あんつぁんの風の吹くまま

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カテゴリ:思想・瞑想・時代考証( 620 )

憲法の真実を知るために草の根活動をみんなで起こそう

 今日の東京新聞に、半分皮肉ですが、なかなか良いことが書いてあるので抜粋しました。
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 今の日本人はきちんと憲法を教わって来たでしょうか。答えは❌です。では何で、学校教育で国の基本法である憲法を教わらなかったのでしょうか。

 答えは、日本国民に知られたくないことが書いてあるからです。

 そういう認識のもとに日本国憲法を読んでみれば、確かに日本国民(日本人)のために作られた憲法でないことに気付くと思います。昨年、バイデン元米国副大統領が、公の場で、「日本国憲法はわれわれ(米国)が創った」と発言しましたが、それが真実なのです。

 つまり、日本国憲法の本質は、米国の占領政策基本条項であり、日米安保条約と対になっている、非独立国宣言文なのです。

 ですから、憲法を知れば、「護憲」のままでは米国の植民地としての日本を容認することになってしまう結果に、自ずと理解が及ぶはずです。

 この記事に書いてあるように、日本人は報道機関による喧伝に騙されなることなく、自分の頭で考えて意見を持つことが大事なのです。これこそが、国際基督教大学(ICU)設立に尽力した、マッカーサー元帥が日本人に植え付けようとした『草の根民主主義』であり、理想的な個人主義なのです。

 ちなみに、この記事を書いた太田啓子弁護士の「『国民は憲法を守らなければいけない、○か❌か』。答えは❌で、『国民ではなく、国が憲法を守らなくてはいけない』という」、この主張こそが、国の主権者は日本国民ではないことを物語っているのです。

 国民が主権者であるには植民地であってはならないことは言を待ちません。今の日本は大英帝国時代のインドのような存在なのです。

 ですから我々日本人は、自分の頭で考えて、『ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)』に洗脳されていたことをまず知ること。次に、『独立国』とは『戦える国』であることに気付く必要があります。

 また、世界は個人主義の行き過ぎたところにグローバリズムがあることに気が付き始めました。自由主義も共産主義も『行き過ぎた個人主義』なのです。

 「個人」には「公と私」があります。しかし、これは八百万の神の下にいる日本人の考え方です。一神教のいう「個人」は「神と私」です。

 このことを考慮に入れれば、日本において、一神教民族の創った「立憲主義」は合いません。いや、世界においても「立憲主義」が平和を阻害していると考えるようになって来ています。

 とすれば、これからは昔の日本がそうであったように、八紘一宇の「人道主義」による政治が求められているのであって、我々日本人が率先して、草の根活動により実践してゆくべきでありましょう。

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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

by antsuan | 2017-11-19 14:26 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

ベトナム戦争の敗戦を認めなければ、米国に平和はやって来ない


 歴史を俯瞰すれば、西暦1905年の日露戦争から1975年のベトナム戦争終結までを、アジア解放戦争と位置づけでよいと思います。
東京新聞より抜粋
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 日露戦争の停戦を仲介した米国はロシアを敗戦国と認定させないように、戦勝国日本の賠償金要求を一切認めませんでした。

 さらに米国自身が直接戦って負けたベトナム戦争においても、賠償金を払うどころか、敗戦そのものすらいまだに認めていません。

 この不誠実さが、イエス・キリストの神の逆鱗に触れるのは当然のことであります。平和は、"敗者は負けを認め勝者は敗者を許す"ことによって、初めて実現するものなのです。

新しくなった神奈川歯科大学病院からの眺め。
遠くに戦艦三笠のマストが見える。
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森の向こうは米海軍基地。もちろん治外法権で、アメリカ人はここからフリーパスで日本国内何処へでも行けます。
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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して


by antsuan | 2017-11-03 09:32 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

