あんつぁんの風の吹くまま

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台湾の二.二八事件

 日本も個人情報保護法やらなんやらで、情報統制が進み言論の自由が脅かされてきています。幸いに今までは台湾の二.二八事件のように武力弾圧で四十年も戒厳令がしかれたとか、チャイナの文化大革命や韓国の光州事件のような軍隊によって市民が殺されるようなことはありませんでした。

 しかし、このまま言論統制が進んでくると何時かはそのような事件が起こらないとも限りません。その時には言論の自由を叫んで立ち上がる気概を国民一人ひとりが持つことが肝要になってきます。残念ながら今の国会議員にそれがみられないのが気掛かりです。
by antsuan | 2007-02-28 12:30 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(4)

2.26事件の日を国民は忘れるべきではない。

 今日は日本人だったら忘れてはいけない、2.26事件の起きた日です。軍事費削減を断行しようとした大蔵大臣高橋是清始め、多くの政治指導者が凶弾に倒れ、言論が武力によって封殺されてしまった日なのです。

 平和憲法と云われる現憲法においても、第二の2.26事件が起きる確立はますます高いものになってきました。それは、現憲法が日米安保条約というアメリカのコントロール下にあるものだからです。日本は、国民の発議による憲法草案を一度も審議したことのない、国民自らが言論を封殺して来た、歪で異常な民主主義国家なのです。石井紘基国会議員の暗殺は第二の5.15事件といえます。

 これ以上言論封殺がひどくならないうちに、主権在民をはっきりさせる憲法改正をするべき時に来ています。小泉さんは死ぬ覚悟で憲法改正を目指しました。今の安倍さんではその覚悟があるとも思えませんが、今のうち憲法改正をしておかないと、第二の2.26事件が起き、言論封殺は社会全体に及んでくるでしょう。命を懸けて言論を戦わせる国会議員は既にいないことへの危機感を感じているのは私だけなのでしょうか。
by antsuan | 2007-02-26 19:12 | 政治・経済 | Comments(8)

江ノ島 チャリティージャズコンサート

 NPO法人主催によるチャリティージャズコンサートへの誘いの電話が突然あって、江ノ島の神奈川女性センターまで、次男と三男の三人と近くの友人ご夫妻とともに行ってきました。受け付けや司会も全てがボランティアの催し物で、鎌倉の小学生主体のジャズバンドから地域のジャズバンド、それに会社のジャズバンドが集まり、楽しく聞かせてもらいました。

 日本にもこのような市民団体による福祉活動が活発になってきたことは嬉しい限りです。

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by antsuan | 2007-02-25 22:49 | 身の回り・思い出 | Comments(0)

寝酒が旨い

 昨日は、友人からもらった新潟の酒を一杯だけ飲んだら気持ち良くなってしまい、三男のベッドに潜り込んで一緒に寝てしまった。やはり、焼酎よりは日本酒の方が気分がほぐれるようだ。実は、自分の言葉足らずのために職員と給与待遇についてゴタゴタがあって精神面で疲れて、しばらく控えていた酒に手が出てしまったという訳なのだ。

 こういう時には何をやってもうまくいかないもので、仕事で使っているパソコン、マッキントッシュのOSをバージョンアップしようとしてうまくいかず四苦八苦している。クラブの仲間の忠告をきちんと聞いていれば問題なかったものを、全く急がば回れだ。

 それでも、こんな忙しい最中に新しい出会いもあった。フランス人と結婚して向こうに住んでいる御婦人が母親の見舞いのためにしばらく帰省していて、リゾートマンションの逗子マリーナを使ったお礼にわざわざ立ち寄ってくれたのだ。

 私のフランス人のイメージは、イタリア人と大して変わらずウィットに富んで女の子とチャラチャラしているというものだったが、ゼンゼン違って、その方のご主人は日本人以上に真面目そうな人だった。聞けば毎日お経を唱えているのだとか。こういうフランス人もいるのかと思うと日本の男として肩身が狭い。

