あんつぁんの風の吹くまま

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年の暮れの海

 大晦日の今日は、寒波の影響で葉山の海も大荒れです。日本海側方面は吹雪でしょうか。皆、家の中で団欒のひと時を過ごしていることでしょう。そんな中、今年最後の夕日を見ようと海岸まで行きました。

   頼もしく荒波を乗り越えている我が愛艇よ、また来年も宜しく。
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   森戸神社からの今年最後の夕日
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  葉山眞名瀬漁港から富士と江ノ島を望む
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 皆々様、今年一年、お付き合い下さり大変有り難うございました。また来年も宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m
by antsuan | 2007-12-31 19:48 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(4)

ぼちぼちと参りましょうぞ

 来年にいっぱい宿題を残して今年の仕事納めとなりました。新しい施設の展開などありましたので、まぁ前進出来た年といえます。しかし、それも目標の三割程度でしょうか。日本では目標の五割を超さないとうまくいったと言わないところが殆どですが、考えて見ると、野球では三割も打てば大打者です。来年に期待を残せただけ善と考える事にしました。

 読売新聞[編集手帳]の言葉を借りると、今年は「大事なときに本当の事を云わない人々に振り回された」一年でした。そして「作詞家、阿久悠さん(享年七十)のお別れの会で、会場に飾られた詩が忘れがたい。『夢は砕けて夢と知り/愛は破れて愛と知り/時は流れて時と知り/友は別れて友と知り・・・』。人それぞれに何かを知った年が暮れる。」と、言葉を結んでいるのですが、文化も消滅してこそその価値を知るのでしょうか。

 いや、文化こそは時空を超える伝統という歴史の繋がりがあってこそ、価値を知る事が出来るものだと思うのです。一人ひとりの命は儚くとも、その一人ひとりの気持ちを受け継いで行く事は出来ます。だからこそ、新たな歴史を切り開く"来る年"に希望を持つ事が出来るのではないかと。
 
 そのように考えておりますので、また来年も、ぼちぼちと参りましょうぞ。
by antsuan | 2007-12-29 18:25 | 身の回り・思い出 | Comments(8)

もう一つのクリスマスイブ

「フランダースの犬」日本人だけ共感...ベルギーで検証映画

 【ブリュッセル=尾関航也】ベルギー北部フランドル(英名フランダース)地方在住のベルギー人映画監督が、クリスマスにちなんだ悲運の物語として日本で知られる「フランダースの犬」を“検証”するドキュメンタリー映画を作成した。

 物語の主人公ネロと忠犬パトラッシュが、クリスマスイブの夜に力尽きたアントワープの大聖堂で、27日に上映される。映画のタイトルは「パトラッシュ」で、監督はディディエ・ボルカールトさん(36)。制作のきっかけは、大聖堂でルーベンスの絵を見上げ、涙を流す日本人の姿を見たことだったという。

 物語では、画家を夢見る少年ネロが、放火のぬれぎぬを着せられて、村を追われ、吹雪の中をさまよった揚げ句、一度見たかったこの絵を目にする。そして誰を恨むこともなく、忠犬とともに天に召される。原作は英国人作家ウィーダが1870年代に書いたが、欧州では、物語は「負け犬の死」(ボルカールトさん)としか映らず、評価されることはなかった。米国では過去に5回映画化されているが、いずれもハッピーエンドに書き換えられた。悲しい結末の原作が、なぜ日本でのみ共感を集めたのかは、長く謎とされてきた。ボルカールトさんらは、3年をかけて謎の解明を試みた。資料発掘や、世界6か国での計100人を超えるインタビューで、浮かび上がったのは、日本人の心に潜む「滅びの美学」だった。
                  YOMIURI ONLINE

 
 そういえば、主人公が死んだのはクリスマスイブの夜だったんですね。しかし、この英国人作家はどうしてこういう結末のものを書いたのでしょう。そこがどうしても引っかかっています。日本人でない者が『滅びの美学』を知っていたのでしょうか。確かに『滅びの美学』は日本人の心の中にしっかりと根付いています。私はこの言葉を聞くと、ついつい、でんでんむしさんの「倒木更新」という言葉を思い浮かべてしまいます。

