あんつぁんの風の吹くまま

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民主党の前原代表は辞めるべき

 偽「堀江メール」問題に対する民主党の責任のとり方を見ていると、とても政権を任せられるような政党ではないと感じます。前原代表には顔を洗って出直して来いといいたいぐらいです。彼は本当に松下政経塾を出たんですか?そう言いたくなるほど、品位、倫理、精神を貶めています。

 小泉政権を中身のない改革等と非難する資格があるでしょうか。笑顔の心理学的分析で気になる人に書いたように、前原代表の顔には不純な心がにじみ出ています。民主党員は日本の政権を担う党にしたかったら、彼のような人物を党の代表にするべきではありません。

 では誰が良いかって?そう、はっきり云っていませんね。ここは態勢を立て直す暫定的な意味から言えば、岡田さんしかいないでしょう。
by antsuan | 2006-02-28 17:49 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

春の陽ざし

   臥す母の手鏡に射す春陽ざし

 ようやく冬も終わりです。残雪はいっぱい残っているけれど、それが何時かは地に滲みいり、また泉となって周りの草木を潤します。その清流に反射する春の陽ざしは、幼い頃の昔を思い起こさせてくれます。

 昭和三十年ごろは幼稚園に行くこども達はそれほど多くなかったと思いますが、一年保育の幼稚園に通った私は、今でも想い出としてしっかり焼き付いています。しかし、卒園間近の三月三日のひな祭りだけは、風邪を引いてしまい想い出の中に入っていないのです。それがいまだに残念でなりません。
by antsuan | 2006-02-27 19:32 | 身の回り・思い出 | Comments(0)

再び小泉擁護論

 小泉政権の期間中に日本の経済は良くなっただろうか。貧富の格差が広がり、国の借金は増え続け老後の不安は募る一方である。外交問題はどうだろうか。近隣諸国との関係は悪くなるし、国連の常任理事国入りにも失敗した。先の総選挙では争点を絞って圧勝したが、ナチスドイツのヒットラーも国民が選んだように、衆愚の人気取りがうまかったに過ぎないと云う見方もある。

 最近の「片岡鉄哉のアメリカ通信」によれば、米国は日本よりも中国を重視する方針に転換し、日本は永久的に米国の植民地となる米中共同覇権構想が固まってきたらしい。靖国問題を「心の問題だ」などとは言っていられなくなると警告している。

 このように、小泉総理のやってきたことは何一つ評価出来ないかのような実態が浮かび上がってきている。が、しかし、私はこのような意見に組みしない。確かに、最初のうちは旗を振るだけで中身の無い軽い人間にしか私も思えなかった。行動力はあっても実行力の無い最低の政治家のようにしか思えなかった。それでは、彼の行動の中でぶれの無い信念とは何か。愛国心である。

 政治家に必要なのはこの愛国心なのだ。今までの総理大臣に欠けていたものを小泉さんはしっかりと持っている。これ無くして国の将来を考えることこそ無意味ではないか。

 今までの日米関係は実質的に植民地化されたと云ってよいであろう。しかし、小泉総理は「魂」を売り渡すことには断固拒否したのである。二十世紀末のバブル崩壊によるデフレーションは米国の仕掛けに嵌まった第二の敗戦であった。国民のいくらかはそのことに気付き始めているが、まだ、政治家の多くでさえ分かっていないのが実情だろう。

 日本が真の独立国になるべきだと云う意見には、多くの国民の賛意を得られると思うが、そのためには日米安保条約の見直しが必要となってくる。しかし、残念ながらこれは現在の日本国憲法と一体化されているために、まずは憲法を改正しなければならないのだ。小泉総理の主眼はここにある。彼は日本を真の独立国にしたかったのだ。そして、その考えは正しいと思う。
by antsuan | 2006-02-26 19:07 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

小泉擁護論

 「運も実力のうち」と言うが、本当に小泉総理は運の強い男だ。民主党が「堀江メール」問題で自分からこけてしまった。中身のない改革ばかりをやっている小泉さんだが、どうしても彼を弁護したくなる。それは今まで無視されていた日本人の心を取り戻してくれたからだと思う。中身はともかく、論理的な事よりも情緒的精神的な行動にぶれのない事が、彼を非難する矛先を鈍らせてしまうのだ。

