あんつぁんの風の吹くまま

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血塗られた日本の平和

 あの大東亜戦争の反省をするならば、無能な軍人官僚の暴走を止めなかった政治家に責任があり、その無能な政治家を選んだ国民に最終的には非があったのです。そういう総括をした時に、唯一救いがあるとすれば、我が国民は潔く自分の非を認め、その子孫の我々も懺悔を続け、相手に罪を擦りつけることをしなかったことでしょう。

 しかし、あの戦争責任について国際的な公平さを求めるのならば、日本の行き過ぎた懺悔が、一方の戦争責任者の横暴を許し、更なる残虐な粛正や戦争を招いたことをしっかりと認識しなければなりません。

 もっとはっきり言えば、日本の行き過ぎた懺悔が、米国で黒人差別の存続した理由であり、文化大革命と称するチャイナにおける文化人の迫害抹殺を助長し、北朝鮮の拉致を誘い、最近ではイラク戦争を正当化させてしまったのです。

 もし、我が国民が東京裁判の不当性を声高に叫び、毛沢東やスターリン、そしてアメリカの大統領は東条英樹よりもっと酷いことをしていると責任を追求したならば、日本にこのような平和は来なかったにせよ、今なお続いている人種差別問題は解決していたことでしょう。

 そのような考えに立てば、戦後の日本の平和は、民族独立、人種差別撤廃のために戦った世界中の人々の犠牲の上に成り立っている、血塗られたものであるのです。
by antsuan | 2008-02-03 14:17 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(2)
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Commented by syenronbenkei at 2008-02-03 22:33
表現に若干引っかかるものはありますが、一理あると思います。
内省は必要ですが、内罰的なのはちょっとですね。
Commented by antsuan at 2008-02-04 11:26
・欧米各国は明らかに人種差別を意識して日本に戦争を仕掛けたのであって、それを正当化するような謀略宣伝を容認する事は、日本人以外で人種差別のために戦っている人々を貶める事になると云う認識を、今の日本人はしっかりと持つ必要があると思うのです。