あんつぁんの風の吹くまま

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恋を聞かせて下さい


 島崎藤村が初恋と言う詩を書いたのは年を取ってからという事を聞いた事がある。もう恋というものが出来なくなってようやく自分の恋を語る事が出来るのだろうか。ライフログに掲げた悲劇週間も百歳を超えた堀口大學が自分の若い時の恋を書いた事になっている。

 最近になってようやくあのような情熱的な恋を理解出来るようになってきた。多分、恋を理解するという理性的行為はもう恋が出来なくなってしまった事を意味していると思う。と、あたかも恋をした事があるようにを書いたけれども本当の事を言えば恋なんて一度もした事がない。

 もちろん、本能的なというか肉体的な男と女の関係に関心がなかった訳ではないけれども、いや、むしろそちらのほうはビデオデッキが出始めたときにVHSメーカーに勤めていた友人から真っ先に購入していかがわしいビデオを見ていたぐらい熱心だった。ただ、本能的な肉体的な恋と精神的な心でする恋とがどうしても一致しなかった。映画などで、たとえばディートリッヒがゲーリー・クーパーを追いかけて行くシーンで終わる「外人部隊」のあの恋に狂った歌姫の盲目的姿に、自分の心がついて行けなかった。

 私に好意を寄せてくれていた女性が何人かいた事をあとで知ったけれども、こちらからアプローチしたいと思わなかったのは何故なのだろう。多分、精神的に大人になっていなかったのだろうと思う。今になってそんなことを知ってももう遅い。なんてバカだったのだろう。せめて、そういう恋物語を聞かせてもらって夢の中で自分と重ね合わせてみたいと願うこの頃なのだ。
by antsuan | 2006-08-30 07:31 | 身の回り・思い出 | Comments(10)

夏休みの工作

 いよいよ夏休みの工作です。
長男の時はケーブルカーを作りました。この時はヒモを動かす滑車に一工夫して大成功。次男の時はペットボトルを胴体にした双発の飛行機、プロペラにモーターをつけたのですぐに壊されたけれどこれも本格的でした。三男はそれほど動くものに執着しないみたいなので、ま、適当でいいかと・・。
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by antsuan | 2006-08-30 00:01 | 身の回り・思い出 | Comments(6)

オーロラツアー

 昨年、何十年ぶりかで小学校のクラス会をやったのですが、遠くから駆けつけてくれた友人は大学の教授になってオーロラの研究をしている事をそこで知りました。彼は二度もオーロラ観測のために南極に行っているそうです。

 私が自衛隊に入隊してすぐにやめた事は昨年十一月の憂国の情はペルソナの心に書いたのでそちらをお読み頂きたいのですが、ほかの理由のホンのちょっとは、砕氷艦に乗って南極に行きたかった事もあったのです。

 あの壮大な氷山を一度見てみたい、海と自然の本当の厳しさを知りたい、そんな気持ちがあったのですが、私が果たせなかった夢を友人が二度も経験しているなんてとっても羨ましく思えてしまいました。
 
 今年もクラス会を開く事になっています。去年はその友人がオーロラツアーを計画するからみんなで行こうと言う話で別れたのですが、今年はその計画が進んでいる事を期待しています。みんなでオーロラを見たらそれこそ本当に身も心も小学校時代に戻ってしまいそうです。
by antsuan | 2006-08-29 05:53 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(8)

大衆に迎合するのがメディアである


 何で福岡市長が謝るの? 飲酒運転による追突事故で三人の幼児が水死した事件は本当に痛ましい限りです。犯人はそれ相応の罪を償うべきでしょう。しかし事件は事件として、容疑者が業務中に犯した事故でなければ仕事上の上司が謝ることは全く無いと思うのですが、その辺の社会的風潮が非常に気になます。

 じつは、でんでんむしさんが最新のブログで、新聞の中身の半分以上が広告になってしまったと嘆いておられたけれども、報道機関が大衆に迎合することほど危険なことは無いと思います。此処に民主主義の恐ろしい落とし穴があります。

 本来は、この落とし穴に注意することこそ悲惨な戦争をしてしまった反省なのであり教訓なのです。ところがいつの間にか、そのような歴史の反省は何処かに行ってしまったようです。

 また民衆は、報道機関が必ずしも真実を伝える組織ではないと云うことを先の大戦の教訓としてしっかり頭に入れておくことが必要なのです。その当時世界の中で勝るとも劣らない民主主義国家だった日本国民の犯した過ちの一つが報道機関への過信だったのです。
by antsuan | 2006-08-28 10:35 | 情報通信・パソコン | Comments(15)

北鎌倉の夜

 三十を過ぎて、東京は池袋近くの椎名町にある夜間の城西診療放射線技術専門学校に通っていた頃、横須賀線の品川からの連絡が悪く逗子に戻ってくるのはいつも午前零時近くになっていました。

 今ぐらいの時期になると、後ろのほうの車両には大船を過ぎると殆どだれも乗っていません。その電車が北鎌倉駅のホームに入りドアが開くと、いきなり虫の音の大合唱が飛び込んできます。まるでホームの冷気のそこら中に虫がいて鳴いているかのように車内に響き渡るのです。

