あんつぁんの風の吹くまま

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秋のスケッチの思い出

 いよいよ秋本番となってきました。カナダは一気に冬支度のようですが日本はやっぱり四季がはっきりしているようですね。最近はスケッチをする人を余り見かけなくなりましたが、やはり芸術の秋です、葉山の海岸には絵筆を持つ人がちらほら見かけるようになりました。

 スケッチというと高校時代の思い出があります。高校では美術か音楽のどちらかの授業を受ければよかったので、音痴の私は躊躇無くと言うか必死に美術を選択しました。そして美術の時間は、学校の近くに野毛山公園と云う動物園にもなっている横浜では割りと名前の知られた公園があって、そこで油絵を描いていました。

 昼間なのでアベックなどは余り通りませんでしたが、それでも我々が絵を描いていると冷やかしに寄ってくる人もいました。公園の大きな木を入れた風景を描いていたのですが、毎週来るごとに木の色が変わり葉が落ちてきて、絵が完成する頃には最初のデッサンとは全く違う絵になってしまいました。

 木枯らしが吹き始めた頃のことです。寒いのを我慢して絵を描いていると、女子大生風の二人連れが図書館帰りなのでしょうか、我々を見やりながら「この寒いのに、若いわねー」と言って通り過ぎたのです。

 その時です、私の隣で絵を描いていた友人が、「てやんでー、そっちだって若いくせに」と言ったのです。通り過ぎた二人はこちらを振り返って目を合わせました。そしてくすくす笑って帰って行きました。

 友人はチャキチャキの浜っ子で、田舎から出てきた私にとってそのような見知らぬ女性との掛け合いには驚くばかりで羨ましくもあったのでしょう、そのただ通り過ぎただけの女性のコート姿が何故か妙に忘れられないのです。
by antsuan | 2005-09-30 20:34 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(2)

関西の地盤沈下

 プロ野球のセリーグ優勝は阪神タイガーズに決まった。はっきり言って広島カープファンにとってはそんなことはどうでもいい気分なのだが、地盤沈下が著しい関西において、ちょっとだけ好いの話ではないかと思う。

 名古屋は万博も成功裏に終わり、とにもかくにもトヨタ自動車の地盤でもあり、社会経済がしっかりしているが、関西はバブルが弾けて以降ちっとも好いことが無いように思う。大阪府の人口も神奈川県よりも下がってしまい、日本第二の都市とは言えなくなってしまった。

 本来、大阪は商人の町であったはずなのに、お客さんを喜ばせる心が無くなってしまったかのようだ。大阪の公務員のお手盛り給与には呆れるばかりだが、それを許す風潮が在ったのではないだろうか。やくざや暴力団も関西系の方が凶暴なのはなぜだろう。

 名古屋や神奈川の方が住みやすい町になったわけでは無く、大阪が住みにくくなったのではないかと思っている。敢えて言えばえげつなさが目に付きすぎるのだろう。結構面倒見の好いところがある土地柄なのに、排他的なところもある不思議な地域だ。

 天災人災を問わず災害を考えると、東京にあらゆるものが一局集中するのは危険だと思っている。首都を移転させるよりも政府の機能を地方に分散させて、東京に何かが在ったときに首都のかわりを何処かの都市が出来るようにしておかなければならないが、その第一候補の関西にもっとしっかりして欲しいと思わずにはいられないのだ。
by antsuan | 2005-09-29 22:22 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

ふすまの張り替えに思う

 わが家ではテレビを見ない生活を今年から始めています。もちろん、それでも日本放送協会の会費(受信料?)は払っていますが・・。それはさておき、本当は子供たちがテレビばかり見るので、居間から取り外して物置きにしている部屋へ持って行ったのですが、子供たちはちゃっかりゲーム機を接続してゲーム三昧の生活に明け暮れています。そうこうしているうちに家中が遊び場と化してしまい、とてもお客様をお通しするどころではありません。

 しかし三男が小学校に上がったのを機に、そこら中の破けたふすまを張り替える事にしました。夏は障子やふすまを取り外して簾で誤魔化していたのですが、寒くなってくるといよいよふすまや障子が必要です。

 ところがそのふすまを注文する段になってまたまた悩みが出てきました。ふすまの柄をどうするかです。さまざまな模様のものがあってどれがわが家にぴったりなのかさっぱり見当がつきません。家内も多いに悩んでいるようです。確かにふすまを張り替えるなんてことは一生に一度あるかないかの事件な訳です。

 まだまだ悩んでいるのですが、結局古い家にぴったりの模様はないのではないかと思っています。それだけでなく、ふすまを換えたら今度は畳も変えなくては調和が取れないに決まっています。そこでハタと気が付きました。我々家族は果たしてこの古い家にマッチしているのだろうかと。
by antsuan | 2005-09-28 17:41 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