 外国人が来てくれると何か自分も国際人になったようで、気が大きくなって、「またいつでもどうぞ」なんて言ってしまったけれども、フランス人のご主人がひとりでやって来たらどうしよう。
by antsuan | 2007-02-24 14:39 | 身の回り・思い出 | Comments(8)

チャーチルの外交

 大英帝国を没落させた男ウィンストン・チャーチルは日本の外交に愚痴をこぼしていた。

 日本人は無理な要求をしても怒らず、反論しない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それが出来ない。それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると英国議会は、さらに今まで以上の要求をしろという。無理を承知で要求して見ると、今度は、笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話の分からない人だ。ことここにいたっては、差し違えるしかない」といって突っかかってくる。

 これは、大英帝国の誇る戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの二隻が日本の海軍航空隊によってあっさり撃沈され、大英帝国の威信を失うことを心配しながらの感想なのだ。

 チャーチルは、「日本にこれほどの力があったのならばもっと早く言ってほしかった。日本人は外交を知らない」という。外交とは駆け引きのゲームであって、礼儀を尽くしたり誠心誠意の話し合いは外交とはいわない、と言いたかったのだ。

 と、日下公人氏の「よく考えて見ると、日本の未来はこうなります」に書いてある。これを読んで、矢作俊彦氏の「悲劇週間」で、堀口大學の父、堀口九萬一に云わせた言葉、「外交は言葉でする戦争だよ」を思い出した。
by antsuan | 2007-02-22 23:59 | 政治・経済 | Comments(0)

ふゆのおわり

今年は三寒四温よりももっと暖かいふゆのおわりのようです。


朝空の 隈なく晴れて 雪解かな

                   加賀谷凡秋
by antsuan | 2007-02-21 23:30 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(4)

司馬遼太郎の「この国」

 たまたま私の読んだ時が一致していたという偶然なのだが、関西大学名誉教授の谷沢永一氏が、月刊ボイス三月号で、日下公人氏の「よく考えてみると、日本の未来はこうなります。」において、司馬遼太郎の『この国』という言い方は日本人と距離を置いているというのは、当てこすりであると批判している。

 つまり谷沢氏の云うには、司馬遼太郎氏はけっして日本国民との間に距離を置いていたのではなく、母国への執着を暗示した呼称であったと、その言葉を使った標題のいきさつを述べているのだ。

 どちらも間違っていないと思う。司馬遼太郎氏の本には、タイムマシンでその時代に行って見て来たかの様な作品が多く、作者、司馬遼太郎の視点を明確にした書き方をしているので読者としても冷めた目で読んでしまうところがある。つぎに、司馬遼太郎の作品には日本国礼賛のものが多数あることから、決して異邦人的な見方ではないこともはっきりしている。

 現に、日下氏も大阪外語学校出身の司馬氏には「この国」という資格があると本の中でも認めているのであって、谷沢氏の批判の方が当てこすりに近いような気がする。

 いずれにしても、魚住氏のような普通のジャーナリストから見たこの国と、会社役員を経験している評論家日下氏のこの国、そして谷沢氏の大学文学部教授としてのこの国では、立場の違いはあっても、わが国への思い入れそのものに違いはないと読み取ることが出来る。

 そして日本が否が応でも世界を導く時代においては、"わが国"と呼んだ方が国際関係において理解されやすいことも間違いのない事実と思う。
by antsuan | 2007-02-20 22:27 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

立ち読みでいいから読んでほしい



 司馬遼太郎氏の体験談による日本国感を、魚住昭氏は「国家とメディア」に書いているが、日下公人氏も「よく考えてみると、日本の未来はこうなります。」(ワック出版)で、同じ司馬遼太郎の体験談を引用して、日本国の見る視点を述べている。

 私が日下公人氏の評論を高く買っているせいかも知れないが、この本の「この国」から「わが国」へ、という第一項だけでも読む価値があると思うので、敢えて「立ち読みでもいいから」という不謹慎な題名を付けてしまった。

