あんつぁんの風の吹くまま

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満鉄調査部の活躍

 国会議員も列席した無宗教(実態はプロテスタントのキリスト教)なる通夜に行って、長々と弔電を読み上げる無神経さに辟易したせいもあって帰り道に本屋へ立ち寄った。特に買いたい本があったわけでも無い、週刊誌か月刊誌を買って電車の中で読もうと思っただけだ。ところが本屋の中をうろうろしていたら『満鉄調査部の軌跡』と云う本があったのでこれに決めた。

 しかし、藤原書店のこの本はなんと四千六百円もしたのだった。それで何が何でも読んでやろうと思ったのだが、大学教授の研究論文をまとめたと思われるこの本は、当然ながらサラッと読み流せるようなものでは無い。それでも各章ごとに完結しているのでつまみ読みをしてみた。

 後藤新平は児玉源太郎にこの満鉄総裁就任を請われていたのだが固辞していたのだ。しかし児玉源太郎が急死したのを聞き、遺志を継ぐ形で就任を受諾したのだった。そしてすぐに満鉄の中に調査部を設置した。それは白人国家の略奪的植民地政策とは全く別の、融和による治安の安定と発展を考えてのことだった。そのおかげで、土地の収用に関してはその地籍と所有者の特定、買収のための交渉をほとんど和解と云う形で収拾することが出来たのである。

 さらに満鉄調査部はユダヤ人問題調査もしている。そしてユダヤ人金融資本を有効に利用できると云う調査結果に基づき、帝国陸海軍は上海に彼らの活動拠点(難民キャンプ)を用意して積極的に受け入れを始めたのだった。英米金融資本を牽制する意味も含んでいたと云うから、何と云う国家的戦略に満ちた活動をしていたのだろう。

 このように、満州支配に関しては影の部分だけでなく開拓の表の部分についても見直さなければ、敗戦の本当の反省にはならない。戦後の「株式会社日本」のひな形は「満鉄」であったと云う人もいる。間違いのない指摘だと思う。
by antsuan | 2007-05-22 20:57 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(0)
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