あんつぁんの風の吹くまま

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青山の思い出


 先日、伯母さんが亡くなったと従兄弟から連絡があった。その従兄弟は小学校のときに酷い喘息で痩せていた。そのことを悩んでいた伯母さんは創価学会に入信する。その甲斐があったのか、従兄弟は沼津の学校へ一年転籍して身体を鍛え、見違えるほど体力をつけて帰ってきた。
 
 従兄弟は東京の青山に住んでいたのでよく遊びに行った。今の表参道が未だ神宮前と云っていた時代の話だ。しかし、伯母さんが入信してから少しずつ疎遠になってしまった。その青山の家はすでになく、伯母さんが千葉の老人ホームで暮らすことになってから一度も会わずじまいだった。

 しかし、私の母のように何年も寝たきりになっていたわけでもなく天寿を全うしたから、従兄弟にとっても思い残すことは無いだろう。これからは仏壇の前で、いや心の中でゆっくりお会いすることが出来る。それでいいのだと思う。
by antsuan | 2008-01-27 23:55 | 身の回り・思い出 | Comments(4)
Commented by saheizi-inokori at 2008-01-28 10:18
ご冥福をお祈りします。
Commented by antsuan at 2008-01-28 12:21
・佐平次さん、ご丁寧に有り難う御座います。
伯母さんといえば神宮前の青山、私にはそれが対になっている思い出です。表参道という駅名になってから急速に町並みが変っていき、伯母さんとの思い出がかき消されていくようで辛いです。
Commented by syenronbenkei at 2008-01-28 22:06
タイトルのとおり、「青山の思い出」なのでしょうね。
たとえ、その地が「青山」とは呼ばれなくなっても。

上の記事(農業)、なるほどと思うとこ多いです。
Commented by antsuan at 2008-01-28 23:48
・セイロンベンケイさん、従兄弟が喘息になったのもその地が青山でなくなったからでしょうね。その青山の従兄弟の家の思い出は、都電の音や、空気銃やモデルガンで遊んだこと、映画の帰りによったことなどいろいろあります。伯母の思い出と云うよりも都会の思い出と云った方が好いかも知れません。

日本人の技術でアフガニスタンのケシ畑を別の作物に替えることが出来ないものかと思うのです。