あんつぁんの風の吹くまま

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指導者層なんて容認されていません

 「マキャベリはエスタブリッシュメント(指導者層)が考えを改めてくれれば、世論を喚起するよりよっぽど簡単だと『君主論』を描いた。ところが今はエスタブリッシュメントがはっきりしなくなって・・」と塩野七生は言うけれども、わが国においては、「GHQは、エスタブリッシュメント(指導者層)を消滅してしまえば、世論を操作するのは簡単だと占領戦略を立てた」のであって、焚書や言論統制を行い、指導者教育を排除して、アメリカのいいなりになる官僚育成に力を入れたのではないでしょうか。
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      讀売新聞平成二十年十二月二十三日 朝刊より

by antsuan | 2008-12-23 12:04 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by みみずすまし at 2008-12-23 14:06 x
「個性とか主観とか関係ない」という部分ですが、
個性っていうのは、突出した才能のようなものを指すとは思いますが、それが社会の中で活かされなければ意味がないように思います。
だから、協調性の中でこそ個性は認知されると考えます。
同様に、主観というのも、独善は主観とは呼ばないんじゃないかと。
これらは辞書的な解釈とは離れてしまっていますが、一週間くらい前に平家物語を読んでいて、そんなことを考えていた僕でした。
Commented by antsuan at 2008-12-23 16:18
・うん、この人の言うことにはちょっと引っかかるところがあるにゃ。
みみずすましさん、私も少し文学に浸る時間が欲しくなってきました。