あんつぁんの風の吹くまま

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<   2005年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

数字の意味を教えてくれたおもちゃ屋さん

 五月末というのは三月を期末としている会社の法人税確定申告期日である。大手は連結決算などがあってまた監査法人などがいろいろやるので、また別の世界なのだが、商店などの小さな会社でも利益が出ればしっかり税金をもっていかれてしまうので、やはり税理士のお世話になるしかない。

 本当は、税金でもっていかれなくても其の分税理士への顧問料を払わなければならないのだったら同じではないかと思うのだが、良い税理士というのは経営コンサルタントの役目もあり社外役員的な存在なのだ。

 若いころはお天道さまの下で働くのが好きで、大学は出たけれども定職に就かず、今で云うフリーターみたいな仕事ばかりやっていた。従って経理みたいなそろばんと数字ばかり書いている仕事などまっぴらゴメンと、ある意味軽べつすらしていたのだが、コンピューターが出来るということで、父の知り合いの会計事務所で働かされるハメになった。

 当時は、コンピュータといっても穴を開けたカードかテープを端末機に読み込ませて、中央の大型コンピューターで電算処理するシステムだったのだが、ようやく端末機に8インチのディスクがつくというので大騒ぎしていた時代だった。確かにキーボードで処理できるということは画期的なことだった。

 こちらは経理のヶの字も知らない。ただコンピュータに入力しやすいように伝票を整理するぐらいの仕事しか出来なかったのだが、ある一軒のおもちゃ屋さんを担当することになった。そこはお店の人がもう殆ど伝票を作成しており、其れをチェックして端末に入力するだけの簡単な仕事だった。ところが、出来上がった試算表を見てみると毎月毎月赤字が出ている。あまり心配になったので前の担当者に聞くと、大丈夫だという。期末にはちゃんと黒字になるので、なるべく税金が出ないようにチェックしておいてねと言うだけだ。

 ちょうどルービックキューブが流行っていた時期で、また、ガンダムのようなロボットのおもちゃも出てきて売れ始めた。それでも赤字になっている。いよいよ心配になって、とうとう其の店の社長さんに聞いてみた。社長いわく、年末年始は仕入れることが出来ないので、在庫を一杯増やしているだけだから構わないという。

 そんなものかと信じられなかったが、年が明けて二月に会計処理をしてみてビックリ仰天。クリスマスと正月だけで年間の売上の七割を超えてしまっているではないか。真っ黒な大黒字になってしまった。社長が文句を言いに来た。税金を払いたくないからあんたに頼んでいるのにどうしてくれるんだと言うのだ。

 そう言われても返す言葉が無い。しかし、こちらは毎月滞りなく試算表を作って提出している。後はどれだけ売れるかは社長さんの判断ではないか。とは言え、会計事務所に籍を置いている以上、数字だけをこしらえてお持ちしているだけですとは言えなかった。一応分からないなりにも数字は見ていたし、店の動きも見てはいた。

 そこでこう反論した。ルービックキューブの流行を社長さんは予測できましたか。子供ではなく大人がおもちゃを買いに来ることを予測できましたか。社長さんに予測できないことは私にも予測できません。ただ言えることは、此れからもこの流れはずっと続くと思います。大人も遊べるゲームが流行って来期はもっともっと利益が出ると思います。税務対策はうちの税理士の先生として下さいと。

 社長はにやっと笑って言った。来期の予想までするとは大したものだ。あんたの言うことを信じよう。
 
 私はその後すぐに会計事務所を辞めてしまったが、このおもちゃ屋さんを担当したことで、経理の大切さを知り、また経営というものを理解した。
 
 このおもちゃ屋さんは今も流行っている。
 
by antsuan | 2005-05-31 19:35 | 身の回り・思い出 | Comments(0)

核戦争は遠のいてはいない。

 核兵器拡散防止条約の国際会議が不調に終わった。当然だろう。本当は核爆弾廃絶条約にするべきものを、大国のエゴで作った条約だから。

 もともと戦争法を規定したジュネーブ条約では無差別殺戮を禁止している。従ってこの法律に基づくだけで核爆弾の使用は禁止されるべきものなのだ。日本は東京裁判でいろいろな罪で起訴され有罪になった。しかし、この国際法を破って戦争をしたのは日本より、チャイナやソ連や米国の方だった。このことをもっと声高に言っても良い時期に来ているのではないか。