 愛国心があって私利私欲的行動を見せない。法案の中身は官僚に任せてしまう無責任さはあるものの、押すところは押し引くところは引く、冷静さと行動力は指揮官に相応しい。

 彼の本当の狙いは憲法改正にあったと思う。しかし、基本的に今の憲法は日米安保条約と一体化している為に米国の了解が必要だったが、ブッシュ大統領は彼を裏切った。最後に民主党との大連合を試みたが、未熟な民主党の前原代表では、彼の心の中を読み切れなかったに違いない。

 だが、これで次期自民党制権は、外交において無用なしがらみが無くなった。経済においては格差社会が生まれつつあるが、こと政治においては健全さを取り戻したといって良いのではないだろうか。それだけでも小泉総理を評価する価値は十分にあると思うのだ。

 それにしても民主党よ何とかならないのか。
by antsuan | 2006-02-25 12:39 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

日本の教育者よ目を覚ませ

 新渡戸稲造の「武士道」を読んでいますが、なかなか一気に読み切れないでいます。彼は武士道的謙虚さをもって、しかも完璧で分かりやすく日本の精神文化を英文で紹介しているのですが、弁護士が被告人に代って弁護するように、ラフカディオ・ハーンのような外国人が日本文化を紹介してくれているが、やはり被告人(日本人)自身の訴えを直接聞いてもらいたい気持ちで本にしたと述べています。

 まるで、何かブログの原点を見たような気がします。それにしても新戸部稲造氏は凄い。教育者即ち聖職者を地で行っています。そしてまた、武士道精神はキリスト教精神に内包されることまで丁寧に説明しています。

 しかし、敗戦によって日本の精神そのものを否定されてしまった傷はあまりにも深く、今の日本の教育界にも彼のような立派な人がいるのでしょうが、日本人ではなく地球人ですと称する日本人が出てきた事に、天国にいる新戸部稲造は嘆き悲しんでいるのではないでしょうか。
by antsuan | 2006-02-24 13:25 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

過換気症候群の病に掛かったみたい

 このところのトリノオリンピックの日本選手団ではないが、調子がおかしい。どうやら海に潜ったせいらしい。「好い年をしてそんなことをするからょ」と家内に言われてしまったが、若い女の子がよくかかる過換気症候群のような感じなのだ。頭はボーとするし、そのくせ神経が研ぎ澄まされているみたいで、あちこち痛いだけでなく眠れない。目をつぶっても周りが明るい世界のような感じがしてくる。目のほうもおかしくなってきたので、心配になって眼医者に行きアレルギーの目薬をもらったらようやく何となく良くなってきた。

 話は変わって、今度市議会議員選挙がある逗子市の話。次年度の予算案が議会の委員会で大多数で否決されたらしい。もともとあそこの市長は元フジテレビのディレクターで、ワンフレーズが好きな小泉さんのミニチュアみたいな感じがしていたが、小泉さんと違って与党議員が殆どいない議会なので、かなりの苛められようだ。

 報道によると確かに支離滅裂的な予算案らしい。もともと思いつき的な事を根回しもせず口に出してやろうとする癖があったので、今度の予算案も変なパフォーマンスを狙ったのではないかと思っている。

 何かの雑誌に書いてあったが、行政というところはエンドユーザー、つまり市民の要望を調べようとしないで、市民と接触している企業の動向ばかりを調べている。そんな調査資料を元に予算案など作ってもろくなものにはならない事は明らかだ。ここは市議会議員さんにしっかり頑張って市政をチェックして欲しいと、ヤジまがいの応援をしている次第だ。
by antsuan | 2006-02-23 14:38 | 身の回り・思い出 | Comments(2)

藤壷落としはしたけれど

 この前の日曜日、葉山はどんよりした曇り空でしたが、風もなく穏やかな海だったので、愛艇のスクリュウについている藤壷を取り除く為に、意を決してウェットスーツを着て潜りました。

