あんつぁんの風の吹くまま

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箪笥のおかげ その二 (コメントの返事)

 えーと、女性の方からかなり視線の冷たいコメントをいただいたので、その言い訳めいたものを再度書く事に致しました。

まず、今回の主題は「男女同権」である事を認識して下さい。

 私は幼稚園と小学校をカトリック系の学校で、中学高校をプロテスタント系の学校で過ごしました。その中で、キリスト教の女性蔑視を含めた偽善的なものを嗅ぎ取っていたのですが、それがどうしてかは自分でもよく分かりませんでした。しかし、ダ・ビンチ・コードを読んで、その謎が解けたのです。

 そのことはまた後で説明する事にして、男女同権と出産について述べます。日本では古来、「男子厨房に入らず」という考えがあります。これは「女人禁制」と対になっているといっていいでしょう。つまり、男としての特権、女としての特権を尊重している言葉なのです。男子厨房に入らずの延長上に、家計は妻に任せる考えがあると思います。

 この様に、男の場所や女の場所、男の立場や女の立場を、神聖視する事があってしかるべきなのです。私は出産という行為は神聖なものと考えます。この考えはある意味キリスト教的かも知れませんが、実は先ほど延べたように、武士道的なものとしての考えです。男には出来ない、女性の特権を尊重するという考えです。ですから、そこに男が居るべきではない。ちなみに、男の特権は闘う事です。ここに女が入るべきではないのです。これをはっきり分ける事こそ、平和を築く基礎ではないでしょうか。


次に、キリスト教と女性蔑視について述べます。

 黒マドンナ像の信仰は中世ヨーロッパで花開いたと言われています。ちなみにこの辺の参考資料はダ・ビンチ・コード関連の書物「ダ・ビンチ・コードの謎を解く」(サイモン・コックス著)からです。基本的にローマ教会は黒マドンナとその崇拝は歓迎していません。

 ここに真実を隠すための女性蔑視があるわけで、その理由として、新約聖書を作った弟子達と、イエス・キリストに子供がいて、その跡継ぎを守ろうとする弟子達の争いがあり、ローマ教会(新約聖書を作った弟子達)は、女神崇拝を異端とする、つまり女性蔑視をすることにより、跡継ぎの子供を守る弟子達の排除に成功したと思われます。この考えは、私のキリスト教におけるの疑問を氷解させてくれました。

 ところが中世のルネッサンスにおいて、この聖母マリア像を認知する事で、基本的にローマ教会、つまりカトリックは異教徒認知の多神教思想を受け入れたと考えています。ですから、カソルラさんのおっしゃるように、カトリックは多神教思想であると言っていいと思います。しかしながら、プロテスタントの方はルネッサンスの流れの外にいましたので、女神崇拝を否定し続け、「異教徒は人にあらず」の思想を固めてしまいました。当然、そこには女性蔑視の流れも継いでいたのです。

 そういう古いキリスト教を信じる人たちが、海を渡って新天地アメリカに行き、「神に任命された君主」でなく「神に選ばれた民(人間)」と称して国を作ったので、あの国は未だに人種差別があり、女性蔑視がはびこっていると云われています。
by antsuan | 2008-10-21 09:42 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(25)
Commented by cazorla at 2008-10-21 16:27
キリスト教の女性蔑視についてですが・・・
あまり説明になってないと思います。
基礎にあるのが 大衆文学(て 言い方も変で好きではないのですが)
であるというのが。 
アメリカが すごい人種差別があるというのは 国の成り立ちのほうにあるわけで キリスト教とは関係ないと思います。
Commented by 昨日復活したミミズ at 2008-10-21 18:29 x
女神信仰はいろいろあるみたいですが、母なる神様とはあまり言いませんよね。
ほとんどの宗教が、父なる神様、母なる大地だと思います。
それをどう受け取るかで視点は変わると思いますが、女性蔑視につながりやすいなぁとは思います。