 いまこの条約会議が不調に終わったことで、一番問題にしなければならないのは、大国が加盟しているジュネーブ条約そのものが分解してしまう危機にあると言うことなのだ。正確に言うと大陸側のチャイナはこのジュネーブ条約に加盟していない。また、米国は先のイラク戦争において、全くこの条約を無視している。はっきり言えば条約破りを犯しているのだ。

 米国はジュネーブ条約を含めて戦争法に関するものをいったんご破算にすることを考えているように思える。その狙いは何か、再び核兵器を使う戦争を想定しているからではないだろうか。このことが非常に心配なのだ。

 同盟国である日本は、また唯一の被爆国である日本は、これだけはさせてはいけないと思う。喩え米国の戦争に加担することになっても、核爆弾を使う戦争には絶対に加担するべきではない。どんなに間違っても先に米国に核爆弾を使わせることがあってはならない。米国は自国が核被爆国になって初めて核爆弾を使う権利を有するようにしなければならない。

 同盟国として、また民主主義国家の仲間として、その事を日本は米国に強く求めるべきであろう。条約がなくても核兵器を使わせないようにすることが被爆国、平和を求め続けてきた日本の重要な使命ではないかと考える。
by antsuan | 2005-05-30 08:14 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)

日本の病院の実態を知っていますか?

このところ医療・福祉・科学・教育の分野の話が少ないが、これは初めは自分の仕事関係の分野なので結構話題が有るのではないかと思っていたが、いざ書き始めると、逆に現役で仕事をしているために何かと差し障りがあるのだ。

 しかしやはり書かねばなるまい。病院の実態を。
 行政の為すべき仕事とは何かを考えよにも書いたが、日本の病院の緊急事態における対応は机上論だけである。実態は、福知山線脱線事故で負傷者の緊急収容要請を受けていたにも係わらず、定期会計検査を優先させた西宮市立中央病院の姿である。全く当てにならない。そう言い切ってよい。

 実は、私の仕事場が有る逗子市では、市長が強力に推進してきた総合的病院の誘致を地元医師会が反対にまわり、進出を希望していた病院が断念する一幕があった。災害時に中核的な存在になる病院を誘致すると云いながら、建物の規模、施設内容、それに組織的なものがはっきりするにつけ、誘致目的に添う病院ではないことは明白だった。全く言葉だけの総合的病院である。病院施設は市長の功績を示すモニュメントなんかではない。バカを見るのは最終的に市民なのだ。

 医療と云うものを生死を賭けた病気との戦いと見るならば、軍隊並みの組織命令系統と展開、訓練が必要である。規模は二の次である。しかし、行政が立案したものはまさにハコモノ主体であって、魂が全く入っていない仏像のようなものだ。更に現実を云えば、ただでさえ自院の患者さんの対応で精いっぱいなのに緊急時に重傷者を受け入れ出来るわけがない。喩えて云うならば、畑作業をほっぽり出して兵隊に駆り出される農民みたいなものだ。やってられない。

 どうか市民の皆さん、緊急時に病院で治療を受けられるとは思わないで下さい。失望するだけです。

 ついでに云えば、防災無線も相変わらず何か有ると怒鳴っているが全く聞き取れない。必死になって聞くと潮干狩りが延期になったお知らせだったりする。阿呆らしくて腹が立ってくる。本当の津波がやってきても誰が防災無線など聞くものか。

 あの電柱の上にバカでかいスピーカーが付いている防災無線を見るにつけ、捕虜収容所か監獄に入れられているような気がしてならないのだ。映画「カサブランカ」でナチスドイツの先遣隊ががなり立てたスピーカーと全く形が変わっていない。ゾッとする。

 話が脱線してしまったが、市民の皆さんにいま一度申し上げます。病院は、行政から危機管理マニュアルなるものを作れとひな形を送り付けられてきておりますが、マニュアル通りに作業が出来るような状態は緊急事態とは云えません。ですから緊急事態が発生した場合は危機管理マニュアル通りには対処いたしませんのでご了承下さい。と、掲示板に書きたいのですが、そう云うわけにはいきませんので、ここでこっそり申し上げておきます。ゴメンナサイネ。
by antsuan | 2005-05-29 00:19 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

暗殺はやっぱり世の中を悪くする

 ダイアナ妃を殺したのは誰? 英国では90パーセントの人が、ダイアナ妃の死は他殺だと信じていると云う結果が出たそうです。私も報道から推測する限り他殺だと思います。では誰が暗殺の指示を出したのでしょう。そこがいま一つ分からないのです。

