あんつぁんの風の吹くまま

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フランス貴婦人の「青春」

 作家、佐藤賢一が読売新聞の古今をちこちに『仏貴族 人妻の「青春」』という題の随筆を載せている。思わず、そうなんだよなぁと、相づちを打ってしまった。フランス文学は不倫の文学なのだ。そういうイメージがあったので、若い頃はフランスという国が好きではなかった。

 女々しい国、そんな感じがしたのだが、大学の教養課程で第二外国語に何を選ぼうかと云うときになって、何故かフランス語を選んでしまった。ついでにフランス文学を専攻したのが運の尽き、その生々しい赤裸々な人間性を書きつづっている魅力に取り憑かれてしまった。

 昔の貴族の娘は、学校の寄宿舎に入れられて一種の軟禁状態で育ち、卒業後はほとんど親の決められた相手と結婚させられて、恋愛どころか青春なんて云うものもなかったに違いないのだ。考えてみれば日本の武士の娘も似たようなものなのだが、日本の武士の妻は結婚後も質素に、はっきり云えば軟禁状態に置かれていたのに対して、フランス貴族の人妻は社交界に繰り出すのが常だった。彼女たちは結婚相手の子供を産めばもうほとんどお役ご免のようなものであった。つまり子孫を残すための「生む機械」なのだ。

 幼子を乳母に任せて社交界に行く。そこには若くて情熱的な独身の貴公子が待ち受けている。かくしてフランスの貴族社会では恋愛と云えば不倫になる。しかし、そんなことで亭主は文句を言わない。かつては自分も歩んだ道だからで、若かりし頃に面倒を見てくれた魅力的なマダムがいてこそ、今日の日の自分があることを知っているから、目くじらを立てるほうが野暮と云うものなのだ。

 今の世は昔以上に、不倫だなんだかんだと大騒ぎしているけれども、昔の日本文学を読んでも案外こういう小説があって、そういう書物が特に発禁になるわけでもなく読まれていたところを見ると、まぁ子育てを放棄する母親はいただけないが、「人妻の青春」も市民権を得ていたのかも知れない。
by antsuan | 2008-03-01 18:11 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(6)
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Commented by sweetmitsuki at 2008-03-01 20:48
落語の「紙入れ」がまさにそれですね。
この噺の旦那は阿呆を演じているだけで、実はすべてお見通しだったという二重のサゲがあるのですが、詳しい解説は佐平次さまにお任せします。
Commented by syenronbenkei at 2008-03-01 22:36
僕もかなりひねくれた見方、書き方するけど、あんつぁんは右左の名に恥じないお方じゃ(笑)
困ったことに、慣れるとこの右左がおもしろいんだわ。
柳沢某も、あんつぁんみたいな「生む機械」発言ならあれほどたたかれなかったろうに。
Commented by antsuan at 2008-03-02 06:32
・sweetmitsukiさん、落語って考えてみたら聴く文学ですよね。不倫を笑って済ましちゃう社会も相当に貴族的だったといっていいのかも知れませんね。

Commented by antsuan at 2008-03-02 06:32
・セイロンベンケイさん、お褒めにあずかり光栄です。(笑) これからは右左だけでなく、前後、上下あんつぁんになるよう頑張りたいと思います。と言ってハタと考えました。何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。あまり図に乗ると行けないので右左だけで止めておきます。
そうそう、あんつぁんに"さん"はいらないよー。
Commented by Count_Basie_Band at 2008-03-02 10:07
三島由紀夫の「美徳のよろめき」が売れたのが1957年(昭和32年)、私大学3年で、この頃から人妻の「よろめき」が話題になりました。
しかし三島の方が後追いで、私が大学へ入った頃、既に銀座の「プリンス」や自由が丘の「モンブラン」での人妻たちの「学生釣り」は始まっていましたよ。
Commented by antsuan at 2008-03-02 18:52
・Count_Basie_Bandさん、日本の貞淑な妻に「青春」は無かったということでしょうか。いやいや、あの時代、戦中戦後を過ごした若者には「青春」なぞ無かったんでしたね。