あんつぁんの風の吹くまま

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宮大工の心


 バブルが崩壊し、かれこれ十五年近くもデフレが続いている今、近隣の建物の様子は劇的に変化しています。築後三十年も経ていない立派な鉄筋コンクリート造りの建物がどんどん取り壊され、葉山でもそこここに、また新たに鉄筋コンクリートや鉄骨造りの高層建築物が建っています。もう、私が住み始めた頃からの建物など殆ど見当たりません。この間も県道の拡幅のために近くの古い蔵が取り壊されてしまいました。

 地震が遭ったわけでもなく、戦争の被害に遭ったわけでもありません。こうしてみると、いったい鉄筋コンクリートで建物を造る事の意味は何なのだろうかと考えてしまいます。百年二百年持つ永久的な資産として造られた訳ではなかったのでしょうか。

 今年亡くなった知り合いの良心的な地上げ屋さんが、「マンションは絶対に買わない方が良い、日本のビルに資産価値はない」と、言っていました。自らバブルの勢いに乗り地上げをして造った物がものの見事に壊されて行くのを見て悟ったのだと思います。

 そして今度は、モラルハザードと云うか、社会規範の崩壊と云うか、建築物の信頼性を揺るがす事件が発生してしまいました。これはある意味で自然破壊をした祟りではないかと思うのです。昔の宮大工は、人の創るものに完全なものはないと神様に敬意を表し、造った建築物の何処かをわざと未完成にしたと云います。

 日本の現代の建築家も今一度この謙虚さを見習って欲しいと思わずにはいられません。
by antsuan | 2005-11-30 20:37 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

子供の寝顔

 今日は異様に暖かく変な陽気です。その所為でもないのでしょうが、師走前だと云うのにこのところメチャクチャ忙しくなって困惑しています。家に帰っても風呂に入って寝るだけの日々。しかし、幸せな事に小学一年生の息子は私の布団の脇で寝ています。この寝顔にどんなにか癒される事か。横綱、朝青龍が我が子を抱いてキスしている写真が新聞に載っていましたが、分かりますねその気持ち。

 これからの世の中、明るい未来が待っているとは思えないのですが、この子たちがその厳しい時代を切り開いて行けるような立派な人間に育つ事を祈りながら床についています。

      幼な子の 落ち葉拾ひつ 散歩かな
by antsuan | 2005-11-29 12:32 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

景観を壊す記念碑

 逗子市にまた名物が増えました。逗子市と云えば、逗子開成中学の「真白き富士の嶺」、徳富蘆花の「不如帰」、ノーベル文学賞受賞者川端康成の自殺した逗子マリーナなどの名所がありますが、今度は東京都知事石原慎太郎さんの「太陽の季節」の記念碑が建ったのです。

 建立には紆余曲折があったのですが、建ってみて「やっぱり」という感があります。金ピカの岡本太郎的太陽をあしらった代物なのです。それがわざわざ国道百三十四号線の車の中からも見えるように台座を高くしてあって、逗子海岸の景観の一番好いところに鎮座ましましております。今までは車の速度を緩めて、海と緑の江ノ島と真白き富士の嶺を眺める、絶好の場所にそれが建てられたと云うわけです。

 葉山にも同じように景観を邪魔している記念碑があって、それは森戸神社の石原裕次郎記念碑と裕次郎灯台なのです。なんとお騒がせな兄弟なのでしょう。ま、観光客を呼び寄せるには効果的なのでしょうが、文学者だか政治家だか分かりませんが、所詮こんなモノなのでしょうね。
by antsuan | 2005-11-28 12:44 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

寿福寺の仁王様

 ここ葉山は古都鎌倉に近い事もあり、またお墓も鎌倉五山の一つ寿福寺にあるので、鎌倉にはしょっちゅう行くのですが、灯台下暗しの例え通り、鎌倉の神社仏閣については本当のところ殆ど知りません。

 しかし、知の冒険学者梅原猛氏の話にあった「神仏習合」の事が気になり、鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮の事をインターネットで調べてみました。以前、法事の時に寿福寺の和尚様から話をお聞きする機会があって、鶴ヶ岡八幡様はもともとは宮寺であった事、それが廃仏毀釈によって仁王門などが取り壊され、仁王様が寿福寺へ歩いてこられた事などは知っていました。寿福寺の本堂でも何度か参拝した事がありますので、そこに仁王様が立っているのも知っています。

