あんつぁんの風の吹くまま

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あの戦争を肯定する


 ある女性の方のブログで、「あの戦争を肯定する人、いないよね?」と、念を押すような書き方をされていたのを読んで迷いました。コメントを書くべきかどうかを。そして結局書き込むのを止めにしたのですが、となると、あの戦争を肯定する人はいないことを認めてしまうようで気になっています。そこで、改めて自分のところへ考えを書き込むことにしました。

 「あの戦争は日本にとって主に自衛のためであった」という、大東亜戦争の敵の最高指揮官であったマッカーサー元帥が米国議会の公聴会において証言した言葉をしっかりと受け止めるべきでしょう。私はあの戦争を肯定します。もしあの大東亜戦争がなかったのならば、二十世紀は「人種解放の世紀」とはならなかったに違いないからです。あの戦争を否定するのならば、その前の日露戦争、日清戦争はどうなるのでしょうか。それらも否定するのでしょうか、それとも肯定するのでしょうか。負けたあの大東亜戦争に限って否定するのでしょうか。

 人種差別を否定する風潮が世界に広まったのはまさにあの戦争のおかげなのです。日本人は単独で人種差別に対して戦ったのです。アジアが白人国家の植民地から解放されたのはあの戦争があったお陰なのです。我々日本人は勘違いしてはいけない。白人が自ら進んで人種差別を止めたわけではないことをしっかりと認識するべきです。

 東南アジア諸国やインドはあの戦争が何だったのかをきちっと理解しています。にもかかわらず、本家本元の日本が謝罪外交を繰り返しているのはこっけいですらあります。我々日本人は、米国や英国それにチャイナ、つまり連合国に対して胸を張ってはっきり言うべきなのです。あの戦争は人種解放のための戦いだったと。

 そして、二十世紀が歴史となった今、それは十分に証明されていることではありませんか。神学をもつ最後の騎士であったマッカーサー元帥の言葉を我々日本人は誇りを持って受け止めて良いのです。
by antsuan | 2007-05-02 17:08 | 思想・瞑想・時代考証 | Trackback | Comments(15)
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Commented by gabefunyaa at 2007-05-02 17:43
ここをしょっちゅう訪れているものには誤解されないけれど、
あんつぁんさんを知らない人には言葉尻をとらえられかねないので心配です。
問題なのは大義名分がどうであったか、ではなく何をやらかしたか。
核兵器を非戦闘員も殺戮することを承知の上で使いながら、大義名分を振りかざし、われわれの同胞に謝罪しない大国に尻尾を振るのは何のための外交なのでしょうか?
Commented by seilonbenkei at 2007-05-02 22:11 x
あの戦争もこの戦争もどの戦争も肯定しちゃダメと思います。
でも、そうなると戦争と自衛との区別は?という話になるでしょうね。
例えば自分が殺されかけてるのに抵抗しないのか。
誰かが殺されかけてるのに警察を呼んではいけないのか、、、など。

