あんつぁんの風の吹くまま

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あれから二十年

 今日は父の命日だ。早いもので亡くなってから二十年の月日が経つ。事業を閉じると、職員全員を集めて話した翌日に脳卒中で死んだのだが、死期が迫っていたことを知っていたに違いなかった。

 父が心臓発作で救急車で入院した時に、油まみれの仕事の会社を辞めて事業を手伝い始めたのだが、けっして父に信頼されていた訳ではない私が事業を引き継ぎここまでやれるとは思いもしなかった。

 私が戻って、どうにか診療放射線技師の資格を取った後、しばらくして母が脳腫瘍手術の後遺症で入院中に、今度は父の首に悪性リンパ腫が見つかり東京の大学病院に入院した。見舞いに行った時、自分はもう助からないから最後に言うことを聞けと私に向かって父は言った。しかし、技師としての知識から悪性リンパ腫は放射線治療で治ると知っていたので、励ましのつもりでそう言ったのだが、医者に向かって生意気なことを言うなとまた嫌われた。結局、関係は改善できず、父は大阪で旅行代理店の雇われ店長をしていた兄を呼び寄せ経営を任せた。

 東京築地の国立癌センターで放射線治療を受け、治って、普段通りに仕事が出来るようになったけれども、父は私に経営を任せることはなかった。いつの間にか私は静かに父を見守る気持ちが出来ていて、そのことに不満はなかったが、兄が経営をめちゃめちゃにしないか気掛かりだった。

 案の定、ベテラン事務員がやめると経理は杜撰になってきた。父は診療だけでなく経営にも気を配らねばならず、せっかく治った身体に心労が重なって行くのが目に見えていた。しかし、父の性格は充分に分かっていたので私は何も言わなかった。

 ベッドから倒れて死んでいた父を見て、最後に私に何か言いたかったのではないかと悔いが残った。その懺悔のつもりで事業を引き継いで、いつの間にか二十年の月日が経った。此処までやったら、きっと父も雲の上から私を認めてくれていると思う。何とか今年も年を越すことが出来ると、手を合わせて報告するつもりで居る。
by antsuan | 2006-11-30 18:49 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(6)

往く秋


 もうじき師走、三男の飼っているわが家の蟹もいよいよ冬ごもりの枯れ葉をかけてあげることにしました。あちこちのブログを尋ねてみると、旅行に出かけたり美術館に足を運ばれたりと、往く秋を惜しんで居られるようです。こちらは減量した甲斐があり、何とか年を越せる目処が立ちましたが、まだまだ仕事が頭から離れません。そのうちゆっくりと温泉にでも浸かりに行きたいものです。

    夕暮れの山の湯にあり冬の虫
by antsuan | 2006-11-28 12:08 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(6)

ブログ繋がり

でんでんむしの『個人史』のすすめ@どう書きどう残すか生きた証とはなにかのトラックバックです。

 ブロクを初めてまだ一年半とちょっとなのにもう十年以上もやっているような気がするのは充実している証拠だと思う。ブログを勧めてくだすったでんでんむしさんが今まで続けていたブログを休止された。正直言って非常に寂しい。

 人との出会いというのは大抵ひょんなことからということが多いが、私の場合、Macintoshというパソコンを使い出してから沢山の素晴らしい人に出会ってきた気がする。Macを使い始めたいきさつは前にも書いたけれども、当時はけっして安い器械ではなかったので、それを使っていた人はある程度地位のある方達だったのではないかと考えている。若い時から老けて見られていたのでそれも幸いしたかも知れないが、そういう方達がMacを持っているというだけで私を仲間に入れてくれたのだった。

 そして、Macには最初から通信機能が付いていたので必然的にパソコン通信を始め、ニフティーサーブの掲示板やらフォーラムでいまと同じように過激な発言をして熱中していたのだが、ひょんなことから逗子の市民ネットでマックユーザーの集まりがあることを知り、参加したら、私以外に広島東洋カープのファンが居るというので紹介して頂いたのがでんでんむしさんだった。

 しかし、でんでんむしさんはマックユーザーズクラブが一段落したところで今回のように静かに去ってしまい、その時も寂しい思いをしたので、何とか縁だけは繋いでもらって、銀座のアップルストアで待ち合わせてお会いした時に、ブログを是非始めなさいと背中を押して下さったのだ。

 だから、あちこちのブログにお邪魔しているけれども、その殆どがでんでんむしさんのブログ繋がりなのである。
by antsuan | 2006-11-27 18:17 | 情報通信・パソコン | Trackback | Comments(0)

火中の栗

小泉さんは憲法改正を諦めていない。

 安倍総理は憲法改正の時期を五年後を目処に考えていると言っているようだ。これは事実上火中の栗を拾うようなことはしないということだろう。彼は総理になることが目標の人であり、何かを成し遂げたいから総理になりたいと考えた訳ではなさそうだ。

