拘留されていた夫の裁判で証言した。その時の気持ちを語った言葉です。

 日本人は昔から神に向かって語ろうとしていたように思います。短歌や俳句は祈りの言葉と替わりません。そんな気がするのです。

 そして、澄み切った青空と青い山々、波に輝く碧い海原をじっと見ていると、風の中から魂の声が聞こえてくるようで、足が竦みます。

 そんな時は、東京裁判(極東軍事裁判)のパル判決書の一文を思い出して、神に祈るのです。

<「時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には、その時こそ、正義の女神はその秤を平行に保ちながら過去の賞罰の多くに、その所を変えることを要求するであろう」>

 牛村圭氏が『文藝春秋」二〇〇七年九月号で紹介しているが、これはジェファソン・デービスという南軍の大統領だった人の言葉である。デービスがなぜ、こういうことを云ったのか。それは南軍の捕虜収容所長だったヘンリー・ワーズ大尉の死刑が関係している。ワーズ大尉は北軍の捕虜を残虐に扱ったという理由で死刑を宣告されたが、そこには根拠がなかったので、「全部悪いことをしたと認めろ。ただし、それは南軍大統領ジェファソン・デービスの命令であったといえば許される」と北軍側からささやかれた。ところが、ワーズ大尉は「そんな嘘はつきたくない」と拒否して死刑になった。デービスはこの大尉に心を痛め、汚名は晴らされるということを記したのである。

 この言葉はぴったり東京裁判に当てはまる。「予言」といっても良い程だ。時がたてばたつほど、日本を裁いた側の「罪」が明らかになってきた。アメリカ自体も無差別爆撃、原爆と、天人ともに許されざる犯罪に手を染めていたし、アメリカが同盟国としたソ連も悪辣であった。インドネシアに対するオランダの数百年にわたる掠奪、フランスのベトナムやラオスなどに対する悪質極まりない収奪、イギリスのビルマに対する残虐な統治・・・。すべて時がたって明らかになった。まさに「予言」のとおりである。

 また、日本が重視したのは共産主義の侵入だったが、日本が敗戦するとあっという間にシナ大陸は満洲を含めて共産主義国になり、さらに時間がたってわかったのは、共産主義政権の毛沢東が数千万の自国民を殺したということだった。

 これらのことに思いを致すとき、パルが訴えたかった「正義」が、あらためてわれわれの胸を衝くのである。(渡部昇一) 
 



[「祈りとは自然との対話」 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]
by antsuan | 2018-07-07 08:00 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)
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