あんつぁんの風の吹くまま

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教育者平沢興先生

 二月十四日の命日に天皇陛下より勲三等旭日中受賞を授与された祖父は多くの立派な方と親交があった。そのうちのお一人に元京都大学総長の平沢興先生がいらっしゃる。祖父のお弟子さんによる追悼集の寄稿文には「大学騒動などを見なかった事は、せめてもの君のしあわせというべきであろう」と述べておられるが、平沢先生は真の教育者であった。

 平沢先生の自伝「山はむらさき」のあとがきを読むだけでも、真の教育者ぶりをかいま見ることが出来る。

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 平沢先生の自伝「山はむらさき」を拝見しますと、わたしも一緒に生きてきた七十年前の素朴な村の思い出がいきいきとよみがえってきます。
 先生はわたしより小学校三年の先輩、少しも秀才ぶらない、いつもにこにこして下級生のめんどうをよくみてくれる上級生でした。
 学生時代からの超人的な勉強が今日まで一貫して変わらず、学会に偉大な業績を立てられ、博大円満なご人格を玉成されたのであります。
 先生は平常専門の医学の研究に没頭して他を顧みる暇はなかったが、夏休みになると日頃心にかけていた宗教書、偉人伝などの魂の書をひもとき、ルナンのヤソ伝はフランス語で、聖フランシスの「小さき花」はイタリヤ語、ヒルティの「幸福」や「眠られぬ夜のために」はドイツ語、聖書、仏典、論語などもいずれも原典で語学の独習もかねて、読書百遍式に、感涙にむせびながら読み味わわれた。これが先生の人格形成を決定的なものにしたと思われます。
 昭和二十六年、脳神経学研究の成果、「錐体外路系の研究」で日本学士院賞を受賞され、村で顕彰会を催しました。その時の先生のお手紙に「わたしの念じて居りますことは、真に愚かさに徹したいという事であり、事実研究すればするほど一心のささやかさを痛感致します。・・・・・小生は又心から味方村がやがて何十年何百年後に宣伝ぬきの美しい村、よい村となり、人類のすみかとして、世界にそのよき人間的な生き方を示し得るまでに成長することを祈っております」と、先生は今も同じ祈りでふるさとの村を見守っておられます。
 先生は京都大学総長を二期、日本学士院会員等々の学会の至宝として多忙な御日常のかたわら、県人会、村人会などの郷土のお世話をも願っております。
 昭和四十三年、前大谷大学長の曾我量深先生と、平沢先生両先生を味方村名誉村民に御推戴申し上げました。
 その前年、味方中学生のためにお話をお願いしました。お話は「勉強することの本当の意味は、人に勝つということでなく、天から与えられた能力をどこまで発揮させるかにある。人間としてやればやれる、だせばだせる力をだし切ることだ。自分だけがよくなるための努力でなく、人のため社会のための努力をしよう。これが自分が命をかけて守ってきた努力の本当の意味である」と。
 深い思索と厳密な実証科学に裏づけされた不動の信念を、七十年の体験を通して語られる先生のお話には、不思議な力があって、中学生は魂のそこからの感動を抑えることが出来なかったと感想文に述べています。
 村では今年新しい統合小学校が開校し、先生からすばらしい校歌をお作りいただきました。この校歌に育てられ、先生の心を心とする子供たちがこの村を背負う時、本当の人類の住みかにふさわしい美しいよい村でありますように、その道づけをしたいというのが平沢先生のふるさとに生きる後輩としての私のささやかな願いです。

                  味方村長  木村  晋
  昭和五十年十二月

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 インドのガンジーしかり、動乱の世にあってしっかりした不動の信念を持った教育者がいたことを忘れてはならないだろう。
by antsuan | 2007-02-16 18:07 | 文学・教育・科学・医療 | Comments(2)
Commented by cazorla at 2007-02-18 16:29
教育者は 革命家であるべきだし またそうなのだな とよく思います。
モンテッソリー教育って 日本ではアメリカ経由の輸入なので 意味が消えていますが本人の書を読むとやはり それを感じます。
母であることも ささやかですが 革命である と思ってます。(ささやかすぎますが)
Commented by antsuan at 2007-02-18 21:07
・真の教育者は革命家と同じ情熱を必ず持っていますね。
いやいや、母であることは、場合によっては革命家以上の影響を与えることを自覚しておいた方がよいかも知れません。