あんつぁんの風の吹くまま

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Yahoo!BBの親分

 孫正義、この名前を知らない人でもYahoo!BBを知らない人はいないでしょうと、笑って見せる彼は、今、日本で一番成功した人物として世界にも名を馳せている。事業家はこうでなくてはならないと思うほど大志と情熱を持った人だ。あの穏やかな写真の顔にも其れらしいものが垣間見える。
 在日韓国人三世の彼が、十代の時にマイクロコンピューターのチップを見て身震いしたそうだが、そこに無限の夢が込められていることを知っていたからだろう。大志を持っていればマイクロチップの石が宝石に見えて当然だ。しかし、其の彼が石そのものに執着せず情報(ソフト)の方に情熱を注いだことが、他の人には真似の出来ないことではなかったか。

 初めはコンピューターソフトを作り、其の次にコンピューター関連の雑誌を売り、それからソフトの代理店を始めているのだが、最初から情報を得る商売をすることを目指していたようである。その辺が日本のお家芸の技術屋さんと違ったところではないか。

 米国で学位を取ったほどの彼だったら、日本で活躍するよりもアメリカの方がもっと才能を延ばせたのではないかと思うが、人種差別が暗に見え隠れしている米国よりは日本の水の方が合っていたのであろう。銀行や証券会社を含む大複合企業体の経営者として、今や、トヨタや松下電器、ソニー等の日本の一流企業の社長よりも実力と風格を備えた人物となった。彼と比べると総理大臣なんてものすごく小っちゃく見えてしまう。

 彼のような新しい時代にふさわしい人物が育って行く日本はまだまだ捨てたもんではないなと思うのだが、韓国の人も孫さんの日本での活躍を見て、もう少し冷静になれないのだろうかと余計なことも考えてしまうのだ。
# by antsuan | 2005-05-03 07:18 | 情報通信・パソコン | Trackback | Comments(0)

旅行シーズンなんて誰が作ったの

 いよいよ始まりましたゴールデンウィーク。不景気だ、お金がないと云いながらも皆さん、今度は何処に行こうかと計画を立てて旅行しているようですね。わが家も子供がどこかへ連れて行けと言っておりますが、混んでいる時に行ってどうすると知らん顔をしております。

 しかし何時ごろからなんでしょうね。庶民が観光旅行なんてものを出来るようになったのは。やっぱり世の中が平和でないと出来ませんから日本では江戸時代からでしょう。お伊勢参りが一番の観光旅行だったようですね。大名の参勤交代は別として、雲助とか山賊とか多少危険な輩は居たのでしょうが、関所もあり結構治安は良かったようです。

 諸外国では何時ごろから何でしょうか。バカンスとかハネムーンなんていう旅行の習慣があったところを見るとだいぶ古そうですが、何時ごろからでしょうね。もともと大陸で陸続きな分けで道路も整備されていたようですし、キリスト教が欧州全体に行き渡った頃には庶民もあちこちに行っていたのではないかと思います。音楽を習いにドイツからイタリアへとか、もちろん交易目的の旅行は頻繁に行なわれていたはずですから、観光地なんてところもとっくにあったような気がするのですが、その辺がよく分かりません。

 一説に依ると、近年までつまりフランス革命が終了するまでは旅行は冒険であったといわれています。知らない土地へ護衛なしで行こうものならば、直ぐに略奪され身ぐるみはがされて殺されるのが落ちだったとか。言葉の通じない所へ行くのは決死の覚悟がいったそうです。よく考えれば、第一次大戦が始まるまでの欧州はその領地の貴族が日本の大名みたいに幅を利かせていて、国という単位が出来ていたとしても決して安定した安全が約束されていた訳ではなかったようです。つまりは、産業革命によって鉄道があちこちに繋がるようになってから観光旅行が一般的になったという事でしょうか。

 それが今では観光が唯一の産業なんていう国があるし、旅行に駆り立てる時代になってしまいましたなー。
# by antsuan | 2005-05-02 05:57 | 身の回り・思い出 | Trackback(1) | Comments(0)

昭和初期の右左的時代考証

戦前の日本の自由について

 戦前の日本については、東京裁判という勝者からの徹底的な歴史わい曲を強制されて来たがために、今の日本人においても暗い抑圧的イメージで戦前の社会を想像しているところがあると思う。確かにそういう事例は少なくはなかったが、国全体としてみた場合に、果たして"其の当時の諸外国"に比べて見劣りしていたのだろうか。

 私ははっきり言いたい。否と。

 「当時の諸外国に比べて」と言う前提条件で判断した場合には、戦前の日本ほど自由で民主的な国はなかったと断言したい。
 
 まずもって人種差別が無かったことを上げよう。帝国植民地主義の欧米諸国は酷い人種差別をしていたことは誰しも知っていることだと思う。日本では朝鮮人でも台湾人であっても参政権があったのだ。しかもハングル文字での選挙まで認められていたのである。ただし内地(台湾、朝鮮を除く日本本土のこと)と云う条件付きだが。これも内地以外の日本人は選挙権が無かったことを考えれば、地域差別はあっても人種差別ではなかったことははっきりしている。