で、ちょっと話がずれるんですが、狩猟民族、農耕民族なんて言葉がよく使われて、農耕民族は争わないみたいなことが言われますよね。
でも、農耕民族だって土地に根ざさなければ生きていけないから、おのずとそれを守るために戦わざるをえない。
こうした戦いが、要らぬ身分制度を生んだというのもありじゃないでしょうか。
だから、同じ村の中で、同じ働き手としての男と女は同権だったのかもしれないなぁとは思います。
でもそれは、縄文時代くらいのことじゃないかなぁ?とも。
Commented by anthonberg at 2008-10-21 19:59
宗教と女性蔑視を比較して語るならキリスト教よりムスリムの方がもっと語れると思いますよ。宗教差別はユダヤ人の方が凄いし。今回のあんつぁんの記事はダビンチコードで拾った情報を引用して書いただけで、説明不足、情報不足な気がします。宗教を絡めた話を書くにはよほど確信があって的確でなければ危険ですよ。
デンマークはほとんどがプロテスタントですが、既に21世紀ですからね、男女平等ですよ。男だから、女だからと気にしている人はいません。立ち会い出産の話も男側が何も出来ないと思っても、夫婦の心の繋がりがあれば、出産時に妻の手を握るだけでエネルギーを与えて助けられる事に気付くはずです。
Commented by antsuan at 2008-10-21 21:09
・カソルラさん、この本を抜きにしても、聖母マリアは女神像に付きものの生殖能力を与えないように留意していて、女性の服従や女性蔑視は、ユダヤ=キリスト教の"教義"で徹底されていました。ミツキさんのおっしゃっている通りに、中世のヨーロッパでは何千人もの女性が魔女のそしりを受けて火あぶりにされましたが、この"反女性"粛清運動は、改めて女性の独立と力の台頭を抑圧するためのもので、女神崇拝を屈服させる意味があったのです。キリスト教会が、女性聖職者を選ぶようになったのは近代になってからです。
 アメリカの人種差別と女性蔑視は、この古いキリスト教と密接な関係があることを、多くの歴史研究者が指摘しているところです。つまり私の言ったことは受け売りなのです。
Commented by antsuan at 2008-10-21 21:10
・昨日復活したミミズさん、復活祭を祝おうではありませんか。(笑)
女神崇拝は最古の宗教とも言われています。それは農耕民族、狩猟民族に関係なくあったわけで、その民族の違いと男女同権に絡めるのは無理が有ります。従いまして、カソルラさんに全面降伏して、その考えは撤回しました。
イスラム教は今なお教義によって女性蔑視をしています。それをぶち壊してイスラム社会に民主化をもたらしたサダム・フセインをやっつけたのが、古いキリスト教のブッシュです。まさに現代の魔女狩りです。だいぶ話がずれてすみません。
Commented by antsuan at 2008-10-21 21:33
・anthonbergさん、確かに宗教を論ずるには紙面が少ないし、私の説明不足も認めるところですが、十二年以上も聖書を手元に置いた者として、また、時代考証を重要視する者として、かなりの確信を持ってこの考えを云いたいと思います。 
女神崇拝のルネッサンスを経たヨーロッパにおいて、既に男女同権になっているのは、おっしゃるとおりです。それは多神教思想になって行ったからであって、その先達は日本民族であることを誇りに思います。

Commented by cazorla at 2008-10-21 23:29
では 質問
日本はなぜ 女性を大事にしないのですか。
Commented by antsuan at 2008-10-22 00:27
・toco-luglioさん、まだまだ冷たい視線だなぁ。(冷汗)
 私は清泉小学校のシスター山路鎮子校長からキリスト教ではなく、武士道を学んだと豪語している変人です。ここにも書きましたように、出産を武士道的な考えから神聖視しているのであって、決して聖母マリア様のようなキリスト教的なものでは有りません。したがって新渡戸稲造の「武士道」の終わりに書いてあるように、淡雪のごとくその思想が消えてなくなる運命であることも承知しております。
 ところで、貴女のおっしゃる「過去の男尊女卑的思想」が、古くから多神教思想を受け入れてきた日本民族のものとは認めたく有りません。それは儒教的、一神教的な思想です。
 人災、天災に対して闘うのが男の特権です。つまり、死ぬことに意義を持つのが男なのです。それと反対に、生きることに意義を持つのが女なのだと考えます。このことから、出産を神聖視する私の気持ちを理解していただけたらうれしいです。
Commented by antsuan at 2008-10-22 00:28
・貴女の戦前戦争史観はキリスト教の白人が押し付けてきたものそのものです。toco-luglioさん、ペリーが浦賀にやって来たときから、いや、ザビエルが日本にやって来たときから、日本人は侵略される危機にあったのです。アメリカ原住民がどうなったか、ハワイ王国がどうなったか、オーストラリアの原住民がどうなったか。なんで日本が、彼ら原住民と違って国を失わなくて済んだのか。良く考えてみてください。

