あんつぁんの風の吹くまま

ブログトップ | ログイン

<   2012年 12月 ( 22 )   > この月の画像一覧

家族が集うという平凡な日常の幸せ

 障子を破っていた少年が、いつのまにか障子を張ってくれる年ごろになりました。
d0001610_15571293.jpg


 そして、ホテルのレストランでアルバイトをしている、新潟の長男からは、今年もお節料理が届きました。
d0001610_15572536.jpg


 次男ももうじき下宿から戻ってきます。

 家族が集う平凡な日常。これが本当の幸せなのですね。



 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2012-12-31 16:14 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(4)

いつもの冬景色

 ここ葉山マリーナも、すっかり人影が少なくなって、いかにも、冬の船だまりといった風情を感じさせてくれます。


             この写真は昨日の風景です
d0001610_21205525.jpg

d0001610_21205913.jpg

d0001610_2121145.jpg

d0001610_2121757.jpg

d0001610_21211662.jpg







[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2012-12-30 21:29 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(6)

映画の余韻

d0001610_12505248.jpg

 昔の映画館には幕があったような気がします。幕がないと、やはり映画を見るときの意気込みがそがれるような気がします。

 それはともかくとして、日本の品格を奈落の底に落とした、泥鰌劇場はようやく幕となりました。

 この世界に類を見ない、あらゆる生き物と共存を目指してきた日本民族の品格を取り戻すべく、転げ落ちた奈落の底から、来年こそははい上がっていきたいものです。




 [ 分かち合うことが出来れば、悲しみは半分に、喜びは二倍になる ]
by antsuan | 2012-12-29 12:52 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(2)

年末のご挨拶

 今日が、仕事納めという会社が多いのではないかと想像しているのですが、医療・福祉の事業をしているものにとって、年末年始は関係ありません。

 そうはいっても、事務的な仕事は金曜日の今日でお終いです。特に支払いなどの清算に追われて、預金のお金をやり繰りして、一日が過ぎてしまいました。せめて、机の上だけでも整理して帰りたかったのですが、明日に繰り越しです。

 しかし、終わり良ければすべて良し。銀行から、新しい事業展開のための、融資決定の通知があって、心は晴れ晴れです。

 そうです。愛と勇気と希望を持ち続けて、来年も、困難を克服する不屈の精神を発揮したいと思います。

 この一年、拙いブログにお付き合い下さり有り難うございました。厚く御礼申し上げます。

 そして、皆様よい年をお迎え下さい。

 少々早いのですが、忘れないうちに、ご挨拶申し上げます。


d0001610_22531574.jpg





 [ あなたが生まれたとき周りの人は笑って、あなたが泣いたでしょう だから、あなたが死ぬときはあなたが笑って、周りの人が泣くような人生を送りなさい ]
by antsuan | 2012-12-28 22:53 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(6)

第三局はどうした?!

 今回の総選挙は投票率の低さといい、自民党の大勝といい、「最高裁の罠」を読んだものとしては、不正選挙の匂いがぷんぷんしてなりません。

 そのせいでしょうか、第三局といわれる政党が、完璧にガタガタになってしまっています。これでは不正選挙を追求することは不可能に近いと思います。

 しかし、困難を打ち砕く不屈の精神を民衆は必ず持っていることを忘れてはなりません。

 それともう一つ、自然の祟りを侮ってはならないのです。日本は、地震や火山の噴火などの地殻変動が活発化してきた時代に突入したようです。

 民衆の怒りと自然の祟りから、日本人は鎮魂の精神を学び取ってきたはずです。

 ここで第三局の政治家が声を上げ続けなければ、本当に日本は沈没してしまうことでしょう。声無き民衆は、また、ネット市民は第三局の政治家の活躍を渇望しているのです。




 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2012-12-26 23:57 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

来年のささやかなる夢


原子力発電所で事故が起きませんように



[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2012-12-25 23:15 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(8)

「夢やぶれて」も また来年に夢を託すことの出来る幸せ

 昨日観た、ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」の余韻が残っています。

 この映画の中で歌われている「夢やぶれて」は、本当に悲しくて切ない歌なのですが、物語の主題である「愛と困難を生き抜く人間の不屈の魂」を支える、荘厳な祈りにも思えます。

 思い起こせば、日本人は明治以来、愛と困難を生き抜く不屈の魂を持って、人種差別の白人社会と戦ってきました。

 にもかかわらず、いまの日本では、国民の生存権を脅かす、原子力発電所の未曾有の大事故を矮小化し、総選挙においても脱原発の機運は遠のいてしまいました。まさに「夢やぶれて」打ち拉がれている状態です。

