あんつぁんの風の吹くまま

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私が総理大臣だったら朝日新聞を国家の名誉毀損で訴訟を起こします。

            東京新聞より抜粋
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 歴史のある国と歴史の無い国とでは「民族意識」が全く違います。しっかりそのことを理解していないと将来に大きな禍根を残します。

 マスメディアは、日本が第一次世界大戦の戦勝国であったことをひた隠しにしていますが、我々現代を生きる日本人は、百年以上も前から伝統の在る一流の民族国家として認知されていた事実を、よーーく頭の中に入れておく必要が在ります。




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   正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-11-15 08:37 | 司法 | Trackback | Comments(0)

北里大学医学部ニューズに見る野球少年だった息子の活躍

 小学生の時代から野球にばかり熱中していた末っ子の息子が、家系を継ぐために一浪を経て医学部に入学しました。しかも親の希望した大学です。親としては嬉しい限りなのですが、まず人としての品格が備わるのかそこが心配でたまりません。しかし、大学の情報誌によれば少しずつではありますが成長しているようなので安心しました。

 ここに息子の実名を載せた理由は、「仰げば尊し」の歌詞(身を立て名を上げやよ励めよ)にも在るように、名に恥じない人格者になって欲しいと願っているからです。
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    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-11-11 10:44 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

武力による戦争がいやならば、情報戦争に勝つしかない。

 今の日本人はアメリカの、いや、ディープステイツを形成している巨大金融資本家たちの家畜のようなものなのです。ですから、「活かさず殺さず」的に財産を搾取されているのです。

 本来、生まれながらの日本人は日本国株式会社の永久株主なので在ります。しかし、もしこの国が外国人資本家に乗っ取られたら、我々日本人は日本国株式会社の永久労働者に成り下がってしまうのです。

 それでいいんですか。

 「それでいい」という日本人を敗戦利得者といい、真の愛国心を持った日本人と区別しなければなりません。彼らは、巨大金融資本家たちの片棒を担ぎ、情報戦争のテロリストとして活躍しているからです。

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       【大和魂とは文明である】

# by antsuan | 2018-11-04 11:54 | 情報通信・パソコン | Trackback | Comments(0)

大学で学ぶ倫理と行動規範

 現在、社会福祉を学ぶ為に通信教育ではありますが学生をしていて、この前の土日に臨時で設けられた教室で講義を聴いてきました。通信教育部の特徴なのでしょうか、集まった学生は殆どが社会人であり仕事をもっていました。また、驚いたことに、家庭に障害を持った人がいたり自分自身が不登校の経験を持っているとか精神疾患を持っている人が少なからず居て、熱心に学びに来ていました。

 社会福祉とは文字通り社会環境の問題だと考えています。その為には正義と博愛の精神が欠かせません。そこで、講義を受ける前に次のような報告書を書いたのですが、果たしてどのように評価されたのか、少々不安に思っています。
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       【大和魂とは文明である】

# by antsuan | 2018-10-30 12:30 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

超個人主義の人間は『同じもの』を認識出来ない野獣のようなもの

 解剖学者の養老孟司によると、人間は知性による言語を駆使することによって「同じ」を認識するが、感性だけの犬や猫などは「同じ」という認識がないのだそうだ。

 確かに、犬や猫が、鏡に映っている自分の姿を見て、自分と同じとは認識出来ずに騒ぎ立てている光景を目にする。

 しかし、感性だけの動物が劣っているかといえばそうではないだろう。人類は感性が劣ったことによって知性を駆使せざるを得なくなったと考えるのが妥当といえる。理想は感性を失わずに知性を磨き上げることなのだ。

 かつての日本人は、夏目漱石の「私の個人主義」に在るように、「個人」の中に私と公の両方が在ることを認識していた。しかし、現代はそういう知性が大分希薄になってきてしまったように思う。

 日本語文化を失うことは日本文明が消滅することである。

 言葉こそ文明の基礎であることを、今の日本人は再認識する必要が在るのではないだろうか。

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    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-10-25 12:22 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

足を骨折した選手、這って襷を渡す。これを美談と言わずして何が美談か。

 女子駅伝の予選で、足を骨折した19歳の選手が残り二百メートルを這って行き、襷を渡してリレーを繋いだという報道に思わず感動してしまいました。

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 ところが、これを美談とすべきではないという意見が在ると知り、がく然としてしまいました。これを美談とすべきでないと主張する人々は、いったい何を持って美談とするのでしょうか。

