あんつぁんの風の吹くまま

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戦うなと言わないで、戦えとも言わないから

 大好きな西部劇、荒野の七人の第一幕。山賊に略奪され村民が殺された時、村人が長老のところにどうしたらいいか尋ねに行く。長老は自分の大事な懐中時計を渡して云う、「戦え、武器を手に入れろ」と。

 しかし、心の深い傷を負った人に「戦え! 抵抗しろ」と言うのは酷なことだと云うことが、最近ようやくわかってきました。逃げる場所もない状況で人間の考え得るあらゆる暴力や辱めを受ければ、その言葉は自殺しろと云うに等しいことが。

 考えてみれば、日本はあらゆるところでイジメが行われていました。日本国は米国を筆頭にまわりの国から虐められ、国民は役人から虐められてきました。ですから多くの日本人は心的外傷後ストレス障害に掛かっているといっていいでしょう。

 それを今まで耐え忍んできた日本人は立派です。しかし残念ながらそれでは悪いやつらを肥えさせるだけなのです。悪いやつらが死ぬまで我々は耐え続けなければならない。ところが、耐え忍んでいると悪いやつらは次からつぎと生まれてきます。

 その連鎖を断ちきるためには誰かが戦わなければなりません。そう、戦ってくれる人は必ずいるのです。親や男は本能的にその能力を持っています。現に自然界のものとは戦って生きてきたのですから。

 虐めをする国や悪人と私は戦うつもりです。正義は人により違う事はよくわかっています。しかしやっぱり自分の信じる正義のために戦いたい。それを止めないでほしい。ミツバチだって襲ってくるスズメバチと戦うではないですか。
by antsuan | 2007-02-17 07:38 | 思想・瞑想・時代考証 | Comments(2)
Commented by realutopia at 2007-02-17 23:23
理不尽なことに対して、諦め戦いを放棄することは悪への同化です。戦いましょう。抵抗しましょう。この世に悪が栄えたためしなし。いつでもお供します!
Commented by antsuan at 2007-02-17 23:59
・男の優しさって究極的には戦う覚悟にあるのではないでしょうか。心や身体の傷ついた人を含めて弱いものを守る。ミツバチのように相手と差し違える覚悟こそ有効な抑止力であり、平和の維持に欠かせないものだと思うのです。