 あたかもホームと車両全体が静寂の宇宙空間に包まれているかのようでした。「二千一年宇宙の旅」に出た宇宙飛行士というよりも、銀河鉄道999の列車に乗った乗客になったような気分でした。

 電車が入ってきても止む事のない虫の音の大合唱。ドアが開いている間だけの不思議な異次元とその荘厳なドラマに、古都鎌倉の深い深い時の流れを感じさせられるのです。

 今年もそんな昔を思い出させる季節がやって来たようです。朝晩が涼しくなってきました。
by antsuan | 2006-08-27 23:41 | 身の回り・思い出 | Comments(10)

歪んだ大人になった訳

 先日、皆さんが「歪んだ大人になった訳」をコメントで披露して下さいましたが、子供心に真面目にやってきたことを笑われたり馬鹿にされることは普通にあることだと思います。しかし、これはあくまで自分が傷ついた経験から言うのですが、やはり教育の場においては、つまり教師には、そういうことを他の子供たちと一緒になって笑ったり馬鹿にして欲しくないと思うのです。

 先日のコメントに書いた、"遠足にランドセルを背負って行った"いきさつと云うのは、小学校の三年か四年の時だったと思うのですが、担任の先生が遠足に行く前の日に、「遠足は授業と同じで遊びではありません、雨の日は普通の授業をやります」と注意した言葉を真に受けたからなのです。今から思い返すと自分でもなんてアホなやっちゃと笑ってしまうのですが、やっぱり先生にはその勘違いした理由を聞いて欲しかったと今でも思っています。

 もう一つこんなこともありました。カトリック系の小学校に通っていたことは前に何度も話していますが、宗教の授業の時に、「人前で自慢したりすることはいけないことです」と教わったのです。本当に自分は純真だったと思うのですが、その言葉を忘れないでいたために、学芸会や演奏会でみんなの前で演技をすることや歌を歌うことが悪いことだと信じていたのです。ですから学芸会の稽古の時間は罪悪感に駆られてお手洗いに隠れたりして先生によく怒られていました。歌も歌えなくなったのもその所為にしております。

 こういうことは応用が利かないオッチョコチョイと云うことも出来ますが、やはり子供の純真さも多いに大切にしてあげたいと今になって思うのです。ですが、今の学校の先生にこれを要求することは無理なのでしょうか。
by antsuan | 2006-08-25 17:38 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(11)

世界はまだ法治社会にはなっていない

 「世界はまだ法治社会になっていない」 平和ぼけと言われている日本人が不足している認識の最たるものはこの事ではないでしょうか。チャイナの裁判所が平和友好条約を結んで主権を認めているはずの日本の会社や著者に対して名誉棄損の賠償命令を出すような覇権主義、平和に対する脅威と云って戦争を始める英国や米国の横暴は世界がまだウエスタァンのような荒野である事を示しています。

 では自国のみが平和で法治国家であればいいのでしょうか。それで満足するにしても、北方領土や竹島、尖閣諸島などの領土問題はとっくに解決しておかねばなりません。現実の国際関係において、平和とか友好と云う関係も常に緊張を必要としているのです。

 近代までは、神や王による支配や束縛により治安が保たれていました。しかし今や民衆が神や王と対等になった結果、治安を保つのも民衆の仕事であり、その仕事と云うのが法治社会の構築なのです。我々民衆が、国際的法治社会を求める限り、それを否定している地域との戦いはけっして逃れる事が出来ないのです。平和を考えれば考えるほど、戦争を否定出来ない理由はここにあります。
by antsuan | 2006-08-24 13:25 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)

昔のマックが恋しい

 パソコンの進化に追いつけなくなってしまいました。(+_+)
正確にはパソコンソフトの進化に追いつけなくなってしまいました。それを私は横文字の氾濫のせいにしているのですが、ソフトの進化が激しいのか、ソフトの淘汰が進んでいるのかすら分からなくなってしまったのです。

 昔のマッキントッシュは小学生でも使えるほど人間工学的に進んだ機械だったのですが、今の高性能のマックはパソコンをよく使いこなしている人でないと使えない代物になってしまいました。高度な機能をどんどん備えて行った結果、高度な機能を知っているものでないと使えなくなってしまったようです。

 あの昔のマックはどこに行ってしまったのでしょう。右クリックやマウスホイールは確かに便利ですが、アプリケーションソフトを酔っぱらったおじちゃんでも使えるようなものに何とか戻して欲しいものです。
by antsuan | 2006-08-23 23:55 | 情報通信・パソコン | Comments(7)

ちっとも気分が晴れない訳は

夏バテでしょうかね。
なーんもしたくなりました。仕事は溜まる一方です。
日曜日の大漁は大いに気分の転換になりましたが、そうそう、子供の夏休みの宿題が頭の中から離れないのですよ。
by antsuan | 2006-08-22 23:55 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(11)

残暑の汗

熱き戦いの高校野球も終わりました。残暑の汗を拭うのもあともう少しなのかも知れません。

  欲らざれば 欲しきものなし 冷奴 
                        加賀谷凡秋
by antsuan | 2006-08-21 23:46 | 身の回り・思い出 | Comments(0)