 次に思想の弾圧だが、共産主義者は投獄されたが裁判で死刑になった者はいないそうだ。赤紙一枚で戦地に行かされる者より、遥かにマシな待遇を受けていたとある党員は証言している。当時の共産党は破壊的政府転覆を是とし、オーム真理教と同じだったと考えても差し支えない。また、国会においては軍国主義一色であっても戦争反対を論じる議員もいたのである。
 
 確かに経済的には貧しかった。しかし此れは、逆に言えば植民地からの搾取を行わなかった証拠なのだ。満州国においても現地人を虐殺、略奪したわけでなく、馬賊が横行している無政府状態を安定化させた功績の方が大きい。台湾、朝鮮では社会的基盤整備を充実させたことは周知の事実である。
 
 ハワイ王国を米国は武力で併合したが、日本は朝鮮を帝国国家として独立させているのだ。併合はその後の出来事なのである。
 
 ところで、普通だったら戦争に負ければ国土はもちろん人権までもが略奪、蹂躙されるのが当たり前のことだったが、太平洋戦争ではそうならなかったのは、日本が大東亜共栄圏という、アジア地域における自由と民主主義の確立を唱え、表明したことと無縁ではない。不思議なことに東京裁判では石原莞爾という満州国設立の首謀者である軍人を戦犯として逮捕しなかった。其の理由は、陸軍きっての哲学的理論家で大東亜共栄主義者であったがために、連合軍が東京裁判で証言されるのを恐れたためと云われている。此れからも分かるように連合軍は植民地主義という後ろめたさを認識し、日本はそれに対し武力以外では反論できる道筋を立派に歩んで来ていたのである。
 
 更に、軍部の台頭というのも民主主義に因るものであり、帝国主義的な天皇の権力に因るものではない。天皇の強権が発動されたのは終戦の時だけであった。先に述べたように普通選挙は行われ朝鮮人が立候補し当選までしている。絶対的排日移民法を制定した米国の映画でさえ上映され、クラーク・ゲーブルや、ゲーリー・クーパーは日本女性を魅了していたのだ。外国雑誌だって自由に読めたし、江戸川乱歩のような廃退的な小説も発売禁止にはならなかった。天皇を批判すること以外、信仰の自由も保証されていた。義務教育制度は勿論、高等教育においても台湾人であろうと朝鮮人であろうと差別なく施行されていた。米国の黒人や英国領であったインド人を考えてみるが良い。こんな国が当時他にあっただろうか。
 
 連合国はこの自由で民主的国家を潰したがために、自らはそれ以上の民主国家であることを表明しなければならなくなった。ここに帝国主義は崩壊し、世界は民主主義に変わって行ったのである。

 「当時の諸外国に比べて」日本は最先端を行く自由で民主的国家だったのではないかと思う。昭和の日にちなんで、昭和初期の時代をじっくり考えてみようではないか。
# by antsuan | 2005-05-01 07:36 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(5) | Comments(0)

車の無い写真から

 今日はみどりの日、いや、昭和の日で湘南の海は行楽客でにぎわっていた。ヨットは余り出ていなかったけれどもウインドサーフィンがアメンボーのように海岸付近を行ったり来たりしていた。海には少し靄がかかって富士山はおろか江ノ島も見えない。海は何の変哲もないが、気象によって景色は大きく違って見える。そう云えば、江戸川土手を歩くの気象の時間の写真を拝見して、二通りの思い出で感慨にふける事があった。

 一つは、幼少時代の福島の風景を思い出した事である。福島市の中心部を流れる阿武隈川の河原の風景も四季折々に内陸地特有の気象変化があって懐かしく思い出される。此れはどうやら自動車が写っていないせいもあるようだ。自分の小さい頃は福島市内でも乗用車は殆ど見かけず、エンコして乗客が降りて後ろから押すのを手伝ったりしていた貧弱なバスか、オート三輪車ぐらいだった。そんな訳で車の無い道路を見るだけで簡単に昔に戻れるのかも知れない。

 もう一つは停泊中の船からの眺めに似ている事。朝日夕日は、停泊中の船上から見る眺めも中々おつなものがあるのだ。日が落ちて夜の団らんの家々に明かりの灯る頃も、音の聞こえないテレビのような、うまく表現出来ないけれども、何かほっとする眺めで時が止まった気がする。白い闇の静けさ、自分が別の時空に行ってしまうかのような錯覚を起こしてしまう朝霧は厳かな恐怖である。

