あんつぁんの風の吹くまま

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春はやってくるものなのか

 ベルリンの壁が崩壊し、ソビエト連邦が消滅した今となっては東西冷戦時代の出来事は忘却の彼方に押しやられそうになっている。しかし日本国内の学生運動とともに、チェコスロバキアの民主化運動は、大国のエゴを世界の庶民がまざまざと見せつけられた事件として、忘れることが出来ない。
 今は分裂して二つの国家になっているチェコスロバキアにおいて、1968年、ドゥプチェク党第一書記が「人間の顔をした社会主義」をスローガンに民主化と自由化を推し進めていた。市民達は女子体操のチャスラフスカ(舌を噛みそう(^^;))選手も名を連ね支持を表明し、この運動は「プラハの春」と呼ばれた。
 しかし、8月下旬、ついにソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍が侵入し、抵抗する市民が殺された。当然、ソ連軍は放送局や電話局を占拠し、市民の抵抗についての情報を世界に漏らさないようにしたが、そこで活躍したのが日本の商社である。
 現地の日本商社にはテレタイプライターなるものが置いてあったのである。この遠隔キーボードが電話の専用通信回線に繋がれていて、日本にある本社のタイプライターを打つ仕組みになっていたのだ。このテレタイプによって、プラハに入ってくるソ連軍の様子が本社へ刻々と伝えられてくる。ソ連軍は電話を封鎖してもその動きの一部始終が漏れてしまうことに慌てたが原因が分からなかった。
 此れは想像だが、日本の商社の通信専用回線は、西側ヨーロッパ経由ではなく、東側諸国経由の専用回線であったと思われる。従って24時間、商社マンが仕事をするふりをしてテレタイプを打ち続け、プラハの動きを世界に発信し続けたのである。情報を得る手段を断たれたアメリカや西側諸国の報道機関は、プラハの動きを東京発として打電し始めた。
 しかし、西側諸国はこの行為を避難はしたけれども、支援や軍事介入はしなかった。ついに、ドゥプチェク党第一書記はモスクワへ連れ去られ、改革中止を取り決める議定書に署名を余儀なくされたのである。プラハに春は来なかった。
 アメリカ情報局はこの事件をきっかけにインターネットの開発を進めることにしたと言われている。この商社のテレタイプはまさにIT革命の先駆けとなったのだ。
# by antsuan | 2005-04-03 08:21 | 情報通信・パソコン | Comments(0)

残業ってなあに

サービス残業とカラ残業
 最近、新聞を見ているとむかつく記事ばかりだ。いつものことだけど。どうして新聞はこんなに昔と相も変わらぬ大本営発表をしているのだろう。サービス残業は民間企業ばかりではないんだぞ。都市部の比較的経営状態の良い公的病院の医師は殆どがサービス残業をしている。労働基準監督署が調査に入っているが、こういうことは大きく公表されない。まして改善されたかどうかの突っ込みはまるで無い。はっきり言えば法律の方が悪い。お役所のカラ残業もそうだ。職員も悪いが、それを認めた上司の責任はどうなんだ。企業では背任で懲戒免職のところが役所では一ヶ月の減給だと。役人に甘い法律が悪いんじゃないか。事実にもあきれ返るが、報道する新聞にもあきれ返る。責任の追及がおざなりだ。責任の明確化が必要だなんて解説に書けば済む問題なのだろうか。「重箱の隅でごろごろごまめかな」のでんでんむしさんが言われるように、エッチな週刊誌の方がよっぽど事実を報道している。
新聞もテレビもラジオも未来は無さそうだ。
# by antsuan | 2005-04-02 07:21 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

誤報ではないが

アイリス・チャンの死について。まず、読者にお詫び申し上げます。
この情報は真実ですが、発信された時期が昨年11月のものでありました。
アイリス・チャンが車の中でピストル自殺したのは、2004年11月9日のことです。
従いまして、写真の検証本は見ていなかったことになります。

インターネットで入ってくる情報はたとえニュースという形をとっていても最新のもの
とは限らないと言う教訓を得ました。
しかしブログは凄い。あちこちでこのアイリス・チャンの死について論評しています。
しかも冷静な目で。ブログの力は恐ろしい。まさに「ペンは剣よりも強し」だ。
# by antsuan | 2005-04-01 18:40 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

