あんつぁんの風の吹くまま

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船の中で語り合う、また楽しからずや。

 夏の兆しの感じられるここ葉山港では、国際モス級世界選手権大会の決勝戦も終わり、表彰式が賑やかに行われていました。

 また、先週に続いて船の仲間が集まり、申し訳程度に出港して直ぐに戻ってきました。そして冷えた缶ビールを一缶、また一缶。

 これでは健康に良くないといいながら、それぞれの健康診断の結果を酒の肴に、また一杯。

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 「究極の学問、それは文学である」と数学者の藤原正彦が喝破しましたが、彼はまた、国語教育絶対論を掲げて、我々の年代には必ず教科書に載っていた、ドーデのドイツに占領されたフランスのアルザス地方の教師が「フランス語を忘れない限り国は滅びない」と最後の授業で生徒に教え諭すという内容の「最後の授業」を例にとって国語の大切さを唱えています。

 ですから、和訳されたビートルズの歌を聴きましたが、それはそれでなかなか良いものがあります。

 ビートルズの時代は、ベトナム戦争や、核兵器を含む軍拡に明け暮れた、冷戦真っ只中の時代でもあります。

 昭和は歴史になりました。

 その歴史に埋もれた人々の生き様を、野に咲く花を見るように、謳い上げているのがビートルズのように思います。


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by antsuan | 2016-05-30 17:48 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

村上春樹と大江健三郎、時代を遡って三島由紀夫と川端康成の人物像を考える。(その二)

 前回述べたように、ノーベル賞選考にはかなり如何わしいものがあります。ですから、村上春樹はもうノーベル文学賞受賞にはこだわっていないでしょう。
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 ノーベル文学賞のいかがわしさは第一回の受賞の時からであって、候補に上がっていた、当時世界の誰もが認める文豪であったロシアのトルストイが落選しています。

 ですから、逆に大江健三郎が受賞したことについても、政治的裏があると見て間違いないでしょう。彼は、トルストイとおんなじに反戦平和主義者といわれておりますが、戦前の日本を否定したその欺瞞性を江藤淳から批判されているように、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)の推進者でもあります。

 さらに、日本人で最初にノーベル文学賞を受賞した川端康成は、「三島由紀夫が若過ぎたために代わりに自分が受賞したのだ」と、述べていますが、三島は戦前の日本を礼賛し過ぎていたことが、落選した理由と思われます。

 敢えて個人的見解を言えば、三島由紀夫は「憂国の情」という愛国者の仮面を着けた文士であったのに対して、大江健三郎は、反戦平和主義思想家という仮面を被った、米国情報機関の協力者であるからこそ、受賞したと云えます。


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by antsuan | 2016-05-26 07:02 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

村上春樹と大江健三郎、時代を遡って三島由紀夫と川端康成の人物像を考える。(その一)

 船の中でビールを飲みながら若かりし頃の音楽を聴いていたと、この前の記事で書きましたが、しかし、あの当時にわたしが聴いていたのは、ビートルズの曲ではなく、反戦歌のフォークソングでした。

 ビートルズの曲を聴くようになったのは、ベトナム戦争が終わってから、わたしの年代で云えば二十年代後半です。そのようなわけで、ビートルズの曲と題名は未だにあやふやでいい加減にしか覚えていません。

 ですから、村上春樹の本の題名がビートルズの曲名とおんなじであったことすら、知りませんでした。

 作家の村上春樹はノーベル文学賞候補に毎年上がっているのでその名を知っていますが、彼の本は読んだことがありません。ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎の本も読んだ事はありません。

 村上春樹も大江健三郎も音楽には造詣が深いようです。そして二人は反戦を主張していることでも共通しています。

 そういえば、わたしの若かりし頃は、三島由紀夫が毎年ノーベル賞候補に上がっていましたが、彼が師と仰ぐ川端康成が受賞しました。

 わたしと三島との関わりは以前にブログに書いた通りですが、実は彼の書いた本を読んだことがありません。

 しかし、今ごろになってまた接点を見いだしました。三島由紀夫の良き理解者だったジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークスの本を読んだからです。

 また、村上春樹とは新たな接点を見いだしました。彼の本を数多く英訳しているジェイ・ルービンの「日々の光」を読んだからです。

 そして、わたしは村上春樹と三島由紀夫に共通点があることを見いだしました。一方は反戦主義者であり、また一方は強烈な愛国者でしたが、この二人はウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)の洗脳を退けた作家である点で共通しています。