戦場から生まれた望郷の歌 「南国土佐を後にして」

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 「まさかここまでは・・・」
 想定を越す出来事に出会うことは、今の日本ではそれ程ないかも知れません。しかし、想定を越す出来事に遭遇した時、それを何とか乗り越えた人の人生は大きく変わっていくものです。

 戦争は想定を越す出来事の連続です。無謀でない戦争などありません。特に大東亜戦争は仕掛けられた戦争ですから日本に戦略などあるはずもなく、時局は泥沼化して行き、歩いて移動するのが原則だった日本兵は、戦闘で死ぬよりも体力消耗の末に落伍して自決するものが続出していました。そのような戦局の中において在る部隊の兵隊さんが口ずさんでいた歌がありました。

 異国の地で故郷を偲び、家族のことを想いながら歌い継いだその望郷の歌は、ある若い歌手によって、新しい時代を築こうとした日本人に形を変えながら「力」を吹き込んだのでした。



 わたしが最初に覚えた歌手の名はペギー葉山です。小学校へは電車で通っていましたので、彼女の「南国土佐を後にして」は駅近くのレコード屋さんからいつも聴こえていたのです。

 しかし、この曲はレコーディングが先で、そのレコードがヒットしてペギー葉山が人気歌手になったのだとばかり思っていました。真相はこの本に書いてある通りです。



 「南国土佐を後にして」は兵士たちの「望郷の歌」であり、歌い継がれて、よさこい祭りとともに高知の人たちの、いや日本人の「ふるさとの歌」となったのです。
 


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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して


by antsuan | 2017-09-10 08:37 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

残念ですが、「ふるさと」はお金では買うことが出来ません。

 近ごろ、チャイナの人たちが北海道の土地を買い漁っていると云う話をよく耳にします。チャイナでは個人が土地を買うことは認められていないそうですが、それはチャイナの法律が適用される国内でのことであることは当然です。

 チャイナ政府の要人たちの親族はほとんどが二重国籍を有していることは、先月に、このブログで書いた通りです。チャイナの人たちが移民することに抵抗が無いのは、彼らに「ふるさと」という意識がないのかも知れません。いえ、多分、故郷の概念が違っているのでしょう。

 何日か前の「戦場における男達の望郷」にも書きましたが、故郷とは生きて帰りたい場所です。しかし正確には「場所」ではなく「社会」ではないかと思うのです。「社会」をもう少し砕いてみれば「仲間たち」「部族」「家族」となるでしょう。チャイナの人たちの故郷は華僑のような仲間たちのことではないかと思うのです。

 さて、久しぶりに東京新聞の「紙つぶて」を転載します。国、日本では国家と云う言い方をしますが、それはどんなにお金を積んでも買うことが出来ないものの一つなのであります。
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【大和魂とは子孫を愛する心のことである】


by antsuan | 2017-09-03 09:28 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

日本女性の脳に沈着している「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の毒

 なんて女は頑固なんだろうと思う事がこの頃よくあります。じつは養老孟司の「超バカの壁」に男女の問題と云う章があって、そこにその理由が書いてありますので、その章を抜粋してみましょう。