アイリス・チャンの死

 「南京大虐殺ーー第二次大戦の忘れられたホロコースト」を1997年に書いたチャイナ系アメリカ人、アイリス・チャンが自殺した。36歳で、夫と子供を残して。この自殺を日本の報道機関はまだ発表していないらしい。
 実は、この本を論評抜きで紹介したNewsweek日本語版に対して、抗議の内容の投稿をしたことがある。昨年末には「南京大虐殺の写真を検証する」と言う本が出た。百パーセント偽の写真であることが裏付けられたと云う結果を書いた検証本だが、アイリス・チャンが此れを見てどう反論するだろうかと、ふと頭をよぎった。
 正直言って、この事実が自殺の動機になっているかも知れないと思うのだ。歴史的問題を書くには、彼女は若すぎると当時から思っていた。まるで大学の卒業論文みたいに、教授から資料を提供されて書いたような感じが拭いきれなかった。勘ぐって言えば、この資料提供元がバレるのを恐れて殺されたのかも知れない。
 日本人は前にも書いたように、自分たちの国の歴史を十分に習ってきていない。南京大虐殺については殆ど冤罪に近いと断言したい。そのことを知りたいのならば、真っ先に勧めるのが、鈴木明著の「南京大虐殺のまぼろし」という本だ。その他、歴史全体を知りたければ、ここにも載せた「渡部昇一の昭和史」が、きわめて時代考証を踏まえた名著である。
 アイリス・チャンの死はお気の毒だが、日本人にとって、出版された本だけが独り歩きし始める恐れの方が心配だ。

 ※ 年齢が間違っておりました。32歳ではなく享年36歳ということです。またお子さんの年齢も定かでないので削除しました。お詫びして訂正いたします。
  また、題名もあちらでは「レイプオブナンキン」という衝撃的な内容の本であることを付け加えます。
# by antsuan | 2005-04-01 00:31 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

いろいろ言いたいペイオフ解禁

 とうとう来月からペイオフ制度が実施される。日本の金融問題はこれにて一件落着と言うことなのだが、果たしてそうなるだろうか。まず解禁と言う言葉がおかしい。正確には「ペイオフ制度施行」だろう。禁止が解かれても喜ぶことではないからだ。
 次にやはり昭和大恐慌の「金解禁」とイメージをダブらせてしまう。政府はこの制度を施行するために、金融の安定化を必死になっていろいろやってきたが総ては逆効果だった。体力の無い銀行を潰したり、あるいは不良債権を早く処理させて体力のある銀行にさせようとしたが、かえって不良債権を生む結果になり、いまだに銀行の体力は弱ったままである。こんな状態でペイオフを解禁したら、取り付け騒ぎがいつ発生してもおかしくない。確かに株式市場は7000円台から、1万1000円台にまで回復したが、これは民間企業の体力がついてきただけであって銀行の体力がついて来たお陰ではない。
 それと、またまたタイミングが悪い。原油価格が高騰し円安になっている。輸入品の物価が上がるのは目に見えている。銀行に金を預ける余力など市民には無くなってしまうのだ。どんな小さな銀行でも、今度潰れたらペイオフが実施される。その時の国民の不安心理は相当なものだろう。
 最後に「ペイオフ解禁」はやっぱり国民のためにならないと言いたい。資本主義国家であり、企業が責任を負うのは銀行と言えども当然なのだが、銀行の頭取など経営者に責任を厳しく追及する制度が出来て実施してきた以上、今の段階ではペイオフは必要ないと思う。
 いよいよハイパーインフレーションの時代がやって来るかも知れない。
# by antsuan | 2005-03-31 07:39 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(3)

ラヂオ泥棒

 近ごろは物騒な世の中になって来て、近所でも空き巣に狙われる家がよくある。そういわれれば、昔のことだが自分にも泥棒の思い出がある。記憶に残っているので、やはり小学校に上がる前ぐらいだろうか。昭和30年(1960)ぐらいだ。福島駅裏の近くで、一戸建ての風呂付きの社宅に住んでいた。従って銭湯に通うと云うことを知らなかった。ご飯は七輪で炊いていたが、田舎のような土間の台所ではなかった。冷蔵庫はない。ラヂオはあったが何を聴いていたか分からない。このラヂオをよく盗まれたものだ。秋田の実家から炭がたくさん送られてきて、わまりの社宅の人から嫉まれていたと言うから、泥棒も何かありそうな家だと言うことが分かっていたのだろう。
 盗まれて、数ヶ月後に見付かることもあった。多分その泥棒が質屋に持ち込んで通報があったのだろう。母と一緒に薄暗い警察署の証拠品置き場のようなところへ確認のために行った記憶がある。
 実は泥棒を一回だけ捕まえたことがあった。炭俵を入れていた物置きに潜んでいたのを母が見つけたのだ。ところが間の抜けたことにお巡りさんが尋問しているうちに逃げられてしまった。母は父やお巡りさんのことを憤慨していた。子供に話すくらいだからよっぽど悔しかったのだろう。しかし、今に思えば母はその泥棒の仕返しを警戒して、子供に注意をしたのだと考えている。その後も、何度か家の前に糞をした跡が残っていて、これは泥棒が度胸があることを示すためによくやることなのだと言うことを教わったことがある。そして母の勘が当たって、自転車でやってきた泥棒をまた見つけた。今度は大声で叫んだので家に入る前に逃げ出した。母は強かった。
# by antsuan | 2005-03-30 06:35 | 身の回り・思い出 | Comments(0)