 先の自民党総裁選挙の立候補者は、みな安倍さんと同じで総理になることが最終目標の人ばかりであった。小泉さんはそれを見透かしていたように思う。小泉さんは郵政民営化のために総理になったのではない、憲法改正を実現するために総理になったと考えている。だから、再び総理になるチャンスを窺っているか、或いは本当の自分の後継者を温存しているのだと思う。

 小泉さんは、米国の中間選挙で共和党が敗北することを見込み、さらに来年の参議院選挙の洗礼を避け充電中なのだ。憲法改正のためには民主党の協力が必要なのは分かっている。今度の参議院選挙で民主党が負ければ、民主党は間違いなく分裂する。逆に民主党が躍進すれば安倍政権は崩壊する。さらに来年になれば、米国は大統領選挙が近づき国内問題で手いっぱいになり日本のことなど構っていられない。チャイナも北京オリンピックを控え下手な動きは出来ない。他国の干渉を気にすることなく憲法改正をするのに絶好のチャンスなのだ。

 小泉さんは火中の栗を拾うつもりだろう。その時、民主党代表の小沢さんはどうでるか。そろそろ来年の話をしても鬼は笑わないと思う。
by antsuan | 2006-11-24 19:50 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

苛めと憲法第九条


 苛めは恥ずかしい事ではなくやってはいけない事なのに、担当大臣すらそう云わないのは、間違った法律に基づいて執行している事に起因しているのではないだろうか。組織で物事を実行する時によく云われている言葉に、「プラン、アクション、チェック」つまり「企画、実行、反省」がある。ところが往々にしてこの反省の仕方によって成功と失敗の分かれ目が出てくるもので、常々思っている事は企画(プラン)を立てた者は、キチッと実行されているか点検(チェック)したがるけれども、実行している者は企画が間違っていないか疑問(チェック)に思う事がある。

 特に行政は民間が不正な行動(アクション)をしないように検査(チェック)するが、本来はその検査によって企画(法律)そのものが適正であるかどうかも考察するべきなのだ。それをしないから民間をいつも悪者にする構図が改まらないのである。今、社会問題になっている苛めによる自殺やら学校崩壊の教育問題についてはようやく法律のほうを直す動きになった。良き事はでんでん虫の歩みの如しで、とりあえず方向性だけは評価したい。

 政治に関しては常に大局的な見方をするべきで、そのためにも歴史を見直す必要がある。何が言いたいかと云うと、戦後制定された教育基本法と憲法第九条は無関係ではない。どちらも米国と云う絶対権力者がいると云う条件の下に考えられた法律なのだ。今日の日本の現状は、自らを守るために戦う事を否定した結果ではないだろうか。苛められている者を守るために戦う事、これを正義と云う。日本の正義を否定するような憲法は改めるべきであろう。
by antsuan | 2006-11-22 08:02 | 政治・経済 | Trackback | Comments(2)

置き忘れたもの

 敗戦の傷跡が残る時代に作られた教育基本法がようやく改正されることになりそうだ。その中身はともかく、改定することに今回は意義を見いだしたい。

 先週の読売新聞の編集手帳に、それに関することが書いてあったので転記する。


 [編集手帳]  日清戦争で連合艦隊司令長官を務めたのは伊東祐亨(すけゆき)である。清国・北洋艦隊の提督、丁汝昌(てい じょしょう)に降伏を促した手紙は知られている◆列強に侵された清国に深い同情を寄せ、中国文化を守るべく亡命して他日を期すよう勧めた。日本の武士道が貴官を守る、と。丁は伊東の送った洋酒を懇篤な礼状を添えて返送し、毒を仰いで自決した◆博報堂の最高顧問、近藤道生さんの近著「国を誤りたもうことなかれ」(角川書店)に、その逸話に触れたくだりがあった。日本人が昭和戦争の動乱をくぐるなかで置き忘れたものを、自身の戦争体験を重ねつつ語った一冊である◆大切にしている心が自分の胸にあれば、相手の大切な心にも敬意を払う。触れられて痛みを感じるのであれば、相手のそれにも触れない。愛国心とは本来、他の国、民族への思いやりを含んでいるのだろう◆「国を愛する態度」も争点になった教育基本法の改正案が衆院を通過した。参院の審議に移る。誰しも昭和戦争の当時を思い浮かべるのは致しかたがないが、視線をもっと遠くに投じた議論があってもいい◆丁汝昌のなきがらが粗末な小舟で故郷に帰ることを知った伊東は、没収した清国商船の中から一隻を独断でこれに充てた。凱旋帰国して、明治天皇に報告した第一声はこの処置に対する謝罪と責任伺いであったという。


 教育基本法で変えねばならないのは我々の心であろう。人を思いやる心、これこそが教え育まねばならない基本事項なのである。
by antsuan | 2006-11-20 18:21 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(4)

目覚まし時計たち


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 ポコ、ねむろう君、こらしょー
息子どもの目覚まし時計です。長男用のポコは「起きて!起きて!」と云う声がかわいらしくて気に入っていたのですが、肝心の長男がちっとも起きず、とうとう壊れてしまいました。 ねむろう君は次男の目覚ましです。我が家で一番身体も態度もでかい癖して、この目覚ましの言う事はちゃんと聞きます。 三男用のこらしょには二番目の兄ちゃんの声を録音しておくと効果てきめんですぐに飛び起きます。

