あんつぁんの風の吹くまま

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スキャンダル追及合戦をやったら野党の負け

 「女は産む機械」と云う発言をした柳沢厚生労働大臣が批判を浴びているが、読売新聞に掲載された発言内容を読む限り、その部分だけを取り上げて不適切と云うのは揚げ足を取っているとしか思えない。

 柳沢厚労大臣は統計学上の計算のからくりとして、出生率を高めるには子供を産める人、単なる女性ではなく生理のある出産可能な女性に子供を沢山産んでもらわなければ数字は高くならない、つまり体外受精をして孵化器に入れておけば子供が沢山できるという単純な問題ではないと言っているのに、なんでそのような揚げ足を取る必要があるのだろうか。出生率に一喜一憂する事よりも、地球上の人口が爆発的に増えていることの方がよっぽど大問題なはずだ。それについては誰も声を上げて問題視しないことの方が正常でない。

 野党だってこの程度の不適切発言をしている議員は沢山いる。先日も社民党議員が、阪神淡路大震災の時に自衛隊はすぐに災害出動しなかったと自分のホームページで発言して物議を醸したではないか。当時の首相は社会党の村山さんであったことも知らず、また地方自治体による要請がなければ自衛隊は災害救助であっても出動出来ないことすら知らない、この女医さん議員は自衛隊に対して謝罪もしていない。

 揚げ足を取って国会を空転させるならば、そのことに対して野党は責任を取るべきだろうに。
by antsuan | 2007-01-31 18:37 | 政治・経済 | Trackback | Comments(6)

一月の終わり近い晴れた日の夕暮れ

  思ふことなくて日脚のややにのび
                    加賀谷凡秋
          
仕事を終えると澄みきった青空にようやく日が暮れるところです。
日が延びてきたと感じながら西の空をぼんやりと眺めていました。
by antsuan | 2007-01-30 22:58 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(12)

憧れの人

 この間、東京の四谷に行った事を話しましたが、四ツ谷駅にある大学と云えば上智大学です。偶然なのでしょうが、小学校時代の恩師と中学時代の恩師はここの卒業でお二人とも面識があると云う事でした。

 その中学時代の恩師は、横浜国大に受かっていたのにダサい国立なんていやで無理やり上智にした、横浜の山の手に住む文化的な雰囲気を漂わせている方でした。私にとっては、今でも面倒見の好いお姉さまという感じで接する事の出来る先生なのです。

 昨日のブログを書くために昔のアルバムをめくっていると、その先生の結婚式の写真が出て来ました。前に"友人のこと"で書いた時に頂いてきた写真なのです。結婚生活なども割と明け透けに話をしてくれて、ご主人は海外出張が多くて寂しい時はついつい手を足に挟んで寝る時があるとか、一人では寂しいから主人がどんなに午前様になっても起きて待っているのとか、然りげなく話してくれるのですが、こちらの方が顔を赤らめてしまうこともありました。

 三人の子育ても終わってみな立派に育ち、夫婦二人でのんびり出来るのに、ご主人はいまでもブラジルへ単身赴任で仕事をされていて、先生は民生委員をやったり区の生活指導員をやったりと忙しくご活躍されています。

 ですから、私にとってはいつまでも越えることの出来ない師なのですが、同時にその気さくな人生も私の憧れなのです。
by antsuan | 2007-01-28 23:48 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(4)

悪友はストーカー

 幼稚園の頃からバスで通っていましたが、小学生の頃までは未だ車掌さんがバスに乗っていました。幼いながらも好きな車掌さんがいて、その車掌さんの乗っているバスだと、何か今日一日が明るくなるような気がしたものです。

 修学旅行でも当然バスガイドさんが気になります。中学時代は京都・奈良で、帝産の観光バスでした。どういうわけか、バスガイドになって半年の新米ガイドさんの車両になり、プロとして一生懸命ガイドする初々しさに心が熱くなったり、逆にいろいろと茶化して泣かせてしまったりして、京都の名所などは殆ど覚えていませんが、楽しい思い出でした。
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 高校時代の修学旅行は九州で、ライオンズの名選手のサイン入りボールが置かれている西鉄の観光バスでした。六台のバスを連ねて長崎、雲仙、熊本、指宿、桜島、霧島、阿蘇の順で回ったのですが、我が悪友はそこでも新人ガイドさんのストーカーをしてしまい、一番最後の阿蘇の時まで、記念写真にバスガイドさんが入らないと云う異常事態にまでなってしまいました。

