あんつぁんの風の吹くまま

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東京裁判を覆す

 東京裁判を取り仕切って多数の死刑を執行させた連合国総司令官マッカーサー元帥が、東京裁判は無意味だったと述懐していたことが明らかになった。

 朝鮮戦争中に行われた、ウェーキー島での有名なトルーマン大統領とマッカーサー連合国最高司令官との会談で、同席していたハリマンが「戦争犯罪人についてはどうですか」と聞いたのに対して、マッカーサーは「戦争犯罪人に手出ししてはいけない。うまくいくものではない。ニュルンベルグ裁判や東京裁判は、戦争の抑止力にはならなかった」と述べていた。

 戦争を起こした悪人を全部処刑しておけば、二度と世界に戦争は起こらないと考えていたのであろう。しかし朝鮮戦争が始まり戦っているうちに、東京裁判における日本側の言い分が基本的に正しいかったことを、痛いほどマッカーサーには分かったに違いない。

 それまでのマッカーサーは古代ローマの剣闘士であった。日本に君臨して初めて、神学を身に付けていた彼は「決闘の決まりごとを守る」騎士道精神を会得して二十世紀の騎士となったのである。

 彼に東京裁判に対する懺悔の気持ちがなければ、その後解任され、本国に呼び戻されて上院軍事外交合同委員会の公聴会での証言、「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security」(日本人が戦争に入った主たる目的は自衛上やむにやまれぬものであった)は無かったに違いない。


 *出典* 月刊「ボイス」六月号 『パル判決書』と昭和の戦争 渡辺昇一(上智大学名誉教授)
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by antsuan | 2007-05-12 16:56 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(4)
Commented by mitsuki at 2007-05-12 23:41 x
ポツダム宣言受諾に反対した陸軍将校が起こしたクーデター未遂事件については諸説あるようですが、玉音盤を奪ってまで戦争を継続させようとした人たちがいたのは事実で、これは天皇陛下に対する紛れも無い反逆です。
当然、日本の国内法なり軍法会議でも極刑に処せられて当然なのですが、どういう訳かそういう人たちも靖国神社に神として祭られています。
日本人が自らの手で襟を正せるのは何時になるのでしょうか。
Commented by antsuan at 2007-05-13 00:54
・東京裁判をせず日本の国内法において戦争責任の裁判をすればよかったのでしょうね。ハッキリしているのは東京裁判がなかったら処刑されたA級戦犯の合祀もなかったと云う事です。やはり、リンチとなんら代わらない東京裁判を強行した連合国の責任の方を問うべきではないでしょうか。彼らに処刑された者はやはり戦争の犠牲者なのです。
Commented by maron415 at 2007-05-14 10:56
私が勝手に思うだけなんだけど
結局戦争の責任をとるべき人がとらずにうやむやのまま裁判が終わってしまったのかなあと(朝鮮戦争もはじまったりして…)
責任というのは処刑という意味ではなくて、後、要職につかないとかね。
今の世の中もそうですね。長たるものが責任とらないね。
Commented by antsuan at 2007-05-14 11:17
・今一度、東京裁判というものに焦点を当てて考える必要がありそうです。
責任をとる人がいなくなったのは国の安全を米国に任せっきりにしているのと無縁ではないでしょう。