 違う所と云えば、雨だろうか、海の上の雨は雨粒が大きくどちらかと云うと雨らしい雨なのだ。しかし、これは場所によっても違うかも知れない。残念ながら東北や日本海側の海は航行した事が無いので分からない。いずれにしても四季折々と云うよりも日々によって刻々と変わる景色、その素晴らしさは自動車社会の喧騒から離れた場所だから言えるのだろう。
# by antsuan | 2005-04-30 07:46 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

日本のプロ野球だって面白い

 日本のプロ野球が始まってセ・リーグはジャイアン君が最下位になっている。また、パ・リーグでは新球団のうちゴールデンイーグルスが順当に負けている!? 結構面白いじゃないですか。弱ければ弱いほど応援したくなるのが人情と云うものです。

 選手ではあの選手会長でライオンズオーナーの仮面を引きはがした、スワローズの古田捕手が大学卒業した選手としては初の二千本安打を打ったそうで、こちらはお目出度い事です。アレッ、長嶋茂雄は二千本安打を達成していなかったんでしょうか。確か長嶋さんは立教大学を卒業して二千本安打を達成していますよね。山本浩二だって確か・・。記事の読み間違えかも知りません。此れはあとで調べる事にします。此の古田捕手が、理想の上司の人気ナンバーワンになったと云う記事も読みました。分かりますよね。あの野球ファンの事を全然考えないオーナーどもを相手にして、堂々と選手の代表を務めたのですから。私だったら国民栄誉賞をあげちゃいますね。

 ところが、こういう良い選手がいるのに日本放送協会は外国に行っちまった選手の追っかけで大リーグの放送何ぞをやっている。かなりの放送権料をアメリカ大リーグに払っているんでしょうね。しかしですぞ、公共放送をうたい文句にするならば、国内のプロ野球をまんべんなく放送する方が先だと思うのですがね。人気選手の追っかけは民放に任せて、新たなスター選手を見付けるような放送をやってもらいたいものです。
# by antsuan | 2005-04-29 06:05 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

平和憲法よ有り難う。そしてご苦労さん。

 そろそろ憲法記念日がやって来る。大戦後二年目にして作られたいわゆる平和憲法、此れによって日本はどれ程救われたか。しかも勝者米国の肝いりで作られたがために、朝鮮戦争やベトナム戦争において、米国は、日本に出兵させることが出来ず、国力を疲弊し、敗者であった日本を大戦以前よりも増して経済大国にさせてしまったのだ。まさに負けて勝つとは此の事を云うのであろう。

 米国は後々までこの自分で作った平和憲法に苛められてきた。湾岸戦争や、先のイラク戦争に勝っても、フランスやドイツそれに日本に対して勝ったとは言えない米国の悔しさ。だから日本が困っても、北朝鮮が何をやろうと直接米国を脅かさない限り、米国はもう手助けをしないはずだ。

 多分、小泉総理はブッシュ大統領にそう云われていると思う。北朝鮮に二度も行ったり、チャイナに何かと気を使うのも、米国は日本が直接戦わない限り出て来ない事を知っての行動であろう。ここに来て、日本は同盟国米国からの通常兵器の笠を取り除かれてしまった。最早、国民の生命と安全は自ら守らなくてはならない。
 憲法改正の潮時なのだ。
# by antsuan | 2005-04-28 06:33 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

都会って住みやすい?

 東京という大都会まで一時間、横浜という中都会まで三十分の所に住んでいるが、未だに都会の真ん中に住む気にはなれない。高層の空中に住んだりしたら精神が不安定になりそうだ。もちろん其れは一部の人達だけだと思うのだが、土に接しない生活をしている人間は、自然だけでなく、人との付き合いも下手になって来るのではないかと思ってしまう。

 何故なら、でんでんむしさんは「世の中の幼児性」と指摘し、knaito57さんは「内と外」、つまり公私混同という言い方で表現しているが、このような節操のなさは、実は都会的現象ではないかと思うのだ。便利さを優先する余り、無駄を取り除いた結果なのだ。
 
 過密な都会では、節度を取り繕う時間と空間の壁がどんどん狭くなり、其の壁は皮膚の距離まで来て、ついには心の内側に壁が出来てしまったのではないかと思う。falls_niagaraさんのブログで、カナダの広い家を無駄に広いという表現で現地の人の意見として紹介されていたけれども、この空間こそが節度を取り繕うのに必要なのではないだろうか。
 
 と、都会生活をコケにしたのだが、月刊voiceの今月号に、『クルマ社会「七つの大罪」』(鉄道網と「行きずり共同体」を失ったアメリカの悲劇)に面白いことが書いてあった。経済発展が進むと、クルマ依存度の高い社会は鉄道依存度の高い社会に負けるというのだ。其の一つはエネルギー効率の良さと低公害、二つ目は行きずり共同体の安全性、その他、男尊女卑と交通弱者の差別等々と続く。最後に鉄道が発達した都市は、生身の人間が物を持って行き来できるネットワークを提供し続けることが出来ると結論づけている。