 マラソンとかリレー競技の由来を知れば、この選手の精神こそがマラソンの意味で在ることが解るはずです。

 しかし、日本人は、WGIPに洗脳されており、歴史における日本人の美談の数々を知らされていないので、このようなトンチンカンな意見が出てくるので在りましょう。


      【大和魂とは文明である】

# by antsuan | 2018-10-24 12:30 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

個人情報保護法は差別を助長し格差を拡大するので、日本の風土風習に合わない、侵略者の為の悪しき法律といえる。

 日本の風土風習の優れたところは、遮断の発想が希薄なことではないだろうか。そんなことを記した玄侑宗久の随筆を見つけたので添付することにする。
東京新聞より抜粋
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 今や携帯電話を持っている人の個人情報は、すべて、様々な国の情報機関に筒抜けになっていると覚悟しておいた方がよい。いや、覚悟する必要も無いのかもしれない。なぜならば、前述したように日本人は遮断の発想をほとんど持っていないのだから。

 確かに、すべてを明け透けにして生きていけば怖いものなんて何もないのだ。

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    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-10-22 18:40 | 司法 | Trackback | Comments(0)

「原発を鎮める」

 福島第一原発ダム湖化計画という、フクイチの放射能汚染問題に対する現実的な提案が在るのをご存知でしょうか。これは建築エコノミストの森山高至氏の提案なのですが、科学者ならば誰でも納得がいく提案だと思います。




 「都市鉱山」という言葉が在ります。生産された物が廃棄物となり、その廃棄物に含まれている鉱物を再利用しようというものです。この考えでいけば、将来技術開発が進んだ場合には、廃棄物となった福島第一原発施設の放射性物質が都市鉱山として見直される可能性が在るということになります。


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   正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-10-21 00:58 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

プラゴミ分別の理由はここにあったのか。チャイナはプラゴミを欲しがっていた。

 チャイナがプラスティックゴミを輸入していたなんて全く知りませんでした。

 中部大学総合工学研究所特任教授の武田邦彦先生が常々述べているように、ゴミの分別は全く無意味なのに、何故、行政がそれを推進しているのかがどうしても理解出来ませんでした。

 しかし、チャイナがプラスティックゴミを欲しがっていたというのならば話は別です。日本政府はチャイナの意向に沿ってプラスティックゴミを集めるように画策していたのでしょう。

 
 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]

# by antsuan | 2018-10-20 07:43 | 情報通信・パソコン | Trackback | Comments(0)

地球温暖化どころか、氷河期が近づいてきている不都合な真実

 自然科学は未だまだ判らないことがたくさん在る。にもかかわらず、政治家は科学を利用するが科学者の言うことは聞かないのだ。

 するとどうなるか。当然、科学のしっぺ返しを人類や他の生物も被ることになる。

 政治的地球温暖化問題も同様のことが言えるというか心配されるのだ。

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[ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]
# by antsuan | 2018-10-19 00:58 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(2)

日本を良くするには、裁判官が、WGIPの洗脳から目覚めることが必要だ!

 今の日本は、政治家がダメ、裁判官がダメ、報道記者がダメの暗澹たる世界なのですが、それでも、小泉純一郎首相の靖国神社参拝、藤原正彦の『国家の品格』の出版と、カタツムリの歩みほどではありますが、WGIPによる東京裁判史感の呪縛から放たれつつあります。

 ですから、トランプ大統領のように、裁判官がツイッターで真実をぶちまけることにより、戦後レジームの崩壊は加速することでしょう。
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    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-10-18 17:42 | 司法 | Trackback | Comments(0)

「まだあげ初めし前髪の・・」 「野菊の如き君なりき」  失敗は青春だ!