 世界中の人々がこの「滅びの美学」を理解出来るようになる事を祈ります。
by antsuan | 2007-12-25 18:24 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(8)

自家製クリスマスケーキ

 今日はクリスマスイブ、天皇誕生日の振替休日でもあったので、久しぶりに家でのんびりしていたら、次男が暇つぶしにケーキ作りに励んでいました。気まぐれ兄ちゃんなのですが、家内のイギリスのお友達から送られてきたスノーマンのチョコレートをベタベタ貼り付けて、結構それらしいケーキに仕上がりました。

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by antsuan | 2007-12-24 21:34 | 身の回り・思い出 | Comments(8)

『恋文』日本人の魂の記録

 昨日は、讀売新聞の[編集手帳]に載っていた「忍ぶ恋」の事を書いたけれども、先日買った文芸春秋には、「世紀のラブレター50通」という題で、梯久美子が有名人の愛の告白について書いているので、今回はその一部を転記する。

 この題の枕詞は"これは日本人の魂のドキュメントだ"となっているように、日本人の心の素顔を表している。だから、出来れば、作家の梯久美子にはラブレターとかドキュメントとかの軽い感じのする横文字を題名に使って欲しくなかったという思いが残る。読んでみれば分かるが、内容からしても「昭和の恋文」とした方が相応しいように思う。その中にあっても、『遺書としての恋文』にはやはり心を打つものがあるので、少々長くなるが、[戦犯法廷での再会]の部分を抜粋して紹介したい。

       ★       ★       ★

 戦犯法廷で裁かれ、死刑となった将官の夫婦愛を伝える遺書もある。バターン死の行軍を含む捕虜や民間人への残虐行為の責任を負わされ、銃殺刑となった陸軍中将・本間雅晴。ただしこれらの行為は実際には本間の指示で行われたことではなく、裁判は、フィリピン攻略の緒戦で本間に敗北を喫したマッカーサーによる、いわば復讐劇だった。
<過去二十年ノ家庭生活ヲ顧ミレバ茫々夢ノ如シ。
 御身ハ温良貞淑ノ妻トシテ能ク家ヲ修メ子女ヲ養育シ唯々感謝アルノミ。
 予ノ亡キ後ハ一家ノ責任悉ク御身ノ双肩ニ懸カル。願ワクハ自愛自重長寿ヲ完フセラレヨ>(巣鴨遺書編纂会『世紀の遺書』より 以下同)
 妻・富士子への遺書は簡潔だが、子供たち宛の遺書に、次のような一節がある。
<母ははるばるマニラまで来て実に立派に働いて呉れた。法定に於ける母の証言は完全であったと弁護団の人達は言った。母は他の私の友人達と共に人事の限りを尽くしてくれた。(中略)母の正義感は正しく強い。御身等は珍しく立派な母をもったことに感謝し孝養を尽くさねばならぬ>
 本間の妻・富士子は、証言台に立つため、東京からマニラに駆けつけた。そして、夫が開戦に反対していたことやフィリピンの人々に対し平和的であろうとしたことなどを懸命に述べた。最後に、本間雅晴の人間性を問われ、富士子は毅然としてこう言った。
「私は夫が戦争犯罪人として被告席にある今もなお、本間雅晴の妻であることを誇りに思っています。娘は、本間のような人に嫁がせたいと存じます」
 被告席の本間は涙をぬぐった。この証言は法廷中を感動させ、『タイム』誌にも紹介された。敗戦国の女性が、もと敵国の法廷で、夫への愛を高らかに歌い揚げたのである。
  大役を終えた妻が帰国する日、本間は獄の中で<空の旅に弱い妻が飛行機に酔いはせぬかと心配だ>と日記に書いた。富士子の証言から二ヶ月後の昭和二十一年四月三日、本間は処刑された。五十八歳であった。

         ★       ★       ★

 忍ぶ恋に比べて、こちらは品格のある愛の告白である。それも、覚悟を決めた、本当に魂の底からのまばゆいものを感じる。それだからこそ、このような記録は日本女性の文化の高さを世界の人々へ知らしめたに違いなく、戦勝国の政治家は恐れ戦き、歴史を捏造することにより、己の文化の正当性を叫ばざるを得なかったのだ。
by antsuan | 2007-12-23 22:43 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