 運転手が急に替わったこと。運転手のアルコール検査が怪しいこと。別の車にぶつかった形跡が有ること等からして、かなり組織的に準備しなければ出来ない仕業です。

 そして、ダイアナ妃は妊娠していたと云う事実も明らかになりました。英国王室の陰謀でしょうか。王子と血縁関係の有るアラブの子が生まれることに強い難色を示したのでしょうか。それにしてもフランス国内で暗殺を認めることはフランス政府としても見逃すわけには行かないと思います。それを認めるだけの何か理由があったのでしょうか。謎です。

 日本国内では、民主党衆議院議員の石井紘基氏が暗殺されています。国の裏帳簿を解明した石井氏が殺されるのは十分予測されたことです。この事件以来、民主党の政府を糾弾する姿勢はかなり大人しくなってしまいました。裏で糸を引いていたのは政府か役人かよく分かりませんが、十分効果はあったように思います。

 そして最大の暗殺事件はなんと云っても現役大統領、ケネディ大統領の暗殺です。それから弟のロバート・ケネディ大統領候補の暗殺。こちらの真相は何時になったら解明されるのでしょうか。米国政府が調査した結果は二十一世紀になったら公表すると云う話だったような気がするのですが、まだ公表しないのは米国政府のイメージが悪くなるからでしょうね。多分大統領暗殺の首謀者はFBIのフーバー長官のような気がしております。それとジョンソン大統領が一枚かんでいる。人種差別の色濃い二人です。

 しかし、権力者が殺しを指示するのを止められないのは、やはり民主主義制度が未熟だと云うことなのでしょうね。
by antsuan | 2005-05-28 00:10 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

祖先の勇気と決断を讚えよう

 今日は海軍記念日、百年前の今日、ロシアのバルチック艦隊と戦い勝利し、世界の一等国に仲間入りした日である。

 文字通り天下分目の戦いだった。ちょうど一世紀という節目である。何らかの形で祝ってもよいのではないだろうか。勿論、海軍の勝利だけで戦争に勝ったわけでもなく一等国の仲間入りになったわけでもないが、間違いなく、この日本海海戦は日本にとって国の存亡を賭けた戦いだった。それほど重要な戦いだったのだ。其の歴史的勝利に、誇りを持つことに遠慮するべきではない。

 其れにしても当時の日本の政治家は世界というものを冷静にしっかりと認識していたものだと感心する。戦いたくなくても戦わなければならない時を正確に認識していたのだ。武士の魂を持っていたということだろうか。其れがZ旗に象徴されていると思う。

 祖先の勇気と決断を讚え、さぁ祝おうではないか、この日を。
by antsuan | 2005-05-27 07:07 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)

談合はやめないで!

 工事の談合についてであるが、つくづく思うのだが、どうして民間の工事には談合がなく公共のものには談合があるのだろうか。それは結局のところ談合しているのではなく、行政に談合をさせられているからに他ならないと思う。入札の仕組みも複雑でよそ者を入れないようにし、持ちつ持たれつの仕組みを作っているからであって、談合が無くなって一番困るのは民間ではなく役人なのだ。

 役人に談合をやめさせる気が無いのに、さも民間が悪いような扱いをするのが非常にけしからんと思う。また、マスコミは予告記事をそのまま載せるようにワンパターンの記事を書き立てているだけだ。そろそろブログの出番がやって来た。ブログの威力を発揮して、談合なんて潰してしまおう。

 まず、入札価格なんて下らんものを止めさせよう。粗悪なものを造らせないように適正な価格を決めるなど余計なお世話だ。PL法(製造物責任法)が有るではないか。また、技術革新で費用はどんどん削減出来る。談合をさせられているから手抜き工事をするのであって、本当に競争で落札したのならば手抜きするわけがない。

 見てておくがよい。談合で摘発された会社にますます公共事業の仕事が回ってくるはずだ。つまり、これが役人の仕事なのだ。
 民間企業さん、談合はやめないで!
by antsuan | 2005-05-26 07:14 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(3)

女子大生必読の書

 作家藤原ていさんの長女が「母への詫び状」と云う本を書いて、近く山と渓谷社から発売されるそうだ。「流れる星は生きている」は藤原ていさんが実体験を殆どそのまま綴った本である。その当時、背中に負ぶされていた娘が抱いた母親とのわだかまりが、老いた母を目の当たりにして、解けたと云う。

