あんつぁんの風の吹くまま

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人を助けるということ

 人助けをすることは無条件に称賛されます。貧しい人にお金をあげることも、圧政から逃げてきた難民に衣食を与えることも、病気の人を治療してあげることも、人助けといわれて神様からも褒められます。

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 この校長先生のお話のように、教会に多額の献金をするよりも、たったひとりの人を助けるだけで、神は教会の鐘を鳴らして褒め讚えるのです。しかし、この学校で行われるバザーで集めるお金は二千万円を下りません。そして、そのお金はその学校の設備費に利用され、一部が修道会に寄付されると言われております。

 我が国は、多くの国へ経済援助や人道的援助をしています。そのお金は何千億、何兆円にもなります。しかし、そのお金で本当に人を助けているのでしょうか。チャイナへの経済援助、人道的援助をしているにも関わらず、チベットや農民の人々は虐げられたままです。北朝鮮へ人道的援助をしても餓死する人は絶えません。どれぐらい食料が不足しているのかさえも検証出来ないまま多額の援助をしているのです。

 緒方貞子は、国連難民高等弁務官だった当時、アフリカの難民を救うために尽力されましたが、武器弾薬をもっている逃亡兵たちも難民として助けました。彼女は難民キャンプでいざこざがあっても見て見ぬふりをし、そのことを公表することについても拒みました。

 現実的にいって、我々が血を流さない人助けは無意味です。逆に殺人を助長しているのです。どんなに人助けをしたつもりでも、助けられた人たちは武器を取り、戦いに行くのです。自分たちの平和をつかむために。

 この校長先生のお話の最期に記されている聖書の言葉を噛みしめてみて下さい。特攻隊員の若者の死がなんであったかを理解出来ると思います。死ぬことこそ、本当の人道援助なのです。今、そのことに気付かねばならないときが来ているようです。
by antsuan | 2008-12-22 14:15 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(4)
Commented by anthonberg at 2008-12-22 18:34
人助けというレベルよりも日本国は日本国民を先に守らないと外に対してどうこうの話じゃなくなっている気もしません?お金で他国の援助をするくらいならまず日本を立て直さないと何もならないと思う…。最後の話ではないけれど、年金者になってから生きていけなくなるならさっさと死ねって事だよねと友だちが言っていたけど、あんつぁんの文章を読むと人道援助の為には死を選べとも聞こえてしまってちょっと怖いです。それに気付くというのは、みんなに死を選んで人道援助をしろと言う事なのでしょうか??
Commented by antsuan at 2008-12-22 18:58
・さっすがー、 anthonbergさん、鋭い。「武士道とは死ぬことと見つけたり」と、同じことをいいたいのです。 死ぬことも出来ない連中に、人殺しは良くないとか人助けをしましょうなんて、いわれたくないですね。
Commented by みみずすまし at 2008-12-22 19:13 x
葉隠って黒鉄ヒロシのマンガでしか読んだことないんですけど、
そこでいう死ぬことって、物理的に死ぬことなんですか?
わからんなりに、ちょっと考えとります。
ジイド手を見る(笑)
Commented by antsuan at 2008-12-23 09:16
・人のためって、滅私でなくっちゃ出来ないものだと宗教で教えているんだと思います。葉隠れも儒教が元だし。
だから、人のために死んだ人はやっぱり祀るべきなんだと思うんです。殉教者もそうでしょうが、特攻隊員もA級戦犯も。