水漬く屍、草生す屍、そして巣鴨プリズンの「忍ぶ恋」

 この頃の新聞は、報道機関というよりも広告業に成り下がったような気がするけれども、読売新聞の[編集手帳]は、時々乙な事を書くので面白く読んでいる。先日も、作家、城山三郎の遺稿に絡めた「恋の至極」を書いているので、転記しておきたい。

           ☆     ☆     ☆

 「葉隠」は武骨な書物のようでいて、時折、思いがけない文章に出会う。「聞書第二」の条に、「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」とある。無上の恋とは、胸に秘めた片思いのことだと◆青春期は片思いの季節といわれるが、老いのなかで再び、その季節を知る人もいる。伴侶に先立たれた人が天上に寄せる思慕の情もまた、呼んで届かぬ「恋の至極」に違いない◆今年三月、七十九歳で死去した作家、城山三郎さんの遺稿が見つかった。四十六年間を連れ添い、七年前に六十八歳で亡くなった妻、容子さんの面影がつづられている。「そうか、君はもういないのか」。題名が心にあいた深い空洞を伝えている◆「天から妖精が落ちてきた」と胸をときめかせた出会いを語り、がんと分かって、「大丈夫。おれがついている」と抱きしめた悲しみを語る。「五十億の中でただ一人『おい』と呼べるおまえ・・・」にあてたラブレターでもあろう◆浜口雄幸、広田弘毅、石田礼助・・・男の人生を原稿用紙に彫り刻んできた城山さんは、菊池寛や吉川英治、松本清張などのいわゆる"男子専科"の系譜に連なる作家とみなされてきた。「女を書けない」と評されたこともあった◆書けなかったのではあるまい。無上の恋を、「恋の至極」を書く対象は城山さんにとって、この世にたった一人しかいなかったのだろう。

           ☆     ☆     ☆

 やはり、城山三郎に武士道精神があったに違いない。いや、大和魂とはそういうものだったと言った方が適切なのかも知れない。

 幼少の子供三人と若き妻を見捨てて、仕事のために満州にとどまった夫の新田次郎を、二十五歳の藤原ていは、非情な男と恨みに近い念を持ったと書いているが、それこそが「葉隠」に書かれた極意であったのだ。新田次郎は"恋を忍ぶ"覚悟を決めたのであって、それは戦地に赴く多くの妻帯者の心得でもあった。もちろん、「女」を知らない若き特攻隊員も、母への愛を忍び、まだ見ぬ恋人への想いを忍び、死んで行ったのだ。

 明日二十三日は、城山三郎が『落日燃ゆ』に書いた広田弘毅が巣鴨プリズンの露となった日でもある。
 
by antsuan | 2007-12-22 18:32 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

クリスマス飾り

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 日が落ちると急に風が冷たくなって、寒さが身にしみる年の瀬です。中心部に行かないせいか、街ではクリスマスソングがあまり聞こえてきません。その代わり、普通の家の玄関や庭などに、やたらとイルミネーションが光っています。

 ようやく、わが家も以前に頂いたクリスマスの品々を引っ張り出してきて飾りました。三男ももはやサンタさんが誰だか知っていますので、今一つ盛り上がりに欠ける感じがします。
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by antsuan | 2007-12-21 20:42 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(4)

国会機能消失の悪夢

 福田政権下における大連立には反対を表明したい。実は、小泉政権の時には民主党との連立には賛成だった。確かに、民営化の改革を叫んでいた小泉政権も、実務については官僚に丸投げしていて殆ど実行されなかった。だからこそ、大連立を組んで、民営化が国民の総意である事を官僚に認識させる事が出来れば、改革は進むと思っていたのだ。
 
 しかし、今はそうは思わない。福田首相の百点満点の所信表明は夢ですらなかった事がはっきりした。福田さんの頭の中にあるのは、政権を一日でも長く維持する事だけで、国の事も国民の事も全く考えていない。そのような首相の下に大連立を組んだら、政府官僚の失態を暴くものがいなくなり、官僚のやりたい放題になるだろう。
 
