あんつぁんの風の吹くまま

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カテゴリ:思想・瞑想・時代考証( 618 )

現在の民主主義国家で行われているのは、国会議員及び官僚による貴族政治である。

  日本人の多くは、今の憲法を守ることが市民の自由と民主主義を守ることだと思っているようですが、それは大きな間違いです。

  国民に主権があるのは、"選挙をする間"だけのことで、ひとたび議員が選ばれてしまうと、国民は奴隷以外の何ものでも無くなるのです。

  更に、憲法の前文を読めば分かるように、日本人の自由と平等は法の下に保障されていないのです。

  それを証明する材料には事欠きませんので省略いたしますが、今の世界の政治経済が不安定になっている要因は、議会制民主主義思想が時代に合わなくなってきていることにあります。

  いまや情報通信技術革命により、直接民主主義を実現出来る要件は整っております。

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  生きるのがしんどく感じるような暑い夏が今年もまたやって来ます。


  似非民主主義が世界に蔓延している今、 アメリカ大陸の民族がそうであったように、他民族の侵略により、日本民族が消滅するようなことは絶対に避けなければなりません。

 ですから、親が先の戦争の生き証人であった世代の者が、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの洗脳から目覚め、憲法改正を実現して、直接民主制に近づける為の努力を命を掛けて為すべきであると、痛切に考えるのです。

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  また、それが夏の夜の夢に終わらないように、情熱を持ち続けたいと思います。




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by antsuan | 2016-06-04 10:20 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

八月十五日の終戦記念日を『アジア解放記念日』として祝日と致しましょう

 いよいよ季節は夏になりました。

 日露戦争から七十年後といえば、昭和五十年です。わたしが二十五才の時でした。その当時の人は、昭和五十年を日露戦争から七十年の節目の年として大騒ぎしたでしょうか。

 今から思えば大騒ぎするべきだったと思います。

 何故ならば、有色民族国家の日本が白人の帝政ロシアに勝利したことは、世界中の非白人たちに希望をもたらした、天変地異以上の大事件だったのですから。

 その希望の光をアジアの人達が目の当たりにした事件が大東亜戦争だったのです。

 しかし、戦後七十年も経てばそういう生き証人は殆どいません。

 幸いにして、わたしには大東亜戦争中に司政官としてジャカルタ医科大学付属病院に赴任し、原住民の医学教育に力を注いだ、祖父という生き証人がいました。ですから、日本軍が世界に類を見ない高貴な軍隊であったことを信じていました。


 英国人ジャーナリストが明かす東京裁判七〇年の虚妄 戦争犯罪国はアメリカだった! ( ヘンリー・S・ストークス 著 藤田裕行 訳 )より抜粋
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 皮肉なことに、チャイナや韓国の指導者に歴史を省みることを促されたお陰で、歴史の真実が次々と明らかにされてきました。

 アジアの諸民族が、昭和二十年八月十五日を期に、次々と独立を宣言して実際に独立を勝ち取った事実は、戦後の日本人が見てはいけない真実でありましたが、今では他のアジア民族にとって、あの日こそ希望の光が虹となって輝いた日であったことがはっきりしています。

 そのような歴史の真実を省みれば、八月十五日は終戦記念日として黙祷を捧げるより、アジア解放記念日として祝日とする方が、靖国神社に祀られている英霊に対する、最高の鎮魂となるに違いないと思い至るのです。



 [ かんしゃくを起こすと、友人を失う  嘘をつくと、自分自身を失う ]
by antsuan | 2016-06-01 19:30 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

憲法を熟読すれば、これがどれほど現在の日本にそぐわなくなっているか認識できます。

東京新聞に憲法の前文が載っています。

憲法の前文を読むだけで、これが連合国の『占領政策基本法』であることを、良識ある日本人ならば理解出来るでしょう。





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by antsuan | 2016-05-02 00:33 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

シエスタが選挙の争点

 
 我が国でもこの夏に選挙がありますが、スペインでは六月に総選挙があるそうです。ところが、その選挙の争点が『シエスタ』のことになりそうだという新聞記事に、思わず羨しくなりました。

            東京新聞より抜粋
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 日本は諸外国と違って三〇年近くもデフレであり、実質賃金はこの十五年間で一割以上も下がっているのです。もちろん実質賃金が上がっても、インフレの場合はそれ以上に物価が上がってしまえばおんなじ事なのですが、選挙の争点が労働時間なのか増税なのかでは大きな違いがあります。

 いずれにせよ、選挙によって民意が反映されるのならば争点にするべきでありましょう。

 しかしながら、我が国では、選挙の争点に対して民意が確実に反映されたと分かるのは、小泉内閣の郵政民営化問題による解散総選挙だけであって、他の選挙、例えば東京都知事選挙における脱原発問題においても、民意が反映されたとはとても言えません。

 今度の参議院選挙も、投票データをいかようにも改竄出来る集計ソフトを使う以上、争点に対する我が国民の民意が確実に反映されることは、残念ながら、ないと思います。




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by antsuan | 2016-04-15 12:53 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

日本人のあり方が問われる時代がやって来た。

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 「日本が気前よく金をばらまいたから、世界がどんどん悪くなっていった」という著者の主張に完全に同意します。

 これからは日本が否応なく世界を牽引しなければならない時代になった今、日本人の矜持を失ってはいけません。

 それは何かと言えば、「博愛」の大和心であり、「正義」の武士道であります。



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by antsuan | 2016-03-29 18:01 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