 このブログを始めて13年の歳月が過ぎた。良く続いていると思う。そして未だ止める気は無い。いや、止められないといった方が正しいかも知れない。なぜなら、ブログを続けていて自分がどんどん成長して来ているような気がするのだ。

 自分とは全く異質の性格を持った人の話を聞けるようになったのはブログのお陰だろう。逆に、相手を傷つけてしまうようなコメントを書いて炎上してしまうこともあったが、それも今は懐かしい思い出となった。

 何時だったか、お付き合いを始めた方のブログで「最高の恋愛」とは何かという話になった。即座に、他のブロガーからのコメントがあった。「失恋に決まっているじゃないか」と。

 残念ながら最高の恋愛をしたことはない。淡い恋をしたことはある。その想い出を大切にしてブログを続けていきたいと思う。

若菜集 「初恋」 (島崎藤村)

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

踏み初めし細道なき海なれど、波のしぶきに誰ぞと問いたまふ
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[ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]
# by antsuan | 2018-10-17 07:25 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

「風と共に去りぬ」のように


 「風と共に去りぬ」は南北戦争時代のアメリカ女性を描いた物語の題名である。

 多くのものを失い、愛する人に去られた一人の女性が、故郷の家の前で「自分はここで生きて行く」と心に決める、その映画のラストシーンが忘れられない。


 海から帰り、艇をディンギーヤードに戻して塩抜きしていると、風が強まって来てマストやリギングがヒューヒューと音を立てはじめる。一日の出来事をその風が吹き飛ばすかのようだ。

 この葉山の潮風に吹かれた友がブログを閉じると云う。全ての事象は過ぎ去るものなのだ。この世は諸行無常の世界である。

 だが友よ、頬に当たった波しぶきを思い出して欲しい。

 そして、あの葉山の潮風がいつも貴女を呼んでいることも。


 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
# by antsuan | 2018-10-15 23:59 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

世界最古の文明をもつ日本人はグローバリズム(覇権主義・共産主義)の侵略を何度も防いできた。

 『幕末の時代からは日本を世界史の中で見ないと真実が見えてこない』と、西鋭夫スタンフォード大学フーヴァー研究所教授は述べていますが、歴史だけでなく、神話の時代、いやそれ以前の考古学的時代においても、日本を地球規模で見ないと真実が見えてこないことが判ってきました。

 逆の見方をすれば、大陸の民族は常に日本民族を意識していたと云うことになります。

 しかし、現代と同様に大陸の民族は日本民族を対等の国とは認めようとはしませんでしたので、日本は侵略の危機に何度も遭っています。もちろん、その戦いは防衛的なものであったことは史実として残されています。

 ところが、大東亜戦争だけは日本による侵略戦争であったと今も喧伝されています。

 しかし世界史から見てみると、面白いことに、実際に日本軍と戦った蒋介石や毛沢東、それにマッカーサー元帥は、日本が侵略したなどとは云っていません。毛沢東などは日本軍が敵を包囲しても決して虐殺をしないことに驚きそれを利用しました。ですから、毛沢東は「日本軍が我々を助けてくれた」とまで言っていたのです。

 現代に生きる日本人は、世界史をもう一度学び直し、世界における日本の存在的価値を再認識しなければならないと思います。
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【大和魂とは心の文明である】

# by antsuan | 2018-10-08 10:15 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

日本文明は氷河期後期から連綿と続いている

 21世紀に入り、最新の探査技術によって、中南米で古代遺跡が次々と見つかり、当初考えられていた時代よりも、もっと古くから文明が栄えていたことがわかりました。同様に、文明と云われる社会が氷河期後期から日本列島には存在していたことが解ってきました。


 氷河期後期と云えば一万五千年前のことになります。これだけ古くから、しかも、現在まで滅びることなく続いてきた文明は日本以外に在りません。


 それこそが平和を維持してきた証しと云えましょう。

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[ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]
# by antsuan | 2018-10-01 12:30 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

米国はクーデターがお好き

 今回、米国でクーデター未遂事件が起きていたことが明らかになりました。トランプ大統領は就任以前からさまざまな形で妨害を受けていましたので、そういう危険は十分予想していたと思います。

 また、米国と云う国においては、途中で副大統領に職務が変わった時は、クーデターが在ったと断言していいと思います。具体的に言えば、ルーズベルトから副大統領のトルーマンに代わった時、ケネディからジョンソン副大統領になった時、さらにニクソンからフォード副大統領になった時は、いずれもクーデターによるものと考えられます。

 これほど頻繁にクーデターが起きるのは何故でしょうか。それは米国が超巨大金融資本家によって牛耳られているためでありましょう。トランプ大統領のいうディープステイツが存在しているのです。
            東京新聞より抜粋
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    正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-09-28 16:59 | 政治・経済 | Trackback | Comments(0)

「日本人」殲滅計画 "思考"と"精神"を破壊せよ [ 日本の戦争は、今も続いている ]