60年後のノーネクタイ

 敗戦の年に昭和天皇がマッカーサー元帥を訪問したのは九月二十七日だった。昭和天皇はモーニングの正装で直立不動に対しマッカーサー元帥はノーネクタイのくつろいだ姿勢の、日本人にとっては屈辱的な写真が撮られた日である。マッカーサー元帥はそのような演出が好きな性格であった事はよく知られている。いやアメリカ人全体がそのような演出を好む人種だといっていいだろう。その態度が他の人々の気持ちや民族の尊厳を傷つけているという事も知らず、また、若さが浅はかさと裏腹である事も知らずに実行してしまう。

 時代は変わって今回の解散総選挙。小泉総理はクールビズのくつろいだ格好に対して民主党の岡田代表は白いワイシャツにネクタイ姿の身だしなみを整えた姿だった。戦略的にも戦術的にも考えつくされた解散であった証拠だろう。抵抗勢力や民主党はまさに飛んで火に入る夏の虫だったのだ。改革とか変革とは衝撃的なものである。今回の解散総選挙は最初から最後まで衝撃的だった。つまりはこの解散総選挙そのものが改革であった事は間違いない。

 明治維新も他の諸国の起こした革命に比べて極めて穏やかな革命と云われているが、ひょっとしたら後世の日本人はこの解散総選挙から始まる政治のドラマを平成維新と呼ぶようになるかも知れない。その明確な証となるのが憲法改正なのだが、果たしてそれはこの数年のうちに実現するだろうか。

  君待つと 落ち葉の庭も そのままに
                    可白
by antsuan | 2005-09-27 11:23 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback(1) | Comments(0)

ガソリンの値上がりを考える。

 ガソリンの値上がりが続いていますね。二十世紀の後半から、既に石油資源は有限であり、二十一世紀には枯渇してしまうだろうと言われていました。しかし、その後の石油探索技術や、掘削技術の向上によって地球に眠っている石油資源を採る事が可能になり、石油危機は遠のいたかに見えたのですが、やはり心配は現実のものになりつつあります。

 もはや化石燃料を使う事は環境問題から云っても許される時代ではなくなりました。一刻も早く、原子力エネルギーの平和利用の推進を世界的に考えなくてはならないのです。ところが石油資源を利権に持つ国にとって、あるいは企業にとって、それは死活問題に繋がるので何とか先延ばしをさせようと躍起になっています。

 もうお分かりでしょう。原子力の平和利用をさせない国はどんな国なのか。それは石油資源で儲けている国なのです。愚かにも我が国はその尻馬に乗ってはしゃいでいます。原子力船「陸奥」は技術的問題で葬り去られた訳ではなく、政治的に潰されたのです。

 二十一世紀の電気エネルギーは原子力に頼るほかはありません。幸いにして原子力発電の技術は未だ我が国は高度なものを持っています。これからは絶対にこの方面の技術開発を遅らそうとしている国の干渉を排除しなければなりません。

 二十一世紀は日本の世紀です。しかしその輝きは原子力をいかに利用するかに懸かっているといっても過言ではないでしょう。
by antsuan | 2005-09-26 21:31 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

新しい世代の使命

 またまた台風が近づいてきました。日本では慣れっこの事になっていますが、アメリカ南部のハリケーンの方は大騒動のようです。考えてみればラジオや電話などの初期のIT革命で一番効果があったのは、この天気予報ではないでしょうか。日本海海戦の時に連合艦隊が発した電文「天気晴朗なれども波高し」は、実は天気概況だったと言われています。

 日本海海戦の大勝利のように小泉自民党の圧勝に終わった総選挙の熱狂もようやく冷めつつあります。しかし、政治の分野だけでなく、あらゆる分野で世代交代が起き、新しい世代の民意によって日本の世の中が変わろうとしています。バブルが弾けて十数年を経過してようやくデフレーションに歯止めがかかり始めました。

 新しい日本の夜明けといっていいのではないでしょうか。自殺者が毎年三万人以上にもなる厳しい社会のままですが、その間、世界を見渡せば相変わらず紛争に明け暮れて不況どころか社会構造の破壊が進んでいます。日本は足踏み状態だったのですが、他の国では何時か来た道へ後戻りしていたのです。
 
 米国のブッシュ大統領はイラク戦争という取り返しのつかない大失敗をしてしまいました。あれは何の目的だったのでしょう。中東の石油に影響力を保とうとしたのでしょうか。しかしハリケーンという天災によって見事に足下をすくわれてしまいました。ロシアもチャイナも北朝鮮も国内の体制を維持するために共産主義の名の独裁国家の道をまた歩み始めました。かろうじてヨーロッパだけが新しい世紀に向かって前進しようとしています。日本にとって失われた時代は終わりを告げたのです。
 