衝撃的な「歴史の真実」を現代の日本人はどう受け止めるべきか

 『フーバー元米国大統領の回顧録』はアメリカ人にとっても衝撃的な本であると、この本の著者は述べています。

 スタンフォード大学フーバー研究所の西鋭夫教授が、世界史の中における日本史の真実を語り始めたのも、この回顧録が2011年に刊行された事と無関係ではないと思います。


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 フーバー元米国大統領によれば、日米戦争も米独戦争も、つまりは第二次世界大戦は、チャーチル英国首相とルーズベルト米国大統領の狂気と無能さによるものであり、その結果、ソ連のスターリンだけがこの大戦よって得をして、今日まで、共産主義勢力に飲み込まれた民族人民の命が、今もなお、抹殺され続けているのです。

 「外交とは言葉でする戦争」なのであり、幣原喜重郎や近衛文麿などの「軟弱お人よし外交」は国家を滅亡させるだけでしかない事を、今一度、日本人はこころに銘記するべきでありましょう。









  過ちては 改むるに 憚ることなかれ
by antsuan | 2016-03-09 17:15 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

いまも昔も日本は国際結婚が華やか。 それは文明国の証し。

 日本の歴史を検証してみると、大和飛鳥時代の日本は、当時の世界文明においてけっして引けを取らない、先進国であったことが分かります。

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 あの当時に、日本は朝鮮半島に派兵する力量を持っていたことからして、既に日本と朝鮮半島それに支那大陸との往来は活発であったのは間違いありません。

 歴史教科書には遣隋使を支那の進んだ文明を後進国の日本が積極的に取り入れようとしたためと書かれていますが、事実はその逆であると見てよいでしょう。

 確かに、支那は文字や律令などの国を治める事については進んでいたでしょうが、渡航技術や鋳造技術、土木技術においては日本の方が優れていたのです。

 銅鏡が日本でも盛んに作られていたことからもわかるように、あれは儀式のための単なる鏡ではなく、旅をするために必要な羅針盤であったのです。

 逆に言えば、当時の日本人は盛んに旅をしていたことの証明と云えるのです。

 当然の事として、他の民族や他の部族との交流も盛んに行なわれ、今で云う国際結婚は特に大げさなものではなく、一般的でありました。

 そのことを頭に入れて日本の歴史を考察すれば、出雲の部族や蝦夷の部族が古来からの日本の原住民であり、天皇の部族といえる大和民族は、渡来人との混血で成り立つ、新しい部族であったと云えるのです。



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by antsuan | 2016-02-28 21:12 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

「護憲」は民主主義の精神によって創られた日本国憲法の否定である

 マッカーサー元帥は、日本を理想の民主主義国にしようと、民政局だけでなく「アメリカ民主主義」を信ずる地方に赴任した軍政官をも鼓舞し支援しました。

 現在の日本国憲法が、GHQ民政局のケーディス大佐らによって創られたことは、今や秘密でも何でもありません。

 ところで、戦争放棄の憲法九条はいわば軍事的鎖国宣言でもあります。

 心変わりしたアメリカ政府が、日本を民主主義国家から、意のままになる植民地にしようとした時、戦後の日本の政治家はこの”押し付け憲法”を利用して、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも湾岸戦争にも参加しませんでした。

 しかし、安倍政権は、アメリカ政府の意向の下で、マッカーサーが創った憲法を変えようとしています。

 それでは、心変わりしたアメリカ政府と戦って日本に民主主義を根付かせようとした、マッカーサー元帥の努力が無意味なものになってしまいます。つまり、日本における民主主義の危機と云えます。

 国民が自主的に憲法を改正しなければ民主主義国とはいえません。

 ケーディス氏は、その自らの創った憲法が発効して数年後には陳腐化してしまったことを認めているばかりでなく、日本人が”自主的”に憲法を改正すべきだと述べているのは、自立した民主主義国になってほしいからに他なりません。

 憲法九条を守りたいのならば、他力本願の憲法前文を改めるとともに、集団的自衛権を禁ずる項目を加える必要があります。

 自主的に憲法を改正することが、「平和憲法の精神」を守ることになるのです。


月刊ボイス3月号 特集 歴史プロパガンダに負けるな! 九条ノーベル平和賞運動の闇 (古森義久)より抜粋
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週刊新潮編集部「マッカーサーの日本」より抜粋
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by antsuan | 2016-02-13 18:42 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

"武力では負けたが政治力では勝った"大東亜戦争の結末は、まさに「負けるが勝ち」

東京新聞より抜粋
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 降伏文書調印式の全権大使、重光葵は、英米との開戦に至った時、「この戦争には必ず敗ける。しかし、戦いの大義名分をはっきりしておけば、堂々と敗けることが出来る。」と言い切り、人種差別撤廃、植民地からの独立という「アジアの解放」を大義名分として、世界に発信しました。

 あの当時の歴史を振り返ってみれば、重光の言う通りになっています。

 即ち、日本は武力では敗けたけれども政治力では勝ったのです。対して、大英帝国は武力では勝利したけれども、政治的にはあらゆる植民地を失い、帝国としての地位を引きずり降ろされたのです。
 
 また、我が国では、昔から、戦いの勝者は敗者を背負うのが当り前でありました。

 それが、マッカーサー元帥の演説にあるように、地球規模で「戦いの勝者は敗者を背負う」覚悟が必要になったのです。

 ですから、世界社会が「敗けるが勝ち」の諺を理解出来るようになるならば、地球に平和が訪れるに違いありません。




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by antsuan | 2016-02-07 06:17 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

「アクセルの神 ブレーキの仏」

 江戸時代までは普通に神仏習合の社会だった日本が、一神教の国の外圧により開国し、神かがりの富国強兵というアクセルを踏み続けたことにより、平和が乱されたように思います。

   東京新聞より抜粋
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 そして、二十一世紀も天変地変の激動の時代になりそうです。こういう時代こそ「仏」のブレーキが必要となって来るでありましょう。




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by antsuan | 2016-01-26 20:17 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)