あんつぁんの風の吹くまま

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失われた正義 (副題 被害者の声無き声は報われるか)


 最近、巷では声無き声があふれ返っている。何でこんなにもあふれ返っているのだろうと不思議に思う。外国では、沈黙のことを悪魔の囁きと言うそうだが、そうではあるまい。沈黙こそが、心の声なのだ。
 
 その心の声を聴くには、知力では無理である。しっかりと、心の声が聞こえるようになるには、汗と涙を流さねばならない。しかし、声無き声を発して死んでいった者の声はどうするのか。

 我が国民はその声を聴く術を知っている。それが鎮魂なのだ。

 慰霊では、魂の声は聞こえない。
by antsuan | 2008-11-01 06:27 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)
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Commented by ovejagrande at 2008-11-02 00:44
 一つた゜け いつもあんつぁんの書いてるもので気になることがあります。 外国って何でしょう。 外国は たくさんあります。
どの国も同じ分けではありません。
ドイツとイギリス アメリカではまったく習慣が違うので
どういうふうに 誤解が生まれるかというのを今読んでいますが
とてもおもしろいです。
で 外国では ということばのかわりに 正確に何処で言われていることばが 書くべきでしょう。
それは 日本という国を相対的に認識する一つの方法でもあるし
他人に客観的視点で説明するための一つの方法でもあると思います。
Commented by antsuan at 2008-11-02 07:26
・少し前まで、日本人は外国人と言わず、外人と言っていましたね。どうも私の頭はまだその延長上にあるようです。つまり、日本以外を考えていないんでしょうね。(苦笑)
私が気になることは、日本人が、自国のことを我が国と言わずわざわざ日本と言うことです。
やっぱり、どちらも歪んでいると思います。

Commented by ovejagrande at 2008-11-02 23:53
日本っていうのは わたしの国と同意で使ってるのだと思います。
友人が コートジボワールで働いていた時 外国人の会に入っていたのですが 日本人は彼女だけで ほかの日本人は みんな日本人会に入ってました。 自分が外国人だと言う認識もありません。
日本はつねにわが国なのだと思います。
どこにいても。 
で 外国人がいつもいうのは (たとえば英語を教えているアメリカ人 スペイン語を教えているスペイン人 フランス語を教えているフランス人 主として欧米諸国語の教師たちですが) 外国語を話すとき つねに われわれ日本人は という主語を使いたがる傾向についてです。
なににも所属しない 個としての自分の意見はないのか と言う感じで。

で わたしは外人ということばが 悪いとは思いません。
外人墓地が 5音だらか詩に使われていたけど 外国人墓地では詩になりませんよね。
Commented by antsuan at 2008-11-03 06:15
・大きなヒツジさん、日本人は結局、個人主義ではなかったんだと思います。また後で書きますが、絆を大切にする民族だったのではないでしょうか。

外人という言い方、私も悪いとは思いません。これを差別用語だという発想をする方がおかしいと思います。