あんつぁんの風の吹くまま

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悠久の時が堆積している変わらぬ風景

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 森戸海岸からの風景は、近くに前方後円墳が二基ほど存在していることから、有史以前の日本人が同じ景色を眺めていたに違いありません。また、土器は日本の遺跡から出た物が世界最古で、一万六千年前までさかのぼることが出来ますから、同時期にこの近くに古代人が定住していて、この同じ景色を眺めていたとしても不思議ではありません。

 そのような事を考えれば、悠久の時とは百年単位で思い至るもののような気がします。また、文明とはそういう時間単位で考えるものなのでしょう。それにしても一万六千年前といえば氷河期後期にあたりますから、日本文明は、その頃から、天変地変の影響を受けながら脈々と続いてきたことにあらためて驚異と敬意を感じます。

 現代においては相変わらず人間同士の諍いが絶えませんが、先程の悠久の時の単位で物事を見れば、天変地変以外は取るに足らないものとしか考えられません。間違いなく、昔の日本人もそのように思っていたと考えます。

 ですから、世界最古の文明を維持している日本人は、率先して「天変地変を思えば戦争などバカバカしいから止めろ」と、世界の人々に声を掛けるべきでありましょう。


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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2018-05-23 18:57 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by mimizu-clone at 2018-05-25 23:29
例えば住吉大社のある住吉の浜は万葉集にたくさん歌われているじゃないですか。
今ではかつてそこが海だったなんて想像もできませんが、でも遠い昔に思いを馳せると、見たことのないはずの風景が見える気がします。
悠久の時の単位で物事を見れば、自分の怒りや悲しみなんて砂粒ほどのものでもないと思わされます。
Commented by antsuan at 2018-05-26 06:16
・そのような砂粒ほどの喜怒哀楽が積み重なりさざれ石となって苔の生したものを「文明」と云うのだと思います。