Commented by antsuan at 2008-10-22 00:29
・カソルラさん、その答えは簡単です。
 戦争に負けて、アメリカ人のキリスト教精神を押し付けられたからです。宗教を抜きにしても、アメリカのまねをしたからです。
Commented by antsuan at 2008-10-22 00:29
・おっしゃる通り、女性蔑視にはなりません。カソルラさん、そのかわり、カトリックは女神崇拝の信仰を容認し、多神教思想を受け入れているではありませんか。

Commented by antsuan at 2008-10-22 00:36
・すみません。カソルラさん、第二の質問を誤って消してしまったようです。
取り敢ず、回答だけは書いておきます。
どうも済みませんでした。

Commented by cazorla at 2008-10-22 05:24
あんつぁん 
では質問 その戦争に負ける前の明治時代
なぜ 女性蔑視があったのですか。
Commented by antsuan at 2008-10-22 07:43
・toco-luglioさん、コメント有り難うございます。また、少しは私の考えを理解してくださり有り難うございます。実はこういう議論をしたかったのですよ。これも失礼を承知で言うのですが、ですから、わざわざああいう失礼で過激な発言をしたと云ってもいいでしょう。私は上っ面な議論はしたく有りません。長くなりますので、今日のブログに書きます。夜まで時間を下さい。
Commented by antsuan at 2008-10-22 07:43
・カソルラさん、おはようございます。
カソルラさんだけでなく、toco-luglioさんにも申し上げたいことなのですが、明治時代の日本における女性蔑視は、当時の他の欧米先進国における女性蔑視よりも、はるかに少なかったと思います。そういう水平的時代考証をしていただきたい。明治時代に女学校がそれも女性の力で沢山出来ています。当時、女性が自由に勉強出来た国を私は日本以外に探すことが出来ません。有ったら教えてください。
Commented by 一昨日復活したミミズ at 2008-10-22 08:41 x
toco-luglioさんのコメントの一部を引用させていただくので横レスみたくなりますが、そのつもりはありません。
おふたりのむつかしい議論にわってはいるだけの知識も(笑)
ただ、あんつぁんの言う「男の特権は闘う事」と「闘うことに生甲斐を見出す男達」とではちょっとニュアンスが違うなぁと感じながら読みました。
僕は男の特権が闘う事だとは思いませんが、男は死ぬことに意味をみつける(どこに書かれてるか見つからないけど書かれてましたよね?)という意見には妙に肯かされるものがあったので。

それと、本筋からはずれたどうでもいいことですが
>キリスト教会が、女性聖職者を選ぶようになったのは近代になってからです
僕の所属教団も女性聖職者を認めていませんが、その理由は女性蔑視からくるものではありません。
でも、教団の中にはその論争がすごく大きな位置づけで、長く続いています。
Commented by antsuan at 2008-10-22 11:43
・一昨日復活したミミズさん、
こういう議論を女性の方がして下さる私は幸せ者です。(笑)