散る美学

 日本では桜の開花もそろそろの今日この頃だが、小さい頃に福島で育ったものだから、桜と云うとサクランボの実の方を思い出すことが多かった。もちろん、福島では阿武隈川の辺の桜も忘れることが出来ない。桜自慢を言い出したら、それこそ全国あちこちから手が上がるだろう。海の向こうのワシントンは、ポトマック川のソメイヨシノは何時ごろ開花するのだろうか。ブログをつけ始めてから、外国に住んでいる方も見て下さることがあると思うと、妙に地球規模で考えるようになったみたいだ。
 あちらの桜は、直ぐには散らず2週間以上は咲いているのだとか。日本から持って行ったものなのに不思議な気がする。いや本来は、日本の桜が散るのが早すぎるのかも知れない。そうでなければ、散る美学が生まれる訳は無い。さらさらと桜吹雪に舞って散る桜。あの爽やかさを、死に際と対比させるのは何故なのだろう。年を取ってくるとどうしても死を身近に感じぜらるを得ないのだが、でんでんむしさんの「無理しないで安楽に死にたいな」にあるように、さらっと死を迎えたい日本人の願望と一致するからだろうか。
 また、日本放送協会の前会長のように不祥事を起こしても恋々と椅子に噛りついているような姿を嫌う日本人の性格が、桜の散り方に想いを寄せるのだろうか。
 しかし、どんな人であれ人生を全うしたいと思うのは当然なのだ。だが、いつそれを全うしたかを見極めるのは難しいことである。だから任務について言えば、任期をつけるのは妥当なことだと思うし、敢えて言えばその任期中に辞めさせるのは勝手すぎるのではないか。そのようなことを考えると、職務に就いている者は常に後継者育成を心がけておかねばならないと思う。軍隊では指揮官が倒れたら次に誰が指揮をするかを必ず決めている。
 死は突然訪れることもある。蕾のまま萎れてしまうこともあると思えば、たとえ一瞬であろうとも咲くことが出来るのは幸せなのだ。また桜の季節がやって来た。年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず哉
# by antsuan | 2005-03-29 05:32 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

デッキで寝そべる

 いま、目を覚めたらしとしと雨が降っている。昨日の日曜日は良い天気だった。久しぶりに船に乗った。沖の岩場で釣り糸を垂れるが、釣れないのでのんびりしたものだ。一人の子供が船酔いになる。顔が青い。仲間の一人は花粉症で鼻が詰まってかわいそう。陸から離れてもダメのようだ。
 遠くでヨットレースをやっているらしい。スピンネーカーと云う追っ手用のカラフルな帆をはらませて連なって走る姿はとても綺麗だ。その向こうのもっと遠くに目をやると伊豆の山々と白い富士山が霞んで見える。また反対側の東の山を見てみると、桜山と古い書物にも謳われた山が、どことなく桃色がかって見える。しかし風は冷たく、まだ咲くまでにはなっていないだろう。
 風が出て来た。船酔いの子供はキャビンの中で寝ている。錨を揚げて早く帰ろう。透き通った海の中に白いロープがよく見える。この海には、サングラスや帽子、錨や三馬力の船外機まで数多くのものを落としている。しかし、またこの場所へ来てしまう。そう葉山の海は最高なのだ。
# by antsuan | 2005-03-28 06:07 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(0)

