あんつぁんの風の吹くまま

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馬賊を裏切った日本軍


 櫻井よしこ推薦の本を買って読んでいます。『ある明治人の記録 会津人 柴五郎の遺書』 石光真人編著 中公新書 と、あともう一冊はまだ届いていませんので後日に報告致しますが、戦後体制の政権末期症状を呈している現代において、激動の時代を、運命に翻弄されながら生きた人の記録は、非常に心を打つものがあります。

 朝敵と蔑まれた会津人が受けた差別は言語に絶するものがあって、福島に住んでいた私はそのことを小さいながらも良く聞かされました。ですから、会津などの東北の人々に比べれば、部落民や朝鮮人がいう差別など問題にならないと思っています。

 しかし、柴五郎と云えば、会津人と云うよりも、義和団の乱のときに北京籠城した各国外国人を、冷静沈着な行動で救援軍が来るまで守った功績が知られていて、彼の御陰で日英同盟が結ばれたと云っても過言ではなく、その後の日露戦争に勝利する礎になった英雄なのです。

 この本の第二部の方を読むと、明治の軍人は、大陸の人民に溶け込み、活動していたことが分かります。つまり、北京籠城にしろ日露戦争にしろ日本が勝つことが出来たのは、現地の人民の心を掴んでいたからなのです。

 ところが日露戦争に勝利した途端に、列強に仲間入りした傲りでありましょう、力を貸してくれた現地の民、つまり馬賊を、匪賊として邪魔者扱いするようになったのです。あゝ何と云うことでしょう。毛沢東率いる八路軍の元になった馬賊は、なんと日本人が編成した華北の治安部隊だったのです。内乱に乗じて敵を殲滅するのは戦の常道とは云え、支那事変に引き込まれた責任は、明らかに日本軍にあります。

 ここに、大東亜戦争について言った柴五郎の言葉が書かれています。
「中国と云う国はけっして鉄砲だけで片づく国ではありません」
「この戦は残念ながら負けです」
「中国人は信用と面子を貴びます。それなのに、あなたのご尊父もよく言っておられたように、日本は彼等の信用をいくたびも裏切ったし面子も汚しました。こんなことで、大東亜共栄圏の建設など口で唱えても、彼等はついてこないでしょう」

 柴五郎のような軍人は、真にチャイナを理解し、西欧の植民地から開放する努力を心がけ、そうすることによって、日本自体が東洋の支柱となって安定出来ると考えていたのでした。しかし残念ながら、そのような真にチャイナを知り、真にチャイナの友たらんとした多くの人々は、その後、軍の体制から次第に外されて行ったのです。

 東北人として、柴五郎の無念の思いが心に重く響いてきます。

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by antsuan | 2009-01-30 12:57 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)