 こうやって考えるとクルマの免許を持たないで生活できる日本の都会はやはり素晴らしいと言わざるを得ないようだ。
# by antsuan | 2005-04-27 00:16 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(4)

事故原因の報道は慎重に願いたい

 JR西日本の福知山線で、痛ましい事故が起こった。しかし、報道関係者は事故原因について軽はずみに記事にするべきでないと云いたい。世論を間違った方向に向けて調査の妨げにしてはならない。今回の運転手に疑惑があったとしても無責任に想像を膨らませてはならないのだ。

 事故原因について思い起こすのが、ダッチロールの言葉で有名になった御巣鷹山に墜落した日航機事故のことだ。あの時は旅客室との隔壁の部分の修復に問題があって、そこから漏れた空気が垂直尾翼を壊したことになっている。しかし、初めの事故原因の発表がそうであったがために、それが事実となって独り歩きし始めた感がある。以前同じジャンボジェット機内のトイレで手りゅう弾を爆発させた事件があった。その時も隔壁が壊れたが垂直尾翼は何ともなかったのである。実は、香港の空港で離陸時に水平尾翼が壊れて離陸を中止した事件があった。ジャンボジェット機は発電装置のエンジンが機体の最後尾にある。その時の原因は、そのエンジンから燃料が漏れて尾翼付近に溜まり爆発したことだった。このことから御巣鷹山の事故も同じ原因が考えられたのだが、そのことを報道したマスコミは少ない。

 事故は悲しいことであり、あってはならないが、いたずらに犯人探しを楽しむ報道だけは止めにして欲しい。事故を起こしたくて運転する人はいないのだから。三菱自動車のリコール隠しの教訓を活かして欲しいと切に願う。
# by antsuan | 2005-04-26 07:22 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback(1) | Comments(0)

人類の最終章はやってくるか

 このブログでは日本の文明を話題として主に取り上げてきた。それは地球規模で日本を見た場合、いかに自然の摂理に添った生き方をしてきたかの証明であった。そういう生き方に共鳴した西洋の人が、今なお日本に永住し、その良さを世界に発信している。そういう行為を知って、また日本人が自国の良さを認識すると云うのは今も昔も変わらないようだ。ラフカディオ・ハーンもその一人、去年が没後百年と云うことで、再び脚光を浴びている。もう一度、彼の見た日本を見つめ直すのも悪くは無いだろう。
 しかし、人類はこの二百年の間に弱肉強食動物として最強の座を占め、恐ろしいほど増加した。それは放物線を描くがごとき増加率である。ねずみ算式の増加と云ってもよい。いかに我が国の文明を自慢しても、それが人類の平和に貢献しなければ何になろうか。
 また、人類は最強のエネルギー、太陽のエネルギーを手に入れてしまった。そのエネルギーは兵器として、地球を原始地球に戻す力を持っている。つまりは人類も居なくなると云うことだ。
 時間は余り残されていないと思う。二十一世紀が人類の消滅の時かも知れないのだ。再び文明の衝突が起きたら、それは現実のものとなるだろう。それを避ける意味でも、日本文明が編み出した、神々の共存を世界に布教しなければなるまい。我が国の成功を自分たちだけのものにしてはならないのだ。
# by antsuan | 2005-04-25 03:52 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

国民の代表者にふさわしいか

 国(政府)がやるべき一番の仕事は、国民の生命と財産を守ることではないでしょうか。それを、強請られ、たかられ、国民が誘拐されているというのに、その基本的な仕事をしていなかったら、国民はそれをしてくれる政党を望むでしょう。此れからはきっと極右翼勢力が伸びてきますね。
 
 チャイナの抗日デモ騒ぎでは日本国民は覚めた目で見ていたように思います。政府も落ち着いた対応をしていたと思っていたのですが、小泉総理の「反省とおわび」で水泡に帰してしまいました。

 一部の国(チャイナと朝鮮)を除き、アジアの諸国はそのようなこと(反省とおわび)を要求はしていません、其れは村山総理の時もそうでした。本当に、また歴史的バカをやってくれたものです。国民の生命と財産を守らず、英霊につばを吐き付けるような総理大臣は即刻辞めてもらいたい。こうなったら、郵政民営化で自民党もすったもんだしていることだし、民主党は内閣不信任案を提出して解散に追い込むべきでしょうね。

と、怒りまくっておりますが、国内のことはさておき、チャイナの民衆の動きは動乱の胎動を感じます。日本の尊皇攘夷的な動きです。昔の清では「扶清滅洋」を旗印に義和団の乱が起きました。北清事変とも云う義和団の乱を収拾出来なかった清朝は結局列強の植民地と化してしまったのです。抗日運動のデモ隊に失業者が加わるようだと要注意です。国民を力で押さえている限り、チャイナはまた内乱状態になりますね。
# by antsuan | 2005-04-24 04:43 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

靖国神社で唾を吐いていたのか!