正直、私の中でその答えはなかなか出ないんです。
まず間違いないのは、いざって時には私は家族も何も見捨てて一人で逃げ出すってことくらいですね。
でも逃げることのできる場所なんておそらくなくて、見捨てた家族が陵辱されるとことか見せつけられて、そうしたらどうなるだろうな。
きっと誰かをぶち殺そうと持てる武器を持つかもしれません。でもその矛先は、、、誰に向けましょうかね。
Commented by maron415 at 2007-05-02 22:16
あの謝罪外交は、どうして?と思いました。それと謝罪するくらいなら言うなとね。
戦争については、美化されてしまうのは抵抗があります。それと、きちんと責任とるべき人がとらずにうやむやに終わってしまったところがあるのではと思います。その大国の都合のいいようにね。
自衛については、そのために武器を持つほうがいいのか、持たないほうがいいのか、どっちが自衛になるのかはわからないなあと…
Commented by antsuan at 2007-05-02 22:34
・gabefunyaaさん、世界はまだ法治社会にはなっていませんよね。となれば、小賢しいものは武力の強いものに擦り寄って行く。悲しい現実です。
Commented by antsuan at 2007-05-02 22:34
・戦争を否定するセイロンベンケイさんの考えだと、武力以外の戦争とも云える差別社会を認める事になります。そして今のいじめ社会も肯定する事になってしまいます。
前世、現世、来世の連続性を認めれば、死は時空の転換現象でしかなくなると思うのです。
Commented by antsuan at 2007-05-02 22:46
・マロンママさん、大国の都合のいいようにならないためには絶対に自衛のための自主独立した軍隊が必要です。きちんと責任をとらせなかったのは、たぶん朝鮮戦争が始まってしまったからだと思います。A級戦犯だった岸信介が首相になってはどうしようにもありませんね。もちろんその孫が責任をとる訳はないですし。
Commented by realutopia at 2007-05-03 00:56
やはり、非武装中立がいいと思います。最終的にはすべての武器を捨てるべきです。そんな日がいずれ来ると信じています。
Commented by antsuan at 2007-05-03 05:19
・realutopiaさん、日本人だったら出来るかも知れません。が、それまでの流す血も尋常ではないでしょうね。非武装中立は同志国を見捨てる事になります、これも辛い事です。何れにしても、日本人は平和のためにリーダーシップを発揮しなければならない時代なのだと思うのです。
Commented by cazorla at 2007-05-06 09:14
戦争そのものを肯定も否定もできないのですが わたし自身。
ちゃんとした知識がないので。
ただ 張作霖事件は どうなんでしょう。
それは ちょっと疑問を持っています。

たしかにインドに行った時 みなさん 好意的に ボッシュを知ってるかと訊いてきました。 ガンジーよりボッシュのほうが (行ったのは北部ですが) ポピュラーで 日本との関係もよく知っていて 驚きました。
Commented by antsuan at 2007-05-06 11:32
・馬賊の親分の張作霖はチャイナの内紛に負けて戻ってこようとしたところを、八路軍や国民党軍が攻めてきて満州の治安が悪くなるのを嫌った関東軍が暗殺したようです。しっかりした戦略を持っていた石原莞爾の満州国設立までは、帝国主義の当時としては民主的なものだと考えています。
戦勝国の顔色だけでなくその他の諸国の顔もしっかりと見ないといけないのだと思うのです。
Commented by cazorla at 2007-05-06 19:42
昭和天皇は張作霖事件を軍事クーデターとして きちんと 裁判をするべきだ と 当時 おっしゃったそうです。 しかし それは封じ込めて そのまま戦争に行った その時点で 天皇の発言権は剥奪されたというふうに解釈されているようですが・・
Commented by antsuan at 2007-05-06 22:57
・天才戦略家の石原莞爾は天皇機関説を逆手にとって行動を起こしていますから国内的には戦争の筆頭責任者です。ところが他国の帝国主義者から見たら民主的手法であったので戦犯にはならなかった。
軍部を独走させた責任者は誰か。枢密院、内閣、帝国議会でありましょう。しかし人種差別をしていた列強の脅威も大きな原因なのです。もし、国際連盟に人種平等規約が盛り込まれていたら、日本は軍部が独走するような帝国主義国家にはならなかったのではないかと思われるのです。
Commented by antsuan at 2007-05-06 23:50
・追加です。
天皇の発言権は日清戦争開始の時にも日露戦争開始の時にも無視されています。五箇条の御誓文「万機公論に決すべし」は明治維新後、ずっと天皇が守り続けてきたものの一つです。
Commented by cazorla at 2007-08-07 17:26
でも昭和天皇は 張作霖事件について抗議してますね。
Commented by antsuan at 2007-08-07 22:15
・カソルラさん、しかし、昭和天皇は命令は下さなかった、天皇機関説を支持していたからです。ところが田中義一首相の接見を認めなかったがために内閣は辞職に追い込まれます。この統帥権行使とも云える事を昭和天皇は悔いてしまい、その後は自ら発言するを自粛してしまったようです。つまり、五箇条の御誓文を再び守ろうとしたのです。
良識ある帝国の指導者の決断よりも未熟な民主的議会の決断を、他国の帝国主義者は支持してしまったがために、幕僚統帥の司令官不在の国家になってしまったのです。