あんつぁんの風の吹くまま

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木鶏たらんと欲す

 国内の国境線。近くにある逗子の米軍住宅前を通る時、その国境線を肌身に感じ、「あぁ、我が国はチベットと同じように侵略されているのだなぁ」と、つくづく思い知らされます。

 「人は戦争をする動物である」という定義を変えようと努力している人が、我が国には特に多くいて、その方々は武力による戦争抑止力をも認めたがりません。

 しかし、キリスト教、イスラム教、どちらの宗教を見ても、正義とか悪を追い払うとか理由や定義づけはどうであれ、現実的には戦い(戦争)を認めています。世界が法治社会になろうと、この様な宗教の存在する社会がある限り、戦争は引き起こされることでしょう。ですから、戦争は愚かなことだと反省しただけで、無防備のまま、新たな戦争を防げられると考えるのは間違いです。

 それは、マッカーサー元帥の犯した過ちを繰り返すことになります。第一次世界大戦、第二次世界大戦を戦った彼は、もう愚かな戦争はするべきではないと考えて日本国憲法を作りました。ところが朝鮮戦争が勃発して、自らが、日本軍が戦った相手と戦う羽目になって、その過ちに気付いたのです。

 彼は自らの責任において日本を守りましたが、司令官を解任されて日本を守れなくなったとき、日本が戦ったことの正当性を認めざるを得ませんでした。そこで米国議会の公聴会において彼は、日本は自衛のために戦ったのだと証言したのです。

 この歴戦の勇者の言葉を無視してはならないのです。最期の剣闘士であり騎士道、武士道を会得した戦争におけるプロフェッショナルが発した、『証言という形の反省の言葉』を無視して、さきの戦争を語り反省するのは愚かなことです。

 戦争の悲惨さ無意味さを知った我が国民は、木鶏のような闘鶏になる努力を積み重ねるべきでしょう。けっして、ただの鶏になって良いわけではないのです。
by antsuan | 2008-11-19 07:27 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(4)
Commented by 高麗山 at 2008-11-19 16:08 x
antsuan

またぞろ、田母神氏に誘発されて、活火山活動開始ですね!

   「抑えて、抑えて」穏便に行きましょう。。。
Commented by antsuan at 2008-11-19 19:51
・木鶏のように泰然自若としていられるようになるのはまったく何時のことやら。まだまだ未熟者です。
Commented by Emitan at 2008-11-19 22:23 x
木製と言う事は火を点ければ燃えて無くなると言う事ですよね。無防備です。紙より燃え難いでしょうが。クロマニオン人は果敢ホモサピエンスに滅ぼされた、温厚な動物だったそうですね。生き残った残虐な人間ですもの、平和が在る筈在りませんよ。
Commented by antsuan at 2008-11-20 07:47
・Emitanさん、海に囲まれていたお蔭で壁を作ることを知らない民族ですが、いざと云う時の気構えだけは感じられる泰然自若とした生き方を知っている民族でもあるような気がします。