あんつぁんの風の吹くまま

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「知のデフレ」からの脱却


 日本では、一九八〇年代のバブル経済の下で世を席巻した「軽チャー」路線以来の「知のデフレ」が進み、わかりやすいもの、深い思考を必要としないものばかりが持て囃される傾向にある。しかし、そのような「知のデフレ現象」もそろそろ曲がり角ではないか。世界経済は大競争の下にあり、深く広く硬質の「知性」を鍛えなければ、個人も国も沈んでしまう。・・・唯一の資源といえるのは日本人の「知性」である。その肝心の知性が劣化してしまっては、発展どころか、国の存続すら覚束ないのである。
 
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 福澤諭吉は、『学問のすゝめ』のなかで、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言へり」と喝破した。「門閥制度は親の敵でござる」と、生まれや身分で地位が決まってしまう旧来の制度を批判した。明治の文明開化の沸き立つようなエネルギーの中で、どんな家の出身でも学問をすることで立身出世をすることが出来ると云う夢を、人々に抱かせた。
 格差社会や、「勝ち組」「負け組」と云った問題が喧伝される今日。私たち日本人は、かつての勤勉さをもう一度取り戻すべきではないのか。
 
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 私には、一つの夢がある。明治という時代に人々が学問の力を信じて「坂上の雲」を追いかけたように、平成の私たちも、自分たちの知性を鍛えるということに、根拠のない自信を持って取り組むことはできないか。日本人には、そのような力があるはずだ。
 将来に対していわれのない不安をもつということは、私たち日本人の潜在能力を見くびることである。もちろん、楽観主義は厳しい実行によって裏付けされなければならない。「必ず日本はよくなる」という明るい見通しをもって先祖以来の勤勉さに立ち返れば、二〇一〇年には日本経済は再び黄金期を迎えることができると信じている。

 
 茂木健一郎は、日本経済の「坂の上の雲」という、月間ボイス[一月号]の特集に寄稿した『強靭な知性で闘う時代』で、上記のように述べている。
 
 我々日本人は、バブル経済の繁栄の下に、東大出の官僚や有識者達がこぞって、養老孟司のいう『バカの壁』を創り上げて、思考停止、つまり「知のデフレ」に陥ってしまっていることに、ようやく気が付いた。
 
 そういう反省が出来る日本人はやっぱり強いと思う。日本の未来は明るい。
by antsuan | 2008-12-16 22:35 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(4)
Commented by sweetmitsuki at 2008-12-17 06:37
福沢諭吉の凄いところは、いわゆる西洋文明からキリスト教的な要素をすべて濾過してしまった事だと思います。
「人」を作ったのが「神」ではなく「天」と記したのはその最たるものではないでしょうか。
Commented by antsuan at 2008-12-17 11:54
・福沢諭吉は意識してやったんだと思いますが、その後の新渡戸稲造とか内村鑑三にしても、キリスト教をきちんと日本人的に消化しているところも凄いと思っています。
最近、外国の歌がナマで垂れ流しのように放送されているのを聞いていて、翻訳の必要性をつくづく感じています。思考言語のしっかりした知力を、もう一度見直す時ではないでしょうか。
今こそ幕末明治の近代史を見つめ直す時期なのでしょう。
Commented by みみずすまし at 2008-12-17 23:55 x
後悔は必要ありませんが、反省は大事と思います。
反省だけなら猿でもできるにしても、反省しないヤツは猿にも劣りますもの。
反省ばっかりしてるのもバカですけどね(笑)
Commented by antsuan at 2008-12-18 07:45
・みみずすましさん、茂木氏は"根拠のない"自信を持って取り組もうと言っていますが、本当は"誇りと伝統という歴史に裏打ちされた"根拠を元に自信を持とうと言っているのではないかと思うのです。
つまり、明治時代という近代史を見直そうと耳障りの良い言葉で云っているのだろうと考えています。