何処まで教わったか

あなたは歴史を何処まで教わりましたか。
 ある調査によると、戦後生まれの日本人は、中学高校で歴史教科書を最後の所まで教わった者は二割程度しかいないらしい。吃驚したと同時に恐ろしいことだと思う。歴史教科書を云々言う以前の大問題である。実は、自分も最後まで教わらなかった。それは先生が時間配分を間違えたからだと思っていたのだが、真相は違っていたようだ。どうせ教えないのだったらその分授業を減らそうと云うことで、土曜日も学校を休みにしたのだろうか。こう言うふうに話をずらして行くと、じゃぁ授業料を安くすりゃいいだろうなんて、問題をすり替えてくるので、冗談はさておくことにして。
 今まで余り問題にしなかったのは、少なくとも50過ぎの年配者は、その教わらなかった部分と云うのが、親の世代のことであり、周りに直に聞くことが出来たからだと思う。だが、それ以降の者にとっては教わる伝手が無い。彼らがシラケの世代になったのはよく分かった。
 こりゃ、韓国の大統領に歴史を反省しない国民と言われても仕方がないわけだ。歴史を教わっていないのだから反省なんか出来るわけが無い。それで知らない以上、声高に言われればそうだろうとしか言えないのも当たり前のことだ。
 どうやらマジで、歴史教育をやめ、道徳教育をやれという意見も教育界でささやかれているらしい。此れは外国の陰謀ではないのか。この国の将来は如何に。かなり心配になってきましたょ。                   右左あんつぁん
# by antsuan | 2005-03-27 05:37 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(4)

チカラについて考える

 力と力、圧力と能力、外向きの力と内向きの力。日本語で言う「力」には何種類かの意味が込められていて、本質を見失うことがある。
 いま問題になっているのは、日本の外交力という言い方をするときの力である。特に武力と対比されるのでややこしくなるのであるが、外交的圧力と外交能力あるいは外交手腕が混同されやすい。もちろん外交能力がなければ外交的圧力など発揮されないので同じことであると大まかに言えば言えないことはない。
 しかし、武力、軍事力による圧力を否定した日本にとって、国民は政府の外交的圧力の発揮に期待していた。ところが、北朝鮮や中国、更には韓国の居丈高な恫喝を受け、政府あるいは外務省の外交能力の欠如にようやく気付き、武力による自衛権の容認という方向に動き出してきた。振り子を元に戻す動きであり常識の範囲内である。だが、やはりここで忘れてはならないのは、外交力、外交能力、外交手腕が弱いと、武力に頼りがちになり、それが戦争になり、結果的に社会全体を不幸にするという過去の経験である。
 実は今日においても、外交能力の欠如は米国の核の傘と云う武力に頼ってきた結果であると云って過言ではないと思う。日本は米国の武力の傘からはみ出るほどに経済が発展したことに気付かず、外交圧力においても米国依存の考えから脱し切れていないのだ。当然、米国からの外交圧力にはほとんど無抵抗となる。
 これからの日本は、武力の有無に係わらず、国民の立場に立った外交能力を高めることのみが自国を発展させる鍵であり、国際交流を盛んにすれば解決すると云ったものではない。それは政治能力を高めることをせずして実現するものではなく、国民一人一人に課せられた究極の課題なのである。
# by antsuan | 2005-03-26 01:29 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

デジタル画像診断の話

画像診断の怖い話をちょっとしてみよう。
 CTスキャナー、超音波診断装置(US)、核磁気共鳴診断装置(MRI)やCRなど、最近の医療用画像はほとんどコンピューターによるデジタル処理がされたものである。つまり、これらはデジタルカメラとPhotoshopみたいな画像処理ソフトが一緒になった装置であり、表示された画像がきれいに出てくるので、診断に最適な処理が為されていると思いがちなのだが、それは大きな間違いなのだ。実は血管を描出する方法と、臓器を表示する方法、さらに骨を映し出す方法は相当違うのであって、かなりの画像診断技術を習得した医師でないとその辺は理解すら出来ていない。
 ところが最近のマルチスライスCTスキャナーでは三次元画像までが簡単に作れるようになっているのでますます厄介なことになってきた。今までのアナログのエックス線写真は投影写真であり、いろんなものが重なった画像であることを認識して診るのが普通で、その読影技術がいるが、デジタル処理したものは必要なものだけを強調して、不要と思われるものは消してしまうことが出来ると言うか、表示しないようにしてしまうので、見たいところのすぐそばに病変があったとしても、見たいところだけが描出されて他は無視された画像が出来上がり、診断出来るわけがないのである。
 本来、そのようなことの無いように技師が最適な画像を作る努力をしているのだが、忙しい時は自動的に設定された標準的な画像しか作る暇は無いし、異常画像を見慣れていない技師にはとても最適画像と云うものを作成出来るものではない。従って、技師は未処理の生画像を数多く見て、目を肥やしていなければならないのである。
 余り怖い話を言って医療不信になられても困るので付け加えて言うと、標準的な画像診断について言えば、今までのアナログ画像より遙かに診断しやすくなっているのであって、病気の発見率は高くなっているのが事実である。
# by antsuan | 2005-03-25 00:50 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

