あんつぁんの風の吹くまま

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カテゴリ:自然・ブルーウォーター・競技( 637 )

夏バテ近し

浜日傘 担ぎて吾子を 追いにける
by antsuan | 2005-08-04 13:10 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

何でもない海

 七月最後の日曜日、ようやくヨットに乗る時間がとれました。というのも、貧乏性のせいか休みは日曜日と祝日しか取っていないので、家庭の用事とか子供の都合などの他、天候によってもヨットに乗れないことが多いのです。
 
 今度の台風はかすめた程度で何事も無かったのですが、海面は藻やほかの海藻などが浮かんで濁っていました。エンジンは何とかかかったのですが、クラッチは錆びついているし、スクリュウには藤壷が着き始めていて速度が上がりません。
 
 それでもセールをあげると思ったより風があり、気持ち良く帆走し始めました。七キロ先に見えるはずの江の島は霞んでいるので湿度が高いことが分かります。
 
 オートパイロットという自動操縦装置も調子が悪く、どうやら配電盤が錆びついてしまったと思われます。このように乗るたびにいろいろ不具合が出るので修理ばかりしていますが、それがまた一つの楽しみだったりするのでちっとも不満に思わないのが不思議です。
 
 戻ってきてしばらくすると、今通ってきた海面の辺りが騒がしく、ヘリコプターがホバリングしたりしています。後で聞いてみると水死者が出たとか。何でもない海なのに、水が冷たくて心臓マヒを起こしたり、ボートにぶつかったりして、本当は危険がいっぱいなのを実感させられます。自分も何度も危ない目に遭っているので、日に焼けた腕をさすりながら、じっくり船の整備をしてきました。
by antsuan | 2005-08-02 23:09 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

男の居場所

寝苦しい夏の夜、窓を開けると波の音が聞こえ、浜風が心地よい。
来週はもう海開き。いよいよマリンレジャーの季節がやって来た。
海水浴にヨットにウインドサーフィン、ジェットスキーに水上スキー。
この季節の海や海岸に、オジン、オバンは用無しだ。

面白いことに、この時期といえば大抵のパワーボートやヨットのオーナーは、高原などの避暑地に行っている。そこで加山雄三の海の若大将ではないが、ドラ息子やただのクルーが乗り放題使い放題、若者の世界なのだ。

そう云う若者たちの、海岸の近くを見せびらかして走っているボートやヨットの間を縫って、ソーッとセールを上げて沖を目指す。

そう、沖のこそが海の男の居場所であり世界なのだ。
今日も太陽が眩しい。レイバンのサングラスが欠かせない。
by antsuan | 2005-06-30 19:31 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

ブラックバス規制の真相

表が出たらボクの勝ち、裏が出たらあんたの負け 
これは山紫水明(angler823さん)へのトラックバックです。

 報道によれば、外来魚のブラックバスを規制することに対して、政府は皆の衆の意見を聞いてみたところ、8割方は規制反対であったが、そのような意見は予想範囲内として規制する方針なのだそうである。パブリックコメントとか、公聴会なんて、一体何なんだろうと思う。答えが決まっているのならば、時間とお金の無駄でしかない。こう言うのを欺瞞という。
 ブラックバスの規制は生態系保護の問題なのだが、angler823さんの言うように、問題がすり替えられて利権問題に発展しているようだ。交通機関が此れだけ発達した今、生態系保護を維持するのは明らかに絶対無理な注文だろう。
 そもそも保護というのは既存の権利を守るということであって、此れは麻薬のようなものなのだ。此れを乱用すると中毒になりついには自ら崩壊してしまう。規制反対を唱えている人の多くがこのようなことを理解している理性派だと思うのだ。イヤ、喩えそうでなくとも此れだけ反対意見の比率が大きければ、行政は耳を傾けるべきではないのか。それが民主主義というものだ。
 問題を飛躍させて申し訳ないが、アメリカ合衆国は移民で成り立っている国なのに、日本人の移民を禁止する法律を作った。それが米国不信を呼び、日本が大陸に侵攻するきっかけとなったのだ。人間であれ、魚であれ、一度受け入れたものを排除するのはいかがなものだろうか。
 前の項にも書いたことだが、我々日本人は共存するシステムを作ることが得意な民族である。ここは一つ、外来魚と在来魚と共存させるシステムを考え提案するのが解決の糸口に繋がると思うのである。
 
by antsuan | 2005-04-07 06:50 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback(1) | Comments(10)

