あんつぁんの風の吹くまま

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嘘の言い出しっぺ


 米国経済が崩壊して大混乱に陥っている今、世界経済を救うことが出来るのは、我が国日本でしかない。しかし、残念だが戦後六十年以上を経た現在においても、誤った歴史観によって誇りを失った日本人は、その指導力を発揮しようとしない。

 誤った歴史観と云うのは東京裁判史観のことであり、現在はその仮面が剥がれ「パル判決」史観の正しさが、浮き彫りになってきているのだが、敗戦国民の日本人は相変わらず洗脳されたままで満足している。

 特に、「南京大虐殺」が当時の蒋介石国民党政府における謀略宣伝であるにも関わらず、それを端から受け付けようとしない。そこで、それが嘘であると証明する為には、嘘の言い出しっぺが誰なのかを突き止めることが、呪縛から解き放される第一歩だと考えた東中野修道は、東京裁判で証言台に立つ宣教師ベイツと「ノースチャイナ・ディリーニュース」紙に寄稿した、イギリスの「マンチェスター・ガーディアン」のティンバレー記者であることを突き止めた。

 そして、台湾政府が蒋介石時代の機密文書を二十一世紀になって公開した結果、ティンバレーとベイツは実は中華民国政府宣伝部の顧問であったことが明らかになり、さらには、ティンバレーが海外向けに南京虐殺を喧伝している最中に、蒋介石は外国人記者と二百回に及ぶ記者会見をしているにも関わらず、一言も南京で虐殺が行われたとは言っていないことも確認された。
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 八十年ぶりの大恐慌の危険がはらんでいる今日、戦前に、人種差別撤廃平和共存主義を主張した、我々祖先の名誉を復権しなければ、大恐慌だけでなく、第三次世界大戦の勃発する引き金に、先の戦勝国は指をかけることになるかも知れないのである。





 その他に、当時南京に居た報道関係者の言動について調べてみてみると、昭和十二年十二月、南京が陥落したとき、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、同盟通信…など、総数六百余名の従軍記者たちがいっせいに南京市内へ入った。この戦いでは六人の報道関係者が死亡している。彼ら記者たちは、当然、南京の様子をつぶさに見ていて、連日の南京市街の様子を取材し、日本へ詳しく書き送っている。

 しかし彼らは、戦時下においては当然だろうが、戦後の左翼勢力の台頭してきた言論界においても、南京事件などといった記事は書いていない。日本軍占領下の南京において、虐殺と認識される事件など見ていないのである。これは南京に居た外国人記者も同様で、東京裁判の証言にすらも立つことは無かった。

 この様に、南京陥落を目撃した記者たちが、新聞社に在職していた間、南京事件といった類の記事は紙面に載ることはなかった。彼らが退職した後に、南京の日々を知らない記者が記事を書くようになって、伝聞記事「中国の旅」が朝日新聞に連載された。それはかつて南京を歩き回って取材した朝日の記者たちを驚かせ、古巣に抗議する記者もいたのである。
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by antsuan | 2008-10-01 18:27 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by sweetmitsuki at 2008-10-02 06:16
そもそも日中戦争の勃発自体が計画性のあるものではなく突発的に起きた事で、その後の近衛内閣の外交政策は目も当てられないほどお粗末で、結局何も出来ないいまま近衛首相は内閣を丸投げしてしまいます。
南京で何が起きたのかはいまだ謎のままですが、当時の外交・政治の不手際を目の当たりにしてきた国民の一人である私の祖母は東京裁判の判決を聞いて、「ああ、やっぱりなあ」と思ったそうです。
Commented by antsuan at 2008-10-02 10:34
・まったく行き当たりばったりで、外交にも軍事戦略においても計画性のかけらすらなかったのに、東京裁判では侵略の「共同謀議」があったとして訴えられ、裁かれているのです。
mitsukiさん、反省すべきは、軍人官僚の暴走を抑えられず、今と同じ無政府状態に陥り、米国戦略の成すがままに戦争を始めてしまった愚かさです。