 しかし、穏やかな海という事は潮の流れがないという事でもあって、艇の周りは濁って透明度は一メートルもありませんでした。ウェットスーツを着ているといっても二月の海の水はやはり冷いです。何とかこびりついている藤壷を落としたのですが、よく見ているとなんと海藻まで根を張ってついているではありませんか。イヤハヤまいりました。

 一段落して、いつものようにキャビンでお湯を沸かしてカップラーメンをすすり、ようやく落ち着きました。何時かはちゃんとしたヨットハーバーに愛艇を置きたいと思っているのですが、何時の事になるやら・・。
by antsuan | 2006-02-21 13:15 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Comments(0)

ペンにはペンで

これは「重箱の隅でごろごろごまめかな」に載った言葉はときに残酷で感情的だが のトラックバックです。

  このブログも一周年記念まであと一ヶ月を切りました。一年を振り返るのはもう少しあとにするつもりですが、ブログを始めたいと思ったのは、勿論、でんでんむしさんの励ましのお言葉があったからなのですが、もう一つ、マスコミの言葉やペンを使った暴力に警鐘を鳴らしてみたいという、大胆な右左あんつぁん的思考を拭い切れなかったからでもあります。

 武士道精神に則ってペンにはペンを使ってマスコミの暴力に立ち向かってみようと、非常に微力ではある事を承知で、自分の高揚した気持ちをそのまま書き続けて行こうと思っています。

 「言葉で人を殺す事も出来ます」 山本周五郎の短編小説に出てくる、私にとって忘れられない言葉です。マスコミの無責任な心無い言葉や文によって、どれだけの人が活きる希望を失ったか、傷ついたか分かりません。

 しかし平和な日本では、マスコミ批判は簡単に出来ます。既に日常化しているぐらいに検証され批判されたりしています。ところが悲しい事にマスコミの言葉や文章は益々軽くなるばかりです。その言葉や文章に、言い分け染みた精神のかけらも感じられない事があります。その為、何時かは、冤罪をテーマにして書いてみたいと思っているのですが、書こうとすると怒りが先に込み上げてきて文章にならないのです。

 はっきり云って、道徳的精神を持たない言葉や文章は暴力です。「言葉」によって人を殺す事も出来てしまうという畏れの念を、ジャーナリズムに係わる人は常々持ち続けて欲しいと痛感するこの頃です。
 
by antsuan | 2006-02-20 10:25 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

新渡戸稲造の本「武士道」を買いました

 新渡戸稲造の「武士道」の最近の翻訳本を買った。「国家の品格」が売れているので、藤原正彦氏推薦とわざわざ帯に書かれています。「ダ・ビンチのコード」に解説本が出ていますが、そんな感じで「武士道」もつられて売れているらしいのです。
 
 しかし、世界のあちこちで差別による組織的殺戮が今もなお行われているのを聞くと、日本人は古い昔からから教養を身に付けている珍しい民族だとつくづく感じてしまいます。
by antsuan | 2006-02-19 20:18 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

やり切れない殺人事件

やり切れない殺人事件の報道が毎日のように続いています。

 殺意を抱く気持ちは分かります。自分でも何度かそのような気持ちになった事がありますから。それではその殺意を抑える理性というのはどのようにしたら身に付くものなのでしょうか。

 その問題の解答はもう既に出されていそうなものですが、社会の共通の認識には至っていないのでしょう。人は殺してはいけないと云う恐らくどの社会にも存在する倫理観であると思いますが、問題はこの「人」の定義にあると思うのです。

 異民族、異教徒は「人」と見做さない社会通念がはびこっているのではないかと考えます。そして憎むべき人間は、人ではなく悪魔に思えてくるのでしょう。しかし、どうしてその憎むべき悪魔を殺さず、幼い子供まで平気で殺してしまう殺人者の心理を理解する事が出来ません。

 日本は、恐らく世界に類を見ない将棋文化を持っています。チェスや囲碁のように相手の駒や石を殺してしまうのではなく、将棋は相手の駒を捕って味方にしてしまう。このような思想や倫理観がもっと徹底すれば、殺人事件は減るように思うのです。
by antsuan | 2006-02-18 11:02 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)