 またまたやってくれました、小泉首相のパフォーマンス。「おわびと反省」と「ばらまき援助」の繰り返し。小泉さん、日本になんか帰って来なくても良いですよ。

先の大戦から60年ですぞ。歴史家はあれを白人からの解放と見なしていると云うのに。

 やっぱり声を大にして言わねばなるまい。日本は植民地にされた人民と戦ったのではない。アジアを植民地とした国と戦ったのだ。つまり現地の独立戦争の口火を切ったのだ。

 東京裁判を取り仕切った敵の将軍マッカーサー元帥ですら、朝鮮戦争を経て、あの戦争は日本にとって自衛のための戦争であったと認めているのに。

 今なお日本を非難している国は、民族が分裂したチャイナと朝鮮ではないか。文化大革命では何百万人と言われる粛正が行なわれ、天安門広場では自国民に軍隊が発砲し、十万人のうち何人殺されたか数さえも分からない。朝鮮半島では自国民を平然と餓死させ、数も何十万人、何百万人だか分からない。分かっているのは人民が消えてしまったことだけ。

 こんな鬼みたいなやつらに謝ることはあるまい。やつらの方がよっぽど悪いことをやっているじゃないか。小泉さん、我々のご先祖様はやつらよりもっと悪いことをしたんでしょうか。おわびと反省をすると言うことは、いま生きている日本人のご先祖様が悪いってことですよね。だったら靖国神社なんて参拝しないでね。英霊たちに呪われまっせ。
# by antsuan | 2005-04-23 00:22 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)

一流選手の流出を防ぐには

これは江戸川土手を歩く   いつまでもノモ・マニアのトラックバックです。
日本の野球は面白くなくなりましたね。一流選手がアメリカ大リーグへ行ってしまったせいでしょうか。でも、それも一流選手が日本のプロ野球に見切りをつけたということでしょう。日本のプロ野球とJリーグの違い。知ってますか。分かりますよね。方や企業名が付いているチーム。もう一方は地域名が付いているチームなのです。プロ野球は讀売巨人軍が球界の盟主などと云ってコミッショナーなどはただの飾りに過ぎない。そんな訳で、今でも企業が前面に出てきてあれこれ口を出す。ファンのためのチームじゃないんですよね。
 
その点、カープは違いますよ。広島カープ、広島東洋カープが正式名称だったか忘れましたが、地元広島ファンのためのチームですね。昔から、地元の出身選手を多くスカウトして、育て頑張ったチームです。そう何を隠そう私もでんでんむしさんと同じ、カープファンなのです。でも一流選手に給料払えないんだろうな。江藤は巨人へ、金本は阪神へ行っちゃった。この二人が残っていたら絶対優勝間違いなしだったのに。

日本のプロ野球を再生するには、高校野球みたいに地元名のチームに再編して出発したらいいと思います。そうなれば、韓国のプロ野球や、台湾のプロ野球などと一緒になって、東アジア大リーグを結成するのも夢ではないでしょう。

そういえば、去年、プロ野球選手がストをやれば辞めるって言っていたコミッショナー、本当に辞めたんでしたっけ?!
# by antsuan | 2005-04-22 06:48 | 身の回り・思い出 | Trackback(2) | Comments(3)

広島の誇りロータリーエンジン

日本の電気自動車はなぜ走りださないのか
 いつだったか休みの日にテレビのスイッチを捻ったら、国内の自動車レースをやっていた。トヨタのスープラ、日産のフェアレディーZ、ホンダのNSXなどが競い合っていた。この自動車レース。同じところをぐるぐる回るだけなのに本当に何処が面白いのだか分からない。

 しかし、実はこのぐるぐる回るレースに熱中していた時代があった。それはル・マン24時間レースである。普通、自動車レースはドライバーの腕を競いあうものなのだが、このレースはドライバーよりも自動車メーカーそのものの争いに近いところが面白い。このル・マンの耐久レースで、日本車が優勝したのはただの一回だけ、マツダの車なのだ。世界に優秀な車をたくさん送り出しているにも関わらず、トヨタや日産、それにホンダは優勝したことが無い。どんなにお金をかけても勝てない。車のトータルバランスを要求されるレースだから。それにレースのノウハウまで要求される。あのF1レースで優勝を重ねたホンダでさえ歯が立たないル・マンは、やはり自動車レースの最高峰だと思う。

 このレースが好きになったのはやはりマツダが昔から参戦し、挑戦していたからにほかならない。マツダという会社、いまはフォードモーターの子会社になってしまったが、広島に本社がある、世界で唯一のロータリーエンジンを実用化した会社であることは、プロジェクトXにも紹介されたので知っているとおりで、残念なことにエンジンの排気量を馬力に合わせて規制してしまったので普及しなかった。国内だけでもその規制を取り除いていたら、ロータリーエンジンはもっとポピュラーなエンジンになっていたに違いないのだ。技術革新の芽を摘み取る、利権絡みの体制があったような気がしてならない。
 