 しかし、大政奉還がなされ天皇に政権が遷ったのにも係わらず、わざわざ廃仏毀釈をして神と仏を分ける必要が何故あったのかが今一つ理解できないのです。京都辺りの学者が靖国神社への公式参拝に反対するのもこの辺の理由も関わっているようです。

 本来「死者」を祀る事は寺社の仕事であったはずです。戦没者であっても古来の考え方からすれば神社に祀るべきものではないようです。神社は怨霊の祟りを鎮めるために建てられていて、西南の役で倒れた敵方である西郷さんを祀った西郷神社などが正しい神社のあり方なのでしょう。
 
 今、皇位継承問題で、明治維新後の天皇制についても丁度見直される時期に来ています。併せて神仏習合の理念を復活してもよいのではないかと思うのです。もちろんその中にはアラーの神もキリストの神も含んでいいのではないでしょうか。
by ANTSUAN | 2005-11-26 13:34 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

「知の冒険」学者、梅原猛氏の話

 読売新聞の「時代の証言者」に掲載されていた梅原猛氏の話が終了した。哲学とは知を愛する事であり、知の冒険でもあるといって話を締めくくってある。そして八十歳を超えてまたその冒険に出発するという。これからの冒険は日本語の基礎であるアイヌ語の研究だそうだ。その冒険の成果を大いに期待したい。

 梅原氏によると明治以降に日本は廃仏毀釈をして仏を排除し古来の神に代えて国家を神とする新たな宗教を作ってしまった。これは日本の伝統的な神道から逸脱しているという。それまでは神仏習合の思想を発展させた八幡信仰という形で国家の宗教が形成されていた訳で、鎌倉の鶴岡八幡宮などは神道と仏教の教義が融合したものなのだそうだ。日本は単なる八百万の神の集まる国ではなく、神と仏が一緒になっていたのだった。
 
 自分たちが滅ぼした前代の支配者の怨霊を神として祀る神道といい、神仏習合の八幡宮寺といい、日本は戦争の無い平和な国のあるべき姿の宗教を持っていたのではないでしょうか。今一度そのことを「知の冒険」学者の梅原猛氏に教わりました。
by antsuan | 2005-11-25 23:54 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

またも出てきた無価値な制度

昔、PL法なるものがあったような気がするのですが。製造物責任法とかいうヤツです。今でもあるはずなのですが、この法律が適用された事例をあまり知りません。

 このところ新聞を賑わしている建築確認の耐震強度偽装事件については、「建築確認なんてほとんど意味のないものだ」という事実の方が重要な問題ではないでしょうか。三菱自動車の車輪強度不足のリコール隠し事件にしても、問題の本質は「車検」制度の無意味さにあると常々思っていました。今回も同じ事が言えます。「建築確認」制度があるから誤魔化そうとするし、購入する立場のものはその制度を信用して自分自身で確かめようとしないのです。

 PL法をどんどん適用するようにして、その代わりに無用な「建築確認」だの「車検」などをやめてしまえば好いのです。不動産とか、動産とか確かに高価な買い物なのですが、どちらも財産などという価値は本当にあるのでしょうか。結局は、一人ひとりが本物を見る目を養わなければいけないという事なのだと思います。
by antsuan | 2005-11-24 23:42 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

「死」の定義と日本哲学


 読売新聞の「時代の証言者」は、日本経済新聞の「私の履歴書」みたいなものらしいのですが、「私の履歴書」は政治家や財界人の自慢話臭くなったところで購読をやめてしまったので今も続いているのか分かりません。しかし「時代の証言者」の方は政財界人よりももっと庶民的な立場の人の足跡が書かれていて、それも生きた時代が自分自身とそう違わないところも有って面白く読んでいます。今連載中の梅原猛氏の話も、まるで生き生きとした大学の講義のようで毎朝朝刊を読むのが待ち遠しく思うぐらいです。

 その梅原氏が脳死臨調の委員をやり、少数派として「脳死は人の死ではない」と強く訴えていたとは知りませんでした。確かに「死」の定義は哲学にとって根本的な問題であって、西洋の哲学と東洋それも日本の哲学とはこの「死」の概念が根本的に違っていると思います。それを論理的に主張出来る人を私は迂闊にも知りませんでした。しかもクローン動物を例にとり脳だけが生命を統合している訳ではなく、肉体の各部分に全体の生命が宿っているという生命科学の実態まで持ち出してのまさに科学的な哲学を展開するという明快な理論です。

