あんつぁんの風の吹くまま

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夜霧よ今夜も有り難う

 助けようとして手を差し伸べるのに、それを拒否して、大河に流されて行く人がいる。ひとり、ふたり。自分の非力さを感じる。どうして彼らを説得出来なかったのかと。しかし、自分の川面に映る姿をみてハッとする。その姿は鬼のようでもあるし悪魔のようでもある。人を助けるに値しない魔物に自分は見えるのだろう。

 たぶん、世の中そんなことが普通にあるような気がする。だから自分は善人ぶるのをやめにした。ほんとうに困った人に遭遇するのはまれなことだし。いや、ちょっとしたことで困っていて、手を差し伸べて欲しいと願っている人がいたら、わざわざ手を差し伸べるのではなく、勝手に手を差し伸べてさっさと去って行きたい。

 政治の世界でも同様だ。助けますとか協力しますなんて言う政治家の手は借りたくない。黙ってやる人か、俺について来いと旗を振る人を頼みにしたい。

 昨日は国会議員と地元の人々の討論会があった。サミット直前のタウンミーティングと名を売った企画で中々熱がこもっていた。しかし、某新聞社の記者がオフレコで参加していると云うことが災いしているとしか言い様が無いのだが、歯切れの悪い回答に終始した内容だった。仕方がないと思う。出る杭は打たれるで、代表選挙が間近に迫っている今、迂闊なことを言って代表部を疑心暗鬼にさせてはならないのだ。

 このところ、ここ葉山は霧が立ちこめている。静けさの中で人がうごめいている。大事なことはさりげなくやるのがいい。人に見られないほうがいい。

 夜霧よ今夜も有り難う。
by antsuan | 2008-07-07 12:20 | 政治・経済 | Trackback | Comments(8)
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Commented by before_rain at 2008-07-07 12:31
>大事なことはさりげなくやるのがいい。人に見られないほうがいい。
すごい名言だと思います。
敵をだますには、まず味方から というくらいの心持ちでいたいです。
ご無沙汰してます。
Commented by antsuan at 2008-07-07 13:22
・before_rainさん、日米安保条約を締結する際に、吉田茂は独りでこっそりと契約に調印してきました。実質米国の植民地になる契約です。勇気のいることだと思いますし孤独な責務であったに違いありません。
地元国会議員の勇気ある決断を期待しているところです。しかしシェーンや椿三十郎のような流れ者であって欲しくはないのです。心配の種は尽きません。
Commented by before_rain at 2008-07-07 17:19
さすらい、とか、流れ者に弱い通俗性、自分にとって永遠のテーマであり
カテゴリなのかもです。

名前は「雨」と申します。
気が向かれたら、いつでも遊びにいらしてください。

蛇足ですが
孤独でないトップは、なんか虚しいような。
心持ちが、孤独ということで、、よくわかりませんが…
では、失礼しました。
Commented by antsuan at 2008-07-07 17:54
・「雨」さん、濡れると涙みたいにしょっぱいのかな。 ときどきお邪魔しておりますが、芸術の世界にいらっしゃるようで、俗物の私にはよく分かりません。でも、透明で引き込まれるような怖さも少し感じます。
さすらい。宮本武蔵も結局は素浪人だったように思うのです。しかし、仙人のようでもあるし。難しいです。
Commented by syenronbenkei at 2008-07-07 20:57 x
聖書の言葉でゴメンですけど、いいことをする時は右の手がすることを左の手に知られないようにしなさいというのがあります。
そんな人格者には、、、なれないなぁ。。。
Commented by antsuan at 2008-07-07 21:56
・いつものように煙に巻いちゃえば。違った霧に包むんだった。
「野叟のつぼやき」と絡めているんですが、人の十字架を一寸だけ背負ってあげることは出来るんだと思うのですよ。其れをずっと背負ってあげると云えば嘘になるし、その期待を持たせてもいけないと思うのですが、その一寸だけをさりげなくやることが出来たらなぁーと。
ユダは裏切ったのではなくて信じていたことをやっただけだと思うのです。イエスに手を貸そうとしたのだと。だからイエスが神であることを知った時にいたたまれなくなったのでしょう。

  かくしておくれ 夜霧 夜霧
  僕等はいつも そっと言うのさ
  夜霧よ今夜もありがとう
  
  祈っておくれ 夜霧 夜霧
  僕等はいつも そっと言うのさ
  夜霧よ今夜もありがとう

Commented by asuno-kazemachi at 2008-07-08 14:15
してあげられることがないのなら、中途半端に踏み込むべきでないと思うことがあります。
してあげられることと、してあげられないことを知ることが、すなわち手を差し伸べたい相手と、そして自分を救うのではないかと。

大上段から振りかざす正義と、無知ゆえの善良さは、ときに人を諭したり癒すことの逆効果になる、ということを感じてしまいます。
Commented by antsuan at 2008-07-08 16:54
・風雲児は自分を救うことを考えないものですが、やはり自分の力量をわきまえないと何をかいわんやですね。しかし、風待ちさんのように思うこともあるのですが、ユダのように信じたことをやることに共感するこの頃です。確かに逆効果であっても、澱んだものを掻き混ぜることに意義があるのではないかと。つまり、風を吹かせることが必要なのではないかと考えるのです。御互いが傷つき血を流すかも知れません。しかし同時に膿を流し去ることも出来るかも知れない。