 さらに、今、大連立が組まれれば、次の総選挙からは与党間で候補者調整が行われて、対立候補がいなくなり、選挙における国民の選択肢が消えてしまうだろう。これこそが最も恐れる、戦前の軍部の暴走に歯止めを掛けられなくした、大政翼賛会同様の、国会機能消失に至る道なのだ。
 
 あくまでも、大連立は暫定的なものでなければならない。たとえば、憲法改正案を通過させる時などである。小泉さんが目論んだ大連立は明らかに憲法改正のためであったと私は信じている。国会は議論する場であり、議決するためだけの場ではないのだ。政策協議を国民の見える場所でやらなければ、国会の意義は消滅し、政治の腐敗は底なし沼に嵌まったようになるに違いない。
 
by antsuan | 2007-12-19 20:14 | 政治・経済 | Comments(0)

「しらね」なんか知らネ

 停泊中の軍艦「しらね」から火が出て、自衛隊員による自力消火に失敗し、八時間後にようやく消し止めた。という、記事が載っていた。

 なんと云う情け無さ。消火活動と言うのは自衛隊のイロハなはず。もう四十年ぐらい前の事になりますが、私が入隊したときも、教育隊で必ず消火訓練をやらされました。

 しかも、「しらね」という軍艦は艦隊の旗艦、昔の帝国海軍で云えば、戦艦「長門」とか、戦艦「大和」に匹敵する、日本の誇れる主力の軍艦なのであります。そこに八十人もの乗組員がいて、その軍艦の戦闘指揮所、つまり司令室から出火した火を自力で消火出来なかったなんて、あってはならないことです。例えていうならば、消防署の救急司令室が燃えて、消防隊員が消せなかったのと同じような大失態なのです。
 
 私が自衛隊にいた頃に教官からは、「太平洋戦争で、海軍がしっかりと消火訓練を徹底してやっていれば、戦闘でやられた軍艦の半分は沈没することなく、多くの水兵の命を救うことが出来たのに、それを怠ったことも敗因の一つだ。あのミッドウェー海戦で、航行不能になった空母「赤城」をわざわざ沈めることは無かった。」と、いう話を幾度となく聞かされました。

 平時において、しかも泊まっている軍艦の消火すら自力で出来ないのならば、戦闘中に被弾し火災が起きたら一巻の終わりです。きっと乗組員の誰一人として、命懸けで消火しようとしたものはいなかったのでしょう。世も末だ。

海上自衛隊の護衛艦「しらね」から出火 隊員4人を搬送
2007年12月15日10時34分

 神奈川県横須賀市の海上自衛隊横須賀基地に停泊していた護衛艦「しらね」から14日午後10時20分ごろ出火し、戦闘指揮室付近の約100平方メートルが焼けた。消火活動にあたった同基地の海士長の男性(20)ら4人の隊員が一酸化炭素中毒や軽い気道熱傷などでそれぞれ市内の病院に運ばれた。

 防衛省海上幕僚監部と横須賀市消防局によると、艦内は狭く煙が充満しているため消火活動に時間がかかり、8時間後の翌15日午前6時20分ごろにようやく火を消し止めた。市消防局のポンプ車など十数台が出動したほか、海自もタグボート3隻が出て消火活動に当たった。今後、消防局と自衛隊、県警で現場検証を行う予定。

 「しらね」は基準排水量5200トン、長さ159メートル、幅17.5

by antsuan | 2007-12-18 23:57 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(4)

御用邸のお巡りさん

 時々、夜の九時頃に一時間ほど散歩をしています。道順は、森戸海岸を回って、森戸神社から南へ海岸線に沿って行き、葉山の御用邸を過ぎて、坂を登って横須賀市との境の長者ケ崎で折り返す、約一時間ほどの道のりです。この時間、車は通りますが人通りはほとんどありません。

 今宵は、穏やかな海面を照らす半月の明かりを友として一回りして来ました。いつもは御用邸の前を通ると、警備のお巡りさんが「今晩は」と挨拶してくれるのですが、何故か無言で立っていました。眠かったのかな?

 もうじき冬至です。月下に凍てつく松林の御用邸もまたよし。お巡りさん、ご苦労さんです。
by antsuan | 2007-12-17 23:49 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(4)