 梅原氏は六十歳の時と七十二歳の時にガンを患い、それを克服して人生に後が無い人間として、「日本人の死生観にかかわる重要な問題」を臓器移植の科学的問題の中で見事に解決し、「脳死を死とするいかなる論理的根拠も見いだしえない」と結論を出しつつ、臓器提供は仏教でいう「菩薩行」と同じであると定義して脳死の臓器提供を提供者本人の意思確認を前提に認めた事は、名裁判官の判決文を聴くようです。

 「臓器移植をしたいがために死の概念を変えるという事は発想が逆転しています」と、梅原氏が述べているように、本末転倒はどの社会においても、まして政治の世界においては悪だと考えています。
by antsuan | 2005-11-23 23:43 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback(1) | Comments(0)

ブログの読者

「重箱の隅でごろごろごまめかな」 のコメントに、”一番の読者は自分です”という言葉がありましたが、本当にそう思います。このように書いてブログを閉じてはまた開いて読み直しています。

 車通勤をしているせいか、たまに電車に乗ったりすると乗客の風体が気になりきょろきょろしてしまいますが、やっぱり相手方はそんな私をイヤらしいオジンのような目つきでにらみ返してきます。いつもは本や雑誌を読んで周りの人など気にかけないようにするのですが、飛び入りの用事だったので準備をしていませんでした。
 
 東北の田舎から出てきた口下手な人間ですので、営業みたいな仕事は性に合っていないのですが、年の功というか、それが責任者の役目と言う覚悟を決めたせいか、仕事相手に会いに行きます。横浜の関内の官庁への用事と、大学病院への用事でした。社交辞令で済む事ばかりではなくて、お願いをしなければならない事や、相手が真面目に取りあってくれない時には、つくづく人のいない世界に行ってしまいたくなります。
 
 家に帰っても、かみさんはもう旦那の事はそっちのけ。そこでパソコンに向かい、ブログで愚痴をこぼす事になります。
アーァ、今夜も寝酒が必要になりそうです。
by antsuan | 2005-11-22 22:14 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

トンビに笑われた気がする

 昨日の日曜日は冷たい風がちょっと吹いていましたが、天気が良かったので、庭で布団干しと障子張りをしました。そうそう私が小さい頃は障子張りだけではなく、畳まであげて大掃除なんてのもやりました。今も子供たちが障子張りをちょこっとだけ手伝ってくれましたが、この子が大きくなったときに、庭であんなこともやったなーと思い出してくれたらと思っています。
 
 本当に五十年後はいったいどうなっているのでしょう。葉山の山々もどんよりではありますが色づいてまいりました。しかし、あと半世紀後にはこの山もなくなっているかも知れません。願わくば、この貴重な自然環境が何世紀後にも変わらぬ姿で残っていて欲しいと思います。
 
 仕事の悩みが消えたわけではないですが、恵み豊かな葉山の自然を眺めていると、トンビにピーヒョロロと笑い飛ばされているようで、少し気を大きく持つ事が出来るようになりました。
by antsuan | 2005-11-21 18:23 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

上を向いて歩こうと思う

 「人生は鉋で身を削って行くが如し」とは云うけれど、本当にそんな気になってしまった一日でした。何も手が付かず、さっさと寝ようと床についたのですがなかなか寝れません。そんな訳で、マックのスイッチを入れ書き込みをしてみた次第です。

 経営者として何が一番つらいかと言うと人事と資金繰りです。予期せぬときにこの問題が起きるとそれはもう本当に辛いものがあります。中小企業の経営者に自殺が多いのも分かります。神経がどんなに図太くても簡単にすり減ってしまいますから。

 しかし、そんなことは経営者でなくとも同じことでしょう。みんな耐え難きを耐え、忍びがたきを忍んで生きているのだと思います。こういう経験をして親やご先祖様の苦労がよく分かります。自分一人じゃない、みんな同じように苦しんで来たんだ。そう思うと少しは勇気が湧いてきます。

 とは言え、今夜は酒の力を借りなければ眠れそうにありません。本当に人間は弱いものですね。
by antsuan | 2005-11-18 23:36 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)