あんつぁんの風の吹くまま

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「こころ」の戦後史

 この頃の内橋克人氏はおかしい。今日も日本放送協会の朝のラヂオで、大学の粗製乱造を小泉構造改革のせいにして糾弾していた。だが、学問とは何か教育とは何かを語らずして、大学の質の低下を問題にしても本末転倒としかいえないと思う。

 裁判員制度導入についても同じことがいえるのだが、国立大学出身の腐った無責任無能な官僚達を見れば、既に、我が国の大学教育制度が価値のないものになっていることは明白なのだ。

 そんなことを考えていたら、ちょうど讀売新聞の朝刊に山折哲雄の随筆が載っていて、「こころ」の戦後史を語ろうではないかと提唱していたので、早速切り抜いてブログに貼り付けてみた。

 物と心が分かれてしまったら、それはこの世のものではないというのが、山折氏のいわんとするところであろうと思うのだが、戦後の大学教育の無責任さが、物と心が分離されてしまった原因のひとつであると思う。もっとも己の心の内を振り返って見ても、戦後教育を受けた身の悲しさ、熟成されたとは言い難い腐臭が漂っていて、これを改めるにはそうとう難しい。

 やはり、こういう乱暴な言い方をする者の責任を追及されても困る。お互い責任のなすり合いは止めにして、いま一度、「『こころ』の戦後史を振り返る」だけで充分だと思う。

          平成二十一年六月二十三日の讀売新聞朝刊より
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by antsuan | 2009-06-23 10:01 | 文学・教育・科学・医療 | Trackback | Comments(0)
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