あんつぁんの風の吹くまま

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新車購入の顛末 (その二)

 昨日、とうとう使い慣れたダイハツパイザーを手放して、ホンダのフィットに乗り換えました。

 下の写真は、鎌倉にあるホンダの店へ行く途中に、カミサンの運転するダイハツパイザーから撮った風景です。

 まさに、目に青葉、薫風が爽やかなドライブでした。

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 しかし、今回も思わぬ出来事が待っていました。

 新車を買ったホンダの店は、藤沢市に近い所にあるのですが、そこには、トヨタの店とホンダの店、それに日産の店がぴったり並んで建っていて、どの店も間口が狭く入りづらいのです。

 さらに、そのあたりの道路は緩やかに曲がっていて、真ん中に位置しているホンダの店は、余計に入り口が見づらいのでした。

 カミサンは、前にもその店に来たことがあるのですが、自分が運転していなかったので、そのことを気にしなかったのでしょう。ホンダの店の看板を確認したものの、入ったところは、手前のトヨタの店でした。

 店の入り口で待っていてくれたホンダの営業マンは、唖然として棒立ちしています。そして、カミサンもトヨタの店の前でどうしていいか分からず止まったままです。こちらは、トヨタの営業マンが出て来はしないかとヒヤヒヤしていました。
 
 ようやく、ホンダの営業マンが苦笑いしながら、歩道を通るように誘導してくれて、なんとかホンダの店へたどり着いたのですが、ウキウキした気分はあっさり吹っ飛んでしまいました。





 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2013-04-28 23:02 | 身の回り・思い出 | Comments(10)

生物界ではメスが種族保存に適したオスを選ぶ権利をもつ

         週刊新潮 四月二十五日号 より抜粋
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 男に都合がいい教えは、何もキリスト教だけが引き継いだわけではないだろうと思うのですが、異教徒異端者は奴隷であって、人民ではないという教えは、一神教の基本概念なのだと思います。

 そして、一神教の殆どの神が"男"であることからも、昔から、女は人民の扱いを受けてきませんでした。

 つまり、一神教は、ダメ男のための宗教であって、生物界の種の保存の原理原則を否定するために考えられた哲学なのではないでしょうか。

 ですから、種の保存の原則を無視した無差別大量虐殺が、一神教の名のもとで、平然と行なわれるのです。





  過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ
by antsuan | 2013-04-26 13:11 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(7)

天皇皇后両陛下のダンス 思わず目頭が熱くなりました

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          週刊新潮 四月二十五日号 より抜粋


 日本の皇室の方はけっして贅沢などしておりません。ですから、このようなお姿を拝見しても、清楚な華やかさを感じるのは私だけではないと思います。

 そして、この清楚な華やかさこそ、日本文化そのものであり、我が国の誇れる品格なのであります。





[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2013-04-24 16:24 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

キリスト教文化圏では"人民"と"奴隷"の二種類の人間がいることを理解するべきである

 その昔、日本において、バテレン追放令を出したのは豊臣秀吉ですが、きっかけは、キリスト教信者が神社仏閣を破壊し他の宗教を容認しなかったこと。また、ポルトガル人による奴隷貿易が、主なものとしてあげられています。

 豊臣秀吉は南米におけるスペイン支配のエンコミエンダを知っていたに違いありません。

 また、「全ての人類は平等である」と独立時に宣言したアメリカにおいても、奴隷貿易は盛んであったように、キリスト教では、明確に人間を「人民」と「奴隷」の二種類に分けていました。

 ですから、奴隷制度などとうの昔にやめていた日本は、明治維新で発足した明治政府も、開国当時はキリスト教の布教を禁じています。

 ところが、キリスト教に人種差別の狙いがあることを何百年も前から見抜いていたにも関わらず、「天は人の上に人を創らず 人の下に人を創らずといえり」の福沢諭吉の言葉により伝わった、人類の平等を謳った米国の独立宣言に、ひとの肌の色に関係あるはずはないと、日本人は看過してしまったのでした。

 その結果、日本はこのキリスト教国家の罠に嵌まり、人種平等の戦いを起こし、ついに破れてしまいます。占領軍は、平然と慰安婦として日本女性を要求し、奴隷といういい方はしなかったものの、日本人を人民扱いせず、いまに至っています。

 しかし、非キリスト教国家の日本を降伏させた米国は、それに味を占めて、アジアで何度も戦争をしますが、遂にどの国もキリスト教国家にすることが出来ず、それどころか、イスラム教の国にもちょっかいを出し、墓穴を掘ってしまいました。

 ですから、今の米国に未来はありません。もし米国が未来を見いだそうとするのならば、今一度、独立宣言に立ち戻って、非キリスト教国家の人々を、人民として、認めることから始めなければならないのです。

 そして、そういう助言が出来るのは、実は、人種平等の戦いを起こした、日本人しか居ないのです。



 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2013-04-23 22:22 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)