 面白いことにオーストラリアではこのロータリーエンジンが隠れた人気なのだ。と言うのも車検が無い国なので、市民が車を改造して乗ってもOK。そこで、部品が少なくて改造しやすく馬力も出るロータリーエンジンが持て囃されるらしい。いま水素を燃料としたエンジン開発の最先端を行っているロータリーエンジン。私も、自動車免許を持っていない人には分からないだろうが、一度は運転してみたい車、それはクラウンでも無い、ベンツでも無い、ロールスロイスなんかでも無い、電気モーターのような滑らかな回転をするロータリーエンジンを積んだマツダの車なのである。
# by antsuan | 2005-04-21 00:05 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(5)

右左日本文明論 四章、終章

第4章
 明治時代以降、日本は廃仏毀釈をし、あらためて天皇が政治を司ることになった。此れは日本文明が江戸時代までで終わり、あらためて西洋文明の中に日本が入っていったことを示すのであろうか。否、山折氏は今なお日本文明が花開いているとみているのである。そこにはもはや宗教を超えた、日本人の大衆道徳、あるいは平和思想というものが行き渡っていると考えているようだ。

 歴史家アーノルド・トインビーは明治維新をフランス革命、ロシア革命と比較して無血革命と称した。そして其の成功は、日本人の大乗仏教にあるとみたのである。前項で、霊を祀る儀式の棲み分けを宗教の共存としてあげたのだが、実は死者をホトケとする考えは本家インドの仏教には無いものなのだ、つまりここに日本文明の本質が隠されているというのである。

 前に述べたように、日本は神話から歴史への断絶が無い、つまり我が国の「カミ」信仰はその「ホトケ」信仰とともに、本籍地を日本列島とする「ヒト」信仰であり、其の宗教観は「ヒト」の罪を許し、「死者」のケガレを浄化する反革命的な「平和」思想となって熟成されてきたのである。

 ここでようやく「パクス・ヤポニカ」(日本の平和)の思想的源流について言及したのだが、確かに、日本独特の武士道、茶道、華道などは、技術を極めることではなく心を極めることであり、これこそが弱肉強食的動物には出来ない、つまり、「ヒト」にしか出来ないことなのだ。そしてこの「ヒト」こそが、神でもなく、動物的生き物でもない、「公家的なもの」「上品振るまい」「非暴力的行動」という、日本人が実践してきた、究極の平和のための、人間が最終的に目指す生き方であると結論づけるのである。


終章
 乱暴に言うと、「人道主義」は日本独自の文明であり、他の文明では見られないということなのだろう。しかし、そう言い切れる背景として、他の文明が、「ノアの方舟」に象徴される「生き残りの戦略、思想」を基にしているのに対して、「カミ」と「ヒト」と「ホトケ」が連続的なものであるという、死の運命を享受することの出来る「無常のセオリー」を基にしているからである。
# by antsuan | 2005-04-20 04:14 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

右左日本文明論 三章

第3章
 それでは何方も滅びることなく共存してきた理由は何だろうか。神教は八百万の神々がいる。仏教では人が死んだら仏、つまり神になる。神が一つしか居ないとなれば其れは当然争いになるが、神が沢山いるとすれば棲み分けすることは可能だ。仏教と神教の共通点は霊魂にあり、其の霊魂を祀る役割をうまく分離することにより共存してきたのではないかと考えるのである。

 意識的にやったのか、あるいは自然にそうなって行ったのかは分からないが、仏教は霊魂があの世へ行く時の儀式を司り、神教は神(霊魂)が現世にいる時のことを司るように、棲み分けしたのではないだろうか。ちなみに神は現世にはいつも居ないのが普通なのだ。

 神社は、自然の脅威の中に神をあるいは怨霊を見て、それを鎮めあるいは感謝する場所である。もう一つの寺は、人間があの世でお世話になるときのことを考えて祈る場所である。知っていると思うが、皇室にも菩提寺があるのだ。何という見事な棲み分けだろう。

 この見事な棲み分けは文明と称するに価値のあるものだと思う。そしてこの神仏の共存こそが、平和への源泉であると世界に主張したいところだが、山折氏は、またもここで問題を提起しているのである。正直言って不満が残るところであるが、それは明治維新において神仏分離を断行したからだ。
  (つづく)
# by antsuan | 2005-04-19 05:41 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

右左日本文明論 二章

第2章
 言うまでも無く、宗教という文明において重要な位置を占める思想のぶつかり合いが、歴史上数多く繰り返されてきた。しかしフランスの哲学者レヴィ=ストロースは、日本を「神話から歴史への移行がごく自然に滑らかに行われた」と称し、神話から歴史の間に深い淵で隔てられている西洋と比較して、日本文明を評価するのである。