 「厳しく育ててくれたことに、今は思う存分感謝出来る」 親の有り難さは親が居なくなってから分かるものだが、親が生きているうちに分かるのは幸せで親孝行だ。

 この「流れる星は生きている」は壮絶な引き上げ体験を描いた小説で、この題名だけでも絶望の縁を歩んできたことを即座に連想させてくれる。図書館から借りてきて、この題名を見ただけで涙が出てきて、終わりの方だけを読んで涙でぐしょぐしょにして返した。

 宮城まり子の「ガード下の靴磨き」の歌も涙なくしては聞けないのだが、今の若者に当時の状況がどんなに悲惨なものか想像出来るだろうか。いや、是非とも想像出来る人間になってほしいと願わずにはいられないのだ。
by antsuan | 2005-05-25 00:18 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

ご容赦願います

まずもって、このブログをお読み下さり有り難う御座います。感謝申し上げます。
 そこでお願いがあるのですが、ブログを日記風に書き留めていきたいと考えておりまして、そうすると当然、自分の楽しかったことや、嬉しかったこと、あるいは成功体験なども書きつづっていくことにもなるのですが、其れがついつい自慢話になり、お読みくださる方には鼻をつまみたくなるような内容になるやも知れず、その辺のところをご容赦いただきたいのです。

          ☆  ☆  ☆

 趣味のところにも記してある通り、海が好きでそれからヨットが好きになり、今もヨットを乗り回しています。が、このヨット、決して一般的な趣味ではないようで、ヨットの置き場に今も苦労している次第です。また、ヨットというと贅沢な遊びというイメージがあって、ニュージーランドでは三世帯に一艇あるような一般的なレジャーなのですが、下手に大人の人に趣味はヨットですと言おうものならば冷たい目で見られるのがオチでした。

 最初に買ったのが一人乗りのヨットで、今もレーザーとかシーホッパーなどのクラスが残っているあの形なのですが、此れは家が海岸まで近いこともあって、庭に置いておいてゴロゴロ一人で引っ張って行って楽しんでおりました。ところが父は私のやる事為すこと気に食わず、特に贅沢なヨットの遊びをするなど、まともな仕事に就いてからにしろと言わんばかりでした。

 しかし、いよいよ一人乗りのヨットでは飽き足らず、東京は晴海のボートショウで四人乗りのヨットが展示されているのを見て衝動買いをしてしまいました。当時のトヨタカローラか日産サニーの価格と同じぐらいだったと思います。さーて、問題は置き場です。初めは海岸に置こうと思ったのですが、ここは漁業組合の承認が必要で無理、近くのマリーナやヨット置き場は入れてもらえるまで二十年待ちの状態です。海岸の側の駐車場はと考えたのですが、とにかく重くてとても一人や二人で引っ張ることは出来ないことが分かりました。

 ヨットは基本的にオーダーメイドの製品です。もう注文を取り消すことは出来ません。近くには東京オリンピックでも使われた本格的なマリーナー、葉山マリーナがありました。私自身、憧れのマリーナーです。いつも暇なときにはこのマリーナーの裏口からそっと入っていろいろなヨットを見回して、何時かはここにこんなヨットを置きたいと夢を見ていました。しかし相談に行っても勿論、剣もホロロの返事でした。

 もうこうなれば、置き場所が決まるまで庭に置いておくほかはありません。とは言え、親父の乗っているクラウンよりも大きいヨットを置こうものならば、どれぐらい怒られるか考えただけでもゾッとします。しかし、もう親父に頭を下げてお願いするほかはありませんでした。

 その頃、父は町の名士達の集まりだったロータリークラブに入っており、其の葉山マリーナの社長もクラブの会員でした。不思議です。どうせ親父に頭を下げるならば、どうせ怒られるならば、駄目で元々という気になったのです。それまで親父と殆ど顔を合わせないようにしていたのに、覚悟を決めて、親父に葉山マリーナに入れてもらえるように社長に頼んでもらえないかお願いしたのです。

 父は怒りませんでした。しかし返事もしませんでした。全くの無視です。私などこの家に居ない者のように、知らんぷりです。しかし、此れで庭に暫く置いても何も言われることはなさそうだと感じました。暗黙の了解というやつです。内心ホッとしました。もう殆ど勘当されている身ですから、無視されるぐらいは全く気になりませんでした。
 