ポルノ作家の思い出

 中学時代に漢文の先生から、偏見を持つことはいい事だと教わった。まず人間第一印象というものは大事だし、自分自身の考え方に基づき判断する事の現れなのだから。しかし、同時にその考えが一方的であるかも知れないという自覚も必要である。とも、その先生は言うのを忘れなかった。
 丁度その頃から、ポルノ小説というものが、雑誌や本になって大衆小説の一分野を賑わし始め、その主犯格の梶山季之はポルノ作家として名を馳せるようになった。今読み返してみると全然過激な描写で書かれてはいないのだが、結構、世間は騒ぎ立てていたのである。
 ある時、月刊誌が主催する地方の講演会が自分の下宿している街で開かれることになり、誘われて行ったところ、たまたま梶山季之が数人の作家とともに演者の一人だった。
 もちろん、こちらの彼のイメージはポルノ作家であり半ば軽蔑していたのたが、終戦の混乱期に広島師範学校を卒業するエピソードで、嫌いな授業を一回も出ず、海岸で塩作りの内職をしていて卒業証書をもらえそうになかった時、おまえの顔を見たいといったその先生に会いに行ったら、おまえが梶山かよく来たな。といって卒業させてくれた話で、朴訥と話す姿にすっかり魅入られてしまった。隣に立っている手話通訳の人を気づかい、最後に、食べて行けないので上京したら、黙って付いてきたのが今の女房ですといって話を終えた。
 その後10年も経たずに彼は香港で客死するのだが、雑誌などのいろんな記事を読んで、実に多くの人が彼を尊敬していたことが分かった。
 田宮二郎という「白い巨塔」の教授役で有名な俳優が飲み屋で客と喧嘩になった時、一緒に飲んでいた梶山氏がやめろと言って、喧嘩相手に気が済むまで俺を殴れといいながら眼鏡を外したのだそうである。
 また、未亡人になった大宅壮一の奥さんが、日本航空のメキシコ便開設の記念飛行に招待され、メキシコシティーに下り立った時、見ず知らずの日本の若者が出迎えに来てくれて、暑さと長旅に疲れた彼女の世話をしてくれたのだが、その若者の、梶山さんに頼まれましたという言葉に、こんな遠くにいる若者までが梶山さんを信奉しているのかとびっくりしたそうである。また未亡人の孫と梶山氏の娘さんが同じ誕生日で、毎年、ケーキを頂いていたのだが、ある時梶山氏自身の娘さんのものと間違えて届いて、全く同じものをいつも届けていたことが分かって、その気遣いに感謝したと、語っていた。
 実は、梶山氏は上京したもののなかなか職がなく、ルポライターになっても食べて行けず、奥さんが喫茶店を開いて生活を立てていた。作家として有名になっても似たようなものだったらしい。普通だったらそんな亭主とはさっさと別れてしまいそうなものだが、奥さんは葬儀の時、もっと楽しませてあげれば好かったと号泣したそうである。
 もともと梶山氏はルポライターの草分けで、彼自身、もしどこかで死ぬことがあったら暗殺されたものと思えと言っていたほど、政界や財界のどろどろしたものを暴露していたのである。彼が単なるポルノ作家ではないことは世間の人は承知のことであろうが、ここで改めて強調しておきたい。
 自分にとっては、その後、人に会うとなんとなく偏見を持つことに気をつけるようになり、右左あんつぁんの腕を磨くようになった出来事の一つである。

*亡くなられた所は台湾ではなく香港でした。訂正いたします。
 また今年は没後30年ということです。
# by antsuan | 2005-03-24 07:32 | 身の回り・思い出 | Comments(0)