 戻って、お礼の手紙を私と友人が別々に出したところ、私にだけ、先輩の指示で記念写真に加われなかった事をわびる丁寧な返事が戻ってきました。悪友のところには返事が来ず、彼はしばらくの間落ち込んでいました。きっと、ガイドさんのほうも魅かれるところがあって意識して避けたのだと思います。
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         悪友の密着度、分かるでしょ。
by antsuan | 2007-01-27 23:31 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

二大政党にしてはならない

 現在の道徳観念の乱れた日本の社会は、似非同和行政に見られるように庶民から税金をあらゆる方法で巻き上げ、自分たちの好きなように使って来た似非社会主義者のせいなのです。もちろん資本主義者も同罪です。市場原理主義は自由社会を否定する考えです。どちらも庶民から巻き上げた金を自分の懐を肥やす事に利用した正義に悖るものです。

 経営の神様の松下幸之助は無税国家論を提唱していました。税金を取らなくても社会保証や公共事業が成り立つ行政をする事が出来ると云うのです。それは企業も市民も奉仕の精神を持つ事で可能になるのです。企業が税金を払う替わりに社会保障や公共事業に寄付をするだけで十分国家の運営が可能なのです。

 国会議員も含めて税金を食い物にする連中が多すぎます。皆さん、日本国の決算書を見た事がありますか?株式会社で決算書を公開しなかったら会社として認められないのに、国は民間企業が出きる事すらやらないほど腐りきっているのです。
 
 これはもう一度言いますが、国民が似非社会主義を認めている事に原因があると思います。本当の資本主義社会では決算を公表しなければ国民が黙っていません。社会主義でもなく、資本主義でもない、双方の下請け主義国家に成り下がっている議会は実質的には与党と野党の二大政党化が成立していて談合をしているのです。

 日本は断じて二大政党化してはならないと思います。
by antsuan | 2007-01-26 23:58 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

東京が知らない街になりそう

 今日は久しぶりでお上りさんをして来ました。何十年ぶりかで四ツ谷駅に降りたのですが、いつの間にか改札口がもう一つ出来ていて、それだけでもかなり昔の面影がなくなってしまった感じがします。
 
 次に秋葉原に寄ってみましたが、ここは見事に浦島太郎でした。駅の構内がすっかり変わっているのです。昔は改札口を入るとそのまま通路で階段までつながっていたのですが、改札口の階がダダぴろい広間になっていました。そして外に出ると新しいガラス張りの高層ビルが建ち、雑然としていた電気街からオフィス街に変身したようでした。そしてこの秋葉原デパートももうじき消えてしまうようです。
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 オーディオプレーヤーを買いに行ったのは何時の事だったのでしょう。本当にますます昭和は遠くなります。寂しさを紛らわすために有楽町へも行ってみましたがこの辺も建築ラッシュでした。この有楽町のシンボル的存在だった不二家のビルも無くなってしまうのでしょうか。

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 何か長生きしても寂しさが募るばかりのような感じです。
by antsuan | 2007-01-25 22:35 | 身の回り・思い出 | Trackback(1) | Comments(12)

昭和前半生まれ

 作家のことは、ブログを始めた頃に新聞の連載小説のことから三浦綾子氏のことを書いたけれども、その彼女の「氷点」を読もうとして挫折してしまったことには正直ショックだった。いま考えてみると女性作家の本を殆ど読んだことがない。いまパッと思い付くのは「風と共に去りぬ」のマーガレット・ミッチェルぐらいだろうか。

 年が分かってしまうだろうけれども、青春時代は石坂洋次郎、山本周五郎、獅子文六、源氏鶏太などの大衆小説と云われるものを読みふけり、その後は城山三郎、司馬遼太郎ぐらいで読書を止めてしまった。その頃の女性作家の名前が思い浮かばないのは、女性作家が活躍していなかったのだろうか。そんなことはないだろうがとにかく思い浮かばない。