 それで引き渡しの日に店の方へ電話して、家まで運んで来てもらうように頼んだのです。ところが、ところがです。もう葉山マリーナの方へ置いてあるという返事です。初めは、其所が引き渡しの場所なのかと思いました。違うのです、間違いなく、私の艇を其所に置くようにマリーナから指示されていると言うではありませんか。有名ゴルフクラブのようになかなか入れずプレミアがついているようなマリーナに置けるというのです。イヤー、天にも昇る気持ちというものをつくづく味わいました。初めてです。
 
 勿論その日の夜、父のところへ行って頭を下げて礼を言いました。前と同じに父は何にも言いませんでした。相変わらずの無視です。しかし、チラッと目が合いました。もうそれで私の気持ちが伝わったことは充分わかりました。
 
 父とは最後まで和解することはなかったのですが、父は父なりに息子のことを思い、私は私なりに父のことを思っていたことを、其のことを思い出しながらつくづく感じるのです。
 
by antsuan | 2005-05-24 10:00 | 身の回り・思い出 | Comments(2)

どうする クールジャパン

 映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の中で、日本製ビデオカメラが最高なんだというシーンがありました。最後のオチにも日本製の四輪駆動車が出てきたりして。

 いま東京の銀座では外国のブランドショップがあちこちに出来ています。アップルストアーも秋葉原ではなく銀座です。なぜか。今や日本人に人気のある品が一流といわれる時代になったのです。つまり外国では、日本人が買わないものは一流ではないという神話が出来上がっているのだそうです。ホント?って、感じなのですが、そうらしいです。
 
 クールジャパン(日本ってかっこいいねぇー)

 バブルが弾けてどんなにコケにされようが、平和な日本。世界の羨望の的にいつの間にかなってしまいました。

 さてさて、我々日本人はどうしたら良いのでしょう。
by antsuan | 2005-05-23 06:14 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(0)

映画「シェーン」の解説 (その三)

(あの淀川長治さんが映画「シェーン」のプログラムに寄稿した解説「シェーンの舞台たるワイオミングとそしてこのアメリカの開拓の足跡」の抜粋です。)

 それで「シェーン」はもちろんウェスタァン映画の中でもベスト・ワンに数え上げる人もあるほどのウェスタァン映画でありながら、やっぱりジョン・フォードのウェスタァンと違って、その演出のきめが劇的にとても細やかなのである。
 ジョン・フォードのウェスタァンは、アメリカ開拓民のなかに早くからしみ込んだアイルランド気質・・・・負けじ魂が強くて、人情に脆くて、喧嘩ばやくて・・・という男臭いその時代の生一本が善良な人情肌でにじみ出ているのであるが、スティーヴンスはもっと学究的である。もっとドラマチックなのである。しかもフォードは生まれながらの映画人肌でフィルムの中にうづまっている面白さ。これに比べスティーヴンスは「アメリカ」この新しく生まれた国をもう少し現代感覚を持って見つめていると云えなくはないのである。彼が「シェーン」のあとで「ジァイアンツ」を完成させたことがさらにそれを意味づけて面白い。
 「シェーン」によって開拓されたその広大なアメリカ西部にやがて石油が噴き出して、アメリカは富める国になり変わった。そのアメリカの悲劇を、彼は「シェーン」の前に「陽の当たる場所」で取り上げている。
 云わば「シェーン」「ジャイアンツ」「陽の当たる場所」はこの時代の順でスティーヴンスのアメリカ三部作とも言えなくもない。
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 あのジョーイ少年が今も生きていたら、「アイ・リメンバー・シェーン」・・・儂はなぁ、シェーンと云う偉い男を知っているんだよ、忘れはせん、あの男をなぁ・・・と、そう云っているとするとどうであろう。そして実にジョージ・スティーヴンスの映画「シェーン」こそはそれを今日のアメリカ人にそう話しかけているわけである。あの時代、あの頃のアメリカ人たち、そして今日のアメリカこそはあのジョーイ坊やの両親たちの手で出来上がったんだぞ・・・と。
                              おわり
*昭和三十七年四月十一日発行 東宝事業部出版課 日比谷映画劇場 「シェーン」のカタログより

 映画を通して、人生とは何かを説いてくれた淀川長治さんの名解説。人生の年輪を数えた人の熱き情熱が伝わってきます。私も淀川長治さんの気持ちに一歩でも近づけるようなブログを書いて行きたいと思います。
by antsuan | 2005-05-22 06:44 | 身の回り・思い出 | Comments(3)