あんつぁんの風の吹くまま

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懺悔の潮時

 戦後六十年も経てば、今まで嘘をついていた人も死に、焚書した筈のいろいろな記録も発掘されて、当時の支配者が作成した記録も、メッキが剥がれるように事実の捏造が明らかになっていく。

 沖縄戦が始まったのは昭和二〇年の三月二六日からだ。地形が変わるほどの激しい艦砲射撃が行われたため、この戦闘を沖縄では「鉄の雨」や「鉄の暴風」と呼ぶようになった。砲弾を雨あられのように降らす国の軍隊が命を助けてくれると思う人がいたら、私はその人を気が狂ったと云うだろう。しかし、いまだに日本では米国の悪口を言うのに気を使わなければならない。
 
 だが、西暦二千五年八月十七日のインドネシア独立記念式典において、オランダは「(日本の敗戦後)再び植民地化しようと軍隊を送ったのは間違いだった」と謝罪した。いうまでも無く、インドネシアのスカルノに武器を渡し、独立を支援したのは敗戦国の日本軍である。もちろん、日本に対する謝罪は無いどころか従軍慰安婦非難決議など、相変わらず日本を敵視する傾向にあるが、とにもかくにも、ようやく懺悔の潮時に気がついたのだ。

 祖先を悪者にする歪曲報道がまかり通っている報道機関の情報を鵜呑みにしている今の日本人は、突然の懺悔に慌てふためくだろうが、どうかそのようなことに気づかうことなく、残虐の限りを尽くした戦勝国の国々はオランダを見習って懺悔の潮時に気がついて欲しい。新興国が力をつけてきた後では遅すぎて惨めなだけだ。

 辛口批評、高山正之の「変見自在」第二段を読んでそう思った次第である。
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by antsuan | 2008-03-24 21:22 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(0)