あんつぁんの風の吹くまま

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居間の写真


 まだ、仏壇と神棚のある家は少なくないと思いますが、遺影を飾ってあるところは少なくなっていると思います。秋田の田舎では、昔はご先祖様の肖像画が立派な額に入れられて飾ってありましたが、代が変わってしまったので、この頃はもう飾っていないようです。

 多分わが家も、建てて八十年以上は過ぎていると思われ、床が抜けてきたり、壁が歪んでヒビが入っていたりしていますので、だあれもこのままで家を継ぐものはいないでしょう。
 
 じつは私も、毎日仏様を拝んでいる祖母を見て、命日だけで十分だろうと思っていたのでした。それが、祖母の遺影もここに飾ろうと決心した時、いつの間にか毎日仏様を拝んでいる自分に気が付きました。
 
 ある人は、生かされていると感じている、と言っていましたが、私も、ママならぬ運命をどうにか乗り越えてきた自分を振り返る時、やっぱりご先祖様やこの国を想って死んでいった英霊によって生かされているのだと、つくづく感じるのです。

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by antsuan | 2008-11-24 15:04 | 身の回り・思い出 | Trackback | Comments(6)
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Commented by Emitan at 2008-11-24 18:13 x
何なんでしょうね?私も若い時は親の告別式はしても宗教的葬式はしないと言っていたのに、仏壇は揃える、写真は飾る、お寺さんに盆命日には来て貰う。家内は毎日仏壇のお参りしています。私は時々それにクルーが菩提寺のご子息になって仕舞いました。
Commented by antsuan at 2008-11-24 18:50
・母は養女に来たので祖父とは血がつながっていないのですが、墓を広島からこちらへ移す時、まったく知らないご先祖様との繋がりを感じ、運命というものがあるんだと信じるようになりました。
神の愛は許しだとナルミミズさんは言っていましたが、私の数々の過ちも祖先の愛によって許されているように思うのです。
Commented by saheizi-inokori at 2008-11-25 11:33
仏壇に手を合わせるというより写真に手を合わせる毎日です。
Commented by antsuan at 2008-11-25 12:06
・佐平治さん、私も初めは小さな写真にするつもりだったのですが、そうするとどうしても依怙贔屓してしまう自分に気がついて、遺影は全て上に飾ることにしました。(笑)
Commented by yukiwaa at 2008-11-25 22:56
我が実家も、主人の実家も大きな写真が田舎の家のようにあります。
やはり、写真はいいですね。そこに亡くなった方がおられるようで・・手を合わせる事が毎年多くなりました。
Commented by antsuan at 2008-11-26 23:29
・ yukiwaaさん、やはり面影は残して置きたいもの。お世話になったいろんな人に手を合わせたい気持ちです。過去との連続性を忘れないようにしたいものです。