 日本と云う国は本当に凄い国だと思います。なぜなら、大規模な天災が起きても、戦争のような忌わしい人災が起きても、何もなかったかのように復興してしまうからです。今でも、世界から徹底的に食い物にされているというのに殆ど無関心でいるのですから、呆れると云うか、何処まで底力があるのか解りません。

 しかし、実は一件平和そうに見えても本当は戦争は続いているのです。この戦争は文明の衝突であって、この戦争に負けることは文明が消滅することをいいます。

 「財を失うものは少なく失う。名誉を失うものは多くを失う。希望を失うものは全てを失う」とは、ゲーテの言葉です。我々の祖先が、困難な状況に遭っても希望を失わず、戦いを挑んだ結果が今日の繁栄なのです。

 ですから、我々現代人も希望を失わず、どんなに困難であってもインテリジェンスの戦いに挑むべきなのです。
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   正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-09-27 13:22 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

ソーシャルワークの専門職について

設問 ソーシャルワーク専門職とは何かについて、あなたの理解したことを述べなさい。

 医療業界に四十年以上奉職してきた者としては、ソーシャルワークという外来語が今一つ馴染めないでいる。その理由を考えてみると、日本人は昔から博愛精神に溢れ、「私」よりも「公」を優先する社会であったからにほかならない。つまり、社会福祉に於いて援助技術などと大げさに言う必要もないほど、公のために尽くすのが日常的であった。
 しかし、敗戦後、個人主義が持て囃され、さもそれがもっとも先進的な人間的価値観であるかのように教育されてきた結果、公という社会意識が希薄になってしまった。つまり、ソーシャルワークを専門とする職業が必要になったのは、戦後教育が失敗だった証明でしかない。
 しかしながら、現実において「公」が軽視されてきてしまった以上、直面する社会福祉の課題を解決するには、「公」の意味を正確に理解する専門職を養成する必要に迫られている事も事実である。
 従って、日本の紳士淑女の在るべき姿を説いた、夏目漱石の「私の個人主義」的倫理については、再度、義務教育の場で学べるよう社会に働きかけるのがソーシャルワーク専門職の大きな目標であろう。
 次に、社会福祉については、「公」という言葉が古くから在る事を認識出来れば、グローバルな定義や倫理綱領、行動規範といったものは、戦前の女学校で教えていた「明治女大学」の焼き直しに過ぎない事を喝破出来るはずである。
 残念ながら、西洋思想は人類に平和をもたらさなかった。グローバルな社会正義などあり得ない。ナショナリズム(民族主義)的社会正義を互いに認め合うのが平和の基本であり、そのための活動を推進するのが社会福祉の専門職には求められていると思う。
 少なくとも、ソーシャルワークの専門職を目差す者として、個人や家族、社会共同体においては、地域の社会規範を重視し、グローバルな規範を押し付けないようにするのが専門職の使命であると、常に頭に入れておきたいと考えている。


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   正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

# by antsuan | 2018-09-24 01:33 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

叔母の葬儀のために帰省して来ました

 十何年ぶりかの帰郷でした。
 叔母の葬儀のためでした。
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 この家が私の生まれた家です。

 子供の頃、よく、この家の二階から鳥海山を眺め、奥羽本線の蒸気機関車を眺めたものです。

 大正の当時は珍しかった洋式建築の家で、昔から「洋館」と呼ばれていました。
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 鳥海山も美しい姿を見せてくれました。

 

[ 和歌や俳句は自然との対話。自然との対話は祈りのことである。]

# by antsuan | 2018-09-19 19:12 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

あまりの暑さに草刈りをしていませんでした。

 平成最後の夏は終わってしまいましたが、不穏な社会を象徴するが如く、大雨、逆走台風、猛暑が日本列島を襲いました。

 この家に住み着いて五十年以上が経ちます。祖父母の時代には庭は芝で覆われ池には鯉が泳いでいましたが、今ではこんな有り様です。

 それでも、子供たちが小さかった頃は、ここでキャッチボールをしたり、花火をしたり、バーベキュー大会を開いたりして楽しんだものです。
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 そして、いつの間にか私も祖父とおんなじ歳になり、健康に気をつけながら、秋雨の合間の晴れた日に草刈りをして昔を懐かしんでおります。

 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
# by antsuan | 2018-09-10 07:05 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(4)