ブログが地球を救う

 情報通信技術(IT)は太古の昔からあった。それは烽火(のろし)であったり、太鼓を鳴らすことであったり、ほらを吹くことだったりした。しかしこの通信技術の方法では、情報は「敵が来た」とかの限定されたものしか伝えられなかった。その後は、手紙を届けるという人力による方法が普通の通信手段となり、電気が使われると、電信が電話になりインターネットになった。
 情報という点では、古代では壁画や石碑がその役を果たし、中世では絵画や立て看板、そして印刷技術の発明により本や新聞などが、近代ではラジオやテレビそしてファクスからついにはインターネットになった。
 日本は、電信を利用した最初の海戦である日本海海戦で劇的な勝利を収め、暗号を解読された太平洋戦争で壊滅的な敗北を喫した。このように通信と情報は社会を変える力を持っている。
 何が言いたいかというと、ITの融合はやはり革命なのだ。単に情報と通信手段が庶民的になったというだけでなく、それで人々の生活が変わってしまう技術であり、革命と認識すべきものなのだ。そんなことは分かり切っているという人も、実はその流れに流されてしまう危険をはらんでいる。今回の革命はその流れと早さにおいてまさに津波と変わらない。
 バブルが弾け、土地神話が崩れ、古い体質の大会社が潰れ、カリスマオーナーの不正が明らかになったのも、IT革命の力による。果たして今まで生きて来た我々も革命の波を乗り越えられるだろうか。それはこの革命の本質を見極められる者だけが出来る技であろう。しかし、そのことに関してはパソコン通信の電子掲示板からインターネットのブログの発展を見るにつけ楽観視している。
# by antsuan | 2005-03-23 06:10 | 情報通信・パソコン | Comments(2)

憲法改正を待ち望む

 どうもこの頃の国会議員を見ていると、議員としての素質にふさわしくない人物が多いように見受けられて仕方がない。とは言っても民主主義の世の中、国民が選ぶのだから、それも何万人、何十万人もの支持者がいるのだから、国会議員は国民そのものであるわけで、議員の素質は国民の素質そのものといっていいのかも知れない。そう考えると、学歴詐称の議員やら、最近のお乳モミモミの議員さんはごく普通の国民のやっていることだと思って嘆くわけにも行かない。
 歴史書に拠れば、日本は八百万の神の時代から、集まって議論をし決定することを是としてきた。素晴らしいことだと思う。しかしながら、近年においてその機能が十分うまく果たされていない。それは何故だろうか。太平洋戦争は残念ながら、普通選挙において選ばれた国会の内閣によって実行されたものだ。
 その原因は三権分立が確立されていないためだと思う。米国のように予算案たりとも議員が立案し提出して、議会の運営は議長に委ねる。法案が間違っていれば裁判所が明確に無効の判決を下す。今は法案の作成も議会の運営も法律の解釈もみな役人に権限を与えてしまっている。戦後、復興を急ぐあまり官僚主体の統制体制を認めてしまった。あれから60年を経た今、この間違いを正すのはやはり国民の責任であろう。
 憲法改正が、この間違いを正し、新しい日本の礎になることを祈るのみである。
# by antsuan | 2005-03-22 06:52 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

万博のディートリッヒ

 愛知万博がいよいよ開催される。日本では過去にも結構いろんな大博覧会が開催されている。大阪の万国博覧会、沖縄の海洋博覧会、筑波の科学博覧会など大きなものだけでもこれだけあって、また二十一世紀にもやるのかとちょっと溜め息をついてしまうのだが、夢を広げるのにはこんなものが必要なのかも知れない。と、あまり興味が湧かないのは、今までにどの博覧会にも行ったことがないからなのだ。
 しかし、万国博覧会といえば思い出す本がある。それは、「南京大虐殺のまぼろし」を書いた鈴木明著の「リリーマルレーンを聴いたことがありますか」である。その本の内容にちょっと触れてみたい。
 大阪の万国博では著名なアーティストを呼んでイベントを盛り上げていた。そして、万博の最後に往年の名女優で、歌手のマレーネ・ディートリッヒを呼ぶことにしたのである。しかし、この企画に非難の声が上がった。いかに有名女優であっても、もう60歳を過ぎた歌手の歌をわざわざ聴きに来る人はいないだろうというのが大方の意見だったのだ。ところが、切符を販売し始めると5枚、10枚と売れて完売してしまった。また、ディートリッヒの公演のことを知った各国大使館の関係者が切符を欲しがって、主催者を慌てさせるまでになった。 そしてその日、公演に集まった客は皆、正装の紳士淑女ばかり。ディートリッヒは張りのない声でボソボソと歌いつづけ、いよいよ最後の曲になった。多分、客の多くは最後に彼女が何を歌うのか知っていたのだろう。いや、絶対分かっていたのだ。ディートリッヒが歌い始めると次々に観客が立ち上がり、一緒に歌い始めたのである。あのリリーマルレーンを。 第二次世界大戦中、前線の兵士たちは、ラジオから流れてくるディートリッヒのあの歌を聴けることが、生きている証だったのだ。だから、あの時の苦しみを知っている人たちにとって、絶対忘れられない歌なのだ。 公演は大成功のうちに終了した。
 今度の万博でもこのような素晴らしいイベントがあることを祈っている。
# by antsuan | 2005-03-21 06:01 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