 私はというと、暗いうちから目が覚めてしまいます。隣に寝ている妻が起き出すまでのこの時間がじっくり仕事の作戦を練るのに丁度いいのです。
by antsuan | 2006-11-18 07:54 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(20)

ただいま減量中

 ここ一ヶ月で四キロ痩せました。この調子で行くともう二三キロは痩せられるかも知れません。理由は簡単で、神経性腰痛症が再発したためです。零細企業経営者の宿命みたいなものです。

 暮れになると借金鳥がいっぱいやって来て、財布の中をすっかり綺麗にしてくれるのですが、江戸っ子みたいに宵越しの金はもたねぇーなんてカッコいい事を言っていたら従業員に逃げられてしまいますので、またあらためてあちこちの銀行へ駆けずり回るため、簡単に痩せられるって訳です。

 しかし今年は少し事情が違っていて、そんなことはしょっちゅうなのですが、今まで取引していた今年の始めに合併して三つの名前になった都市銀行さんが冷たくなったのです。うちはその三つの名前のうちの末席に位置している銀行とのお付き合いだったので、簡単にいうと他行に吸収されたようなもので、こちらの事情を知っている行員は一人もいなくなってしまいました。

 そんな超メガバンクが借金だらけの零細企業を相手にしてくれると思う方がいけないのでしょうが、相談に行くと案の定、剣もほろろの扱いでした。もう一つの都市銀行も付き合いが浅い事もあってあまりいい顔をしてくれません。しかし、「セールスマンは断られてからが仕事の始まり」です。がぜんむらむらと胸の中が燃え上がりまして戦闘開始です。

 銀行に金を貸す気にさせるには、返す当てがある事をしっかり説明すれば良い訳です。絵に描いた餅のような返済計画では相手にすぐ見破られてしまいますし、何よりもこちらの首を絞めるようなものですので、会計事務所に来年度の経営計画の相談に乗ってもらい実現可能な増収増益計画を作成し、銀行の担当職員ではなく営業部長に直接持って行きました。

 そう云えば、父が急死して経営を引き継いだ時は、親しい友人に相談にのってもらい、銀行の支店長に直接掛け合うようにアドバイスを貰ったのでした。それが今では、経営者の顔を見て金を貸してくれた支店長がいなくなっただけでなく銀行そのものが地域から撤退してしまう時代になりました。たった二十年の間にです。

 幸いに営業部長がいろいろ知恵を貸してくれたのですが、そうは簡単には行かないのが辛いところ。何とかこの難関を乗り切るよう奮闘努力中です。そんな訳で、ここしばらくはブログの方も更新が遅れるやも知れません。何卒ご了承願います。
by antsuan | 2006-11-17 06:06 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(12)

日本の車は長持ち

 車の平均寿命ってどうやって計算するのだか分かりませんが、調べによると平均使用年数は十一年で過去最高を記録したそうな。もちろん日本国内の話だと思うのですが、私も新車を乗り潰す性質なので、フォードテルスター(マツダカペラの輸出バージョン)は十一年以上乗りました。

 しかし、この調査結果はワンオーナーの利用年数ではなく、最後に廃車されるまでの年数らしいので、中古車としての第二の人生が結構長いとも言えるのでしょう。となるとそれだけ車が頑丈に出来ているか、もうデザインなどにこだわらずに乗り心地重視の乗り方が一般的になった証拠でもあると思います。そうそうオートマチック車になって乱暴な運転をしなくなった事もあるかも知れません。

 また、最近の車はすぐに厭きの来るデザインのものばかりで、カーナビなんて付いていたってちっとも買う気になれませんし、三人の息子の教育費が重くのしかかっているので、九年目のイプサムも乗り潰す事になりそうです。
by antsuan | 2006-11-14 22:49 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(6)

新征韓論の台頭は避けられない

 米国は建国以来ずっと侵略国家のまま今日に至っている。日本を理解し、日露戦争の講和に尽力したセオドア・ルーズベルト大統領でさえ、日本を仮想敵国としてハワイを軍事基地化し、コロンビアからパナマを独立させて土地を取り上げ大西洋艦隊を太平洋へすぐに移動出来るように運河を造った。

 米国は自国の利益にならない事はやらない。したがって、東京へ北朝鮮のミサイルが落とされても、同盟国としての報復攻撃は形だけのものしかやらないだろう。それどころか日本に用心棒代を高くふっかけてくるだけだ。その時には「新征韓論」が台頭してくる。歴史は繰り返すと云うが、日本が朝鮮半島情勢に消極的であればあるほど火の粉が降りかかってくるような気がする。

 そろそろ新しい同盟国を探す事を考えた方がよさそうに思う。勿論、チャイナは論外で、英国とインドとの新三国同盟などがいかがなものだろうか。
by antsuan | 2006-11-13 22:51 | 政治・経済 | Trackback(1) | Comments(0)