ヨットの設計図

 関東の大学ヨット部のメッカみたいになっている葉山の森戸海岸に今年も学生がやってきた。ディンギーとも言うこのセーリングボートは20年ぐらい前まではいろんなものが開発されていた。現在、大学ヨットで使われているのはオリンピック種目にもある470級と、スナイプ級の二種類だが、他にもいろいろなものがある。古いものはA級国際ディンギー、Y15、シーホース、そのほかにもK16、505、ファイヤーボール、シード、シーラークにシカーラ、レーザーにシーホッパーなどなどである。
 この中で、どの艇が一番美しいデザインかといえば、やはりシーホースであろう。今尚社会人ヨットの公式クラブがある。設計者は横山晃氏。Y15やシードの設計もそうだ。ちなみにこのブログにあるセールナンバー90の写真はシードである。
 木製でニス塗りのシーホースは速さと安全を追及して作られていて、セールのマークはタツノオトシゴである。現在作られている仕様は殆どレース仕様のため縮帆出来ないが、以前はメインセールを何段階にか分けて縮めることが出来た。海外のディンギーレースでは風速十五メートルぐらいの強風下でもレースは行なわれることがあり、強風対策のディンギーは少なくない。シーホースは東京湾往復は当然のこと、伊豆大島まで行った実績があるくらい嵐になっても耐えられる設計になっていたのである。
 そして横山氏の名を世界に知らしめたのが、「太平洋独りぼっち」の堀江謙一氏が乗った合板製のヨット、マーメイド号だ。横山氏はそれ以後、40フィートクラスの外洋クルーザーなども手掛けているが、一貫して安全性が重視されているものばかりだ。その基本はファミリークルージングにつながる。外国のセーリングボートもいわゆるブルーウォーター派と称して、キャビンの中が別荘みたいになっているものもあるけれども、やはり日本人の力量に合わせたヨットの設計は横山氏が最初だと思う。
 ヨットの雑誌を読みふけるうちに、ヨットの設計図(青写真)が売られていることに気がついて、JOG21(マーメイド号の改良型)の設計図をはじめ、36フィートのケッチ、30フィートのクリッパーバウのダブルチャイン型ケッチ、19フィートのデイクルーザーなど、いずれも横山晃設計事務所から取り寄せた。いつか自作して海に乗り出すことを夢見て。
by antsuan | 2005-04-04 00:33 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

デッキで寝そべる

 いま、目を覚めたらしとしと雨が降っている。昨日の日曜日は良い天気だった。久しぶりに船に乗った。沖の岩場で釣り糸を垂れるが、釣れないのでのんびりしたものだ。一人の子供が船酔いになる。顔が青い。仲間の一人は花粉症で鼻が詰まってかわいそう。陸から離れてもダメのようだ。
 遠くでヨットレースをやっているらしい。スピンネーカーと云う追っ手用のカラフルな帆をはらませて連なって走る姿はとても綺麗だ。その向こうのもっと遠くに目をやると伊豆の山々と白い富士山が霞んで見える。また反対側の東の山を見てみると、桜山と古い書物にも謳われた山が、どことなく桃色がかって見える。しかし風は冷たく、まだ咲くまでにはなっていないだろう。
 風が出て来た。船酔いの子供はキャビンの中で寝ている。錨を揚げて早く帰ろう。透き通った海の中に白いロープがよく見える。この海には、サングラスや帽子、錨や三馬力の船外機まで数多くのものを落としている。しかし、またこの場所へ来てしまう。そう葉山の海は最高なのだ。
by antsuan | 2005-03-28 06:07 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)

薄緑色の海

朝、海岸通りを走っていたら海の水が薄緑色がかっていた。
 どうしてこういう色になるのか解らないけれども、春の訪れと秋の始まりの時に、逗子・葉山の海の色は変わる。いよいよ海のシーズンの訪れだ。
 早く海に出て、国道134号線の渋滞で出来たスモッグを遠くに眺めながら、潮の香りの空気を満喫したい。沖に出て青い陸(おか)を見るとやっぱり自然っていいなぁと感じる。人間関係のギスギスしたことを忘れて自然の一部になれる。そういう喜びがある。自分は本来、人間嫌いなのだと思う。サッカーや野球など観るスポーツは決して嫌いではないのだが、自分でやるとなると勝った負けたの勝負事に心が疲れてしまうのだ。その点、海は山登りと同じで自分と自然との戦いである。もちろん無理をしなくてもいいのだが、時として自然は牙を剥くときがある。男も女も子供も容赦をしない、その厳しさを克服した時、大きな喜びと幸せを感じる。
 人間、自然との接触が希薄になっていくことにより、理性を失い、人間で無くなって行くのではないかと思うときがある。登校拒否の子供やニートと分類されてしまう大人たちには、もっともっと自然の世界の中に溶け込ませることが、治療の一つではないだろうか。自然の恵み、自然の愛を感じることが出来れば、もう一度人間社会に戻っても生きて行けるのではないかと考えたりする。
 舫いを外して海に出るときのちょっとした緊張と不安、そして、戻ってきて舫いを縛る安堵感。此れが何とも云えない。           右左あんつぁん
by antsuan | 2005-03-20 07:36 | 自然・ブルーウォーター・競技 | Trackback | Comments(0)