あんつぁんの風の吹くまま

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我が母校

 だいぶ前の事だけれども、聖心侍女修道会の総長に初めて日本の管区長のシスターが就任したそうだ。この修道会は元々はスペインのマドリードで設立され、今は本部がイタリアのローマに移っているが、世界二十一カ国に広がる組織である。この修道会も紆余曲折があったようだが、日本においても修道女の数は減ってきていて何を今更と云う感が無くはない。

 しかし、国内でもいくつかの学校や大学を持ち、寄付金を集める能力としては日本の管区長が一番なのであろうと思われる。そういう世俗的な考えを持ってしまうのは、ここが運営する学校でもイエス・キリストのアイデンティティの確立と称して日の丸の掲揚と君が代の斉唱をやめてしまったからだ。いや、ひょっとしたらそういう活動が評価されて総長に選ばれたのかも知れない。

 その学校に四十四年も勤めておられた私の恩師が今年退職された。母校は在れども心はますます遠くなるばかりだ。
by antsuan | 2007-06-21 07:46 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(8)
Commented by 竹馬 at 2007-06-21 13:19 x
こころは遠くなるばかりのものにあらず。近くもなっているでしょう。政治的な意味合いを越えたところに、自己の宗教的ドメインを示している君が代日の丸問題なら、むしろ見識ではありませんか。
Commented by mitsuki at 2007-06-21 20:34 x
私も実家が神奈川で、神奈川の公立高校に通っていたのですが君が代を斉唱した記憶がありません。
ニュースで事件になってるのを聴いても、何か遠い外国の出来事のようでピンとこなかったのを覚えています。
日の丸の掲揚・君が代の斉唱をする、しないというのは地域によっても差があるのかも知れません。神奈川はそういうお国柄なのでしょうか。
Commented by antsuan at 2007-06-21 22:39
・竹馬さん、是非簡単で結構ですので自己紹介をお願いします。
教養の無い私にはご発言を十分理解出来ないでいるので的外れな回答になるかも知れませんが、修道会こそが政治的意味合いを濃くして宗教的領域を汚しているような気がして、母校愛が薄れてしまうのです。
Commented by antsuan at 2007-06-21 22:40
・mitsukiさん、自分のものでもあり他人のものでもあるのが公共であって、公共すなわち官と勘違いしているのではないでしょうか。日の丸の掲揚や君が代斉唱の拒否は公共の精神を否定していると考えるのです。
Commented by 竹馬(の友) at 2007-06-21 23:57 x
私自身、君が代日の丸をいやとは思いませんが、なお、信仰は人間社会のボーダーを越えるものだということの表明なのでしょう、それをしないというのは。であって、カトリックの学校が儀式にそれをしないのも納得できますよ、ということです。(前回、硫黄島につられて書き込みました者です。今回からまた、改名して失礼しました。)
Commented by antsuan at 2007-06-22 06:29
・竹馬さん、それは分かるんですが、赤い文字の「母校」をクリックしていただくと、以前はそうでなかった事が書いてありますので読んで下さい。バチカンは多神教を容認してきていると云うのに・・。
横文字が苦手なんでひらがな入力に拘っているへそ曲がりなんです。ドメインとかシェアとかソリューションなどなど最近の横文字の氾濫に参っておりますぞ。
Commented by gabefunyaa at 2007-06-23 12:02
私は兵庫県の公立学校育ちですが
日の丸の掲揚は昔からやってますけど
君が代は斉唱ではなく「吹奏」あるいはテープでの歌を流す
ということが標準的です。
下手に強制すると混乱を招くから、なんですよ。
「他人に強制してはならない」
「他人が尊重する意思を否定してはならない」
なあなあ解決とでもいいましょうか。
トホホな旧日本軍に迷惑をこうむった知己を持つ
在日コリアンや中国系住民が公立学校の児童生徒や
その保護者にかなり多いことへの配慮もあるのかもしれません。
Commented by antsuan at 2007-06-23 14:48
・旧日本軍に痛い目にあわされたのは、彼らだけでなく日本人も同じなんですがね。卑下しすぎる事は国際関係上決して好ましい事ではないと思うのですよ。まして宗教上の事と混同するのはいかがかと思っています。