マッカーサー元帥が悪意を持っていまの憲法を創ったという考えにわたしは組みしない。だが・・

 よくよく考えてみると、マッカーサー元帥こそは、最後の剣闘士にして最後の武士であり、昭和天皇に認証された、最後の征夷大将軍なのであります。

 その天皇に認証された将軍が創った今の憲法は、当然、幕府が国を制定するのに都合よく創られていることは明らかです。しかし、元帥がそれを悪意を持って創ったという考えに、わたしは組みしません。

 新潮社の編集した「マッカーサーの日本」を読めばそれが良く分かります。元帥はアメリカンデモクラシーの理想の国を日本に築き上げようとしたのです。しかしこの憲法は、あくまでマッカーサー元帥が将軍として日本にいる時だけにしか通用しない代物だったのです。

 とはいえ、この憲法が善意の下で作られたことを理解した日本国民は、それを後生大事に守ろうとしてきました。その結果、日本は半世紀以上も戦争に巻き込まれないで、大きく繁栄し、平和に暮らすことが出来たのです。これは一種の鎖国政策であります。現代の言い方をすれば、永世中立国政策であります。

 ところで、これもフト思いついたことなのですが、伝説の聖徳太子もマッカーサー元帥と同じような存在だったのではないでしょうか。つまり、聖徳太子に皇族の血筋はなく、大和朝廷の混乱期に、朝廷を安定に導いた、支那の使節(僧侶)だったと考える方が、歴史に違和感がないように思えるのです。

 話は戻ります。

 しかしながら、日本が鎖国をして平和を貪っている間に、地球の自然はどんどん破壊され、人々の貧富の差はますます大きくなり、不幸な人々がどんどん増えてきてしまったのです。

 当然のことでありますが、平和な日本を嫉む国がそこかしこに現われ、日本を侵略しようと狙うようになりました。

 まさに幕末の日本人が感じた危機がそれなのです。今の日本人は、これが普通の世界なのだということを、しっかりと理解せねばなりません。

 ですから、新たなる開国(国際協調)をするためにも、日本人の日本人による日本人のための憲法を創る必要があるのです。






[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2013-04-19 07:21 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(10)

 他力本願の現憲法は 憲法前文と第九条から見て分かる通り 日本人の生存権は保証されていない

 まだ憲法改正にすったもんだしている我が国においては、日本国民に主権があるはずもなく、また、憲法前文と第九条から見て分かる通り、日本人の生存権すら保証されていないのです。

 ドイツでは押し付け憲法を、占領軍による占領政策基本法と決めつけ、独立国家として承認された際にさっさと憲法を改正しています。また、それ以後なんども憲法を改正し、主権者がドイツ国民であることを証明しています。

 アメリカの黒人は、キング牧師によるワシントン大デモ行進以後、戦後十九年目にして、ようやく市民権を得ました。

 翻って我が日本では、占領軍による押し付け憲法を全く改正せず、日本国民が主権者であることを一度も証明していません。別の言い方をすれば、日本国民はいまだに全世界に向けて生存権を一切主張していないのです。

 つまり、いま生きている日本人は、ただの一度も、世界から日本国家の主権者であることを認知されていないのです。

 世界は法治社会ではありません。それどころか、悪が幅を利かせている無法状態です。どうみても、こんな憲法が平和憲法であるわけがありません。

 ですから、日本人が生存権を主張するのならば、一刻も早く憲法を改正する必要があるのです。





  過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ
by antsuan | 2013-04-16 12:36 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(12)

朝の出来事が防犯カメラに写っていた

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    画面の上のほうに暗くてわかりづらいのですが人が倒れています

 今日の朝、家の前に救急車が止まったので、何かと思ったら、人が道端に倒れていたようです。

 ちょっと気になったので、家に取り付けてある防犯カメラの録画を再生してみたところ、見事に人が倒れた瞬間が映っていました。

 こんな時のために防犯カメラを取り付けたわけではないので、奇妙な気持ちです。




  過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ
by antsuan | 2013-04-15 23:11 | 情報通信・パソコン | Comments(4)

朝の散歩を再開したけれど・・

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 朝の散歩を再開して数日が経ちました。森戸海岸では大学のヨット部も合宿を始めたようです。そのせいか、なんとなく海も活気を見せつつありますが、こちらは、風邪だか花粉症だかよく分からないのですが、身体がだるく、体調が本調子ではありません。

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 政治は国内でも海外でも何をやっているのかわからない怠惰な状況です。国内の株価は上がっても、市中にお金が出回った様子は全くありません。本当に景気は良くなるのでしょうか。

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 仕事のほうは、一難去ってまた一難。新年度になったというのに、なかなか思うようになりません。しかし、他力本願では無理なことは当然であって、自助努力することが最低条件でありましょう。焦らず少しづつ、着実に、勇気を持って前に進んで行こうと思います。

 辛いの自分だけじゃない。


 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2013-04-13 23:01 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(8)

新車購入の顛末

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 我が家には二台の車があります。一台は七人乗りのトヨタ・イプサム。もう十二年も乗っています。そしてもう一台はダイハツ・パイザー。このクルマも九年も乗りました。