薄緑色の海

朝、海岸通りを走っていたら海の水が薄緑色がかっていた。
 どうしてこういう色になるのか解らないけれども、春の訪れと秋の始まりの時に、逗子・葉山の海の色は変わる。いよいよ海のシーズンの訪れだ。
 早く海に出て、国道134号線の渋滞で出来たスモッグを遠くに眺めながら、潮の香りの空気を満喫したい。沖に出て青い陸(おか)を見るとやっぱり自然っていいなぁと感じる。人間関係のギスギスしたことを忘れて自然の一部になれる。そういう喜びがある。自分は本来、人間嫌いなのだと思う。サッカーや野球など観るスポーツは決して嫌いではないのだが、自分でやるとなると勝った負けたの勝負事に心が疲れてしまうのだ。その点、海は山登りと同じで自分と自然との戦いである。もちろん無理をしなくてもいいのだが、時として自然は牙を剥くときがある。男も女も子供も容赦をしない、その厳しさを克服した時、大きな喜びと幸せを感じる。
 人間、自然との接触が希薄になっていくことにより、理性を失い、人間で無くなって行くのではないかと思うときがある。登校拒否の子供やニートと分類されてしまう大人たちには、もっともっと自然の世界の中に溶け込ませることが、治療の一つではないだろうか。自然の恵み、自然の愛を感じることが出来れば、もう一度人間社会に戻っても生きて行けるのではないかと考えたりする。
 舫いを外して海に出るときのちょっとした緊張と不安、そして、戻ってきて舫いを縛る安堵感。此れが何とも云えない。           右左あんつぁん
# by antsuan | 2005-03-20 07:36 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(0)

自浄能力

 科学は進歩するが人間の生き方というのはそう簡単に進歩するものではありません。となると、歴史は繰り返すというのは当たり前のことなのでしょうね。つまり自分が身をもって体験したことは教訓に活かすでしょうが、先人達の経験については伝え聞いたとしても、体験していない以上痛みが分からない。だから、痛みを感じている人や地域が傍にあっても、それを教訓にすることもしないのでしょう。
 サラリーマンは、会社が火の車でも給料をもらっているうちは自営業者と違って殆ど危機感を持たないと云うか分からないでいます。もちろん役人も同じでしょう。こういう人たちが経営に携わることは危機意識の欠如により、おうおうにして会社や組織を危うくしてしまうのです。もちろん国においても同じことです。
 今の日本人が一番苦手としていることは被害者の気持ちを理解することです。いつか自分がその被害者になるかも知れないという危機意識が欠如しているのです。
 組織の中で居心地のいい者は、悪いのは一部の人で他は皆いい人だからという論理を唱えますが、それは明らかに間違っています。他の良い人が悪い人を排除しなくなったとき、良い人とは言えなくなるのです。自浄能力を失った組織は癌と同じで悪性化して社会に影響を及ぼしてしまうのです。
 大東亜戦争の痛みが余りに酷すぎたがために、そして戦後、米国が守ってくれたがために、我が国民は、昔、痛みを感じ危機意識を持って国を守ってきたことを忘れようとしています。竹島問題では、痛みを感じている一地方が立ち上がり決意を表明しました。しかし、国民が痛みを感じている人の危機意識を理解するのはいつのことになるでしょう。北朝鮮の拉致問題を6カ国協議の場に委ねているのを見てそう感じます。
# by antsuan | 2005-03-19 07:42 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