 此れは宗教の衝突が無かったか、又は其の衝突をうまく克服したことを意味するのだと思う。「古事記」から「日本書紀」そして「天皇制」へと絶えることの無い、神教の継承が今尚続いているのである。しかし知っての通り、仏教伝来の時には大きな危機に直面したはずである。何故神仏が共存できたか、其の答は一つではない。

 山折氏のこの辺の分析について、残念ながら自分は消化しきれていないところがあるが、独断するならば、神教は「古事記」にあるように神々が集まって話し合う宗教なのである。従って、聖徳太子はここで仏教を政治的なものとして受け入れ、ある意味で政教分離を確立させたのではないかと考える。同じ神と見做さなかったわけだ。神話があったからこそ出来た業であったのだろうと思わずにはいられないのだ。

 歴史を見てみると、宗教としては仏教の力が強くなったときに日本は争いの時代となっていることに気付くであろう。鎌倉時代には新しい仏教がもたらされ広まっていった。そして比叡山の延暦寺、高野山などの勢力となって政治に関与し始め、織田信長により、其の勢力は完璧に滅ぼされた。江戸時代には仏教はもはや神教と同じくして儀式的なものにしか過ぎなくなっていくのである。しかし、二つの宗教が共存していたことには変わりない。
  (つづく)
# by antsuan | 2005-04-18 00:46 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

右左日本文明論  一章

第1章
  山折哲雄氏の「日本文明とは何かーパクス・ヤポニカの可能性」を読んみて、歴史を知るうえで、幾らでも新鮮な分析方法があるものだとつくづく考えさせられた。この本は、これから追い求める人類の平和を主題に掲げているが、各章それぞれに、新しい歴史の分析がされているので、この哲学的命題を一つに集約せず、いくつかに分けて論じていきたい。

 まず山折氏はこの二千年における日本の歴史をひっくるめて日本文明と定義している。一般に日本文化と云われるものについては市民にも馴染みが有ると思うが、文明となると、それ程の歴史が有るように思わない人もいると思う。しかし、この考えは外国の哲学者において先に論じられていて、それを検証する形で理論を展開しているのだ。其の結果、日本列島に生まれ育った独自の文明であると称している。

 私だけであろうか、先の大戦を「文明の衝突」という視点から見ると、妙に納得できてしまうのは。アジアの中にあっても、メソポタミア、インド、チャイナ等、多くの文明があり、それのどれにも属さない独自の文明として日本文明を意識することは、勇気のいることかもしれない。しかし其れを意識すると、同じ帝国主義国家同士の争いとして解釈できない何か、心の奥底でうごめいていたものを見付けることが出来た気がするのだ。

 ところで、その地域が安定した状態を平和と称するならば、日本は平安時代の350年、江戸時代の250年の長きに亙って平和を維持した、世界でも類を見ない国家なのである。こういう特異な文化を育んできた歴史的地域を文明と称していけない訳はない。

 そして、その平和であった平安時代と江戸時代の共通項とはなにか。答は「神仏の共存」であるという。それでは歴史上、日本における宗教はどのように国と係わってきたのであろうか。
(つづく)
# by antsuan | 2005-04-17 07:59 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

連絡船の女(ひと)

心に残る出会いのエピソードこれはexciteブログの今週のトラックバックテーマへのトラックバックです。

 いまから三十年以上も前の北海道の大学を受験した帰りことだった。急ぐ旅でもないので列車で横浜に戻ることにした。当時は東北新幹線もなく青函トンネルも出来ていない、特急列車と青函連絡船を乗り継いで行く旅だ。

 青函連絡船の客室の半分ぐらいは先の特急列車の乗客で席が埋まっていただろうか。その後、函館からの乗客がドカドカと乗り込んできて、小包みを抱えた婦人が「ここは空いていますか」と声を掛けてきた。少し眠たくはあったが目を覚ましていた私は、「どうぞ」と自分の荷物を別のところへ置いて席を空けた。其の婦人は少し落ち着かない様子であった。しかし自分も家に帰るだけで楽しい旅であるわけではない、客室が暗くなったのを機に目をつぶって休むことにした。

 船はまだ外海に出ていないのであろうか、殆ど揺れを感じさせないで航行している。すると、隣の婦人が声を掛けてきた。「大阪に行くには、東北本線を使うのと日本海側を行くのと、どちらが速いですか」
 乗車券だけで特急券はまだ買っていないらしい。そんなことは乗務員にでも聞いてくればよさそうにと思ったが、接続しているのは東北本線の特急の方である。「すぐに連絡しているのは東北本線の方でしょう。」そう、ぶっきらぼうに応えた。

 彼女は続けて、自分の実家に初めて行かせた子供が風邪を引いてしまって、迎えに来てくれと云うので、此れから引き取りに行くところなのだと言う。私は大学浪人の青二才であった。そんな人間に声を掛けてくること自体が驚きであったが、何することも無い真夜中の連絡船の中である。静かに彼女の話を聞くことにした。