 なぜ女は強いのか
「女は強い」とといいます。これは生物学的に見ても根拠の在る話です。男と女を比べると女の方が強い。また女のほうが頑固でもあります。これも強いと云うのと同様に根拠があります。
 免疫学者の多田富雄さんは「女は実体だが、男は現象である」と云いました。これは男女の違いを実によく表した名言だと思います。これに尽きると云ってもいい。
 言い換えれば女のほうが無意識に基づいて行動すると云うことです。身体に基づいていると云ってもいい。男のほうが意識中心で、頭でっかちになります。抽象的なものに囚われやすい。
 たとえば金も抽象ですし、社長、部長、課長などと云う社会的な役割も完全な抽象です。実体がありません。
 なぜ男は概念的世間に振り回されるのか。生物学的に見た場合、哺乳類については女性のほうが安定していることと関係があります。
 男女の違いは染色体によります。女性がX染色体二つ(XX)で構成されているのに対して、男性はX染色体とY染色体を一つずつ持っています(XY)。
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 七週目にY染色体が働くことによって、原基が精巣になる。一般に睾丸と呼ばれるところが出来るわけです。出来上がった精巣は抗ミュラー管ホルモンを分泌します。
 このホルモンによってミュラー管と云う器官が萎縮します。ミュラー管は子宮と卵管のもとになるものです。これが萎縮するために男には子宮と卵管が出来なくなります。それまではミュラー管も男の体内にもきちんとあるのですが、わざわざホルモンで殺すのです。
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 つまり男性は女性をわざわざホルモンの作用でいじって作り上げたものです。もとになっているのは女性型なのです。
 これが非常に重要な点です。・・・・・・・・
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身体が安定していると云うことは頭にもつながる。だから口論になって男のほうがあれこれ理屈を言っても女のほうは内部的な安定性をはっきり持ってしまっているからびくともしない。「どんなに言われても、私はこうなのよ」と自信がある。それが頑固さにつながっているのです。


 戦後の日本人は”戦争責任”を占領軍によって植え付けられていて、日本の伝統文化が破壊されつつあります。それがWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)という洗脳工作であることに気がついて、知識人が警鐘を鳴らしているのですが、戦争の実態を知らない人ほど、そのことに無関心です。

 大東亜戦争は日本が侵略した戦争なんかじゃありません。そのことはWGIPを遂行したマッカーサー元帥ですら公言しています。戦争で戦った敵の総大将が明言しているのに、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の毒が回ってしまった日本人には頭に入らないようです。

 ベトナム戦争も形の上ではベトナム民主共和国(北ベトナム)によるベトナム国(南ベトナム)への侵略です。しかし、実態を知っている我々はベトナム戦争を侵略戦争とは言いません。

 米国が創った憲法九条の戦争放棄を堅持するのも結構ですが、そうした場合に、敵に捧げる生け贄の数は相当なものになることを覚悟すべきです。

 北朝鮮の拉致被害者も生け贄です。フクイチの原発事故による被災者も生け贄です。沖縄や横須賀、厚木の米軍基地も生け贄です。血税である一兆円近くの思いやり予算というアメリカ軍への供出金も生け贄です。

 そのことを考えると、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の毒が回ってしまった日本人に、新たなる生け贄を捧げる覚悟はあるのかと問い質したくなるのです。



[「祈りとは自然との対話」 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]
by antsuan | 2017-08-31 23:03 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

戦場における男達の望郷

 二十歳の頃、そうベトナム戦争が激しさを増して泥沼化していた時、ちょっとだけ兵役に就いたことがあります。もちろん志願兵としてです。
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 戦場にこそ行かなかったけれども、正にこの映画の主人公と同じ心境で自衛艦に乗り組み、砲弾を抱え、カービン銃を構え、実弾を撃ち、射撃音に耳を塞いでいたのでした。

 ですから、戦場にいる男達の望郷の想いは物凄くよく分かります。

 兵士にとって、故郷とは母や妻や恋人の待って居てくれる場所です。この映画にも出て来るように生きて帰りたい場所なのです。

 ところが日本人は、日本民族はと言った方がいいかも知れませんが、ちょっと違います。


 日本人の故郷とは死んでも帰りたいと思っている場所のことです。魂が安住する場所です。お盆の時に帰る場所のことです。この文化の違いはグローバルな視野では理解出来ないと思います。


日本人の男がもっている望郷の念は独特なものかも知れない


【大和魂とは子孫を愛する心のことである】


by antsuan | 2017-08-28 20:28 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

乃木希典に比べたら、アメリカ人のいう英雄は、英雄の範疇に入りません。

世界中の人々がこぞって称賛した英雄『乃木希典』を日本人は知らなすぎます。


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正義と博愛の満ち溢れる社会を目差して

医療法人社団 則天会http://www.zushi.jp/
NPO法人 ななくさhttp://7793.art.coocan.jp/
有限会社 コンサル長坂http://7793.o.oo7.jp/

by antsuan | 2017-07-08 20:26 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)

