あんつぁんの風の吹くまま

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空責任化した時代

 「戦後レジームからの脱却」をスローガンに戦後生まれの首相が誕生した時は、本当の愛国心あふれる政治家がようやく指導者になれる時が来たかと感慨深く思った。というのは真っ赤な嘘で、何国語だか分からない言葉を口ずさむアベちゃんに、本物の愛国心は持ち合わせていないなと見抜いていた。

 上坂冬子女史は言う、「そもそも、占領下における日本の憲法制定を担当するはずだったのは戦勝十一カ国からなる極東委員会であったにもかかわらず、各国を出し抜いた形で作ったアメリカ製憲法をいまだに金科玉条として掲げる根拠はない」と。

 「平和を守るために憲法第九条を死守せよという人があるが、『女は産む機械』というたったひと言で国会が総立ちになって抑えがきかなくなったあの全体主義こそ、戦争への第一歩だと思わずにはいられない。『進め一億火の玉だ』と、問答無用の空気によって日本が脇目も振らず、戦争に邁進した時代を思い起こさせる国会風景であった」とも女史は述べ続ける。

 安倍晋三に愛国心などはなかった。政治家になるべきではない非国民である。本当に日本を大切に思うのならば、"命に代えても"筋を通し矢面に立って世論を喚起するはずである。まして首相と云う最高指導者の地位に就いたのであるから率先してそれをやることが出来る立場であったのだ。

 平成十九年九月十二日と云う日を忘れてはならない。なぜならば、一国の最高指導者が無責任にも堂々と愛国心を捨てた、敗戦記念日にも勝る屈辱的な記念日なのである。居残り佐平次さんの言う責任という観念自体が消失してしまった日なのである。権力機構が空責任化した時代は過去にもあった。言うまでもなく、あの大東亜戦争終結までの昭和十年代の日本の行政組織である。

 日本の失敗は、空責任化した権力機構を排除することも出来なくなった、問答無用の全体主義に身を任したことではなかったか。戦後六十年を過ぎた今もなおアメリカの占領政策にひれ伏し、国の自立を妨げる憲法第九条を守り続けることは、責任という観念自体が消失してしまった証拠なのだ。これを亡国と云わずして何を亡国と云うのだろうか。      

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by antsuan | 2007-10-29 22:43 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(4)
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Commented by saheizi-inokori at 2007-10-30 09:50
今、どこにも安倍のことが報じられませんね。
不思議な現象です。みんな忘れたいのでしょうか?
無かったことにしたい?
Commented by antsuan at 2007-10-30 11:13
・責任を放棄した権力者に操られるほど不幸なことはないと思います。
「過ちは繰返しませぬから」 広島平和記念公園の誓いの言葉は失敗の原因を考えない今の人々にとって空責任の範疇なのでしょう。みんな他人事だと思っているのでしょうね。
Commented by syenronbenkei at 2007-10-30 17:54
上坂冬子って何者?とググってみて、著作の中に図書館で背表紙を見た覚えのあるものがありました。
今度行った時にページをめくってみようと思います。

「女は産む機械」の一件は全体主義なのでしょうか。
だとしたら安倍批判も、亀田批判もそうなるような気がします。

九条のおかげで自衛隊が軍隊として機能しないのであれば、僕は有意義と思います。

そうそう、図書館行ってみましたが、ボイス閲覧中で読めませんでした。
次回再挑戦。
Commented by antsuan at 2007-10-30 19:09
・セイロンベンケイさん、マスメディアは完璧に全体主義的煽動をしていますね。『女は産む機械』の一件は、「国会」が全体主義に走っていると上坂女史は述べているのであって、日本全体を指して言っているのではありません。念のため。
 九条のおかげで機能しないのは自衛隊だけではありません。外務省も内閣も裁判所も全ての権力機構が空責任化して機能しなくなっているのです。だから市民が北朝鮮に拉致され、沖縄で少女が米兵に強姦され、根室の漁師がロシア兵に殺されるような悲劇が繰り返されるのです。スイスが中立のために戦争放棄ではなく国民皆兵制度を憲法に定めているのはそのような悲劇を起きないようにするためでありましょう。