 新しいIT革命によって、日本が一番素晴らしい国である事を世界中の人が気付く事になるでしょう。日本がこれから気をつけなければ行けないのは、そのようなヤッカミと不法移民です。いま与党の一部で外国人にも選挙権を与えようと行動していますが、その政党の支援団体である名誉会長と呼ばれる人物は日本人でないからなのです。
 
 日本が日本人でないものに乗っ取られてしまったら、それはハゲタカファンドに食い物にされるのと同じ運命が待っています。新しい世代の日本人が国を背負う時代がやって来ました。彼らが良識を持ち合わせている事は先の総選挙でもはっきりしていますが、世界情勢を理解するにはいま一度、この国の歴史をじっくりと考えてみる必要があります。
 
 なぜなら、60年前に大英帝国やヨーロッパ諸国が没落し、いま米国が転がり落ちるように没落し始めました。その中にあって、これからの日本人は世界を平和へ導く牽引車の使命を背負う事になるからです。その自覚をしっかりと持って頂きたいと思います。
by antsuan | 2005-09-24 13:19 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

我が家の習わし

 今日は彼岸です。いつものように家族そろって墓参りに行きました。田舎だったら普通の光景だと思いますが、マンションが建ち始めた葉山ではもう珍しいことだと思います。

 お墓は祖父が亡くなったときから鎌倉五山の一つの寿福寺に持ってきています。俳句を作る方はご存知と思いますが、高浜虚子のお墓があるお寺です。祖父の親友であり義弟であった加賀谷凡秋は虚子の直弟子でしたから、多分その関係で寿福寺に祖父の墓を造ったのだと思います。祖父も新潟では高野素十とも親交が有り、恐らくホトトギスの同人であったのでしょう。俳号は可白としていました。
 
 もちろん住職とは親しくして頂いており、子供を連れていくと必ず子供達にお菓子をくださるのです。そんなわけで長男が中学三年にもなっているのですが小学一年生の三男がまだそれを楽しみにしているので、わざわざ家族そろって墓参りに行き必ず住職にご挨拶するのが、我が家の習わしになっております。
by antsuan | 2005-09-23 23:58 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)

大物狙い

並木の桜紅葉がぱらぱらと舞い落ちてきます。

 あちこちで秋の気配が本格的になってきました。このところ釣りに凝っているのですが、秋は青もののシーズンです。逗子葉山の磯辺でも結構大物の魚が釣れるようになってきました。葉山新港の岸壁でもイワシが直ぐ近くで飛び跳ねていて、その下にはイナダだと思われるような大きなのがちらっちらっと見えるのです。

 何とかそのような大物を釣り上げたいと挑戦しているのですが、よいところで小鯵程度にとどまっています。そこで、この間はエンジンの整備の間を利用してちょっと沖までトローリングをしてきました。仕掛けはヒコーキと呼ばれる水をはね上げて魚を誘き寄せるものと、潜行板という擬似餌を深く潜らせるタイプの二つです。

 エンジンの調子を見ながらスピードを上げたり下げたりしてやってみたところ時速10キロぐらいのスピードでシイラがヒットしました。長さは50センチぐらいのシイラとしては小物でしたが、まずまずの成果です。

 出来たらカツオかブリを釣り上げたいと思っているのですが、船の中を見たらいつの間にか、釣りざおや仕掛けで一杯になっていました。
by antsuan | 2005-09-22 13:02 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

三連休のあと


 当然というか、やっぱりというか、三連休のあとは仕事がどっさりたまっていました。遊び疲れであくびをしながら、ぼちぼちとやっているところです。

 午後から神奈川県は雨になり、天気予報によると秋の長雨になりそうです。もうじき彼岸です。墓参りは雨でしょうか。でも綺麗な十五夜を観る事が出来たし、おまんじゅうも食べたし、ビールも美味かった。大満足の三連休でした。
by antsuan | 2005-09-20 20:19 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)

秋の一時


その人のなつかしければ月に酌む
                凡秋

 昨日は十五夜だったのですね。
月が昇るとき本当に大きく感じました。

 この三連休は子供の用事などいろいろあったのですが、全部すっぽかして海に出たり、家の庭掃除をしたり、さわやかな秋風に吹かれながらのんびりしました。

 草刈りを終えて家で一服していると風が草の匂いを運んできます。麦わら帽子を取ってビールを一杯、流れる汗が心地よい、ぜいたくな時間を満喫しました。
by antsuan | 2005-09-19 22:22 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(0)