無我の体験をすると絶対満足の世界が現われる。

 自然を相手に生活していた人は、淡々と自分の"死"を受け入れていく。

 “思い通りにならないもの”を思い通りにならないと知っていくことが、生死の苦を越える道なのだ。

 仏教は癒しの為の道具では無い。癒し安らぎを得ようと仏教を利用してもそうはならない。掴もうとすればする程より遠くへ逃げて行く。(癒し安らぎを)追うことをやめて、仏教を学び、体験すれば結果的に、分別を離れて安らげるのである。仏教は体験するものである。


東京新聞より抜粋
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 キリスト教信者の日本人に隠れ仏教徒が多いのは、上記の死生観を自然と会得しているからだと思います。

 即ち、神仏習合の賜物といえると思いますが、大陸文化の人々にこれを理解させるのは難しいことなのでしょうか。



[「祈りとは自然との対話」 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]
by antsuan | 2017-05-08 13:13 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

朝鮮戦争が始まった時に生まれた男の歴史観

 朝鮮戦争は過去の出来事だと思っている人々は歴史の真実を知らない人たちです。しかし、歴史を正しく教わってこなかったのは彼らの責任ではありません。

 米国の占領政策である「WGIP」により、日本人は正しい歴史を封印されてきたのです。

 大東亜戦争の戦争責任を今なお押し付けられている日本ですが、じつは、この朝鮮戦争が勃発したことによって、大東亜戦争は白人の支配していた植民地解放のためであった真実が世界にさらけ出されたのでした。

 米国は、現在、日本を植民地として所有しています。しかし、形の上では独立国として扱っているのはこの朝鮮戦争によるものです。

 ですから、休戦状態にある朝鮮戦争が再び火を吹くとなれば、その時こそ、日本は真の独立を手に入れる絶好の機会になるに違いありません。

 現在、北朝鮮を操っているのは米国です。ロシアでもチャイナでもありません。ですから、米国は北朝鮮を攻撃する口実をつくるために、日本を第二の真珠湾にする作戦を練っていると思っていて間違いないでしょう。

 米国は朝鮮戦争を始めるにあたり、チャイナと手を組むかロシアと手を組むか、算盤をはじいていると思いますが、欧州まで影響を及ぼさないようにするには、ロシアと手を組む意外にありません。

 米国がその判断を誤ってしまうと、欧州や中東アジアなど、世界中のあちこちで泥沼の戦争が始まることになりかねません。

 もちろん、日本は多少の被害を被っても、「戦争放棄」を掲げて戦争に手出しをしないだけでなく、口も挟むべきではありません。暫く鎖国をしていれば、自然と真の独立を手に入れることが出来るでしょう。


【大和魂とは子孫を愛する心のことである】


by antsuan | 2017-04-01 16:14 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)

組織はリーダーの力量以上にはならない(野村克也)


 「組織を強くするには、リーダーが自らに問いかけ、成長しようとする姿勢を持つことが絶対条件」という、野村克也は下からの叩き上げの野球人生を歩んできた人です。

 彼は「鈍感は悪」だとも云う。まさに勝負師ならではの言葉であり、事業経営に携わる者にとって耳の痛い言葉です。

 しかし、わたしの場合は、鈍感だったからこそ、周りの人が声をかけてくれ手助けしてくれたと思っています。

 つまり、誠実なリーダーであれば、鈍感であっても信頼関係が出来、組織は強くなると考えます。

 とはいえ、組織はリーダーの力量以上に強くならないのは、紛れもない真実です。


[「祈りとは自然との対話」 こころで尋ねれば こころからの答えがもらえる]

by antsuan | 2017-03-13 22:47 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)