 まえがきの中で、『日本人はどうしても、共存共栄、諸行無常、悉皆成仏、万霊平等で考えるが、キリスト教の考えはぜんぜんちがっている。その相違は社会制度や人間関係の隅々にまで及んでいるが、それが見えない人は気安く国際親善や国際協力を唱えるのである。』『日本人はキリスト教抜きの欧米しか知らないらしい』という、日下氏にとっての"日本の発見"を述べているが、本当に我々にとっても「新しい日本発見」のための本のようだ。

 また、『日本が世界を導く時代』という項目で、日本人は確実に「自信を回復」したと、一番に感じているのが、一般国民、二番目が実業界、三番目が政治家、四番目が官界、五番目がマスコミと学会。さらに、本当は日本への評価は外国のほうが高いので、一番目は正しくは外国ということになると、評している。ここでも、小泉総理を支持した国民を愚民の衆のように評した、魚住氏の「国家とメディア」と際立った違いを見せているのが面白い。
 
 とにかく何はともあれ、日本人が元気になる本であることは間違いない。
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by antsuan | 2007-02-18 23:40 | 政治・経済 | Comments(6)

いつの世も国家とメディアは癒着している

 岸元首相の血を引く安倍首相は言論統制にたけた政治家である。そのせいか、この頃のマスメディアの凋落ぶりはひどいものだ。しかし考えてみれば、日本のマスメディアが過去にまともだったことがあるだろうか。その一つ、日本放送協会が公正中立な報道機関であったことは過去に一度もない。敗戦までは大本営発表をそのまま流し、連合軍に占領されたあとは、GHQの「眞相はこうだ」など、微に入り細に入り指示をうけて放送していたのである。そのような官営放送局がいつから公正中立な放送機関に生まれ変わったというのだろうか。 

 このNHKの番組改編問題において、無いとされる朝日新聞の取材記録の録音テープを聞いた一人に、「国家とメディア」を書いた魚住昭氏がいる。彼が本当に真実を伝える使命に燃えているのならば、朝日新聞の記者が取材記録を録音テープに記録していたと公言すべきであろう。そういう真実をいわずして、ほかのメディアを批判するのはおかしい。

 「国家とメディア」を流し読みしたが、岡留安則氏の『編集長を出せ!「噂の眞相」クレーム対応の舞台裏』を読んだ後では単なる犬の遠吠えとしか思えず、反権力スキャンダリズムに燃え、戦った岡留氏こそが、梶山季之氏からの流れをくむ本当のジャーナリズム精神を持っているといえるのではないだろうか。
by antsuan | 2007-02-17 16:45 | 情報通信・パソコン | Comments(2)

戦うなと言わないで、戦えとも言わないから

 大好きな西部劇、荒野の七人の第一幕。山賊に略奪され村民が殺された時、村人が長老のところにどうしたらいいか尋ねに行く。長老は自分の大事な懐中時計を渡して云う、「戦え、武器を手に入れろ」と。

 しかし、心の深い傷を負った人に「戦え! 抵抗しろ」と言うのは酷なことだと云うことが、最近ようやくわかってきました。逃げる場所もない状況で人間の考え得るあらゆる暴力や辱めを受ければ、その言葉は自殺しろと云うに等しいことが。

 考えてみれば、日本はあらゆるところでイジメが行われていました。日本国は米国を筆頭にまわりの国から虐められ、国民は役人から虐められてきました。ですから多くの日本人は心的外傷後ストレス障害に掛かっているといっていいでしょう。

 それを今まで耐え忍んできた日本人は立派です。しかし残念ながらそれでは悪いやつらを肥えさせるだけなのです。悪いやつらが死ぬまで我々は耐え続けなければならない。ところが、耐え忍んでいると悪いやつらは次からつぎと生まれてきます。

 その連鎖を断ちきるためには誰かが戦わなければなりません。そう、戦ってくれる人は必ずいるのです。親や男は本能的にその能力を持っています。現に自然界のものとは戦って生きてきたのですから。

 虐めをする国や悪人と私は戦うつもりです。正義は人により違う事はよくわかっています。しかしやっぱり自分の信じる正義のために戦いたい。それを止めないでほしい。ミツバチだって襲ってくるスズメバチと戦うではないですか。
by antsuan | 2007-02-17 07:38 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)