 ですから、村上春樹は三島由紀夫と同様に、ノーベル文学賞を受賞することは難しいでしょう。



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by antsuan | 2016-05-25 16:45 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

舫いを繋いだままの船の中で若かりし頃の音楽を聞く

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 葉山港では、いま、国際モス級世界選手権大会が開かれていて、爽やかな潮風の中にいろんな国のセーラーたちが集まり、賑やかです。もちろん、海の上も同様です。

 そんなわけで混雑した海に出る気も起こらず、愛艇にはいつもの仲間が集まりましたが、キャビンの中で缶ビールの蓋をプシュー、プシューと開いて、宴会が始まりました。

 先週に息子さんが結婚したという仲間の話を聞きながら、ユーチューブを開いて聴く音楽は、我々親父たちの若かりし頃の音楽ばかり。その音楽の筆頭は何といっても"ビートルズ"。

 そうです、西暦一九六〇年代の音楽を聞いて私達は育ったのです。




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by antsuan | 2016-05-23 06:57 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

光る海と緑の陰の鎌倉路

光る海  逗子海岸の風景
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寿福寺の緑の陰の佇まい
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by antsuan | 2016-05-21 08:36 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

風薫る五月のクルージングはやっぱり気持ちがいい

 葉山港から三浦港までは順風ですと三時間弱の航程です。

 風薫る五月と呼ぶに相応しい、まさにクルージング日和となった昨日の日曜日、長男と初めてのセーリングとなる仕事の同僚を誘って、海の一日を楽しみました。


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by antsuan | 2016-05-16 07:02 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(2)

森戸海岸の五月晴れの朝はやっぱり清々しい

 新緑の清々しい季節になりました。

 富士山の見える森戸海岸を散歩すると、まさに、今を生きていると云う感じがします。

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 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2016-05-13 06:15 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

我が家の庭は若緑の野原になっていました。

 いま住んでいる家は昭和初期に建てられたもののようです。ですから、関東大震災級の大地震が来たらひとたまりもなく潰れてしまいそうですが、住む家があると云うのは幸せなことです。

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 そんな古い家の庭の手入れは、素人には手に負えません。しかし、財政事情から庭師に依頼するわけも行かず、放っておいたら、見事に野原のようになってしまいました。

 そこで、 老体にむち打って草刈りをしましたが、あまり大して変わっていないようです。


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by antsuan | 2016-05-11 07:00 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

成功のための最大の秘訣は、成功するまで続けることだ。

 マックの画面はしょっちゅう眺めているのに、月刊誌の「PHP」はパラパラめくる程度でしかなかったので、定期購読を打ち切ったはずなのに、今月も郵便受けの中に入っていました。

 そこで手に取って、六月号のヒューマン・ドキュメント[永遠の夢に従い、白球を追う]を読み始めました。高校野球部監督の話です。


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 三男は、公立ではありますが進学高に入ったのにも関わらず、三年生になっても勉強そっちのけで野球をやっています。

 しかしここに書いてあるように、「人の生き方には二つしかない。”そこそこやるか”か、”そこまでやるか”」なのです。


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 また、なんとなく捲ると、「而今」という、ダウン症児として生まれた方の力強い毛筆で書かれた文字が目に入りました。「今だけに全霊を注いで、而今に生きるのだよ」。

 本当にそうだと思います。

 三男には、今だけに全霊を注いで、”そこまでやるか”と周りに思われるぐらいに、野球に打ち込んで、青春を燃やして欲しいと思っています。

『青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみちて、日に新たな活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものである。』

 事業がなかなか上手く軌道に乗らず、もがいているわたしですが、PHPを読んで、松下幸之助のことばに勇気づけられています。



[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2016-05-09 19:33 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

「憲法」問題よりも「日米安保条約」を考える好機がやって来た。

   「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」 、忍耐強く機が熟すまで待っていた甲斐があったようです。

  不平等条約と云うよりも、日本国憲法を飾り物にし、日本を米国の属国と定義した、日米安全保障条約がいよいよ朽ち果てようとしています。


東京新聞より抜粋
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  しかも日本人の力ではなく、米国の大統領候補によって、つまり外圧によって変わろうとしています。我が国の政治家や官僚が体制を投げ出すのは時間の問題です。

 その時こそ、八百万の神々の下における、日本人民の日本人民による日本人民のための政治、即ち、天皇が君臨し日本国民が直接統治する、「立道民主制」の確立が為されなければなりません。


 過ちては 改むるに 憚ることなかれ
by antsuan | 2016-05-08 23:02 | 政治・経済 | Trackback | Comments(4)