 大阪から結婚のために函館にやって来たが、主人以外誰も知った人がいなくて、新婚当時は毎日まいにち泣いて暮らしていたこと。主人が仕事から帰ってくると嬉しくて嬉しくて本当に抱きついてしまったこと。冬になり雪が降り積もったのを見て、「今日はお仕事休みですよね」と主人に言ったら、「バカッ」と怒鳴られたこと。

 いまでは函館の人になり切っているような彼女の身の上話は、結婚もしていない自分が聞くにはとても恥ずかしく、また相応しくないことのように思えて戸惑うばかりだったが、同時に、閉ざしていた自分の心のカーテンをそっと押し開ける、生暖かい風に触れたような感じがしたのである。

 青森で連絡船を降りるとき、「駅員に聞いてみます」と言ってそそくさと別れの挨拶をしたきり、其の婦人は行ってしまった。最初から他人であった。そして名前も聞かない他人のままであった。

 しかし、旅をするごとに、津軽海峡を渡る想いを語ってくれたこの婦人のことを、初恋の人のように思い出さずにはいられないのである。
# by antsuan | 2005-04-16 00:03 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

IBMの撤退について考える

 さきごろ、IBMがパソコン分野から撤退することで多いに話題になりました。しかもその譲渡先がチャイナの企業であることも大きな関心の的となったのですが、IBMのPC(パソコン)と云えば、マイクロソフトのOSを最初に導入したことで知られています。此れをきっかけとして、世界のパソコン市場をマイクロソフトが席巻してしまったわけで、ハードウェアメーカーをビル・ゲイツの小作人と化してしまう皮切りをした会社と云えます。

 そのIBMがPC部門を手放すということは、ビル・ゲイツの小作人になることをやめますよということでもあり、そのことの方が興味津々と云ったところですね。

 多分、PCが此れだけ安くなってくると、デジタル時計のように使い捨てになり、いちいちソフトがどうのこうのと言う時代でもなくなって来ると判断したのでありましょう。情報は、個人がそれぞれにサーバーを決めて保存する時代であり、そのサーバーは何もPCである必要はなくなったのです。インターネット上のサーバーで充分でなのです。となると、PCは卓上型携帯電話となる運命が待っているだけではないでしょうか。

 もう携帯電話の時代が始まっていますが、其れを如実に表した事件がIBMのPC市場撤退なのでしょう。日本への風当たりがまた強くなってきそうだ。
# by antsuan | 2005-04-15 00:08 | 情報通信・パソコン | Trackback | Comments(0)

山と川と海の科学的常識

 先日のコメントで、山があり川があって海があると言われて、ドキッとしましたね。此れって自分の専門だったんだと。大学では海洋科学なんて訳の分からない学部に属し、卒業論文に塩の研究をやらされたのですが、岩塩を産出するところは元々大昔は海だった証拠で、つまりは海が山になっちゃったのですよ。

 二酸化炭素の排出量と地球温暖化なんて、其れこそ海洋科学の専門領域で、30年以上も前から海水中の二酸化炭素量なんて云うものを測定していました。この海水中の二酸化炭素を海洋植物が一杯取り込んでくれれば、大気中の二酸化炭素は海水にどんどん吸収され問題が発生しないはずなんですけれど・・。

 また、ヘドロや水俣病などの「公害」が問題になっていた時期なので、地球環境についてもその方面から研究しましたが、しかしその研究会は大学当局からの「指導」が入り、教授が左遷となってチョン切れてしまいました。関連会社からの求人が来なくなるというのが理由らしいです。此れが日本の大学の実態ですね。いまはどうだか分かりませんけれど。

 しかし、そこで明らかになったことは、淡水部分は地球の面積で云うと何パーセントにも満たないのですが、その役割は生物生活の上で大変なものなのだと云うことです。干潟や汽水も同様です。冒頭の言葉の通り、山が汚染されれば、川が駄目になり海も汚れてしまい、あらゆる生き物にとって大問題になるのです。
 
 話はずれますが、チャイナの大陸部分は、いま凄い勢いで大気汚染や水質汚濁の公害が発生していて、同時に砂漠化が進んでいます。日本では花粉症が猛威を奮っていますが、本当は大陸からやって来る黄砂と大気汚染が原因ではないかと思っています。これはあくまで個人的な意見としてお断りしておきます。しかし、こういう議論が大学レベルではされているのでしょうが、マスコミから聞こえてこないのが、不気味で仕方ありません。私的な研究会は潰され公的な研究会は政治の匂いがする。

 このように、環境問題は地球規模で考えないとはっきり言って意味を為しません。此れが大学で学んだ成果の一つです。いやいや、ちょっとアカデミックですねぇー。学費を出してくれた親に感謝しなくっちゃ。
# by antsuan | 2005-04-14 07:41 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)