 きっと世間を知るには、すでに小説からではなくて映画やテレビがそれに取って代わったからだろうと思う。そういえば、私は「バス通り裏」からのテレビっ子だったのだ。だから、青島幸男が死んでしまって、本当に俺達の時代が終わってしまったんだなぁと痛切に感じて、とても寂しいのだ。なのに、このとてもやり切れない気持ちを紛らわせようと、酒を飲みたくとも鼻がつまって飲めやしない。

 映画「若者たち」の青年が今や定年となり静かに退いていく、昭和は遠くなりにけりだ。 クククッ (泣)
by antsuan | 2007-01-24 16:17 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)

一月はやっぱり忙しい


 雨戸を開けると梅が咲いていてそこに朝日が差し込む、清々しい一日の始まりです。先日は雪もちらついたのですが、秋田生まれのせいか中途半端な寒さよりもピリッとした寒さには平気です。しかし暮れに風邪を引き、よくなったとは云うものの、相変わらず鼻詰まりでキーボードを叩いていると苦しくて口で息をしています。

 こんな状態なので机での仕事もあまり捗らず、新年の挨拶回りやいろいろな行事に忙殺されて、ますます忙しくなるばかりです。昨日は、法律に基づく下らない立入検査があり、個人情報保護法のことでついキレてしまい文句を云ってしまいました。ひょっとしたら無呼吸症候群になっているのかも知れません。また、耳鼻科に行って診てもらおうと思っています。

 鼻がつまると美味しい酒も飲めず、ますますいらいらが募ってしまいます。悪循環だーー!
by antsuan | 2007-01-23 09:27 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(4)

選挙の年、らしい


 知らない間に税務署から確定申告の用紙が送られてきました。国民全員が確定申告すればこんないいかげんな政治は無くなるだろうと思うほど、毎年溜め息がでます。

 今日は地元国会議員の会合に行ってきました。統一地方選挙や参議院選挙があり、ひょっとしたら同日総選挙もあるかも知れない大事な年のようですが、内実は、参議院選挙までは重要法案を審議せず先延ばしにする事で与野党の話がまとまっているようです。もうこうなると国会も単なるやらせでしかなく、官僚が好き勝手に出来るのもよく分かります。

 この責任は野党においても重大で、敢えてここで民主党に物申すと声を上げておきたいと思います。

 だいたい、ガセネタメールに騙されるような政党に国民は国を任せるとでも思っているのでしょうか。民主党の本当の党員とは沈黙の大衆なのです。政権を取るのが目標の政党に国民は何も期待はしません。参議院選挙で惨敗して、解党的出直しが必要だと考えています。
by antsuan | 2007-01-21 20:12 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

寿福寺は聖地

 ようやく庭の老梅の蕾が開いて一輪二輪と僅かですが咲いています。鎌倉の寿福寺の紅梅もそろそろ咲くのではないでしょうか。
 
 源頼朝が鎌倉に幕府を開いたのは三方が山に囲まれ、もう一方が海の自然の地形を利用した、天然の城塞だからと云うのが定説だったけれども、今日の読売新聞の朝刊によると、それに異論を唱える説が出てきたようです。
 
 それによると昔は「城」と云うのは「武家の本拠」と云う意味で、その武家の本拠には昔から典型的な立地プランがあって、それは東西に延びる道の北側に武家の本宅と寺院を設置し西側には聖地があると云うもので、聖地とは父親である源義朝の館跡を指してなんら差し支えないらしいのです。
 
 寿福寺の住職のお話によると、寿福寺は当時は相当大きい寺で、いまの鎌倉駅までが境内だったとか。そしてそこから海岸方面が蔵所として一番栄えていたらしいのです。

 また明治維新の排仏毀釈の時に、源氏の菩提寺であった鶴ヶ岡八幡宮寺からいろんなものが寿福寺に移されてきたことも、寿福寺が聖地として昔から認められていたことによるのかも知れません。

 自然の要塞に相応しい場所だったら、京都に近い箱根の西側にも数多く似た地形がありますから、この新説の方がかなり説得力があるように思います。
by antsuan | 2007-01-19 20:44 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)