 しかし良く考えてみると、「夢やぶれて」いるのは日本人だけではないのです。チャイナの民衆も、チベットの国民も、ウィグル族の人々も同じなのです。

 我々日本人は、そのことを忘れて平和を貪っていたのです。昨年の東日本大震災と福島第一原発の大事故は、じつは、日本人に愛と困難を生き抜く不屈の魂を呼び起こす狼煙だったのではないでしょうか。

 ですから、我々日本人が脱原発と東日本復興に成功することこそ、大陸の民衆が「自由と平等、国民主権」の生存権を勝ち取るための、起爆剤になることを、来年の夢としたいと思います。





[ あなたが生まれたとき周りの人は笑って、あなたが泣いたでしょう だから、あなたが死ぬときはあなたが笑って、周りの人が泣くような人生を送りなさい ]
by antsuan | 2012-12-23 23:43 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)

今も変わらぬ「ああ無常」の世界

 人間はいつも社会の変革を求めているのかも知れません。フランスにおいて、その「変革の神話」を書き上げたのがヴィクトル・ユゴーであり、「レ・ミゼラブル」こそが、自由、平等、国民主権を確立した「近代社会の神話」といえるのです。

d0001610_22132381.jpg
d0001610_2213864.jpg


 そして、我が国においても、遅まきながら社会の変革を求める機運が高まっています。しかし、我が国は世界最古の自然発生した国家であり、それはとりもなおさず、神話の国なのであります。

 つまり、「古事記」こそが我が国の変革の神話であり、現代の国民が求めている社会の変革は、フランスのように、近隣諸国の内政干渉から勝ち取る必要のない、穏やかな無血の改革であると、考えて差し支えないと思います。


[祈りとは自然との対話のこと 
 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2012-12-22 22:49 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(9)

今年ほど無駄な年と感じた一年はない

 今年一年を振り返ってみると、まさに"沈み行く船に乗っている"といった感じを禁じえない一年でした。
d0001610_10161284.jpg

 待望していた救世主はというと、昔腹痛を起こして引き返してしまったサンタさん。それも、あいかわらずプレゼントを入れてあるはずの袋には大穴が開いています。

 しかし、怒りをぶつけたはずの総選挙ですが、意外にも白けムードが漂っていたようです。

 どうやら、もう一回大災害に遭わなければ、国民は目が覚めないようです。それでも、救命ボートを下ろす時間を稼げただけでも、よしとしなければならないのでしょうか。

 今日が、年末ジャンボの発売最終日。儚い夢であっても、夢を見られるだけマシというもの。ようやく終わった給与の年末調整作業を祝って、買ってくることに致しましょう。


 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2012-12-21 12:20 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

福島第一原発事故の不始末は現憲法が形骸化して機能していないからこそ起こった問題です

 昔、衆議院選挙は中選挙区制度のもとに行われていました。しかしその結果、族議員が蔓延り派閥の領袖が幅を利かせることになって、民意が反映されないという不満が国民に出てきました。

 それを解消するために小選挙区制に移行したのでした。また、小選挙区制の欠点である大量の死票が出てしまう問題を補うために、比例代表制を併せて組み込んだのであります。

 ですから、政権が長期になって独裁的傾向が強くなるのを防ぐためには、やはり小選挙区制が有効であることに間違いはないのです。

 同じことが、憲法改正にいえるのではないでしょうか。

 我が国は、明治時代において西洋的な憲法が制定されて以来、ただの一度も、平和裏に憲法が改正されたことのない国なのです。

 これっておかしいとは思いませんか。時代はあらゆる面で大きく変わっています。他の先進諸国はどんどん憲法を改正しているというのに、民主主義国を謳っている我が国は、現憲法が制定されからただの一度も改正されていないのです。

 さらに、憲法を改正しないがために、その効力はどんどん形骸化されているのです。国民の一票の格差は広がる一方ですし、最高裁判所の権力は、闇の奥深くに潜み、国民を脅かしています。

 ですから、憲法も、小選挙区投票制度と同じように、もっと民意を反映しやすい形に直すべきでありましょう。

 私が小学校の時には、明治憲法が欽定憲法であって、改正することが出来なかったからこそ、無謀な戦争を始めてしまったのだと教わりました。それが本当ならば、六十年以上も憲法を変えられない今の憲法においても、全く同様に、悲惨な戦争を始めてしまう危険があります。

 いや実は、福島第一原発事故の不始末は、現憲法が形骸化して機能していないからこそ起こった問題です。総理大臣が、一民間組織を指揮命令するのは憲法上許されざる行為であります。正規の軍隊組織があれば、決死隊による冷却作業が迅速に行われていたことでしょう。

 ところで、自民党は結党以来、憲法改正を掲げている政党でもあります。今回、その政党に政権を任せたのですから、国民が憲法改正を支持していると考えるのが普通でもあります。






  過ちを見てそれを正そうとしなければ過ちを犯した者と同罪だ
by antsuan | 2012-12-18 12:55 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)