あんつぁんの風の吹くまま

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伊丹十三と松山

 伊丹十三記念館が愛媛県松山市に出来たそうだ。松山といえば夏目漱石『坊ちゃん』の世界でもあり、俳句の正岡子規、日露戦争で活躍した秋山兄弟の生まれ育ったところでもある。道後温泉やこの松山市には一度行ってみたいと思っているのだけれども一度も実現していない。

 子供たちを連れて広島の親戚のところへ行く途中に、寄る計画を立てたことがあったのだが、交通機関の都合で山口の方へ行ってしまった。その時は、瀬戸田の町長をやったことがある叔父様が気を遣ってくださり、しまなみ海道を案内してもらったが、今治までたどり着くのがやっとだった。

 何度も挫折を乗り越えてきた人なのに伊丹十三は何で死んでしまったんだ。本当にスクープされた女性スキャンダルが原因だったのか。日本の映画界を担ってくれる人物だったのに残念だ。彼がハリウッド映画『北京の五十五日』に出演したのは、考えてみるとこの松山の地で育ったことと無縁ではなかったのかも知れない。松山には日本の文明開化の熱い息吹があるのではないか。

 そんなことを思うとやはり一度は松山に行かねばならないと思うのだ。
by antsuan | 2007-05-14 09:46 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(6)
Commented by hanaco at 2007-05-15 14:41 x
伊丹十三さん、お父様も映画監督だったのですよね。
知らなくて、さっき夫に聞きました。あんなことがなければ、
もっとたくさん作品を残せたかもね、と話してました。
Commented by antsuan at 2007-05-15 14:54
・ハナコさん、どうも自殺の仕方が不自然に思えるのです。
暴力団か何かの美人局にはまって、金品か何かをゆすられたのではないかと想像しています。その片棒を三流週刊誌が裏を考えずに担ぐのはいつの世でも同じようです。
伊丹十三は中身のある映画をちゃんと作っていたので本当に残念です。
Commented at 2007-05-15 21:04
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by antsuan at 2007-05-15 22:57
・マロンママさん、こっそり訪れてほしいのかな。記念館側としてはあんまり観光地化してほしくなかったのかも知れませんね。
しまなみ海道、夏に行ったのですが暑くてだぁれもいませんでした。湘南だったら海水浴客や海のレジャーをする人で賑やかなのに。そこがまたとても好いんですがね。
Commented by cazorla at 2007-05-20 21:29
伊丹十三 映画を作る前も 好きでした。
エッセイなんかも読んでいて。 松山の方だったんですね。
Commented by antsuan at 2007-05-20 22:51
・生意気な言い方なのですが、彼って人間が出来てましたよね。高校時代を松山で過ごしたそうです。私には「北京の五十五日」の印象が消し難いほど強烈に残っているのです。