言葉足らずなのに、正確に文意を理解して頂き恐縮です。

修道女の功績が認められて聖人になると思ったのですが、そう云う事は無かったでしょうか。
女性の聖職者を認めない理由は何から来るのでしょうか。興味をそそります。

なかなか、そちらのブログを探す元気が出てこなくて、申し訳ありません。
Commented by yukiwaa at 2008-10-22 15:45
難しくて分からんから、不思議と思っていることだけ書きますが・・男女雇用均等法って出来ましたよね。あれが出来て喜んでいた女性もいましたが、私はあれは女性には「罠」のような法律であったのではと思います。女性をどの様な位置に社会に置くかですが、男性とマジ均等に働くには女性本来の機能が生かされないのではと思います。均等は質であって、量も求められるのは女性には不利な気がします。
「男女同権」をどの点で求め、どの様に理論付けるかは、それぞれの国で違うのではないでしょうか?
私は出来るなら、日本は、日本本来の「男女同権」が育ってほしいです。・・・少し抽象的ですが・・これ以上、キーがうてない。頭もまわらんが^^
Commented by cazorla at 2008-10-22 16:33
あんつぁん 水平線的 とおっしゃってますが
基本的にどのことをこの記事でおっしゃりたいか どの部分で議論したいかわからないので 議論が実はとてもしにくいです。
で tocoさんの 日本は変わらなかった ということですが
歴史があったからではなく 日本が他国にとって そんなに重要な国ではなかったから だと思います。
マヤ文明は 日本はもちろん ヨーロッパと比べてもずっと 進んだ偉大な文化でした。 今年ノーベル文学賞を受賞した フランスのル・クレジオの本をもし機会があれば手にとっていただけるとうれしいです。 小説ではないほうのドキュメントのほうですが。

で 過去のこと云々より 日本はいまだに男女同権ではないですね。
こんなに女性蔑視の法律が残っているという国はほかにないのではないか。 男女は 基本的に違うので民俗学的立場で また 歴史的 風俗的 な違いを蔑視というかどうか また 個人のそれぞれの問題 感じ方が出てくると思います。 
Commented by 戻りミミズ at 2008-10-22 19:53 x
>女性の聖職者を認めない理由は何から来るのでしょうか。
あんつぁんの表現を流用して聖職者と書きましたが、うちの教団ではそういう表現をしません。
うちは教職者。牧師と伝道師を指します。
聖人、修道女はいません。
で、牧師は妻帯男性限定ですが、伝道師には制限がありません。

さて、女性が牧師になれない理由ですが、聖書の記述の解釈です。
ただ、人によって解釈が区々なので、十数年も論争が続いています。

>なかなか、そちらのブログを探す元気が出てこなくて
その内やさしい誰かが教えてくれますよ(笑)
Commented by antsuan at 2008-10-22 22:21
・ yukiwaaさん、
>男性とマジ均等に働くには女性本来の機能が生かされないのではと思います。均等は質であって、
そうなんです。男女はそれぞれ能力が違っているのですから、その能力の違いを認め合う事こそ、同権といえると思うのです。

Commented by antsuan at 2008-10-22 22:21
・カソルラさん、実は私も、日本のどの部分が女性蔑視だと言われているのか、分からないところがあるんですよ。

 分娩台における蔑視についていわれても、産科医学そのものが西洋から取り込んだものですし、分娩室は産婆さんが取り仕切る神聖なものである、という考えを否定されるとますます分かりません。
 繰り返しますが、「産婆さんを産科医として認めない事が差別である」、つまり男女同権でないといいたいところなんです。
 
 フランスのル・クレジオの本ですね。探して読んでみたいと思います。

Commented by antsuan at 2008-10-22 22:23
・toco-luglioさん、
>その国を守り、独自の文化を育てていたので、一度に侵略しにくい国だった・・・というのも欧米が諦めた理由であると思います。
私もその通りだと思います。ただ、彼らは資源がなくても、そんなに重要な国でなくても侵略しています。ハワイ王国はたいした資源もなければ重要な国でも無かった。対して、日本は金山銀山もあり、そのことを彼らは知っていました。

Commented by antsuan at 2008-10-22 22:24
・戻りミミズさん、その聖書って云うやつは当然、新約聖書ですよね。やっぱり、その教義は女性蔑視の意味合いが含まれていると思います
Commented by 戻りミミズ at 2008-10-23 09:56 x
女性教職に絡んで聖書が女性蔑視をしていると捉える意見は、テモテ書とコリント書の記述を指す場合が多いようですね。
たしかに、テモテとコリントだけ読めばそう思えます。
でも、パウロはガラテヤで男も女もないと言っています。
(僕はパウロは好きじゃありませんが 笑)

旧約にはモーセ五書の中に祭司規定があります。
そこでは女性は司祭じゃなくて助祭として扱われてます。
でも、こちらも解釈次第。
ファンダメンタリストにとっては、各人の解釈ってのはムチャクチャ都合が悪いようですが。

で、関係ないけど、新垣勉は知ってます。
失明の原因は知らなかったのでググってみたのですが、産婆の取り上げミスではなく、助産婦が目薬と農薬を間違えたからのようです。