葉巻きとパイプ

 昨今、タバコの有害キャンペーンがかしましい。 かく言う本人も嫌煙派なのでありますが、小さい頃は周りで皆、煙草を吸っていたのでタバコをくゆらす雰囲気が嫌いな訳ではないのです。そのせいか、近頃のやれタバコの箱に有害性を大きく宣伝しろなどという規制には、右左あんつぁんの心がムラムラと何となくしてくるわけでありまして、少しは愛煙家の話でもしてみたいと思います。昔の映画では煙草を吸うシーンが必ずありましたね。それもなかりサマになっていてかっこ良かった。しかし、そのせいでジョン・ウェインや、ユル・ブリンナーなどは肺がんになってしまったんでしょうな。やっぱりタバコはよくない。ところがもうちょっと前の物になりますと、紙巻タバコではなく、パイプやら葉巻のシーンが多く出てくる。日本では次郎長ものなどに煙管 (キセル)を吸う場面がよくありますね。どうやら煙草は高級品であったことがそんな映画などで何となく分かってくる。
 自分の周りでも、大学の教授だった祖父はキューバの葉巻だったし、大会社の監査役をしていた叔父はパイプがすごく似合っていた。そして葉巻もパイプも匂いはキツいが、その香りに品があったように思う。そう考えるとやっぱり煙草は高級な装飾品として認知させてもいいと思うのだ。ある写真家がチャーチルのポートレイトを撮る時に、口にくわえていた葉巻きを取り上げて、怒った顔の写真を撮ったことは有名である。ある意味で葉巻きやパイプは装飾品なのだ。
 タバコにフィルターが付いて、どこでも簡単に吸うことが出来るようになったことは、嗜好品として特化してしまい、装飾品としての価値をはぎ取って、かえって喫煙量が増えて健康を害する結果をもたらし、また煙草に漂う品をも無くしてしまった感がある。いっそのこと紙巻タバコを禁止にすれば、ドトールコーヒーやスターバックスのように、タバコの吸える一種の専門店が出来て、また変わった煙草文化が生まれるかも知れない。
# by antsuan | 2005-03-18 07:17 | 身の回り・思い出 | Comments(0)

アンケートはお断わり

 NPO法人を開設して三年目になるが、めったやたらに調査やアンケートの依頼が郵便や宅急便で送られてくる。NPO法人とは正確には特定非営利活動法人というように、民間でありながら儲けを意識しない活動をする会社ということなのだ。ところがアンケートを送ってくるところというのは、国とか県のいわゆる行政機関で、それも委託先は役人の天下り先になっている何とか機構、何とか協会、何とか独立行政法人なのだ。それだけでなく、やっぱりというか当然というかアンケートの中身が全くくだらない。どうでもいいようなことを調査している。勘ぐっていえば、NPO法人を法の網から漏らさないようにするためか、その天下り先に何かを期待させるものばかりである。つまりはその天下り先機関が予算取りするための資料にするのであろう。全く人をバカにしている。行政を当てにしないで奉仕活動をしようとしているところに、税金を食い物にしているところからアンケートが来るのである。どうせ調査をするなら、社会福祉協議会や社会福祉法人などと、NPO法人とどちらがお金を使わず、地域に合った福祉活動をしているか調べてみたらいかがであろうか。昔、赤い羽根の共同募金の半分以上が人件費を含む経費に消え、問題になったことがある。乞食を三日やったらやめられないのと同じで、慈善事業で金を集めたら笑いが止まらないのだ。
 行政の外郭団体さんに言わせてもらおう。「あなた達の役目は終わりました。あとはNPO法人にお任せください」と。アンケートは何も書かずにそのまま送り返している。
# by antsuan | 2005-03-17 07:35 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

科学は政治学なのだ

 あのスマトラ沖巨大地震を見れば、人間の為せる業がいかに小さいものなのか痛感できよう。環境問題、京都議定書も結構だが、我々人間がやる事はすべて地球規模からすれば誤差の範囲なのだ。排気ガス規制は確かに一部の地域の大気改善につながる、しかし三宅島の火山が一回爆発するだけで、大気の硫黄濃度は地球規模で変わってしまうのである。
 とは言え、政治家には科学の知識をもっと持ってもらいたいと思う。特に百年の大計を思うとき、科学的知識が国の進路を決める大きな要素になるはずである。では何故、日本の政治家は科学に無関心なのであろうか。それは軍事力を考えないでいられたからに違いない。科学と軍事力は密接な関係があるのは今も昔も同じことだ。海底に核ミサイルを積んだ原子力潜水艦が潜んでいるように、宇宙にも核ミサイルを積んだ人工衛星が遊弋している。科学先進国にとって日本はいつでも抹殺できる国なのだ。
 科学はどんどん発達し、人間型ロボットやクローン人間の出現もそう遠くはない。此れからも科学を支配した国が科学後進国を支配するのは間違いない。そんな時、政治家が素人判断や一部の人気取りで、科学の発展を抑えてしまうことは、国の滅亡に加担することを意味する。
# by antsuan | 2005-03-16 01:17 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)