 長男と次男が、いつの間にか車の免許を取り、わたしはといえば、緑内障を患ってからは、余り積極的に運転をしなくなりました。そこで、家内が主に使っているダイハツ・パイザーを、燃費が良く、安全性能の高い車に買い替えることにしました。

 このダイハツパイザーは、1500ccながら英国調の雰囲気をもち、それでいて、前輪駆動のオートマチック車で唯一、LSD(リミットスリップデフ)付きの、スリップに強い安全性能の高い車なのです。しかし、欠点としてブレーキの利きが遅いという問題がありました。

 買い替えるにあたっては、家内が運転しやすく、このダイハツ・パイザーと同等の性能を持ち、かつ、燃費の良い車にすることにしました。始めのうちは、1000ccクラスの車を探したのですが、やはりこのクラスですと、荷物を載せる広さが今一つもの足りません。

 そこで、クルマ音痴の家内の意見を無視して、今クルマに狂っている長男の助言をもとに、1300ccのホンダフィットを検討することにしたのです。

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 ホンダ車はエンジンの性能は良いのですが、車体はふにゃふにゃな感じがして、今一つ好きではありませんでした。しかし、長男の奨めるハイブリットRSに試乗してみたところ、ホンダイズムが随所に溢れているスポーツ感満点の素晴らしい乗り心地に、いっぺんに魅了されてしまいました。

 しかも、このクルマは今年中にフルモデルチェンジをするという発表が為されていて、値引きが少ないホンダ車にあって、けっこうな値引き幅を引きだせそうで、おまけに、ローンの金利も1.9パーセントとかなりお買い得感があったのです。

 そこで、装備をてんこ盛りにする変わりに、値引きもしっかりさせて、ついに購入することに決定しました。

 ところがです。いざ契約書にサインする段になって、自分に何の相談もなく、勝手に決めたことにへそを曲げて、家内がオーケーしてくれません。

 実は、パイザーを購入した時と同じに、家内名義でクルマを登録するつもりでしたので、大慌て。大きな顔をして値切ったわたしは、バツが悪いのなんのって、苦笑いするしかありませんでした。

 クルマ選びはとても楽しいけれど、カミサンの了解をしっかりと得ないと、とんでもないことになるという、お話でした。




[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2013-04-07 20:49 | 身の回り・思い出 | Comments(8)

日本人は「正義」という心の重荷を捨てて降伏することを拒否した

東京新聞 TOKYO Web
コラム 「筆洗」
2013年4月1日
 「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む珍しい姓がある。由来は江戸時代にさかのぼる。公家や武家社会では、わずらわしい更衣(衣替え)のしきたりが厳格に守られていた。庶民の間にもそれなりの習慣があり、そこから外れることは恥だった▼春の衣替えは旧暦の四月一日。綿入れの着物から袷(あわせ)に替えたため、四月一日を「わたぬき」と読むようになり、「綿貫」という姓の別の表現になったという(岡田芳朗著『春夏秋冬暦のことば』)▼きょうから四月。進学や就職で新しい世界に飛び込む人たちにとっては、期待と不安を秘めた出発だろう。フレッシュな新社会人の姿は忘れかけた初心を思い出させてくれる▼太宰治の小説『パンドラの匣(はこ)』の最後はこんな言葉で締めくくられる。<極めてあたりまえの歩調でまっすぐに歩いて行こう。この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓(つる)に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。『私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽(ひ)が当たるようです』>▼作家の童門冬二さんは落ち込んだ時や落ち込みそうな時、この言葉をつぶやくという(『人生を励ます太宰治の言葉』)▼つまずかない人生などない。自分が歩いて行く方向に必ず陽光が差し込むのだ。そう信じて、心の重荷を軽くしてみたい。衣替えで厚いコートを脱ぎ捨てるように。


 四月一日は米軍による沖縄侵攻が始まった日です。かつて、アメリカ原住民が虐殺殲滅させられたように、米軍は容赦なく砲弾の雨を降らせ、日本人を殺しまくりました。

 その前の、一夜にして十万の民間人を焼き殺された、三月十日の東京大空襲を知っている日本軍は、戦時国際法を一顧だにすらしない、米軍の降伏勧告を、信じるわけがありません。日本人は、ユダヤ人のように黙ってガス室に行くより、抵抗して死ぬことを潔しとしたのでした。

 日本人は、正義という心の重荷を捨てることを、拒んだのです。

 死なば諸共。内地にいた最後の海軍兵力を全てつぎ込んで、沖縄の人々と運命を共にすべく、戦艦大和は出撃したのでした。

 今年の日本は花ざむの日々が続いています。それは、あたかも沖縄戦の始まった時に、心の重荷を脱ぎ捨てることを拒否した日本人のように、命を懸けなければ、日の当たる道は切り開けないことを諭しているかのようです。





[ あなたが生まれたとき周りの人は笑って、あなたが泣いたでしょう だから、あなたが死ぬときはあなたが笑って、周りの人が泣くような人生を送りなさい ]
by antsuan | 2013-04-02 20:33 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(6)