あんつぁんの風の吹くまま

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へその緒を知っていますか

 これは「大きなヒツジ」の神聖なる螺旋へのトラックバックです。


 昔、「ワンダースリー」という手塚治虫の漫画があったのを知っていますか。
三匹の主人公は宇宙で裁判にかけられ、流刑される星の希望を聞かれたとき、地球を選んだのでした。ところが、この主人公たちは、誤ってへそ無しの人間に改造されてしまい、三人のへそ無し人間が居たというオチをつけた物語でした。

 我が家の仏壇には祖父のへその緒がしまってあります。祖母が納骨の時に骨と一緒に入れるのを忘れてそのままにしてあるのです。「へその緒」って何でしょうか。それは母親との絆です。親と子の絆の証なのです。昔の日本人はそれを大事にしていました。

 へその緒は、祖先との血のつながりを証明する、神聖なものです。祖先のずーっと先には神が存在します。赤ちゃんには生まれたという実感がありません。しかし、へそが自分の身体にある限り、神との繋がりを信ずる事が出来ます。

 ですから、出産とは、神との繋がりを引き継ぐものであるように考えるのです。けっして、妻と夫の子供が産まれるだけのことではないと思うのです。そして、神との繋がりを引き継ぐことが出来るのは女だけなのです。これが女の特権だと思います。

 赤ちゃんは、宇宙を司る生物が、気まぐれに作ったものではないのです。子供は夫の子供ではありません。神とつながりのある、妻と夫との子供なのです。

 ところで、男は闘う特権を持っていると考えます。つまり人を殺す汚れ多き生物です。そのような生物が、出産という、神とのつながりの証しの場所にいることは、ある意味、神を冒涜することのように私は思うのです。
by antsuan | 2008-10-31 09:32 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(10)
Commented by ナルミミズ at 2008-10-31 10:23 x
ワンダー3ってそんな話でしたっけ?
ウサギとか馬とかがでっかいタイヤみたいなのに乗って、、、そんなSFだったように記憶してるんですが・・・。

まあワンダー3はどうでもいいんですが、僕はエヴァンゲリオンが好きです。
基本的にアニメは好きじゃない僕がハマったアニメです。
エヴァンゲリオンの動力源は電気で、それを供給するために背中にケーブルが接続されています。
作品の中では、そのケーブルをアンビリカルケーブルと呼びます。
これは Umbilical cord 、つまり、へその緒なんです。

で、ケーブルが接続されている間は無限に動けるわけですが、例えば敵の攻撃で断線すると、内蔵バッテリーに切り替わり5分間しか動けません。
エヴァンゲリオンはタイトルからしてキリスト教(異端派ですが)の神とのつながりを示唆していますが、へその緒が切れてしまうと自力ではどうしようもなくなるというあたりの設定に、今回のあんつぁんの記事をダブらせて読みました。
続きは自分のブログで記事にしてみようかな(笑)
Commented by antsuan at 2008-10-31 17:49
・ナルミミズさん、エヴァンゲリオンって、全く知りません。(汗)
やっぱりギャップが大きい。(笑)
でも面白そうですね。是非そちらで記事にして下さい。
Commented by sweetmitsuki at 2008-10-31 19:12
遠い遠い昔の子供の頃、私は赤ちゃんはおへそから生まれると思っていました。
子供が欲しいといって神社(キリスト教の人は教会)に行くと、夫婦で何もしなくても神様が授けてくれるもんだと思っていました。
そして、赤ちゃんはおへそから生まれるくらい小さいもんだと思っていました。
日本の教育(保健体育)は遅れているのかも知れませんね。
Commented by HOOP at 2008-10-31 21:49
Wikipediaに、ワンダースリーのあらすじがありましたが、
へそなし3人組は物語の結末というか、主人公たちの成れの果てなのですね。

私のへその緒は、桐の小箱に入って箪笥の中にありました。
Commented by antsuan at 2008-11-01 02:24
・mitsukiさん、私も受胎告知なんてマジで信じていた男の子でした。(笑)

教育も科学も文化も何でもかんでもアメリカの真似でしたからね。そろそろ我が国独自の文化を見直す時期に来ているのでしょうね。
Commented by antsuan at 2008-11-01 02:24
・HOOPさん、主人公が自分たちの成れの果てと一緒になって人間を救う。イエス・キリストをダブらせているようでもあり、大人のための漫画かも知れません。「0マン」、「ワンダースリー」等の手塚治虫の作品を読んだ私は幸せ者だと思います。
Commented by ovejagrande at 2008-11-02 00:40
この記事は まだまだ 続きの入り口で 書きかけなのですが
神聖ということばの持つ差別ということで 書いていきたいと考えています。
で あんつぁんにとっての神ってなんでしょう?
日本の神を表す時 たいていカタカナで カミと書いて
神とは 区別することが多いですよね。
かつては 父親が 子供と血のつながりがあるという概念がありませんでした。 まったく母系家族です。
血のつながりという意識は 最近のものです。
その知識は もう捨てがたい物。
その知識を得たからには 家族の形が変わる。
人間は それを受け入れなければならないと思います。


Commented by antsuan at 2008-11-02 07:24
・ovejagrandeさんの記事、楽しみにしています。

私にとって、神は「魂」なのかも知れません。まだハッキリしません。それは、山折哲雄の云う精神の連続性を信じるからです。
神(前世)、人間(現世)、仏(来世)の連続性を信じるからです。

我が国は万世一系(父系)が千年以上も続いている社会です。父親との血のつながりの概念は、逆にしっかり持っていたと考えています。ですから、少なくとも我が国においては、その知識は新しいものではなく、逆に、古く伝統的なものなのです。

この辺が、人は 神によって作られたと云う一神教の概念と、多神教の概念の違いかも知れません。
Commented by ovejagrande at 2008-11-02 23:54
平安時代は母系だったと記憶していますが・・・?
Commented by antsuan at 2008-11-03 06:21
・母系的形かも知れませんが、女の人を呼ぶ時には、何々(父)の娘という言い方をしていましたよね。血のつながりの概念はしっかりあったと思います。